■「アルバート氏の人生/Albert Nobbs」(2011年・アイルランド)
●2011年東京国際映画祭 最優秀女優賞
監督=ロドリゴ・ガルシア
主演=グレン・クローズ ミア・ワシコウスカ アーロン・ジョンソン ジャネット・マクティア
19世紀のアイルランド。生きていくために自分を男性だと偽ってきたひとりの女性を主人公にした物語。そもそもはブロードウェイの舞台劇で、主役を演じていたグレン・クローズが自ら脚本、プロデュース、主演そして主題歌の作詞も手がけた。グレン・クローズというと、僕ら世代には「危険な情事」の鬼気迫るヒロインや「ガープの世界」の風変わりな母親、「白と黒のナイフ」の知的な弁護士役など、多彩な役柄に成りきる凄みがイメージされる。年齢を経た今こういう作品で難役を素晴らしい演技でこなし、銀幕のこちら側にいる僕らを感動させてくれるのは実に嬉しい。
主人公アルバート・ノッブスはダブリンのホテルに勤務するウェイターで、その気配りのできる仕事ぶりに周囲から信頼を得ていた。しかしアルバートには秘密があった。生活のため、職に就くために男性だと偽っていたのだ。ある日、ホテルの壁の塗装のために職人ヒューバートがやってくる。相部屋で一夜を過ごすことになったアルバートは、彼に素性を知られてしまう。二人は困難な時代に女性が生きていく方法と夢を語り合うようになり、アルバートはいつか自分の店を持ちたいという夢を実現しようとさせる。ヒューバートが別な女性と一緒に"結婚"しているように世間にみせて暮らしていたことから、アルバートは自分もそうしたいと考えるようになり、メイドのヘレンにいつしか恋心にも似た思いを抱くようになっていく。しかしヘレンはボイラー技士と名乗って転がり込んできた若者ジョーに夢中になっていた。アルバートの運命の歯車が大きく動き出そうとしていた・・・。
自分らしく生きるとはどういうことなのか。この映画は性を偽って生きた女性の物語だが、この映画を通じてもたらされる感動はいつしかアルバートでなく自分の生き方についても考えさせられる。自分を抑え込んだり、演じながら日々を生きることは、チフスな流行する貧しい19世紀ダブリンの場末だろうが21世紀の日本だろうが実は誰しもが抱えていること。自分をさらけ出すようなSNS上ですら誰かから見られていることから別な自分を演出してみたり、仕事という場で私生活とは違う自分(というより役割)を演じてしまう。それは自分が"楽"でいられる自分とは違うものだったりしてはいないだろうか。ヒューバートと女性の服を着て人の少ない海辺を駆ける場面、アルバートの解放された表情はこの映画の中でも目に焼き付く場面だ。仮装パーティの場面で医師に「アルバート、君も私も自分自身に仮装している」という場面は実に痛い響き。それだけに映画のラストで医師が真実を知る場面は胸に迫る。
グレン・クローズの名演はオスカーにもノミネートされたが、最終的にはメリル・ストリープが演じたサッチャー首相が受賞することになったようだ。この映画にまつわる銀幕の外側の出来事なら、映画会社が気にしてばかりいるオスカーの結果よりも、僕らはこの物語の映画化に情熱を注いだグレン・クローズについてもっと知るべきだろう。ミア・ワシコウスカも恋心と良心の間で揺れるメイド役で、まさにこの映画の可憐な華。また、アイルランド出身者のキャスティングも嬉しい。ダブリンの労働者ソウルバンドを描いた「コミットメンツ」でバックシンガーを演じたブローナー・ギャラガー、「マイ・レフト・フット」のお母さんブレンダ・フリッカー、エンドロールで流れる子守歌のような美しい響きの主題歌はシンニード・オコーナー。
TBありがとうございます。
メリルがアカデミー主演女優賞を獲得した「サッチャー」より、本作の方が印象に残っています。
当時の英国で女性が一人で生きてゆくことの大変さ、こんな生き方をした方々が少なからずいたことに驚かされました。
地味なこの映画に情熱を傾け、スッピンで臨んだグレン・クロース、凄いです。
映画を通じて知る時代の風景に驚かされますが、その度に映画を見続けてよかったと思えもします。グレン・クローズの情熱を感じるいい映画でしたね。個人的には「ガープの世界」の風変わりなお母さん役が大好きです。