滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ミューレベルグ原発周辺の放射能汚染

2010-03-09 15:55:34 | その他

人口密度の高いスイスには5つの原発が、割合と集落や町のすぐ近くに建っています。うち首都ベルンから20kmほど西に離れたベルン州のミューレベルグ原発は38歳という高齢原発。昨年末に閣僚は、この原発に無期限運転許可を与えました。1990年代に発見された炉心シュラウドの亀裂が長さ1m以上に成長しているにも関わらず。そして周辺の州が住民投票で反対意志を表明したにも関わらず。2020頃に寿命付きる予定です。

ドイツのクリュンメル原発やイギリスのセラフィールド再処理工場の周辺で癌や白血病の患者が多いのは良く聞くことですが、2009年5月にはミューレベルグ原発でも、風下地域の集落で平均以上に癌や白血病が多いという地元住人の調査結果がニュースになりました。そして、しばらくすると忘れられました。

なぜ住民による調査かというと、公の調査が行われていないからに他なりません。スイスには癌患者登録簿が存在し、26州中14州が参加しており、地域にすると450万人分、人口の62%が把握されています。しかし不思議なことに、原発の立地する3州(アールガウ、ベルン、ソロトゥン)はこの登録簿に参加していないのです。子供の癌については、2007年より全国的な登録簿が導入されています。

原発からの距離と子供の癌の頻度の関連性を証明した科学的な研究としては、2007年末に発表されたドイツの放射線保護庁の依頼によるマインツァー疫学研究所の報告書(KiKK報告書)が記憶に新しいものです。その結果は、原発に近ければ近いほど、子供が癌・白血病になる割合は高くなり、50km離れていても依然としてその割合は高い、また5km以下だと幼児の場合、白血病の割合が倍になる、ということを示しています。ドイツにある全ての原発立地場所に関して言えることで、原発周辺では明確な罹患頻度の向上が確認されました。このテーマに関しては、世界で最も厳密かつ手の込んだ科学的調査であると評価されており、スイスでも1時センセーションを呼び起こしました。

ただし同報告書では、原子力発電所と子供の癌の因果関係は証明されていません。それは原子力発電所から周辺地域に排出される放射線量が許容値よりも低いためです。といってもこの許容値は、大人の男性に害がないとされるレベルに設定されているのだそうです。そのため、医師からなる反原発団体IPPNWドイツ支部(核戦争防止国際医師会議、社会的責任医師会)は、放射線の許容値を胎児に害のないレベルに合わせることを国会に請願するための署名を集めています。

興味深いのは低放射線量の危険性を説くPetkau効果について、メディアやインターネットではほとんど取り上げられていない点です。1972年にカナダのアブラハム・ぺトゥカウ博士はHealth Physics誌の論文の中で、低量の放射線に長期に渡って晒されるほうが、比較的高い放射線量に短時間晒されるよりも、人工皮膜への害が大きいと発表しました。この効果はその後、スイス国内外で、いくつもの研究や動物実験で実証されているそうですが、科学的にも社会的にも無視されているようです。

また原発周辺では、昆虫に奇形の頻度が高いことが、科学画家のコルネリア・ヘッセ・ホネッガー女史により報告されています。女史は18年来、スイスや世界の原発周辺や放射線汚染地の昆虫のフィールドワークから、これらの地域に共通する奇形を持つ昆虫が多いという調査報告を行ってきました。ですが、国内では批判的話題になるものの、このテーマについてフィールドワークを行おうという生物学者もいなければ、同じような条件下で反対を証明する研究も行われてこなかったというのは奇妙なことです。

話をミューレベルグ原発に戻しますと、昨2月中旬には、スイスの健康雑誌Gesundheittippが、ミューレベルグ原発の冷却水であるアーレ川の堆積物や周辺の雪を調査し、他の地域よりもコバルト-60やトリチウムの汚染が明らかに強いという結果を発表して、再び少し話題になりました。コバルト-60の場合、原発上流の川の堆積物は0.1ベクレルが計測されたのに対し、下流の堆積物は5.4ベクレルでした。またトリチウムはチューリッヒ市では4.4ベクレルであるのに対し、原発周辺では15ベクレルが計測されたそうです。同原発を運営するベルン州電力は、トリチウムは原発から発生したものではなく、またコバルト-60もこのような微量では人体に全く害はないと、Der Bund誌にコメントしています。

同誌によると2008年の健康庁の年間報告書にも、ミューレベルグ原発とライブシュタット原発の施設周辺では直接放射能が確認されたが、許容値以下なので健康に被害はない、とあるそうです。しかし国としてそう言い切るならば、原発の立地州に癌患者の登録簿を作成させるくらいはして欲しいものです。そのあたりにも原発産業が、政治を牛耳っているスイスの構造が見えます。

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