滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

第27回スイスソーラー大賞の受賞作品より

2018-01-24 11:23:17 | 建築

私の暮らす標高840mのスイスの山間の集落では、1月の中旬から庭のマンサクとロウバイが咲いています。谷地の林縁でもヘーゼルナッツの花がもう咲いています。嵐、大雪、大雨、そして例年にないこの温かさ。本当におかしな天気の1月でした。

この1月からは、昨年5月の国民投票で可決されたエネルギー法と関連政令の総改訂が施行されました。日本の福島第一原発事故がきっかけとなって起こった、長い社会的議論の結論がようやく一部実行に移され、少しだけ前進した感じです。

今日のブログでは、第27回スイスソーラー大賞(2017)を受賞したパイオニア建築の中から、私が特に興味を持ったソーラー建築やプラスエネルギー建築(PEB)を選抜して紹介します。

今回の受賞建築・設備からは、建材一体型設備の収まりの洗練が増していること、プラスエネルギー建築が産業建築にも広がっていること、太陽光とヒートポンプの組合せ・連動が標準化してきていること(自家消費率の向上)、地中熱のオルタナティブとしての氷蓄熱への注目の高まり、ソーラー駐車場のポテンシャル認知、といったテーマが感じられます。

 (参考文献・写真提供:Schweizer Solrapreis 2017, www.solaragetur.ch)


【2017年のノーマンフォスター・ソーラーアワードのプラスエネルギー建築3棟】

スイスソーラー大賞の中でも、デザインが得に優れたプラスエネルギー建築(PEB)に与えられるノーマンフォスター・ソーラーアワード。今年は次の3棟が受賞しています。

大賞は、建築事務所バース&デプラツェスの設計によるタミンス村の戸建て住宅。プラスエネルギー度は144%。農村の景観になじむ美しい建物のデザイン、ディーテールでは太陽光発電パネルによる屋根の軽やかな収まりが評価されています。

 

(写真)タミンス村の戸建て住宅 ©Schweizer Solarpreis 2017

優秀賞はマルタ―ス村の小学校・幼稚園の増築。増築部の屋根材に太陽光発電を使うことで、床面積2600㎡近い学校施設全体を108%のプラスエネルギー建築にしています。こちらも屋根設備の収まりの美しさが評価されています。断熱性能は規制基準よりも少し良い程度です。

 

(写真)マルタ―ス村の小学校・幼稚園 ©Schweizer Solarpreis 2017

 もう一つの優秀賞は、私の地元であるシャフハウゼン市のサッカースタジアム「LIPO Park」で、ショッピングセンターやフィットネスセンターも入った複合建築です。「LIPOPark」は、2017年のヨーロッパソーラー賞を受賞した施設でもありますので、もう少し詳しく紹介します。

(写真)シャフハウゼン市のLIPOPark ©Schweizer Solarpreis 2017


【プラスエネルギー度150%、自家消費型のサッカースタジアム】

太陽光発電を搭載したサッカースタジアムは、スイスにも世界中にも以前より数多くあります。そのような中で、2017年冬に竣工したシャフハウゼン市の民間施設LIPOParkが受賞した理由は、スタジアムの東西南北の屋根材として、透光型の太陽光発電パネルが美しく収められており、観客への教育・模範機能が大きいと評価されたためです。設置出力は1.4MW、年1.3GWhの発電量が見込まれています。設備を計画、実現、運用するのは地元のシャフハウゼン州電力EKSで、建物の所有者から屋根部分を30年契約で賃借しています。

作った電気を自家消費している点も特徴です。スタジアム施設の暖房・給湯の熱源であるヒートポンプや照明以外にも、店舗にも太陽光からの電気を直接納入・販売しています。年間収支でのプラスエネルギー度は150%になっていますが、発電と同時に建物内で消費する自家消費率は40%程度(計算値)だそうです。

 

©Schweizer Solarpreis 2017

 

【プラスエネルギー住宅建築の中からの2事例】

景観保全地区でのプラエネ新築:プラスエネルギー部門で今年の大賞に選ばれたのが、こちらのツェル村の三世帯住宅です。私の視察プログラムに定期的にご登場頂いている建築家トーマス・メッツラーさん事務所の設計です。歴史的景観の保全地区となっている立地で、伝統民家のスタイルを踏襲しながらミネルギー・P・エコの集合住宅を新築しています。床面積は560㎡。屋根材として25kWの太陽光発電を用いることで、172%のプラスエネルギー度を達成しています。他の受賞建築と同様に、暖房の熱源は太陽光発電からの電気を自家消費するヒートポンプです。年間収支では1.1万kWhの余剰が出ます。

 

©Schweizer Solarpreis 2017

電力自給率687%の家:もう一つの事例は、プラスエネルギー部門で優秀賞に選ばれたゲルツェンセー村の戸建て住宅です。プラスエネルギー度687%となっており、同賞の受賞建築の中では新しい記録を達成しています。透明感のある美しいソーラー建築で、ミネルギー・P・エコ仕様。こちらも太陽光を使うヒートポンプが熱源です。建物の床面積は250㎡で、電気・熱の消費量は5000kWh。南・北向きの屋根全材が29kWの太陽光発電になっており、3.4万kWhを発電しています。こちら設計はベルン州立大学の教授である建築家のペーター・シュルヒさんの事務所です。

©Schweizer Solarpreis 2017

今年からスイスでは先述した法規改訂により、太陽光発電の設備所有者は、設備からの電気を隣接する敷地にも販売できるようになりました。来年くらいには、こういったプラスエネルギーの住宅や産業建築から、周辺の住宅や施設に電気を販売していく事例も見られるようになりかもしれません。

 

産業分野のプラスエネルギー建築から2事例】

省エネ改修でオフグリッド:プラスエネルギー部門の大賞に輝いたもう一つの建物が、ブルーズィオ村の設備屋さん、カオテック社の社屋です。イタリア近くの日射の豊富な地域に立地する建物で、省エネ改修によるプラスエネルギー化であるという点、産業建築でオフグリッドであるという点において、とても挑戦精神の旺盛な事例です。

70年代の建築を、2016年にミネルギー・Pレベルの躯体と設備に総改修。改修前は電気と熱の総消費量が11.2万kWhであったのを、改修後には電気自動車も含めて2.2万kWhに減らしています。屋根と外壁には40kWの太陽光発電を設置して、2.3万kWhを発電。2017年には小型風力と、21kWhのバッテリーを追加で設置し、社屋をオフグリッド化しました。

 

(写真)カオテック社の社屋。Schweizer Solarpreis 2017

この建物のもう一つの特徴は、太陽熱温水器と組み合わせた氷蓄熱を利用している点です。太陽光発電のうち67㎡は、背面が太陽熱温水器になったハイブリッドコレクターで、年1.2万kWhのお湯を集熱することができます。作った熱は容量1万リットルの氷蓄熱のタンクに充填し、これをヒートポンプの熱源としています。昔、暖房用オイルタンクのあった空間を、氷蓄熱に再利用しているのも面白い点です。このほかに1000リットルの給湯タンクと1500リットルの暖房用タンクを設置して熱を貯めています。

(写真)カオテック社 ©Schweizer Solarpreis 2017

 木造PEB産業建築:もう一つの産業建築の事例は、アルボン市のオイグスター社です。こちらも住宅設備技術の中小企業の社屋です。新築の木造建築で、窓・屋根の建材として透光型の太陽光発電を綺麗に取り入れています。

庇には66kW、南側の窓面に10kW、屋根には81kWを搭載。床面積2300㎡の建物の電気・熱の消費量は5.6万kWh。プラスエネルギー度が156%の産業建築です。冷暖房には地中熱ヒートポンプを利用。余剰は地元の電力会社が買取り、地域産の自然電力として販売しています。オイグスター社では、今後、地域内の現場への移動は電気自動車で行う予定であるため、4つの充電ステーションも配置しています。

(写真)オイグスター社 ©Schweizer Solarpreis 2017

 

【ソーラー駐車場の受賞作品から2事例】

今年の受賞作品の中には2つの駐車場がありました。

スーパーのミグロス:一つはプラスエネルギー部門で優秀賞を受賞した、大手スーパー・ミグロスのアムリスヴィール支店です。スーパーの屋上に84kW、そして駐車場の上に168kWを設置し、プラスエネルギー度135%を達成しています。特に評価されたのは56台分の駐車場の屋根になっている透光型の太陽光パネルです。駐車スペースの日よけになる他、自然光を通すので日中は駐車場の照明が要りません。

(写真)駐車場の日よけとして設置された太陽光発電でプラスエネルギースーパーに©Schweizer Solarpreis 2017

製薬会社のラ・ロシュ社:もう一つは再エネ設備部門で受賞した、製薬会社ラ・ロシュのバーゼル近郊にある立体駐車場です。パークハウスの胸壁の部分に404kWを、屋根に230kWの太陽光発電を設置しています。ファサード設置型ではスイスでは最大規模の設備に入るそうです。発電量は54万kWhで、照明などの自己消費分を除いても、378台の電気自動車で1.2万kmずつ走行できる計算となります。両事例ともに電気自動車が主流となる、未来の自動車交通に備えた賢い駐車場です。

 (写真)外装材などに630kWを搭載するパークハウス。©Schweizer Solarpreis 2017

 

発電設備に見えない外装材としてのソーラーパネルの3事例】

ここ数年、ソーラーパネルに見えない外装材向け製品を利用した事例が、ソーラー大賞でも見られるようになりました。今年の受賞建築の中では特に次の3事例に驚きました。

21階建てビルの外装材:スケール感で驚かされたのは、新築部門で受賞したバーゼル市内のビル、グロースペータータワーです。東西南北のファサード全面が皮膜型の太陽光発電になっており、外壁に440kW、屋根に100kWが綺麗に設置されています。床面積に対する表面積の比が小さいので、ビルのエネルギー消費に占める自給率は28%に留まります。ビルの地下には深さ250mの地中熱採熱管が56本入っており、ヒートポンプと組み合わせて冷暖房。夏の熱を冬まで地中に貯めておく季節間蓄熱が行われています。

 

(写真)バーゼルの高層ビルのファサード材としての利用例。大手設計事務所Burkhardt&Partnerの設計。©Schweizer Solarpreis 2017

マンションの断熱改修での外装材:もう一つは、チューリッヒ市内の集合住宅の省エネ改修の事例です。こちらは全く太陽光発電には見えない、という意味で驚きました。1982年築の集合住宅をミネルギー・Pレベルに改修し、2階分を屋上に増築。床面積を36%増やしたのにも関わらず、電気と熱の総エネルギー消費量を72%減らしています。

外装材には、灰色のガラスで挟まれた太陽光発電を採用。外壁に160kW、屋根に30kWの太陽光発電、加えて15㎡の太陽熱温水器を設置。それにより28世帯の入る集合住宅のエネルギー需要の9割を自給しています。灰色のガラスパネルにより発電量は通常よりも40%減ります。それでも太陽光発電の価格が下がった今日においては、街並みに溶け込ませながら、建物の大きな外皮面積を活用するための一つの手法になり得ます。

(写真)チューリッヒ市内の集合住宅の改修事例。太陽光発電に見えない外装材だが発電する。 ©Schweizer Solarpreis 2017

白い太陽熱温水器と大型蓄熱タンク:三つ目の事例は、毎年のように受賞されているベアット・ケンプフェンさんの設計事務所による、チューリッヒ市内の集合住宅の改修事例です。1970年築の建物をこちらも1階分増築し、床面積を20%増やしながら、建物全体の消費量はミネルギー・P仕様への改修により74%減らしています。東、西、南側に大きな壁面がある建物のデザインを活かして、壁部分に白いガラスで覆われた太陽熱温水器181㎡を設置。同時に不要になった地下駐車場からの排気シャフトのスペースに容量2万リットルの大型蓄熱タンク納め、太陽熱のお湯を貯めています。加えて屋根には35kWの太陽光発電を設置。学生用のワンルーム住居を含む、50世帯もが入る高密度な集合住宅ですが、これらの大胆な改修対策により、建物内で使われる電気・熱の70%を建物上で生産できている優秀な事例です。

 

写真)チューリッヒ市内の集合住宅改修事例。格子状の構造の見える壁の部分が太陽熱温水器になっている。 ©Schweizer Solarpreis 2017

 

スイスのエネルギー戦略2050において、水力が豊富なスイスの場合、発電分野での追加増産分の大部分を担うのは、建物上に設置された太陽光発電とされています。その目標を達成するためには、多様なプラスエネルギー建築の普及が欠かせません。そういう意味で、スイスソーラー大賞の受賞建築は、2035年くらいの当たり前を社会に具体的に示してくれる貴重な事例になっています。

 

(写真)運送会社Galliker社のオフィス・展示場ビル。屋根材として設置した600kWの太陽光発電により166%のプラスエネルギー度を達成。©Schweizer Solarpreis 2017

 

参考文献・写真提供:Schweizer Solrapreis 2017, www.solaragetur.ch


 

お知らせ

●ソーラーコンプレックス社のニュースレター(日本語版)

南ドイツの市民エネルギー会社であるソーラーコンプレックス社のニュースレターの翻訳を行っています。下記から最新号をダウンロードすることができます。

冬号 : http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6989433/546890-830782b5228f301d16d254f7d009235e

 

●冊子「フォーアールベルク州における持続可能な建築」(日本語版)

美しいエコ・省エネ・木造建築のメッカ、フォーアールベルク州における取組みをまとめた30ページの翻訳冊子です。下記から購入することができます。(一冊500円)

ご注文先: 岩手県中小企業同友会  info@iwate.doyu.jp

TEL 019-626-4477


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冊子「フォーアールベルク州における持続可能な建築」の日本語版が発刊されました

2017-11-19 21:11:18 | お知らせ

大変ご無沙汰していますうちに、夏も秋も過ぎ、今年は早い冬が訪れました。

前回ブログを更新した後に、エネルギー戦略2050を巡る国民投票は無事に可決されました。このテーマについては、また別の機会にブログでご報告したいと思います。前回の更新以来、次の共著本の執筆に取り組んでおり、余力がすべてそちらに吸い取られていました。ようやく原稿が出来上がり、これから校正作業に入ります。「100%再生可能へ!」シリーズの第三弾となる本で、ポストFITの再エネビジネスを紹介する内容です。出版は来年の春先となる予定です。

 

さて今日は、この夏に日本語版が発刊された冊子「フォーアールベルク州における持続可能な建築」の紹介です。日本でも注目されている持続可能な建築の先進地域である西オーストリア・フォーアールベルク州の取り組みの概要を、美しい写真や具体的な事例と共に解説した約30頁の冊子です。著者はエネルギー研究所フォーアールベルク。同研究所からの依頼により翻訳は私が行いました。

 

日本語版の発刊は、東北地方からフォーアールベルク州のエネルギー自立・省エネ・エコ建築の取り組みを取材するために何年も通い続けていられるドットプロジェクトの長土居正弘さん、岩手県中小企業同友会の菊田哲さん、もるくす建築社さんやイーシステムさん、オオツカヨウ建築設計さんの支援により実現されました。この場を借りて御礼申し上げます。

 

冊子「フォーアールベルク州における持続可能な建築」は下記より、お取り寄せが可能です(一冊500円)。

ご注文先: 岩手県中小企業同友会  info@iwate.doyu.jp

TEL 019-626-4477

 

フォーアールベルク州では、エネルギー研究所が中心となって(長年をかけて)地域内で構築してきた仕組みとツールによって、レベルの高い省エネ・エコ建築が面的に普及している点が特徴です。地域の建設業界全体のレベルが底上げされており、こういった建築を実現できる工務店・職人、建具屋、設計者、そのような建物をしっかり発注できる施主・自治体が、例外ではなく、普通のことになっています。また省エネ性能だけでなく、建材のエコロジー評価を早くから助成制度に取り入れてきたため、地域のエコ建材を用いた(木造)省エネ建築が普及しています。

 

この冊子はもともとフォーアールベルク州や周辺地域向けに書かれたものですので、日本の読者を想定した内容にはなっていません。それでも仕組みの概要や建設事例を通じて、フォーアールベルクの風を感じて頂けると思います。

 

 

その他のお知らせ

 

●スイスの木造建築の部位別の遮音構造カタログの日本語版を下記ウェブサイトから閲覧することができます。

http://bauteilkatalog.lignum.ch/?lang=ja

 

2016年に、スイスの木造建築推進団体である木産業連合LIGNUMの依頼を受けて、オンライン版遮音構造カタログに使用されている500語ほどのメインの建材用語の翻訳を行いました。このサイトでは、木造建築の外壁、屋根、床などの遮音構造を閲覧することができます。ただし、構造カタログの中には私が翻訳した単語以外にも1000語以上(?)の単語があり、それについては予算の関係で依頼者による機械翻訳になっています。そのため日本語がおかしいところが多くあります。それでもおおよその構造は伝わると思いますので、建築関係者でスイスの現代木造に関心のある方に、このカタログをご参照頂ければ幸いです。

 

 

●ソーラーコンプレックス社の日本語版ニュースレターを下記リンクから読むことができます。

南ドイツの市民エネルギー会社であるソーラーコンプレックス社のニュースレターを翻訳しています。下記リンクから最近のニュースレターを読むことができます。

秋号 http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6917410/

夏号 http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6859956/

 

 


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エネルギー戦略2050がレファレンダムによる国民投票へ

2017-05-18 11:32:08 | 政策

大変ご無沙汰しております。北スイスの山の上にも、ようやく再び新緑まぶしい季節が訪れました。今年に入ってからブログを更新することがないままに、早くも5月中旬になってしまいました。

 

昨年は、11月末に行われた早期脱原発を求める国民イニシアチブの投票が残念な結果に終わった後、夫が体調を崩してしまいました。幸運にも深刻な病気ではありませんでしたが、冬の間は家と執筆や翻訳の仕事で手一杯な状況が続いていました。夫の体調が回復した傍らで、春の訪れと共に視察とガーデン・プロジェクト、菜園のシーズンが到来。というような事情で、ブログの更新が手つかずとなっていました。

 

エネルギー戦略2050へのレファレンダム

そのような中、この1月にスイスではエネルギー戦略2050へのレファレンダムが提出されました。憂鬱な出来事なので書きたくないが、書かない訳には行かない、というテーマです。スイスのエネルギー戦略2050は、福島第一原発事故を受けて開発されたスイスの長期的なエネルギー戦略で、今回のレファレンダムはその第一対策パッケージに関する諸法案改訂に対して起こされました。

 

この第一対策パッケージは、2013~2016年という長い時間をかけて、スイスの国会の上院と下院の間で擦り合わせを重ねて仕上げられた妥協の産物です(概要は下記参照)。このブログでも報告してきた通り、効力の強い対策は長い審議の間に除去され、幅広い政党が支持できる内容に収まっています。既存の政策を少し発展させたり、継続させたりしたもので、飛躍的な変化はありません。そのようなものであっても、脱原発を含む持続可能なエネルギー未来への基本戦略として、スイスにとっては非常に重要な意味を持ちます。

 

しかし、石油販売業者と原子力産業の代弁者であるスイス国民党は、昨年末からこのエネルギー戦略に反対する署名を集め、レファレンダムを成立させました。そして5月21日に国民投票が行われる運びとなったのです。

 

大量のフェイクニュースの流布

このような状況ですので、国会の主要政党のうちスイス国民党を除いたすべての主要政党が、エネルギー戦略2050の可決を推薦しています。その他のメジャーな産業・手工業・農業の業界団体や、自治体や州の団体、環境団体の連合も可決を推薦しています。「お金がここに残る」、「手工業と農業のために」といったスローガンを掲げて、広範囲かつ熱心な可決推進キャンペーンも行われています。エネルギー大臣であるドリス・ロイトハルトさんも、各地のイベントで説明を行い、国民の質疑に応えています。このように幅広い政治家や団体が可決「Ja」を推薦し、当初のアンケート調査では、過半数を大きく超えた国民層が可決を支持していました。

 

しかし、たった一つの政党しか指示していないはずの否決「Nein」側のキャンペーンはずっと巧妙・狡猾で、確実により巨大な資金力に支えられています。原子力産業と石油販売産業の双方が背後にあることを考えれば納得できることです。その反対推進キャンペーンの主張内容は、昨年の早期脱原発の反対キャンペーンに輪をかけた惨さです。何が惨いかというと、エネルギー戦略を正面から否定する論点がないので、これでもかとばかりに大量のフェイクニュースを流布している状況です。

 

投票内容について良く理解していない住民に漠然とした恐怖感や嫌悪感を植え付けるためであれば何を言っても構わないという姿勢で、意図的な嘘・極解・妄想を混合させた広告ばかりが見られます。「3200フラン払って、冷たいシャワー?」、「石炭電力?ノー!」といったスローガン。あるいは誰も知らない環境・景観保護団体の名による名所風景に風車を貼り付けた写真や、バードストライクをイメージさせる写真の広告。さらには「バナナが食べられなくなる」、「コーヒーが飲めなくなる」という主張まで。フェイスブックでは、ユーザーのプロフィールに合わせた広告が何十種類も準備されており、私の手元には「自然保護者や脱原発支持者はエネルギー戦略2050を否決しましょう」という広告の傍らで、「原発や化石エネルギーの存続を願う人はエネルギー戦略を否決しましょう」という正反対の広告も来ました。こういった煽動的な情報が非常にプロフェッショナルな手法で広げられています。ポピュリズムによる直接民主主義の乱用です。

 

 

可決推進派は逃げ切れるのか

可決推進側は、否決推進側の嘘を証明することだけで精一杯の印象を受けます。そして投票1週間前のアンケート調査では、可決側はぎりぎり過半数を保っているものの、否決キャンペーンの追い上げは激しく、可決を危ぶむ声も多く聞こえてきます。ここで否決されますと、福島第一原発事故から5年間もかけて積み上げられてきた国のエネルギー政策の柱が白紙撤回となります。そしてスイスのエネルギー大転換と脱原発は無計画なものになり、世界の趨勢に乗り遅れることが危惧されています。

 

エネルギー戦略2050の第一対策パッケージは、その要素の一つ一つはごく普通の政策内容なのですが、石油産業と原子力産業にとってはパッケージを国民投票でまとめて覆せば、お金を稼げる時間を引き延ばせるチャンスです。スイスは総エネルギー消費量の77%を輸入しており、そのために毎年100億スイスフラン(1.2兆円)を国外に流出させています。化石エネルギー業界にとっては、この売上を保持するためならば否決キャンペーンの資金などは安いものです。また環境団体によると、反対派の一番の狙いは、原発の新設禁止を覆し、再エネ増産を阻むことで、長期的に「新世代」の原発を建設することであると言います。

 

資金力が市民社会や一般産業とは桁違いな石油産業や原発産業を相手に、当たり前のレベルの政策を求めて戦わなくてはならないのは悲しいことです。しかし、スイスにおけるエネルギー大転換は、最後まで市民社会が戦い抜かねば成就できない進歩であるようです。そのような中、昨年のキャンペーンに引き続き、エネルギーを途切れさせることなく可決推進キャンペーンに尽力している地域社会のリーダーたち(主に企業家が多いようです)には頭が下がります。前回の投票と同様に、どれくらいの人を投票に動員できるのかが決め手となりそうです。

 

 

【エネルギー戦略2050の第一パッケージの概要】

 

今回投票が行われるのはエネルギー戦略2050の第一対策パッケージです。この対策パッケージには、省エネ、再エネ、脱原発の3 つの柱があり、各柱ごとに諸対策が講じられています。

 

省エネに関しては、エネルギー法の中で1 人当たりのエネルギー消費量を2035年までに2000年比で-43%減らすことをエネルギー法に目標値として書き込みます。電力に関しては1人当たり-13%を目標としています。これは一見ハードルの高い目標に見えますが、現実にはスイスでは経済成長にも関わらず、人口1 人当たりのエネルギー消費量は2000年から2015年までの間だけでも約15%、つまり毎年約1 %ずつ減っています。

 

再エネ電力については、2035年までに水力を除いた再エネ生産量を11.4TWh に増やすことを目標としています。水力は37.4TWhに増やします。スイスの現在の電力消費量は60TWhで、将来的に省エネが進んでも、人口増加とヒートポンプや電気自動車の普及により、消費量はあまり変わらないと言われています。2035年までに、そのうちの50TWh(約83%)を再エネにするという目標です。今日スイスでは6割が再エネ電源であることを考えると、これもそんなに高い目標ではありません。

 

また電力消費に課される1kWhあたりの課徴金額を2.3ラッペン(現在1.5ラッペン)に増やします。そのうち0.2ラッペンは、ヨーロッパ電力市場の価格暴落で苦労していると言われる大型水力のマーケットプレミアムとして使います。その他、この課徴金は水系の再自然化や省エネ助成にも使われます。基本的に買取制度のための課徴金なのですが、このように僅かな増額では、実際には今ある買取待ちのウェイティングリストすらも解消されません。買取制度は、ドイツのようにFITからFIPによる直売制度に移行されていゆき、法律の施行から6年後(2023年頃)には終了します。また国家レベルでの重要性を持つと定義される再エネ(特に風力)プロジェクトについては、自然・景観保護と同等の位置づけが与えられるようになります。

 

熱分野ではオイルとガスへのCO2課徴金といった既存のツールを用いて、省エネ改修の助成財源を今後も維持します。温暖化防止目標が達成できない場合には、CO2課徴金を現在の1トンあたり84スイスフラン(暖房用オイル1リットルあたり22ラッペン)を、最大で120スイスフラン(暖房用オイル1リットルあたり30ラッペン)まで増額できるようにします。

 

今日ではCO2課徴金収入の3分1に相当する3億フランが建物の省エネ対策に用いられ、残額は国民に健康保険経由で還付されています。将来的にはCO2課徴金の増額により、省エネ改修の助成資金が4.5億フラン(約540億円)に増え、それにより省エネ改修率を上げていきます。その他、電熱による電気暖房と電気ボイラーを15年以内にヒーポンや再エネに代替することを義務化します。省エネ改修の費用は、2年間に分割して課税所得額から控除、(省エネ建築への)建替えのための取り壊し費用も課税所得額から控除することができるようになります。そして(既に州が実現していることですが)新築はニアリーゼロエナジーになります。

 

自動車のCO2排出量についてはEUと足並みをそろえて2020年までに1kmあたりのCO2 排出量を95gに減らします(ガソリン車で100㎞あたり4リットルの燃費)。

 

脱原発については、新しい原発の建設を禁止しています。ですが、既存の原発は安全性が保持されている場合には運転を続けることができます。運転終了期間は政治的には決められていませんので、いつ脱原発が終了するのかは残念ながら不明です。燃料の再処理は現在のモラトリアムから禁止へと移行します。

 

これらの対策パッケージについては、現在、法令レベルでの諸改訂のパブコメが進行中であり、2018年1月に法律と法令が施行される予定です。これらの諸法規とは別に、電力系統戦略が並列進行しており、分散型の電力生産構造に合った系統へのリニューアルが進められていきます。また第一対策パッケージが終了する将来には、助成制度から税制中立による気候・エネルギー課徴金制度に移行すると言われています。

 

参照:https://www.uvek.admin.ch/uvek/de/home/energie/energiestrategie-2050/uebersicht-massnahmen.html

 

 ©Schwerizer Solarpreis 2016
写真: 1785年に建設されたベルン地方の古民家を省エネ改修し、屋根材として太陽光発電を利用。二世帯住宅で345%のプラスエネルギ率。2016年にスイスソーラー大賞を授賞した建物の一つ。



● 新エネルギー新聞への寄稿記事より

 

下記リンクより、新エネルギー新聞(新農林社)に私が寄稿したニュース記事の一部を読むことができます。

「スイスソーラー大賞の集合住宅(上):賃貸人に太陽光電力を直売」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/49810443.html

 

 

「スイスソーラー大賞の集合住宅(下)~ プラスエネルギー、電力直売、高度な省エネ」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/50053545.html

 

 

「スイスアルプス:標高2500㍍、欧州最高のウィンドパークが運転開始」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/49549913.html

 

 

 


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参加者募集:ドイツ視察セミナー企画 「ポストFITの再エネ・省エネ事業」2017年6月6日~11日

2017-03-02 09:11:06 | お知らせ

欧州在住環境ジャーナリストの村上敦・池田憲昭・滝川薫が主催するミット・エナジー・ヴィジョン(MIT Energy Vision)では、2017年6月に下記の日程で募集型でのドイツ視察・セミナーを企画しました。

 

テーマは「ポストFITの再エネ・省エネ事業」で、下記のようなプログラム概要を予定しています。

プログラムのダウンロードはこちらより

 

ドイツでは小型PVを除いてFITが終了し、FIP・入札制度に移行しています。そんな社会の中での法制度、新事業モデル、進捗中の新しいプロジェクトなどについて視察とセミナーの機会を提供します。

参加をご希望の方はこちらのメールアドレスにご一報ください。

 info@mit-energy-vision.com

 

プログラム概要

 

66日(火) 夕方(18時ごろまでを想定)、フランクフルト空港に集合

 

67日(水) フランクフルト市:

 

         ・ 集合住宅団地における太陽光電力の賃貸人への販売事業(賃貸人販売モデル)

 

         ・ 省エネ改修についてなど予定、レクチャーと視察

 

68日(木) 黒い森北部:

 

         ・ 市民エネルギー協同組合による新電力(再エネ発電&電力小売り事業)

 

         ・ 再エネ電力の直売と産業における自家消費事業についてなど予定、レクチャーと視察

 

69日(金) フライブルク市周辺:

 

         ・ コージェネによる電力直売

 

         ・ ESCO事業

 

         ・ 電気自動車のカーシェアリング

 

         ・ セクターカップリングについてなど予定、レクチャート視察

 

610日(土) 黒い森南部:

 

         ・ 午前中:森林散策と自然の多様性について

 

         ・ 午後:フライブルク市内で自由時間

 

611日(日) フライブルク市:

 

         ・ 午前中:取りまとめのワークショップ

 

         ・ 午後:移動の後、夕方(17時ごろまでを想定)、フランクフルト空港で解散

 

 

参加費用: 2600ユーロ(現地集合、現地解散、シングル利用)

 

 

お問合せ: info@mit-energy-vision.com

 

 

このMIT視察セミナーのプログラムがはじまる直前の531日(水)~62日(金)は、ドイツ・ミュンヘンにおいて欧州最大規模のソーラーメッセ『インターソーラー』が開催されます。昨年はテスラ社のバッテリーが脚光を浴びたように、今年の注目は、Sonnen社のバッテリー&ヴァーチャル発電所になることでしょう。

 

http://www.intersolar.de/en/home.html

 

 

MIT視察セミナーと合わせてこちらも訪問されると、ドイツ再エネ市場の「今」を垣間見ることができるでしょう。また、「インターソーラー」のアテンド・通訳もMITでは引き受けています。こちらも個別にお問い合わせくださいませ。


MIT Energy Vision のホームページ: https://www.mit-energy-vision.com/japanese/



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11月27日、計画的脱原発案の開票を控えて・・

2016-11-27 02:15:59 | 政策

前回のブログにも書きましたが、今週末は「計画的脱原発」を求める国民イニシアチブ案の投票日です。この投票についてブログでも紹介したいと思ってはいたのですが、私たち自身がここ数か月に渡り、「Ja.」(可決)キャンペーンに尽力していたのでブログどころではありませんでした。

 

スイスでは、この秋にようやく「エネルギー戦略2050」の審議が終了しました。長年に渡る審議の中でかなり骨抜きになっているものの、スイスのエネルギーヴェンデ・温暖化対策の柱となる重要な政策方針です。しかし原発について、この戦略の中では、新設の禁止が法制化されたものの、ドイツと異なり運転の終了時期が明記されていません。それがスイスの脱原発政策の最大の弱点です。

 

運転終了年がないという弱点

オフィシャルには原発の寿命50年なら2034年に原発利用が終了するように伝えられていますが、実際には「安全である」限り運転して良いことになっています。そのため原発を運営する大手電力のいくつかは、60年、あるいはそれ以上運転することすら夢見ています。

 

しかし原子力ロビーの影響下にある国会は、高齢原発の安全性の確保のために連邦核監督庁が求めていた長期運転計画の策定義務化を却下しました。原子力村としては、安全対策への投資を最低限に絞り、対策実施を引き延ばしながら、できる限り長く運転して、できれば次世代の原発技術が登場するまで時間稼ぎをしたい、というのが本心でしょう。

 

ただ、欧州電力市場では電力が有り余り、価格が暴落している今日。スイスでは古い原発であっても発電するだけ損をする赤字運転が常態化しています。原発を運転する大手電力(特にAlpiqとAXPO社)の経営状況は深刻で、倒産寸前と言われる中、安全対策に十分な投資が行われるとは考え難くなっています。

そのような状況でも、三社ある原発運営会社のうち、具体的な運転終了年を自ら設定した企業は、ミューレベルク原発を運転するベルン電力のみ。残りの二社は運転終了計画を発表していません。ベルン電力は小売りを行っている他、再エネ熱事業や再エネ電力開発にも以前より取り組んでおり、原発以外のビジネスモデルの構築を順調に進めています。対して後者は原発のないビジネスモデルをまだ見つけられていません。

 

45年終了を求める国民イニシアチブ案

そのような中、今回スイスの緑の党が発議した国民イニシアチブ案「計画的脱原発」は、運転開始から45年で運転を終了することを義務付けることを求めるものです。実際に、スイスに5炉ある原発のうちの3炉は運転開始からすでに45年前後も経っていますので、イニシアチブが可決すると2017年末までに3炉は運転終了となります。その後はゲスゲン原発が2024年、ライブシュタット原発が2029年に運転を終了することになります。同時に省エネと再エネ拡張により、これまでの原発供給分を代替していくことで計画的に脱原発を行うという内容です。(現在は5炉で電力の4割弱を供給、残りはほぼすべて再エネで供給)。

 

古い、出力の小さな3炉の原発については、以前から圧力容器の金属の劣化・欠陥問題が批判されていました。その1つであるベッツナウ一号炉は世界で一番古い「現役」原子炉(47年)となりますが、こちらは安全性の問題からもう1年半も止まったままです。さらに一番新しく、出力の大きなライブシュタット原発も今年の秋に燃料棒に問題が見つかって停止。春先まで動かない予定です。

 

このように無計画に止まっている2炉だけでもスイスの原発発電量の半分に相当し、すでにイニシアチブが求めるよりも多くの出力が投票前に止まってしまっています。もちろんブラックアウトを起こすことなく。

 

断末魔的な反対派のキャンペーン

今回の投票戦とそれに関わる議論やキャンペーンは、社会的にもメディア上でも、稀なほど激しいものだったと感じます。イニシアチブの反対派というのは、右派の保守政党であるスイス国民党、エネルギー大臣を筆頭としたキリスト教民主党、自由民主党。企業では大手電力、経団連エコノミースイス、手工業者連盟らが取り仕切っています。

 

ちなみにスイス全国の政治家に密なネットワークを持つ原発ロビー団体のAVES(スイス理性的エネルギー政策アクション)の理事はスイス国民党の党首で、もう一つの強力な原発ロビー団体ニュークリアフォーラム・シュヴァイツの理事は手工業者連盟の代表、さらに経団連の理事長は大手電力Axpoの元CEOです。

 

潤沢な資金源があるとは言え、今回の反対派(原発ロビー)の抗いようは、断末魔的なものを感じさせます。反対キャンペーンでは、どこかの国の大統領選ではありませんが、これまでの原発関連の投票戦以上に平然と嘘の多い主張が繰り返され、非常に見苦しいものでした。これまでとは異なり、時代や技術、市場や経済性が、再エネ・省エネに明らかに有利、原発に不利に変化したことの証拠なのかもしれませんが。

 

ブラックアウトと石炭電力の輸入という主張

反対キャンペーンの主張は、2017年に3基が「大急ぎで」廃炉になると「ブラックアウトする」というものと、「石炭電力を大量輸入しなければならなくなる」というもの、加えて「大混乱が起こる」、「電力会社に高額な補償金を要求される」、「電気代が高くなって企業が外国に流出」、「電力を輸入すると国内における経済的な付加価値創出が減る」、「エネルギー戦略2050こそが計画的脱原発である」、といったところが主なものです。

 

現実には、ヨーロッパ市場では電力が有り余っており、スイスの高圧系統には輸出入のための巨大なキャパがあるため、可決されても一部の変圧施設や系統の強化、運用の努力が必要になるものの、安定供給は不可能ではないことを国家的な系統運営会社のスイスグリッドが示しています。また、輸入電力の環境性能は選べる上、既に国内の新再エネおよび周辺国に都市エネルギー公社が出資した再エネ電源によって、はじめの3炉分は生産できる能力を有しています。石炭電力の輸入を防ぐためには、既に灯油やガスに導入しているCO2税を拡張する手法が有効です。さらに、国内の再エネ電源の開発は、4万軒以上が買い取り待ちの状態ですから、これらが実現されれば経済的な付加価値と雇用がさぞ増えることでしょう。

 

駄目もとでも渾身の賛成キャンペーン

そもそも反対派とは資金力のレベルがまったく違い、政府や大臣が反対を表明している中で、賛成キャンペーンはなかなか健闘してきたと思います。新聞もかなり積極的に反対派の間違った論点を暴く記事や読者投稿を掲載しています。

 

賛成しているのは、主に緑の党と社会民主党、多くの環境団体や市民団体、一部の手工業者たちや州。さらには原発がなくなることで電力市場回復を期待する山地の水力所有自治体の連盟など。賛成キャンペーンを勧める委員会も2億円以上の費用を集め、多くの市民を動員して分散型キャンペーンを展開しています。多くの友人が「駄目もとでも、できる限りのことをする」、と言って心血を注いでいました。

 

夫と私も、新聞に投書する、記者の取材に協力する、講演する、地元の村への全世帯パンフレット投函をスポンサリングする、3回に渡るエネルギーヴェンデ映画鑑賞会を村で開催する、ポスターを貼る、イベントや講演会に来ている人たちと議論する、フェイスブックで情報を拡散する、知人に個別メールを出す等々・・考えられる限りのことを行いました。スイスの人が、お金も再エネ資源にも恵まれた自国のポテンシャルを活かし、子供たちへの負の遺産を減らし、高齢原発による災害から自国を守ってくれることを願います。

 

脅し文句に弱い市民

スイスで国民が発議する国民イニシアチブ案が、国民投票により可決されること自体が稀です。さらに私が応援するエネルギー関連のイニシアチブ案が可決されたことはほぼ皆無です。

 

今回の投票前のアンケート調査では、イニシアチブを可決すると答えた人の割合が、否決すると答えた人の割合よりも僅かに多くなっています。しかし住民の多数派が可決するだけでなく、過半数の州が可決しないことにはイニシアチブは通りません。保守派の政党の影響力が強烈な農村部の州を可決にもっていくのは難題です。

 

スイスの人は、投票前キャンペーンで「自由が制限される」、「もっとお金を払わなくてはいけなくなる(少額でも)」という脅し文句に(はったりであっても)大変弱いのが心配な点です。またこれだけ相反する情報があふれる中、一般市民が自分で考え、判断することはとても難しくなっていると思います。

 

開票の後は・・

今回の国民イニシアチブ案の反対派の一部には、エネルギー戦略2050を覆したいと思っているグループがあります。スイス国民党が中心となったグループで、やっと国会で決議されたエネルギー戦略2050に対するレファレンダムを起こすための署名を集めています。今回の国民イニシアチブ案を否決に持ち込むことで、原発の運転終了時期だけでなく、新設禁止すらを覆すきっかけを得ることを狙っています。

 

そういう意味でも重要な投票ですので、可決されることを願ってなりません。
しかし万が一、否決された場合には・・?エネルギーヴェンデの映画鑑賞会に来た村のある住民が言いました。
「今回の投票では負けるかもしれない。でも負けても次の日にはまた署名収集を始める。そして2年後にはまた同じ案件を国民投票に持ち込むさ。」
私には、経済的にも、リスク的にも、そんな悠長に取り組んでいる暇はないように思われます。

 

投票結果に関わらず明らかなのは、スイスの場合は大手電力の株主が州ですから、補償金が要求されても、大手電力たちが破産しても、廃炉費用や核のゴミの処分費用の積み立てが全然足りなくても、原発の後始末の費用はスイスでは(スイスでも)国民が負担することになるということです。

 

※ 11月27日晩の追記

 とても残念なことですが、「計画的脱原発案」は否決されました。可決票46%、否決票54%。今週末の投票率は他の投票事項も合わせて約45%だそうです(低くて残念ですね)。保守的な農村部では「左」という目で見られる緑の党のイニシアチブにしては、健闘した結果なのかもしれません。西スイスの4州やバーゼル都市州・田園州では可決されたそうです。
この結果は、脅し文句が功を奏して早期の脱原発が否定されたものであって、市民社会の脱原発への意思自体を否定するものではないと私は考えます。
また、今回のイニシアチブの反対派は、石炭や原発電力の輸入への反対を論点の一番上に挙げていました。今後はこれらの政治家や企業が、自らの発言を本当に政策や経営において実践していくのか見届けたいと思います。また市民社会としては、世界最高齢のベッツナウ一号炉の安全審査への監視の目を強めること、そして今後も政治とは関係なく安くなった再エネを企業や市民ベースでどんどん広げていくことが大事だと思いました。


 




 

●新エネルギー新聞への寄稿記事より

下記リンクより、新エネルギー新聞に寄稿したニュース記事を読むことができます。

「ドイツ:再生可能エネルギー法改訂 ~ 再エネ業界、さらなる縮小への懸念」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48815166.html

「スイス:農家による地域熱供給事業~糞尿・残渣バイオガスと木質バイオの組合わせ」

 http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48815450.html

 

短信

●スイスのエネルギー地域に参加する自治体数が235

エネルギー庁の自治体用のエネルギーヴェンデ推進プログラムで、広域で再エネ・省エネをコーディネートすることでエネルギー自立を目指す「エネルギー地域」の数が24に増えた。これらの地域に含まれる自治体の数は235になる。このプログラムに参加する自治体は、総合的なエネルギー政策の品質管理ツールである「エネルギー都市」制度の認証を受けることが条件だ。エネルギー地域には専門アドバイザーが付けられ、地域間の経験交換が促進される。エネルギー地域は、エネルギー都市制度の一部であるが、エネルギー都市制度の認証を受けている自治体数は現在400になる。スイスの人口の半分がエネルギー都市に住んでいることになる。エネルギー都市制度は、省エネや都市計画、交通など総合的かつ体系的な実施に重点を置いた認証だが、エネルギー地域では広域でのレベルアップ、そして再エネ生産に重点を置いている。

参照:Energiestadtプレスリリース

 

●建物の省エネ改修助成金、2015年は約200億円

スイスでは暖房用オイル・ガスに二酸化炭素課徴金が課せられており、その収入の一部が建物の断熱改修と熱源交換、省エネ対策への助成「建物プログラム」の財源として使われている。2015年には1.79億フラン(約200億円)がこのプログラムの枠内で助成された。対策の寿命の間に節約されるCO2は310万トン。省エネ効果は1.6万ギガワット時となっている。躯体の断熱強化については、360万㎡の外皮がこの助成を受けて改修された。屋根と外壁の改修が主である。それ以外の助成金としては、ミネルギー・P新築、太陽熱温水器、ヒートポンプへの助成金が多かった。

参照:DasGebäudeprogrammプレスリリース


 

 

 


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