滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ハイブリッドソーラーと低温熱供給、季節間蓄熱の組み合わせ

2015-09-26 09:12:51 | 再生可能エネルギー

「都市エネルギー公社の新設と再公有化」の翻訳

スイスの空はすっかりさわやかな秋の色に変わり、森も少しずつ色づいてきました。視察が多い季節でもあります。視察先のパッシブハウス建築ではまだ暖房が要らない季節ですが、従来建築の我が家では今週から全館暖房のスイッチが入りました。大家さんの住むお隣のホテル棟の熱源設備から薪ボイラーのお湯が送られてきます。菜園では秋冬用のサラダ苗の植え替えや、収穫と保存作業、そしてベリー畑の整備が進行中です。

今年の夏は、片付けたい事が山ほどあったのですが、ほぼ一つの仕事にエネルギーと時間を吸い取られていました。ドイツのヴッパータール研究所が発刊した「都市エネルギー公社の新設と再公有化」という100頁弱のレポートの日本語版翻訳に、仲間4人のチームで取り組んでいたのです。

この数年、ドイツでは自治体によるエネルギー公社の新設や、それに伴う地域の送配電網の再公有化・買い戻しというトレンドが見られています。このレポートは、そういったトレンドの現状と背景を分析し、また自治体が公社や配電網を所有することでどのような目的を達成することが、それにはどういったチャンスとリスクがあるのかを調査しています。日本でのエネルギー市場自由化を前とした、自治体によるエネルギー公社の新設に役立ててほしい情報です!この秋に公開されましたら、リンクをブログにも貼り付けますので、どうぞご覧ください。

上院でエネルギー戦略2050の審議終了

スイス社会では、10月18日の総選挙を控えて選挙戦モードが感じられます。特にエネルギー戦略2050は選挙の争点の一つ(であるべきこと)。原発推進の広告や報道が見られる傍ら、エネルギー戦略2050を指示する企業団体や環境団体によるエネルギーヴェンデ推進のための広告が、下記の上院審議のタイミングもあり主要な駅に貼られています。 「継続しようエネルギーヴェンデ」、「職場をここに!」といったスローガンです。




出典 Quelle:www.es2050.ch

今週にはようやく上院(全州議会)で、エネルギー戦略2050第一対策パッケージの審議が行われました。スイスでは原発を運転する大手電力の所有者は州です。そして上院には大手電力株主としての州の代弁者が座っています。そのため予想通り、上院では原発の運転終了年を義務づけず、また下院が求めていた長期運転コンセプトの作成義務や電力小売り会社への省エネ目標義務化といった重要対策が排除されました。再エネ電力の買取制度の課徴金額は、最大で2.3ラッペンまで上げられることになりましたが、その一部は大型水力が経営困難に陥った時の助成金として使われるため、新再エネにとっては買取予算がほとんど増えません。さらに買取制度を2022年で終了することも決められました。

現在のところ、目標あってプランなしの脱原発の様相です。エネルギー2050第一対策パッケージは、総選挙の後に新構成の下院により再審議され、最終形になる予定です。メディアでは総選挙で「右滑り」が起こると予測されていますが、もしも総選挙で右派で原発維持派のスイスの国民党(SVP)と既得権産業界を代弁する自由民主党(FDP)が大幅に議席を増やしますと、内閣・議会の構成面で、エネルギー戦略2050と計画的な脱原発の実現が危うくなると言われています。総選挙ではせめて、福島第一原発事故からの5年間の議論を無駄にしない議会構成が維持されることを願うばかりです。

脱原発を決めたベルン電力が基礎商品を100%再エネ電力に

こういった政治的な議論とは別に、9月1日にはスイスの原発で一番古いベッツナウ一号機が運転開始から46年を迎えました。しかしベッツナウ1号機は、今年の春に定期メンテナンスで止められた後に様々な問題が見つかり、来年まで止まったままの予定です。さらに2号機も同様に素材の問題により夏から止まっています。これらの高齢・老朽原発の安全対策は、ただでさえ経営状況の悪い大点電力Axpoに追い打ちをかける経営リスクになっています。

対して、大手の中で唯一、2019年の脱原発を決めたベルン電力は、驚く一歩を踏み出しました。来年から電力の基本商品(自動的に供給される商品)を、100%再生可能エネルギーにするというのです。別途に申し込んだ人は原発電力も購入できることは変わりませんが、思い切った戦略転換です。エネルギーヴェンデを目指すスイスの多くの都市エネルギー公社もこのような戦略を採っています。さらにベルン電力は、原発を運転する大手電力の中では唯一、エネルギー戦略2050を指示する上述の経済団体のスポンサーにもなっています。

カーボンフリーの休暇:ハイブリッドソーラーと低温熱供給網、そして地中への季節間蓄熱の組み合わせ

環境雑誌ビオシティで連載を続けてきたビオホテルの取材の中では、ホテルにおける省エネ対策と再エネ利用を見る機会が多く、この分野に興味を持つようになりました。熱源については、バイオガスやガスのコージェネ、冷蔵・冷凍庫からの排熱改修、チップボイラー、薪ボイラー、太陽熱温水器、地中熱等など、各ホテルで様々な技術が組み合わせて使われていました。

そのような中、ビオホテルではありませんが、スイスで気になっている宿泊施設があります。それは、昨冬にヴァリス州のブラッテン・ベルアルプにオープンしたREKA(休暇金庫組合)休暇村で、ハイブリッドソーラーコレクター技術を利用している先進事例です。ハイブリッドソーラーコレクターとは、太陽光発電と太陽熱温水器を組み合わせたパネルのこと。発電パネルの下部に集熱管がめぐらされており、中温水を収穫できます。限られた屋根面を有効に使えて、低温暖房が可能な省エネ建築との相性が良く、地中熱ヒートポンプの採熱管と組み合わせて地中蓄熱できることがメリットです。

昨年に新築されたブラッテン・ベルアルプの休暇村は、50世帯のアパートと室内プールを含む9棟の建物から成る300人を収容できる大型休暇施設で、カーボンニュートラルの熱・電源で運営されています。建物の外皮・設備性能はミネルギー・A仕様。しかし、熱回収式の換気設備を設置しなかったのでミネルギー認証を受けていません。


出典Quelle:www.reka.ch

電源・熱源であるハイブリッドコレクターは4棟の屋根に設置されており、発電出力は180kWの出力、太陽熱は380kWの出力です。これに深さ150mの地中採熱管31本を組み合わせ、季節間蓄熱体として利用します。夏の間に使いきれない余剰熱を地下を温めるのに使うのです。地下の岩盤は、暖房を行う冬の間には4~8度まで程度に冷えますが、夏の終わりには余剰熱により再び12~14度に温まる計算です。こうして作った熱を無駄なく使うために、この休暇村では施設内の下水(15~20度)からの熱回収も行っています。

対して、建物の床暖房に必要な温水の送水温度は35度、給湯温度は60度です。敷地には低温水の熱供給網が巡らされており、各建物内のヒートポンプで必要な温度の温水を作ります。そしてヒートポンプの電気は、ハイブリッドコレクターの太陽光発電で自給し、足りない分は公共の電力網から村の小水力発電所からの電気を購入しています。

こういったシステムにより、雑誌「再生可能エネルギー」によると、この休暇村では年間収支で電気・熱の消費量の7割を、敷地内の再生可能エネルギーにより生産できる設計になっているそうです。 同様のハイブリッドソーラーと地中蓄熱の組み合わせは、ベルン市近郊の集合住宅でも昨年より利用されており、両方の施設で現在、測定が進行中です。上記の雑誌によると、快適でエコロジカルなこの休暇村は、大変な人気だそうです。


写真:ベルン市近郊にある木造エコ集合住宅(右)
の屋根に、REKA休暇村で採用された製品と同じスイスのマイヤー・ブルガー社製のハイブリッドコレクターを施工する様子(左)。写真提供 Fotos:Peter Schürch

参照:Erneuerbare Energien Nr.4 2015, SSES

https://www.reka.ch/de/rekaferien/ferienunterkunftfinden/Seiten/FewoAnlage.aspx?anlageId=104800#Wohnungstypen

  

ヴィデオ&本の紹介

●ヴィデオ「Welcome to the Energiewende

ドイツ在住のアメリカ人親子がドイツのエネルギーヴェンデを紹介するヴィデオ。2年前の作品だそうですが、最近視察先でDVDを頂いて知りました。ティーンエイジャーがユーモラスにレポートする形で、子どもにも分かりやすい内容です。英語・ドイツ語なので日本の方にも楽しめます。下記リンクから全19章を見ることができます。

https://vimeo.com/album/2464396

 

単行本「Kraftwerk Schweiz」、Anton Gunzinger

スイスにはエネルギーヴェンデ、100%再生可能エネルギーを学術的な視点から強く推進する著名大学の教授が何人かおり、エネルギーヴェンデ政策の論理づけや研究において重要な存在となっています。チューリヒ工科大学ETHのコンピューター開発の教授であるアントン・グンツィンガーさんはその1人。100人の従業員を抱えるスーパーコンピューティングシステムズ(SCS)社の社長でもあります。 

グンツィンガーさんは自社で、スイスの様々なエネルギーシナリオを計算、ビジュアル化、安定供給をチェックし、需給や損失、経済性を計算できるシュミレーションシステム「SCSエネルギーモデル」を開発しました。そしてこのシステムを用いて、自らいくつかのシナリオを計算したところ、本人も驚いたことにスイス国内の資源で100%再生可能エネルギーによる電力を供給することが技術的にも経済的にも可能であることが分かったそうです。

また、再生可能な電力の増産と省エネにより、熱と交通という二大CO2排出源の再エネ転換が可能になることも判明しました。さらにこれらが、石油とガス価格が今後20年間過去50年と同様の傾向で上昇するならば、現状を維持するよりも再生可能エネルギーへの転換がずっと安いエネルギー源を確保できるという結論に到っています。

グンツィンガー教授と専門ライターが、こういったシナリオや必要な省エネ・スマート化などについてとても分かりやすい言葉で説明したのが、今年刊行された単行本「Kraftwerk Schweiz(発電所スイス)」です。スイスにお住まいの方には是非読んで頂きたい一冊です。

下記のSCS社のサイトでは、「現状維持」、「グンツィンガー・シナリオ」、「国のシナリオ」の比較を見ることができます。さらに読者自らがパラメーターを変えて、シナリオをシュミレーションすることもできます。

http://www.kraftwerkschweiz.ch/app/main?model0=StatusQuo&model1=Gunzinger&model2=NeueEnergiePolitik

参照:本 “Kraftwerk Schweiz“, Anton Gunzinger, Zytglogge Verlag、http://www.scs.ch/home.html

 

ニュース


●猛暑で太陽光発電量の記録

欧州中部では猛暑となった2015年の夏。フラウンホーファー・ソーラー・エネルギーシステム研究所(ISE)によると、ドイツでは7月に太陽光発電が5.18TWhを発電した。これは同時期の原発発電量に相当する。スイスでも太陽光の発電量が記録を更新。太陽光産業連盟のスイスソーラーによると、7月には平均して電力需要の5%が太陽光発電により生産されていた。電力需要の低い日曜日には、その割合は20%にも達した。

参照:SES Newsletter

 

●ハイブリッド・エネルギーセンター 「アールマット」がオープン

再生可能エネルギーによる未来の地域エネルギー・システムでは、熱・ガス・電力の分野が融合して、必要に応じて様々な形態でエネルギーを貯蔵したり、転換するハイブリッド・エネルギーセンターが重要な役割を果たすようになると考えられている。

そのヴィジョンがソロトゥルン地域で実現しつつある。同市のエネルギー公社であるレギオエネルギー・ソロトゥルンは、6月にツッフヴィール町にハイブリッド・エネルギーセンターをオープンした。この地点は、同社のガス網、水道網、電力網、地域暖房網が交差する地点となっている。

ハイブリッド・エネルギーセンターに設置されているのは、ガス・コージェネ、ガスボイラー、電気分解装置、水素タンク、そして容量100立方メートルの3つの大型蓄熱タンク(貯湯タンク)である。例えば電気分解装置で、夏の間に余剰に生じる太陽光電力から水素を作り、これを長期的に保存することができる。

熱(温水)や水素として保存されたエネルギーは、必要に応じて、必要な形態に転換してエネルギー網(ガス管、送配電網、地域暖房網)に供給することができる。 同施設は、スイスで最初のパワー・トゥ・ガス施設の一つでもある。

参照:Zukunft ist erneuerbar! 03/2015

http://www.hybridwerk.ch/

 

●トローゲン村の木質バイオ発電型地域暖房

バイオマス資源の持続可能なカスケード利用と高効率利用を基盤とするスイスでは、木質バイオマス発電は限られた、適切な立地でしか行われていない。とはいえ年々少しずつ地域に根付いた、堅実な中規模設備が数を増やしている。中規模設備ではORC発電が一般的で、安定した運転実績に裏付けられている。

2015年から、東スイスのシュパイヒャー・トローゲンの2村では、既存の地域暖房網の熱源を交換する際にORC発電を導入した。まず、両村にあった3つの地域暖房網を結合させ、古いボイラーは非常用として残した。2014年には既存の2MWのチップボイラーに加えて、4.2MWの新しいボイラーとORC発電モジュールが追加で設置された。

発電量は一年で2GWh、450世帯分を予定している。さらに排気ガスから熱回収を行う排ガスコンデンサーを設置して、熱利用効率をさらに向上させている。配管路網の長さは14km、これまでに150棟が熱供給を受けている。電熱併給を行うのは、地元の電力会社SAKが所有するエレクトロ・シュパイヒャー・トローゲン株式会社だ。

参照:EE-News 8月26日

 

●連邦エネルギー庁がスイス全土のソーラー屋根台帳を製作

これまで自治体単位で製作されていたソーラー屋根台帳。太陽光や太陽熱への屋根の適性を、誰もがインターネットでで調べられるようにするツールだ。スイスの連邦エネルギー庁は、連邦気象・気候庁と地形測量庁との協働で、国全体を覆うソーラー屋根台帳を製作することを発表した。エネルギー庁では、これをポテンシャルのコミュニケーションだけでなく、今後のソーラー普及サービスのツールとしても活用していく予定。2016年頭には3分1が整備・公開され、その後2018年までにスイス全土の屋根台帳が公開されていく予定だ。

参照:連邦エネルギー庁プレスリリース

 

●スイス:120箇所のウィンドパークで電力の10%

福島第一原発事故の後に、スイスでも様々な地域で小規模なウィンドパークの計画が、地域主体により着々と進められている。オーストリアやドイツと比べて計画許認可や直接民主主義的なステップ、反対団体の対応などが複雑なスイスでは、プロジェクト実現までに多大な年数を要し、進行は遅々としている。しかし2020年頃(?)には、そんなスイスでもウィンドパークがちらほらと見られるようになるだろう。

スイスの風力推進団体であるスイスエオルによると、風力は2050年までに7%強の電力を供給できるという。そのためにスイス中の120箇所に800基の風車が設置されることが必要となる。スイスエオルと内閣の目標は、設置量を10%に上げることだ。風況が良好なユラ山脈地方だけでも現在41カ所で311基の風車が計画中だ。

現在進行中のウィンドパークの中には、国境を挟んだ風力設置のコラボレーションも見られる。私の住むシャフハウゼン州はドイツと国境を接しているが、国境のすぐ側のドイツ側のヴィークス村には、両国の地域エネルギー会社が出資する大型風車3基が2018年頃に実現され、2万人分の電力を生産する予定である。これまでのところ反対団体は出ていない。

ボーデン湖北部では、南ドイツの8つの自治体のエネルギー公社や市民エネルギー会社、そしてスイスのシャフハウゼンの市の都市公社(SH Power)と州のエネルギー公社(EKS)が協働で地域風力の開発を行っており、開発に伴うリスクを分散している。

参照:Suisse Eole Newsletter、IG Hegauwind


 

最近の記事

昨年より新エネルギー新聞(農林社)に月刊でニュース記事を連載しています。

下記リンクにて何点かの記事を転載していますのでご覧ください。

 

「ドイツ:再エネ収入で空き家対策に成功、マスターハウゼン村」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/45500525.html

 

「オーストリア:鉄道架線に太陽光電力を注入、自己消費」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/45096658.html

 

「ドイツ: 太陽光、成長する自己消費向けビジネス」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/45067382.html

 

「ドイツ、ミュンヘン:都市公社が全世帯の電力消費量を再エネで生産」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/45081962.html

 

 

 

 


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