岩手の野づら

『みちのくの山野草』から引っ越し

病気帰郷・法華経との出会い

2017-11-27 08:00:00 | 理崎 啓氏より学ぶ
《『大凡の日々-妹尾義郎と宗教弾圧』(理崎 啓著、哲山堂)の表紙》
 さて、第一高等学校に入って「生きたる理想の人物新渡戸稲造」を見つけた妹尾の未来は明るかったはずだ。ところが皮肉なことに、2年になると重い病気に罹り、郷里に帰って療養する羽目になったという。その辺りについては、理崎氏によれば、あらまし、
 絶望した妹尾は何度か自殺を企て、母に誡められたのも一度や二度でなかった。それを心配した兄が空気銃を買え与えたところ、妹尾はそれに夢中になり、雀を撃って遊ぶようになった。それが縁である豆腐屋の主人と知り合いになり、同主人から「小鳥も命は惜しいでしょう。時間潰しに殺生をするよりも、豆腐の臼ひきやお題目を唱える方がどれほど良いかしれません」と言われて妹尾は感動し、それ以降その主人の言う通りに実践した。
            〈26p〉
ということである。つまり、これが法華経との出会いになったと言える。また理崎氏によれば、
 そしてその感動の理由につ妹尾は後に、
〈極貧の老爺が静にリズミカルに法華経を読んでいる態度は安穏の心境で、後光が射していると思われるほどであった。それが、煩悶して止まない自分の心を魅了した〉
と講演で語っている。
            〈26p〉
という。となれば、妹尾はこの事が切っ掛けでその後熱心な法華経信者となったわけだが、この病気による挫折がなかったならば少なくともこの豆腐屋の主人と出会うこともなかったであろうから、たしかに、人生って何が幸いするか分からないものだということを教えてくれる。

 さらにこういうことも理崎氏は紹介している。
 ある日、手に取った法華経のページに、「至極大乗不可思議」との文句があった。
    至極の大乗は思議すべからず
この文によって、妹尾は大自然の中で命が育まれ、病める者は癒やされ、悩める者は慰められる大自然の不可思議に気付いたという。…(投稿者略)…人生の実相は科学以上のものがある、自分の想像を遥かに超える深い世界がある、と直感したという。
            〈27p〉
 そこでまず、私はやはり基本的には科学者の端くれだなと、なんだかんだ言っても、科学的な見方考え方を優先し、尊重ているんだなとしみじみ思った。その一方で、「人生の実相は科学以上のものがある」と言われてみれば、おっ確かにそうとも言えるなと人生で初めて噛みしめたような気がする。そう言えば、岩手の山野にしばしば出掛けて行った際に感じているものももしかすると「大自然の不可思議」なのかもしれない。

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《鈴木 守著作案内》
 ☆『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』                  ☆『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)          ★『「羅須地人協会時代」検証』(電子出版)

 ☆『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』        ☆『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』      ☆『羅須地人協会の終焉-その真実-』

☆『「羅須地人協会時代」再検証-「賢治研究」の更なる発展のために-』










































 





























































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