無住心剣流・針ヶ谷夕雲

自分の剣術に疑問を持った針ヶ谷夕雲は山奥の岩屋に籠もって厳しい修行に励み、ついに剣禅一致の境地に達します。

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「無住心剣流 針ヶ谷夕雲」が電子書籍になりました

2013年04月24日 | Weblog

 

無住心剣流 針ヶ谷夕雲」が電子書籍になりました。

よろしくお願いいたします。

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目次

2013年03月05日 | 目次
針ヶ谷夕雲(はりがやせきうん)は陰流(かげりゅう)の流れを汲みながら、無住心剣流を編み出した江戸時代初期の剣豪です。
自分の剣術に疑問を持った夕雲は山奥の岩屋に籠もって、独り、厳しい修行に励みます。そこで出会ったお鶴という不思議な女性とのふれあいによって、少しづつ悟りを開いて行き、ついに剣禅一致の境地に達します。






    目次




1.からっ風が吹き抜けた‥‥‥上州名物のからっ風が吹いていた。

2.関ヶ原から大坂の陣‥‥‥慶長五年九月、関ヶ原の合戦が起こった。

3.岩屋観音1‥‥‥武芸者は岩屋の中で、彫り上げた観音像を前に座禅を組んでいた。

4.岩屋観音2‥‥‥観音様はゆっくりと近づいて来て、武芸者の隣に来て座ると、刀を押さえるように武芸者の手にさわった。

5.お鶴という女‥‥‥雪に覆われた山の中で、武芸者は立ち木を相手に木剣を打っていた。

6.お鶴と岩屋‥‥‥次の朝、朝稽古を終えて、岩屋の前で朝飯を食べている時、お鶴はやって来た。

7.焚き火を囲んで1‥‥‥焚き火の火が揺れている。岩屋の中で五郎右衛門とお鶴は酒を飲んでいた。

8.焚き火を囲んで2‥‥‥「まあ、飲め」と五郎右衛門はとっくりを差し出した。お鶴は笑うと空のお椀を手に取った。

9.傷だらけのお鶴‥‥‥次の日の朝、五郎右衛門はお鶴に起こされるまで、ぐっすりと眠っていた。

10.とぼけた和尚‥‥‥いい天気だった。昨日、積もった雪が光って眩しかった。

11.新陰流を忘れろ‥‥‥和尚の言われるままに、五郎右衛門はさっそく座禅を始めた。

12.抜けがら座禅‥‥‥五郎右衛門は一睡もせずに座り続けた。

13.昔話とお鶴‥‥‥「昔々‥‥」とお鶴は酔いにまかせて話を始めた。

14.行くな戻るな、たたずむな、立つな座るな、知るも知らぬも‥‥‥冷たい風の中、五郎右衛門は朝から木剣を振り続けていた。

15.花見酒‥‥‥お鶴が姿を見せなくなった。

16.夢想願流、松林左馬助‥‥‥お鶴は二日目の朝になっても目を覚まさなかった。

17.老いぼれ猫の境地‥‥‥五郎右衛門はお鶴が寝ている間は木剣を手にする事なく、彼女の看病と座禅だけに熱中していた。

18.お鶴と横笛‥‥‥五郎右衛門が木剣を構えて空を睨んでいると、「五右衛門さ〜ん」とお鶴が帰って来た。

19.仁王様の剣‥‥‥新たに、二人の生活が始まった。

20.月見酒‥‥‥「今晩は思いっきり飲むわよ」とお鶴は酒の用意をしながら楽しそうに言った。

21.相抜け‥‥‥木陰に座り込み、五郎右衛門は木剣を作っていた。







無住心剣流の系図



陰流  愛洲移香斎(1452-1538)


新陰流  上泉伊勢守(1508-1580頃)


神影流  奥山休賀斎(1526-1602)


真新陰流  小笠原源信斎(1550頃-没年未詳)


無住心剣流  針ヶ谷夕雲(1593-1662)


無住心剣流  小出切一雲(1630-1706)


無住心剣流  真里谷円四郎(1662-1742)



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奥山休賀斎

2013年03月05日 | 創作ノート
上泉伊勢守門下の四天王の1人です。本名は奥平孫次郎公重といい、三河の国、奥山郷の生まれです。
三河からどういう経路で上州まで来たのかはわかりませんが、伊勢守が上泉城にいた頃の弟子のようです。
伊勢守から印可を貰った後、三河に帰って奥山明神に籠もり、剣の奥義を悟ったと伝えられます。その時、新陰流を神陰流(神影流)に改めたようです。奥山流を称したという説もあります。
高弟には小笠原源信斎がいて、源信斎の門下に針ヶ谷夕雲がいます。若き日の徳川家康も休賀斎を武術指南役に迎えて、指導を受けています。
慶長7年(1602年)、77歳で亡くなりました。
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針ヶ谷夕雲(1593−1662)の関連年表

2012年09月03日 | 創作ノート
1590年 7月 11日 北条氏滅亡する。
     8月 1日 徳川家康、江戸城に入る。
1592年 1月 5日 豊臣秀吉、朝鮮、明への出兵を諸将を命じる。
1593年    夕雲、生まれる。 1歳
        この年、神子上典膳(後の小野次郎右衛門忠明)、徳川家に仕える。
1594年    徳川家康、柳生但馬守宗厳(石舟斎)へ入門。 2歳
1596年 閏7月  京都に大地震。伏見城倒壊する。 4歳
1597年 1月   豊臣秀吉、諸将に朝鮮再征を命じる。 5歳
1598年 8月 18日 豊臣秀吉死す。 6歳
    8月 25日 徳川家康、朝鮮撤兵を命じる。
1600年 5月 3日 徳川家康、諸大名に上杉景勝征討を命じる。 8歳
    6月 18日 徳川家康、上杉征討のため大坂を出発。
  7月 11日 石田三成、徳川家康追討のため挙兵する。
    8月 1日 西軍、伏見城を落とす。
   9月 1日 徳川家康、江戸を発して西上。
   9月 15日 徳川家康、関ヶ原にて西軍を破る。
1601年      柳生宗矩、徳川家剣術指南役となる。 9歳
1602年 2月 14日 徳川家康、江戸より伏見城に入る。 10歳
        奥山休賀斎(77)死す 。
1603年 2月 12日 徳川家康、征夷大将軍となり、江戸幕府を開く。 11歳
    4月   この月、出雲のお国、京都で歌舞伎踊りを演じる。
   7月 28日 徳川秀忠の娘千姫、大坂城の豊臣秀頼に嫁ぐ。
1605年 4月 16日 徳川家康、征夷大将軍を辞し、秀忠がこれに任命される。 13歳
    9月 30日 疋田豊五郎(栖雲斎、新陰流、69)死す。
1606年 3月 1日 江戸城増築工事を始める。 14歳
    4月 19日 柳生石舟斎(78)死す。
   5月 14日 榊原康政(59)死す。
1607年 1月 6日 江戸地震。 15歳
   2月 20日 出雲のお国、江戸城において歌舞伎踊りを演じる。
    8月 26日 覚禅坊胤栄(宝蔵院流、87)死す。
1608年 3月 11日 徳川家康、駿府城に移る。 16歳
1609年 1月   豊臣秀頼、方広寺大仏殿再興の工を起こす。 17歳
1610年 2月   徳川家康、名古屋城の築城を開始する。 18歳
   7月 15日 関西一帯に台風、被害甚大。
    10月 9日 駿府城炎上する。
1611年 3月 17日 徳川家康、上洛する。 19歳
    6月 4日 真田昌幸(65)死す。
    6月 24日 加藤清正(50)死す。
        この年、南光坊天海、僧正となる。
1612年 3月 21日 幕府、キリスト教を禁止する。 20歳
    4月 13日 宮本武蔵(二天一流)、佐々木小次郎(巌流)を破る。
1614年 4月 16日 京都方広寺の大仏殿竣工。 22歳
    5月 20日 前田利長(53)死す。
    7月 26日 徳川家康、方広寺大仏殿の鐘銘に異議を立て、大仏開眼供養を延期させる。
    11月 15日 徳川家康、秀忠、京都から大坂に出陣。
    12月 19日 徳川家康、豊臣秀頼の和議なる。
1615年 4月 6日 幕府、大坂征伐を命じる。 23歳
    5月 8日 大坂城落城。豊臣秀頼(23)、淀君(49)自害。
   閏6月 13日 一国一城令を布告。
   7月 7日 武家諸法度を下す。
   7月 17日 公家諸法度を下す。
1616年 1月 22日 徳川家康、発病する。 24歳
    4月 17日 徳川家康(75)死す。
    10月 26日 幕府、天海僧正を日光山に遣わし祖廟の経営に当たらせる。
1619年 12月 2日 奈良大火。 27歳
1620年 1月 18日 幕府、諸大名に大坂城修築を命じる。 28歳
1621年 12月 13日 織田有楽斎(75)死す。 29歳
1623年 3月 20日 上杉景勝(69)死す。 31歳
    7月 27日 徳川家光、征夷大将軍となる。
    8月 4日 黒田長政(56)死す。
1624年 7月 13日 福島正則(64)死す。 32歳
    9月 6日 豊臣秀吉夫人、高台院(83)死す。
1625年 4月   富田越後守重政(富田流、62)死す。 33歳
    4月 27日 毛利輝元(73)死す。
    11月    天海僧正、江戸忍岡に東叡山寛永寺を創建する。
1627年 1月 4日 蒲生忠郷(25)没し、幕府その封を没収する。 35歳
    8月    東海、南海諸国に洪水。
    9月 30日 江戸大火、多数死亡する。
1628年 11月 7日 小野次郎右衛門忠明(一刀流、69)死す。 36歳
1629年 5月 7日 丸目蔵人佐長恵(タイ捨流、90)死す。 37歳
    10月   女浄瑠璃、女舞、女歌舞伎など禁じられる。
1631年 3月 13日 信濃国浅間山噴火する。その灰、江戸に降る。 39歳
    4月 2日 江戸浅草寺焼失。
    8月   関東地方、大洪水。
1632年 1月 24日 徳川秀忠(54)死す。 40歳
        この頃、夕雲、本郷駒込竜光寺の虚伯和尚(東福寺240世)に参禅する。
1633年 1月 20日 関東地方大地震、小田原、全壊する。 41歳
1634年 11月 7日 荒木又右衛門(新陰流)、伊賀上野で河合又五郎らを討つ。 42歳
1635年 1月 25日 江戸大地震。 43歳
    6月 21日 幕府、参勤交替の制を制定する。
    9月 6日 幕府、キリスト教厳禁の令を再び下す。
    10月    松山主水(二階堂流)、暗殺される。
1636年 5月 24日 伊達政宗(72)死す。 44歳
   5月    幕府、ポルトガル人を長崎出島に隔離する。
   8月   柳生但馬守宗矩、大名となる。
1637年 10月 25日 肥前国島原のキリスト教徒蜂起する。 45歳
1638年 2月 27日 島原の乱、鎮圧される。 46歳
1639年 8月 11日 江戸城本丸炎上する。 47歳
1641年 1月 30日 江戸大火、二千戸焼失。 49歳
1643年 6月 27日 東郷藤兵衛重位(示現流、83)死す。 51歳
   10月 2日 天海僧正(108)死す。
1645年 12月 11日 沢庵宗彭(73)死す。 53歳
1646年 3月 26日 柳生但馬守宗矩(76)死す。 54歳
1647年 5月 13日 江戸大地震。 55歳
1648年 2月 12日 禅栄坊胤舜(宝蔵院流、60)死す。 56歳
1649年 6月 20日 江戸大地震。 57歳
        神谷伝心斎(67)、真陰直心流を起こす。
1650年 1月 16日 柳生兵庫助利厳(73)死す。 58歳
    3月 21日 柳生十兵衛三厳(44)死す。
1651年 4月 20日 徳川家光(48)死す。 59歳
   7月 26日 由井正雪(47)自殺する。
1657年 1月 18日 江戸大火。 65歳
1658年 1月 10日 江戸大火。 66歳
1660年 1月 14日 江戸大火。 68歳
1661年 1月 15日 皇居火災。 69歳
1662年     針谷夕雲死す。 70歳
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21.相抜け

2008年02月03日 | 無住心剣流・針ヶ谷夕雲
 木陰に座り込み、五郎右衛門は木剣を作っていた。昨日、また、折ってしまい、何本も作っておいた木剣が、とうとう、なくなってしまった。お鶴から教わった唄を口ずさみながら木を削っていた。

 突然、照れ笑いをすると空を見上げた。

 昨夜、満月がよく出ていたのに、今日は一雨来そうな、うっとおしい空模様だった。流れて行く雲を眺めると舌打ちをして、また、木剣を作り始めた。

 わしが彫刻に熱中している時、それは、お鶴が笛を吹いている時と同じじゃな。

 空(クウ)じゃ。

 剣も空。剣だけじゃなく、常住座臥(ジョウジュウザガ)、これ、すべて空。

 人間も空。花も空。

 敵もなく、我もなし。

 敵も殺さず、我も殺さず。敵を生かし、我も生かす。これ活人剣(カツニンケン)なり。

 お鶴が言うように馬鹿になりきればいいんじゃ。喧嘩になったら逃げればいい。唄でも歌いながら逃げればいい。なにも一々強がってみせる必要などない。人がどう思おうと気にせず、生きて行けばいいんじゃ。しかし、わしにそんな生き方ができるか。馬鹿になりきれるか。お鶴のように、明けっ広げになれるか。

 これは剣の修行より難しそうじゃな。まあ、この先、お鶴と付き合って行けば何とかなるじゃろう。

 お鶴は川に洗濯に行ったが、どうせ、また、魚と遊んでいるのじゃろう。勝手に魚に、お亀さんなんて名前を付けて、今頃、馬鹿な話でもしてるんじゃろう。

 ねえ、お亀さん、今度、あたしんちにいらっしゃいよ。御馳走してあげるわよ。

 あら、お鶴さん、あんたのいい人、連れて来るんじゃなかったの。

 それが駄目なのよ。うちの人、堅物なのよ‥‥‥なんて話してるんじゃろ。

 あれは本物の馬鹿じゃ‥‥‥うむ。間違いなく、本物の馬鹿じゃ。

 五郎右衛門は一人でニヤニヤしながら木剣を彫っていた。

「キャー、あなた!」

 突然、お鶴の叫び声が聞こえた。

 五郎右衛門は慌てて、小川の方に走った。

 お鶴は洗濯物を真っ赤に染めて、小川の中に倒れていた。側には、戦場から抜け出して来たような武士が血の付いた太刀を引っ下げたまま立っていた。ボロボロになった鎧(ヨロイ)を身に付け、目付きが異様に光っている。

 何じゃ、こいつは、と思いながら五郎右衛門はお鶴を抱き起こした。

「おい、しっかりしろ」

「あなた‥‥‥」

 お鶴は苦しそうな顔をして、五郎右衛門にしがみついて来た。

 お鶴の左肩が割れていた。パックリと割れて血が溢れ出していた。左手が今にも、もげそうにぶら下がっている。

 五郎右衛門は慌てて、割れた肩をつなげようと、お鶴の体を強く抱き締めた。

「一体、どうしたんじゃ」

 五郎右衛門は、うなだれているお鶴の頭を持ち上げた。お鶴の暖かい血が五郎右衛門の体を濡らしていた。早く、血を止めなくてはと焦ったが、血はドクドクと流れていた。

「おぬしも裏切りおったな」と鎧武者(ヨロイムシャ)が五郎右衛門の後ろで、訳のわからない事を言った。

 五郎右衛門はその時、あの野郎がお鶴を斬ったんだと気づいた。

 あの野郎を斬らなくてはならん‥‥‥と思ったが、お鶴を放っておく事はできなかった。

「お鶴、しっかりするんじゃ」と五郎右衛門は叫んだ。

 お鶴は五郎右衛門を見つめ、何かを言おうとしていたが言葉にならなかった。

「その女はわしらを裏切りおった。おぬしも仲間じゃな。お前らのお陰で、わしらは挟み打ちに会ったんじゃ。殺してやる!」

 鎧武者は太刀を振り上げ、五郎右衛門に斬り付けて来た。

「あなた!」とお鶴が必死に叫んだ。

 五郎右衛門は彫り掛けの木剣をつかむと素早く振り返った。

 あっと言う間だった。五郎右衛門の木剣は鎧武者の喉を突き通していた。五郎右衛門は木剣から手を離し、鎧武者から太刀を奪い取ると遠くに投げ捨てた。鎧武者は木剣を喉に貫かれたまま音を立てて倒れた。

 五郎右衛門はお鶴を抱き上げた。

「お鶴、しっかりしろ。死ぬんじゃねえぞ」

 お鶴はかすかにうなづいた。右手を伸ばし、五郎右衛門の肩をつかんだ。

「あなた‥‥‥お願い‥‥‥二度と、人を殺さないで‥‥‥」

「死ぬなよ。死ぬんじゃねえぞ」

「ね‥‥‥あなた‥‥‥約束してね‥‥‥」

「わかった。二度と人は斬らん。しっかりしろ!」

「あなた‥‥‥五郎右衛門様‥‥‥」

「お鶴!」

「ありがとう‥‥‥」

 お鶴は力尽きて、息絶えた。

「お鶴!」と五郎右衛門は叫んだ。

 目から涙が溢れ出して来た。お鶴を抱き締め、いつまでもいつまでも泣いていた。





 お鶴が死んでから、五郎右衛門は剣を取ろうとはしなかった。

 五郎右衛門はお鶴を、お鶴が気に入っていた岩屋の上に葬(ホウム)った。そして、墓の前に座り込んだまま、何日も何日も動こうとしなかった。

 人の気配を感じ、振り返ると和尚が立っていた。

「この馬鹿もん! いつまでも、そんな所に座っていてどうするんじゃ。情けない奴じゃのう。お鶴が墓の下で笑ってるぞ。お鶴の死を無駄にするな。お鶴を殺したあの男は気違いだったそうじゃ。沼田の城下で暴れて、六人を殺し、この山に逃げ来んだんじゃ。山狩りをしたらしいがの、捕まらなかったそうじゃ。運が悪かったとしか言いようがない。酒を持って来た。今晩、二人で飲め」

 和尚はそれだけ言うと帰って行った。





 五郎右衛門はお鶴の墓を相手に酒を飲んでいた。酔いが回り始めて来た頃、お鶴は墓の中から現れた。

「元気出しなさいよ、五右衛門ちゃん」とお鶴は陽気に笑った。

「お鶴、やっぱり、出て来てくれたのう」と五郎右衛門はお鶴の手を取った。

「出て来ると思った?」

「ああ。ろくに別れも告げずに行っちまったからの」

「御免ね」とお鶴は酒を注いでくれた。

「あの世は面白いか」

「うん。どこでも同じよ。楽しくやってるわ」

「相変わらず、あの調子か」

「そう、あの調子で遊んでるの。ねえ、あなた、今日限りで、あたしの事は忘れてね。あなたにはやるべき事があるわ。それをちゃんとやらなくちゃ。いつまでも、あたしの事を思って、くよくよしてたら、あたし、あなたの事、嫌いになっちゃうわ。ね、お願いよ」

「ああ」

「でも、絶対に、あたしの事、忘れちゃ、いやよ。わかる? あたしの事は忘れなくちゃ駄目だけど、決して、忘れちゃ、いやよ」

「わしにも、ようやく、そういう事がわかりかけて来た」

「じゃあ、今晩はお別れの酒盃(ツカヅキ)ね。あたし、もう二度と、あなたの前には現れないわ。その代わり、あたしはあなたの刀の中にいると思ってね」

「わしの刀の中にか」

 お鶴はうなづいた。

「あなたの刀は人を斬るために使ってはいけないわ。仁王様の刀と同じよ。人の心の中の悪を断ち斬るのよ。そして、世の中のために使ってね。もし、あなたが、その事を忘れて、人を斬るために刀を抜いたら、あたし、その刀を折っちゃうわ。そして、あなたは死ぬのよ。でも、そんな死に方をした、あなたなんかに、あたし、会いたくない。相打ちも駄目よ。自分を殺して相手も殺す。一見、正しいように思えるけど、よくない事だわ。死んだ二人はいいかもしれないけど、必ず、悲しむ人たちがいるはずだわ。あたしが死んで、あなたが悲しんだように、きっと、誰かが悲しむのよ。だから、人を殺しては駄目。御免ね、あたしらしくないわね、こんなお説教なんかして‥‥‥あなたなら、ちゃんとわかってくれるわよね。だって、あたしが惚れたんだもの。五郎右衛門様‥‥‥」

「お鶴‥‥‥」

「あたし、もう、しゃべる事、何もなくなっちゃった」

「何もしゃべらなくてもいいさ。一緒に酒を飲もう」

「うん」

 二人は無言で酒を酌み交わした。不思議な程、お互いの気持ちは通じ合っていた。

「お前を殺した、あの鎧武者は気違いだったそうじゃ」

「聞いたわ。関ヶ原の合戦の時、味方に裏切られて、あの人のいた部隊が全滅したんですって。あの人だけが生き残ったんだけど、逆に裏切り者扱いをされて、家族は殺され、関東に逃げて来たのよ。その後、沼田の真田家に仕えたんだけど、また、仲間に裏切られて、とうとう狂ってしまったらしいわ。戦があの人を狂わせてしまったのよ。あの人だけじゃないわ。大勢の人が戦で人生を狂わせてしまったの。戦のない世の中を作らなければいけないわ」

「そうじゃな‥‥‥戦のない世の中をな」

 最後にお鶴は横笛を吹いてくれた。

 夜のしじまに優しい笛の音が流れた。





 五郎右衛門は目を覚ました。

 夜が明けようとしていた。

 東の空が明るくなっていた。

 お鶴はもういなかった。お鶴が座っていた所に、小さな草が生えていた。

 一輪の小さな花が、今にも咲きそうだった。

 つぼみがほころび始めている。五郎右衛門は、その花をじっと見つめていた。花は少しづつ、少しづつ、ほころび、ピンという音を立てて力強く開いた。可憐で、綺麗で、可愛い、その小さな花は、お鶴そっくりだった。

 五郎右衛門は、その白い華奢(キャシャ)な花びらに触れようと右手を伸ばした。そして、触れようとした時、花の中から一滴のしずくが、五郎右衛門の手のひらにこぼれ落ちた。

 五郎右衛門は、その時、何かが、パッとはじけたような気がした。

 もう一度、花を見つめた。

 花はそこに咲いていた。何も言わず、ただ、無心に咲いていた。

 五郎右衛門は刀を取ると、素早く一振りしてみた。

「これじゃ! これじゃ!」

 五郎右衛門はもう一度、刀を振り下ろしてみた。

「これじゃ! お鶴、やっとわかったぞ。活人剣‥‥‥そして、お前が言う仁王様の剣‥‥‥」

 五郎右衛門は刀を鞘(サヤ)に納めようとした。そして、気が付いた。刀の鍔(ツバ)もとに鶴の彫刻が彫ってあった。鶴が気持ち良さそうに空を飛んでいる。いつか、お鶴と一緒に見た夕雲の姿だった。それだけではなかった。その刀には刃が付いていなかった。綺麗に刃びきしてあった。

「お鶴め、やりやがったな‥‥‥」と五郎右衛門は笑った。そして、大きくうなづくと、「これで、いいんじゃ」と言った。

「今のわしには刀の刃なんて必要ない。お鶴、ありがとうよ。お前は死んでまでも遊んでいやがる」

 五郎右衛門は花を見た。

 何となく、その花が笑ったような気がした。







 五郎右衛門は和尚と立ち合っていた。

 和尚はいつものように杖を突いたまま突っ立ち、五郎右衛門は腰に刀を差したまま突っ立っていた。

 二人とも、ただ、ぼうっと立っているだけのように見えるが、和尚は五郎右衛門の心境を読み取っていた。

「できたようじゃな」と顎髭を撫でながら和尚は言った。

 五郎右衛門はうなづいた。

「『相抜け』とでも申そうか。相手を生かし、己も生かす。何事にも囚われず自由自在。名付けて、無住心剣」

「ムジュウシンケン?」

 和尚は杖で、土の上に『無住心剣』と書いた。

「お鶴の剣じゃな」

「無住心剣か‥‥‥」

「お鶴もきっと喜んどるじゃろ。あの女の事じゃから、お釈迦様相手に、おぬしの自慢でもしてるかもしれんのう‥‥‥さて、おぬし、これからどうする」

「はい。この無住心剣の使い道を捜しに行きます」

「そうか、うむ」

「とりあえずは江戸に帰り、それから、明(ミン)の国(中国)に渡ってみようかと思っています」

「明の国か、それもいいじゃろう。おぬしの無住心剣、どこに行こうと大丈夫じゃ。明に行って、もっと色んな人間を見て来るがいい」

「はい」







   およそ太刀を取りて敵に向かわば

           別の事は更に無く

   その間遠くば太刀の当たる所まで行くべし

           行き付けたらば打つべし

   その間近くばそのまま打つべし

       何の思惟(シイ)も入るべからず




    かけたる事なき大空

       されど

       そこに

      何やら動くものあり

           進むべき道を進みゆく




         無住心剣流 針ケ谷五郎右衛門







 五郎右衛門は紙にそう書くと丸めて、お鶴の像の前に置いた。

 三ケ月余り、世話になった岩屋に別れを告げると、お鶴の墓の前に座った。

 墓に酒を飲ませ、自分も飲むと、

 ♪ 空飛ぶ気楽な鳥見てさえも、あたしゃ悲しくなるばかり〜

 と小声で歌った。

 可憐に咲いている小さな花をちょこんとさわると両手を合わせた。

 五郎右衛門は軽い足取りで山を下りて行った。







 晩年近く、五郎右衛門は江戸に無住心剣流の道場を開き、多くの門弟を育てた。その門弟の数、二千四、五百にも及び、無住心剣流は一世を風靡(フウビ)した。

 同じ頃、お鶴の仇である松林左馬助も夢想願流の道場を開いた。

 五郎右衛門と左馬助が試合をしたかどうかはさだかではない。

 五郎右衛門が晩年、夕雲(セキウン)と号したのに対し、左馬助は無雲(ムウン)と号した。

 お鶴という一人の女を愛した、同い年の二人の武芸者は、お互いに相手を意識していた事は確かだろう。





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