フラグメント112:「告発のとき」・・・説得の対象と包摂

2011-04-11 18:19:38 | フラグメント

今回は2007年の映画「告発のとき」の覚書を取り上げる。ただ、覚書からかなり時間が経過しているので、最初にまとめを書いておき、その後に覚書をそのまま載せるという形にしたい。


昔「ディアハンター」のレビューの中で、私は「もしアメリカ側への偏りを製作者が無邪気に持っていたのであれば、私は失笑するだけのことだ」と述べたことがある。そういう視点に基づくならば、この「告発のとき」もまた「侵略者アメリカが自らを被害者として描いた作品」として批判的に見ることも可能である。しかしながら、それは多分に戦略的なものであり、ただそれを批判するのは表面的な評価と言える。よってここでは、作者が自らの主張を伝えるためふんだんに盛り込んでいる演出の戦略性に注目していきたい。作品のキーワードを一言で表せば「包摂」であるが、それを念頭に置いて4つの項目を立てて論じていきたい。


1.「犯人」は誰か?
一体何が主人公の息子を死に追いやったのか?麻薬?メキシコ人?惨殺された息子の死の真相を暴く行為は、サスペンス的なものだと言える。しかし、「わかりやすい」理由を求め、信じていたものに裏切られるという展開は、むしろイラク帰還兵の病理から目を背け、カバーストーリーへ逃げ込もうとする現実のアメリカ人の精神性をこそ象徴していると思われる(たとえば、あれだけ頭が回る主人公が「戦友」あるいは軍人というものに関しては目が曇って事実を読み違えてしまったり、女刑事が帰還兵の病的な行為を甘く見積もってしまったことなどがそれにあたる)。

ここで興味深いのは、主人公が(半ば)諸悪の根源として断罪しようとしたメキシコ人が無実だとわかり、主人公が謝罪しつつ彼と語らうシーンだ。そこでは、メキシコ人は犯罪を持ち込む存在としてではなく、むしろイラクでの苦悩を共有する仲間として描かれている。別の言い方をすれば、戦争によって生じた病理のスケープゴートとして排除されようとしたメキシコ人という存在が、同朋として包摂されているということである(なお、移民アレルギーの日本人が作中のようなレッテル貼りを嗤うことはできない)。このような観点でいくと、女刑事が男性問題で揶揄される描写がわざわざ出てくる理由も、(様々な家族の形態に対する)排除と包摂の問題として容易に理解されるところだろう(それに加えて、「主人公―女刑事の息子」の絡みはエートスの伝達という意味合いもあると思われるが)。

ところでこのような描き方は、宗教や人種などにおいてキメラ的存在たるオバマが大統領になったことも合わせて考えるとおもしろい。彼は単に出自的な面で様々な要素を併せ持っていただけでなく、「対プロテスタント」、「対カトリック」、「対白人」、「対黒人」、といった形で敵を見つけ出すことによって団結するのではなく、包摂を強調する方向を打ち出していた。この作品は、そのような彼が支持されるような時代の雰囲気を象徴、ないしは先取りしているように思うのだがどうだろうか。

もっとも、ここで多少なりとも冷静な視点を持っている人なら、「その包摂の範囲は?」という疑問を持つに違いない。先の「ディアハンター」の主人公たちがロシア系移民だったこととも絡むが、アメリカ国民として認められるために、たとえば日系アメリカ人たちが自らすすんで戦地へ赴いていったことはよく知られている。「告発のとき」においてアメリカ国民という枠組みが強調されているわけではないが、境界線の恣意性というものは常に問題にならざるをえないのである(cf.「グラン・トリノ」)。そのような見地に立って、「包摂といっても結局アメリカ国民の範囲にすぎず、同じことの繰り返しになるだけじゃないのか」とこの作品を批判するのなら、それは私もよくわかる。ただいずれにしても、この作品が単なるサスペンス以上の要素を持っている点についてはいくら強調してもしすぎることはないだろう。


2.主人公の設定
主人公は退役軍人となっているが、これはイラク戦争に肯定的な人たちに対して主張を届けるため戦略的に採用された設定であることは明白だ・・・などと言えば、「実話」を元にしているのだから考えすぎではないかと思う人がいるかもしれない。しかし単に実話を元にしたのであれば不自然な、あるいは過剰な発言や行動が目立つ。たとえば国旗の扱い方、繰り返し描かれる身だしなみへのこだわり(?)はそうだが、その他イラク兵士への敬意を示すのはまだわかるにしても、あからさまに怪しい息子の同僚を疑おうとしない態度はそれ以外での頭のキレ方と不自然なまでに対照的である(ご丁寧に女刑事が突っ込んでくれるので意図的な演出だとわかる)。以上のような根拠から、主人公の描き方はこの作品を最も見せるべき対象、すなわちアメリカの危機的状況(病理)を認めようとしない人たちに対して言葉を届けるための戦略的なものであると考えるべきだろう(最も強く説得すべき相手は誰かと問われれば、それはやはり自分の反対者だろう)。ゆえに、主人公はあたかも「古き良きアメリカ」の体現のような印象を受けるが、作者はその様をベタに理想視しているわけではない。このことは、たとえばトップレスの女性に対するズレた発言と対応(マダム・・・)、女刑事のまえで(下着姿だとみっともないので)乾いてないシャツを強引に着る描写などを見れば明らかだろう。ゆえに、主人公の発言や行動が作者のそれを体現しているわけではないことに注意する必要がある。


3.国旗の扱い 
最初主人公は、旗が反対にあげられるのは「国際的な救難信号」だと言って正しくあげ直させている(エルサルバドル出身の人間に「間違って」掲揚させている点も興味深い)。しかし最後は、むしろ自らが息子の送ってきた古い国旗を自ら逆さまにあげている。これは「古き良きアメリカ」の象徴である主人公が自国の危機的状況を認めたことを示すが、逆に言えば、それまで主人公は自国の危機的状況に気付いていなかったことになる。このような気付きの欠落は単に国だけでなく、息子のSOSの電話(シグナル)に気付けなかったという主人公の後悔、あるいは帰還兵の妻の相談(=犬を異常な形で殺したというシグナル)に取り合わず彼女を死なせてしまった女刑事の後悔とも連動する。なお、電話ごしであることの無力感は、妻とのやり取りでも強調される(「電話で泣かれても困る」という発言を想起)。

 

4.断片的画像の意味・効果
映画は断片的な画像によって始まる。これは謎を振りまいて視聴者を引き付けるという狙いはもちろんあるだろう。しかし、様々な立場の人間が作った映像を繋ぎ合わせる演出によってその恣意性を表現した「リダクテッド」のように、これから描かれる話が事実(現実)の一側面でしかないことを示す演出でもあると考えられる(さらに突き詰めれば「戦場でワルツを」のようにアニメ=全てが作為であることを暗示[バイアスを表現レベルで明示]するより徹底した表現方法になっていく)。このような見方が正しいなら、、“In the Valley of Elah”=「エラの谷」という原題もまた注目すべきものであると言える。というのも、邦題の「告発のとき」に比べれば一見無味乾燥な題名だが、むしろそれは(1)「暴露」イメージによって生じる視聴者の偏りを防ぐこと、(2)これこそが「真実」であると決めつけたような印象の回避、という二つの戦略性に基づいていると思われるからだ(ついでにもう一つ言っておけばダビデとゴリアテの話を印象に残すためか)。


以上のように、この作品は極めて戦略的な視点に基づいて発言や行動がなされており、それを念頭に置くか否かでずいぶん見え方が変わってくるだろう。もしこの記事によって興味を持った人がいれば、ぜひ一度視聴をおすすめしたい作品である。

 

<「告発のとき」> 
古き良きアメリカの体言→旗や兵士同士の関係への信頼、酒コミュニケーション方法は?真っ向から批判しても、むしろ反発してよりファナティックになるだけ。内側に入り込んで考えさせるにはどうしたらいいか。アメリカニズムを徹底するがゆえに批判するという構造。誰にその言葉を届けたいのか?を考えた戦略的表現(華氏911とは違う)→祟殺しの殺人→殺人はアカンとファナティックにであれ理性的にであれ考えている人にだけ届いても意味がない。主人公のズレをネタにしているところからすると、主人公=作者の視点ではない。戦略的な人格設定(君が望む永遠とキャラ)。刑事との並列→アンリアルのメタファー

 

<告発のとき2>
視点によって評価激変。何を表現してるか→イラク戦争の現実と病理→ありきたり、ベトナムで懲りんのか(ディアハンター、プラトーン)→評価低いbut主張をどのように表現しているか→大いに見所。イラク戦争の問題点を伝えなければならない相手は賛成者ex軍人、アメリカニズムを信頼する人たち。反対者だけに伝わる作品は効果薄い→華氏911の限界=ブッシュが悪者…「大統領暗殺」の方がよほど深部に踏み込んでる→死んでもチェイニーとかいてこーなるよ、みたいな。上映しない映画館(決める人は…)→アホでマヌケな大統領選。環境に対する理解が必要。それを念頭に置くと、主人公を退役軍人にした理由も自ずから

 

<告発のとき3>
明らか。外側から批判するのではなく内側から探っていく(内省?)。旗の扱い方、繰り返される服を畳む描写…人物造詣なら1.2回でいい、亜空間な推理力w(刑事の突っ込み、臭いもの蓋しようとする者達との対比)→カリカチュアライズの証。すると刑事やその子供の存在意義は?→エートスの伝達、単なる老人の回顧ではない。子供をひき殺す→思想以外の面で異常性を表現。メキシコ人、麻薬の描写と否定、苦痛の共有→安直な悪の否定、外敵米社会の特徴、SOSに気付けなかった父(息子の電話)、訴えをスルーした刑事の後悔。祟殺し編の殺人の描き方→悪人は吊せに対する有効なカウンターは?

 

<M>
善悪、フラグ、白痴、フラグ、幾度もリグレット、パートさんに以来、勤務予定、目標の提示、作業分担、優先、勤怠入力、設定、4/4の設定、今日の動き→資料準備、役割分担。アメニティとホスピタリティ、情報の共有化、ケーススタディ、四月の意味合い。最終週にクロージング。

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