天空の土木作業

鉄道模型レイアウトの制作記録

小湊鉄道 いすみ鉄道

2018-10-16 | 日記
去年の夏の旅行メモが残っていましたので、まとめてみます。

毎年、お盆前後にある館山出張。内房線から、外房線から、バスからと様々なルートを辿りましたが、今回は前日を移動日に当て、小湊鐵道といすみ鉄道を利用した念願の房総半島横断ルートで入ることにしました。
平日だったので、いすみ鉄道のキハ28、キハ52が運用に入らないのはわかっていました。ですから、乗り換え時間が出来るだけ短いスジで移動することにします。今回はとりあえず乗るだけです。



お盆期間でしたので、京阪、近鉄とも座って移動出来ました。京都駅に到着したとき、在来線を見ますと何となく違和感があります。205系が止まっているのです。3月のダイヤ改正で阪和線から205系が撤退したのは知っていましたが、奈良線に来ているのは知りませんでした。いっそ、帯をウグイス色に塗ってくれれば、被写体としてとても面白いでしょうね。

新幹線はグリーン車を用意していただいていましたので、久しぶりにグリーン車を満喫させてもらいました。京都発車後に喫煙コーナーから移動してきましたので、座席には紙おしぼりが置かれた状態になっていました。私も乗務員時代、繁忙期にはこのような横着をしていましたので、気持ちは良くわかります。
京都で買った自由軒のお弁当を食べます。自由軒自体、決して美味しいとは思っていないのですが、何だかついつい食べてしまいます。このお弁当は初めて食べますが、ご飯はベチョベチョ、コロッケはパッサパサでした。ただ、自由軒だからこんなもんだろう、という予想の範囲内なので何だか納得してしまうのです。



食後はゆっくり読書をしてグリーン車を満喫します。いいものです。快適ですからいつもより早く着いた気がしました。

切符は東京乗り換えになっていましたが、当然、歩く距離が短い品川で乗り換えます。品川での新幹線と横須賀線の乗り換えは本当に便利です。品川からは内房線直通の快速に乗り込みます。この後に成田エクスプレスがあるようで、スーツケースを持った外国人が沢山います。何が原因かわかりませんが、私の乗る列車は10分ほど遅れているようで、向かいの東海道線下りは30分遅れているようです。放送でしきりに、次の列車は成田エクスプレスではない旨を案内しています。やがて君津行きが入線、グリーン車に乗り込みます。7割りくらいは乗っていました。Suicaではなく切符のグリーン券でしたので、ランプが切り替わっていないことを確認してアテンダントがやってきました。私のグリーン券は『東京️-千葉』。これを『品川️-五井』に変えてほしいと告げると、何やら困り顔。アテンダントは『品川️-千葉』か、『東京️-五井』なら変更できるが、両方を変えることは出来ないと言います。では、どうしたら良いかを尋ねると、自分は東京駅で交代なので次に聞いて下さいと告げ、慌てて乗務員室に向かいました。



東京駅で多くの乗客が入れ替わり、グリーン車は3割くらいの乗車率になりました。
交代したアテンダントが検札にきます。もう東京駅を発車した後ですが、品川から乗っている旨を告げても、やはり対応が難しいらしく、そのまま五井までの変更となりました。
本来ならハイボール片手にほろ酔い旅行といきたかったのですが、この日は朝まで飲んでしまい気分が優れず、お茶だけで済ませています。せっかくの快適なグリーン車での移動ですのに、勿体ない話です。
総武快速線は新小岩まではよく利用するのですが、その先に乗ることはあまりありませんので、グリーン車からの景色を楽しみたいところでしたが、まあここでもほとんど寝てしまいました。
気が付けば千葉駅を過ぎていて蘇我駅でした。危ないところです。
この列車は五井到着1302。終点までいく上総中野行きは1344発なので、時間に余裕があり、食事を取ることも出来ますが、どうせなら途中駅で降りてみたいとも思いましたので、1本前の1307発上総牛久行きにのって段落ちすることにしました。時刻表を繰っている間に、五井駅に到着です。



跨線橋を上がり、連絡改札へ。券売機で切符を買います。往復割引やら、いすみ鉄道との連絡割引やら、いろいろ企画切符があるようでしたが、5分しかなかったのでとりあえず牛久までの切符を買い、ホームに降ります。構内の気動車群を1枚撮影したところでジリリリリとベルが鳴り、列車に飛び乗りました。
ガラガラガラと思い音を立ててドアがしまり発車。気動車の旅がスタートです。
列車は単行で、立ち客が出るほどの乗車率。普段使いの人が半分、観光客が半分ほどでしょうか。ガイドブックやらを見ている人も多いです。千葉駅からほんの20分くらいで、このローカル感が味わえるのは、私みたいな人間にはいいスポットだと思います。クーラーは付いていますがさほど冷えてなく、逆にそれくらいが心地よいです。ディーゼルの香り、振動、いいですねー。あっという間の30分、上総牛久に到着です。



2面3線の立派な駅です。駅前からは羽田空港行きや横浜行きのバスが発着します。そんなことはさて置いて、ここで食糧を確保しませんと、この先は乗り換えばかりでいつご飯にありつけるかわかりません。駅前にいい雰囲気の蕎麦屋さんがありましたので、しめたと手を打って入店しましたが、ご夫婦お二人で切り盛りしていて、40分以上は掛かると言われましたので諦めました。言い訳をする時間はあるようです。もう一軒ある中華屋さんは閉店。駅前の国道まで出ましたがコンビニは無く、遠くにファミレスがありましたが歩いて10分は掛かりそうです。失意のうちに駅へ戻りました。
振り返ると商店街のアーケードには「南市原まちづくりナウ」と書かれていました。ツイッターの文面の走りはここのようです。



缶コーヒーと煙草で空腹を癒し、上総中野行きに乗車しました。こちらは2両編成、まあまあ乗っています。
途中、後ろ向きに走ってくるトロッコとすれ違いました。「里山トロッコ」というみたいですね。こんな列車が走っていること自体知らなかったので、とても驚きました。調べてみると2時間くらい早くに来ていれば乗れていたこともわかり、がっかりです。いすみ鉄道のことばかり考えていたのが仇となりました。いつも言いますが、本当に計画性の無さで損していると思います。



だんだんと山間の風景になっていきます。ああ、ここをあのトロッコで走れば楽しかっただろうなとまたまた後悔です。乗客がだいぶ減ってから、社内検札がありました。切符の発券もしています。途中駅から乗ってきた地元のかたと親しげにお話しされています。いい雰囲気ですね。終点のひと駅手前、養老渓谷駅でほとんどの人が下車しました。紅葉の時期には大層賑わうらしいです。夏場はどんな目的でしょうか。
車内が寂しくなった気動車は最後の力走をみせ、15時ちょうどに終着の上総中野駅に到着です。



山間の静かな上総中野駅、、、を想像していたのですが、何やら観光客で賑わっています。マイカーで駆けつけてローカル線の風景を楽しまれているのか、これから鉄道を利用するのかはよくわかりませんが、半分くらいはマイカーでしょうか。わずか2分の乗り換えですので、駅舎を見ることもなく、隣のホームの列車に乗り込みます。私鉄ディーゼルカーが並ぶこの光景、何十年も前にタイムスリップしたような、社員の中に吸い込まれたような、それくらいインパクトのある現実が目の前にあります。わずか数十秒しか見れませんでしたが、来て良かったと思える瞬間でした。



乗り込んだのはキハ20 1303。この車両の存在は知っていましたので、キハ20が来た!と騙されることはありませんでした。車内はまだまだ新車の感じが漂う綺麗なものですが、本当によく外見を似せているなと感心します。
走りは軽快そのもの、滑るように走ります。途中、徐行してなにやら池のほうを見ろというアナウンスがありました。池のほとりにはムーミンのキャラクターが何体か置かれていて、みなそれを写真に収めていました。なぜムーミンなのかは何かの記事で読んだことがありますが、別にこの地だからどうこうという理由はなかったと思います。しかし、ムーミンや菜の花やと観光鉄道の要素を濃くしたことで廃止の話は無くなり、そこからキハ52、キハ28を導入してなお集客しているのですから素晴らしいことです。



列車は大多喜駅に到着。この列車は時刻表上では大多喜行きですが、ここで10分停車して同じ車両が大原行きになります。ただ、上総中野から車体の行先は既に「大原」になっていました。
そしてここにいました!キハ28です。残念ながら顔は蔵の中に隠れて見えませんが、一部を見ただけでそれはもう紛れもないキハ28。やはり、一度乗ってみたいですね。そして連結されているのはキハ52!せっかく導入したキハ52も、修繕が出来ず廃車の危機となっていたところを、クラウドファンディングで1000万円を集めて修復されたという記事を読みました。愛されているのですね。そして、いすみ鉄道や鳥塚前社長の取り組み、姿勢に感服いたします。そのおかげあって、こうして今の時代でもこの車両たちを見ることが出来る訳です。目に焼き付けるように国鉄型車両を見つめます。



再度、大原行きとなったキハ20 1303に乗り込みますが、ここでややこしい仕事のやり取りが始まり、あっけなく大原に着いてしまいました。残念です。
大原駅でJRの改札に向かいますと、結構人がいて賑やかです。放送でも、次のわかしおは満席だとか、上総一宮からも自由席を連結するだとか、いろいろ言っています。さすが海水浴シーズンの房総特急、すっかりバスとマイカーにシェアを奪われてますが、この時期だけは存在感があります。27分の乗り換えで普通に乗る予定でしたが、まあちょっとだけ特急に乗ろうと、15分前の「わかしお11号」に乗りました。終点の勝浦までは10分ちょっとの移動ですが、特急を満喫します。



勝浦では「BOSO BICYCLE BASE」の受付所みたいなところを見つけました。209系を大胆に改造した房総バイシクルベース。いろんな商品が発売されているようで、一定の支持を受けているのでしょう。私が乗務していたころの寝台特急「日本海」に連結された、マニ50改造の「日本海モトとレール」号を思い出しますが、さすが東日本、各所スマートです。勝浦駅の構内にはSNS映えを狙ったようなアイテムが陳列されていて、これも面白いです。
約30分の待ち時間で本来乗る予定だった普通列車に乗り込み、安房鴨川1714着です。



安房鴨川に来るのは2年ぶりくらいでしょうか、夏はやはり活気のある街です。このまま3分の接続で館山方面への列車に乗っても良かったのですが、明日の準備やらで買い物があり、鴨川で1時間弱の時間を取りました。
駅前のスーパーで買い物し、何か食べるにはちょっと足りないくらいくらいの時間。今朝がたの飲み過ぎであれだけ気分が悪かったのに、この時間になるとケロッと忘れてしまうのはいけませんね。食事は館山でとるとして、軽くハイボールとつまみを買おうとコンビニタイプの売店に行きますと、なんと、この時間でも駅弁がひとつ売ってました!老舗弁当店、南総軒の「あわびちらし」です。209系のボックスシートに乗り込むやすぐ、包み紙をはがして食べ始めました。シンプルなお弁当ですが、朝の新幹線以来なにも食べてないことも相まって、まあこれが美味しいこと美味しいこと。具材とすし飯が絶妙に絡み合います。ハイボールもグビグビいってしまいます。しかも、交換で停まった南三原駅は、私の乗る先頭車の降りてすぐのところに灰皿があり、喫煙まですることができました。食に酒に煙草、たまりませんねー。予想もしていなかった区間で大満喫して、目的地の館山に到着です。



お弁当を食べたので、夕食はがっつり食べられるわけでもなく、かといってほんのちょっとつまめるようなお店を知っているわけでもなく、結局ホテルの部屋でテレビ見ながらチョビチョビやってましたが、せっかく知らない土地に来たのだからと街を歩きます。けっこう沢山、飲み屋さんがあることに驚きます。そして、多くは車で来て、入店していきます。後で知りますが、運転代行は充実しているそうで、車で飲みに来て代行で帰るのが当たり前なのだそうです。往復タクシーよりも安いのだとか。いつしか海まで来ましたので夜の砂浜を散歩します。しかしすぐ飽きて、また駅のほうに戻りますが、途中で浴衣を着たマネキンが置いてあるのをみつけ、面白半分にそのお店に行きました。店内は30名は十分入れるような大きなスナックですが、この日はママさんお一人でされていて、客も私だけでした。そこで先ほどの代行事情や、館山の産業、歴史なんかをたくさん聞かせてもらいました。これだから知らない土地のスナック巡りは辞められないのです。そして、お酒も辞められません。上機嫌で1日を締めくくります。



翌日は館山を21時15分発の千葉行きに乗って2時間半近く209系に揺られました。ここでも灰皿にありつけることができて、意外に苦になりませんでした。そのあとは総武線で移動して新小岩で飲み、銀座のホテルに泊まります。
翌日、仕事が終わって帰るまでの間に少し時間がありましたので、JAM・鉄道模型コンベンションに初めて行きました。
雑誌で見るレイアウトを実際に見ることが出来たり、新しい発見があったり、見たことないパーツを見つけたりして、それなりに楽しかったです。レイアウト作りの参考になるような個所をたくさん撮影しました。
ただ、来年も行きますかといわれると、多分行かないでしょう。レイアウト派の私には、そんな感じのイベントでした。



7月の中旬から働き通しの毎日でしたので、疲れはしましたがとてもリフレッシュ出来た房総の旅。もう一度訪れたい、小湊鉄道といすみ鉄道でした。










特急「大雪」と根室本線・留萌本線

2018-10-03 | 日記
今年から立場が変わりまして、今までは出張の前後に前乗りや後泊をして乗り鉄を楽しんでいましたが、今は取引先や先輩方をエスコートしなくてはならず、自由が無くなりました。
そんな中、全国から札幌へバラバラに集まる機会があり、ここぞとばかりに欲張ることにしました。
北海道といえば、先の報道で2019年にいくつかの路線が廃止になるだろうとありましたので、このチャンスを活かせないか、いろいろ考えてみました。
新十津川、留萌、夕張、新得~富良野と、乗ったことのない場所ばかりです。さらに、キハ183系もあまり後がないという噂もあります。
まず計画したのが、女満別に飛んでキハ183を満喫し、留萌往復して札幌。仕事を挟んで新十津川、滝川からラベンダーエクスプレスで富良野、新得を経て夕張を往復し、新千歳空港に向かうというものでした。それを申請書に記入してファックスします。だいたい折り返しの電話でいい加減にして下さいと怒られます。今回もすぐ電話があり、適当に流そうと思いましたが、それは痛恨の知らせでした。ラベンダーエクスプレスが前日に毎日運転を終えていて、その日に設定がなかったのです。そうなると夕張を諦めるか、新得~富良野を諦めないといけません。夕張は何年か前にバスで行きましたし、乗車時間も短いのでここを諦め、再度申請を出しました。
到着した切符を出発当日に確認して、ここでトラブルです。帰路の飛行機が「新千歳→羽田」だったのです。急いで関空行きの空席を確認しますが、希望していた便は満席。その他も満席で、結局夕方に到着するピーチしか取れませんでした。再度予定を組み換え、初日の留萌をやめて新得廻りにし、新十津川をあきらめて3日目に留萌を回って帰ることにしました。切符が到着してすぐに確認していればこんなことにはならなかったのですが、本当に悔しい限りです。



関西空港には早めに着いたので、切符の精算と購入をします。関西空港駅はみどりの窓口レーンと、ジャパンレールパスに対応する外国人向けレーンに別れており、外国人レーンは大行列でした。金沢方面に行く観光客が多かった気がします。
みどりの窓口レーンも、こんなややこしい私のせいでちょっと行列です。駅員さんが赤鉛筆で北海道の地図に線を引き、1つ1つ確認しています。
関西空港から全日空1795便で女満別へ。満席でした。昨日は台風の影響で、この便は飛ばなかったため、スライドされた方もいるようです。私の隣の人が、聞いてもないのにそんな苦労話をしてくれました。
徹夜明けでしたので、女満別まで爆睡です。



着陸の震動で目覚め、久しぶりの北海道上陸となりました。ここからバスで網走駅に向かいます。時刻表には『飛行機到着後、10~15分程度で発車』とあります。のんびりした感じが良いです。
飛行機の乗客は、観光バス、レンタカーと別れていきます。レンタカーが一番多いです。
一方のバスには、北見行きには3人、網走行きには私を含めて2人が乗車しました。
40分に2台続けて発車。飛行機に遅れやらあるから、この時間設定でも問題ないのかもしれません。ただ、このバスは各駅停車。途中の停留所はさすがに予定時刻表があるのでしょう。



網走駅に着きます。人ひとり歩いていませんが、駅前に東横インとサンルートがあります。それなりに賑わうのでしょうか。今からの汽車旅に備え、駅の隣のローソンで飲料請求をと思いましたが、なんと閉店していました。2017年の12月に閉店されたようです。これで駅に売店がなければ泣くところでしたが、待合室に喫茶店を併設した駅弁屋さん『モリヤ商店』さんがありましたので助かりました。弁当、飲料を買い込みます。

12時18分に、折り返しとなる札幌からの特急『オホーツク1号』が入線、旅人27人を降ろしました。少々寂しい気がします。
飛行機ですと新千歳空港から6往復あり、13,000円程度。バスだと鉄道より1時間半ほど余計に掛りますが8往復有り、こちらは6,000円台。北見や美幌発着もあわせれば便数はもっとあります。一方のJRは5時間半で1万円弱です。「オホーツク」と「大雪」合わせても4往復。厳しい立場です。



駅の放送で、車両点検のために発車が少し遅れる旨を伝えていました。確かに、グリーン車の車掌室向かいの鉄板を何やらドライバーで固定したりしていましたが、特にどうってことなかったみたいです。
改札が発車の5分前でしたので、慌ただしく撮影をすませ、暫く居座るハイデッカーグリーン車に陣取ります。さあ、いよいよこの旅の目的のひとつ、キハ183系の時間が始まります。
モリヤ商店の『いくら数の子弁当』を開けてハイボールをプシュッ!パッケージの写真とは差違がありますが、しっとりとした味ご飯と共に食感の異なる3種の魚卵が流れ込み、贅沢な気分になるお弁当です。これはとても美味しいです。
車内には20名ほどが乗り込みましたが、グリーン車にはお一人様ばかり7名も乗っていて、一番乗車率が高いです。乗り納め乗車の方もいると思いますし、7月1日から「北斗」で使われていたハイデッカーグリーン車に変更されたことから、その効果なのかもしれません。本日は5両編成で、3号車は自由席と指定席の合の子となっています。
「大雪」の愛称が復活したのは驚きました。中学生の時に18切符で訪れた札幌駅。駅で快速「ミッドナイト」を待ちながら撮影した、ブルーのDD51に掛けられた大きな「大雪」のヘッドマークに、極寒の北の大地を想像したものです。時代が移り、こうして憧れのネームドトレインに乗れているのも幸せなものです。



北見を発車しますと、自動放送で『この先、蝦夷鹿などの野生動物が多数生息する区間を走行します。急ブレーキなどにご注意ください』といった感じの放送が流れました。面白いですねー。自動放送は日本語の後に英語、中国語と流れますが、この内容も流れてるのでしょうか。
遠軽のシート回転もスムーズに終わり、いつの間にか普通車は4割程度の乗車率になっていました。いよいよ峠越えです。うなる183系を満喫します。カッコいい!ハイデッカーグリーン車は比較的静かだと思いますが、何やら違和感のわく音がします。上手く表現できないのですが、やはり老体に鞭打って頑張っているのでしょうか。
途中、廃止になった駅の名残を見受けます。あたり一面、何にもないところです。昔はどんなだったのか、思いを馳せます。とても楽しい時間が過ぎていて、ふと、キハ183に乗るのは最後になるかもしれないなと、寂しさが横切ったりします。バブル時代の流行りを取り入れたハイデッカーグリーン車。あらためて、やはりこれが乗り納めかと噛み締めるように乗り心地を体に染み込ませます。



上川を過ぎるとラストスパート。網走でもう1つ買っていた駅弁『かにめし』を頂きます。かに寿司ではなくかにめし。ご飯にも蟹の旨味が十二分に染み渡っていて、とても美味しいです。三本目のハイボールもなくなってしまいました。
平地のキハ183系は、先ほどの重厚な走りをしていた車両とは別人のように軽やかに飛ばします。子供のころ、模型屋さんのショーウインドウに飾っていたオレンジのキハ183。食い入るように眺め、家では情報誌『キロポスト』を穴が開くほど見つめ、北海道のどこを走っているかもわからないのに欲しくてたまらなかったハイデッカーグリーン車のキハ183。あれから30年以上が経ち、今こうして、自分が旅人となって乗車しているのに感動します。
やがて高架橋に入り、近代的な装いに生まれ変わった旭川に到着。あっという間の4時間でした。



旭川駅がリニューアルされてもうだいぶ経ちますが、本当に綺麗な駅だと思います。ホームに喫煙コーナーがあるのもありがたいです。すぐに接続の『ライラック』に乗らず、段落ちして次にしました。『大雪』乗車中に何件か電話が掛かっていたので対応します。その間にも、下りライラックが到着し、稚内からのサロベツが到着し、賑やかです。特急用車両不足で旭川で運行分離されて1年半が経ちますが、このまま暫くいくのでしょうか。ファンとしては『大雪』の名称とヘッドマークが復活したのは嬉しいですが、やはり都市札幌まで乗り入れる特急であって欲しいものです。
電話に追われているうちにライラック発車となりました。『スーパー白鳥』の最終日に青函トンネルを渡った以来の789系乗車です。直線区間をぶっ飛ばす韋駄天ぶり、スマートでカッコいいですね。
あっという間に滝川に着きました。



ここからは快速『狩勝』に乗車です。以前、ラベンダーエクスプレスで富良野を訪れた時、『狩勝』のサボが入ったタラコ色のキハ40に見て、いつか乗りとおしてみたいなと思っていましたが、2016年8月の台風被害により根室本線は分断。東鹿越~新得間がバスによる輸送になりましたが、驚いたことに快速『狩勝』は分断されながらも走り続けています。しかし、富良野~新得間は廃止が濃厚のようで、今回の乗車が最後になるでしょう。
滝川の改札を出て愕然としました。売店もコンビニも何にもありません。最寄りのコンビニは片道徒歩10分、、これはミスしました。旭川で買い物をすませておくべきでした。キハ40でハイボールが飲みたかった!
酒だけでなく、食料もおそらく札幌に帰るまでお預けでしょう。計画性がないのは本当にダメですね。




時刻表や電光掲示板にはちゃんと『狩勝』とありますが、車体サボにはありませんでした。以前は完乗証明書まで発行していたと聞きますのに、残念です。
滝川発車時には座席半分の乗車率で、芦別までは入れ代わりがあり、芦別で半数が下車しました。そして富良野で全員降りてしまい、私ひとりになります。富良野駅の5分停車で食料調達を試みましたが、すでに売店は閉まっていて無理でした。富良野線からの接続を受けますが、乗り換えはゼロ。厳しい現実です。私ひとりを乗せて、列車は富良野を出発しました。
ところで、以前にクリスタルエクスプレスで富良野を訪れた時に思ったのですが、観光客利用が大変多いにも関わらず、まだエレベーターが設置されていないようでした。滝川や深川にはとても綺麗なエレベーターがあり、バリアフリー対応出来ているのに、この富良野に無いのは大変残念です。



暗闇に向かって進むキハ40系。この区間は、おそらく2度と乗ることができない、そして、停車する駅も、もう見ることがないんだなと、寂しい気持ちで時間を過ごします。街灯も家の灯りも、車の光りも見えない真っ暗な車窓。しかし、本やスマホを見たいとも思わない、退屈ではない時間。得難い経験をしているんだなと感じました。
列車は終着となる、東鹿越に到着します。この現状でなければ絶対に降りないであろう駅です。代行バスで乗ってきたであろう旅人が5人、列車を待っていました。この場所に線路があって、列車が走っていたことを記録し、代行バスに乗り込みます。



バスも私ひとりです。それでも丁寧に運転手さんは案内放送をしてくれました。
暫くして踏み切りを渡ります。もう列車がこないであろう、踏み切りです。
次の幾寅駅は映画『鉄道員』の舞台としてあまりに有名な駅です。駅は舞台セットそのままの『幌舞』駅のままの装飾でした。登場したキハ12-23も、カットされた状態ながらありました。駅周辺にはレストランと和食屋さん、怪し過ぎるスナックがあります。町に近いのでしょうか。一転して次の落合は何もなく、列車がこない駅の跨線橋に灯された蛍光灯が寂しく闇に浮かび上がっていました。



ここからは狩勝峠越え。ガラスが一気に白く曇り、霧のなかの道をゆっくりとバスが走ります。このまま異空間に吸い込まれるような錯覚に陥ります。ぼんやりと過ごしているうちに、やがて家々があらわれ、名物の蕎麦屋や寿司屋などがあらわれてきますと、バスは新得に到着しました。
まだ営業中のお蕎麦屋さんもありましたが、時間的に無理でしたので諦めます。駅の売店、立ち食い蕎麦屋もしまっていました。
下りの特急『スーパーとかち』が到着し、旅人ふたりが降りてきます。駅前に止めていた自家用車にひとり、タクシーにひとりが流れ、また私だけが駅に佇みます。やがて暗闇の世界中にヘッドライトが浮かび上がり、特急『スーパーおおぞら』12号が入線してきました。何気なくスーパーおおぞら号と一緒に撮影した新得駅の看板。しかし、そこにかかれている隣駅の「おちあい」表示は、ひょっとするとこれが最後なのかもしれません。




久しぶりに乗るキハ283系ということで、張り切ってグリーン車に乗り込みます。乗客は私ひとりでした。新得発車後暫くすると峠越えに入ります。唸りを上げる283系、しかし速度は早いです。だからか、183系よりもよく揺れますし、うるさい気がします。その分、スピードが勝っているのでしょうね。
『スーパーおおぞら』は平成9年3月22日にデビューしましたが、実は私、まさにその日にトマムから南千歳まで乗っています。スキーのかえりで、ダイヤ改正日であることなど全く気にしていなかったのですが、初日の新型特急に乗れてとても嬉しかったのを覚えています。そのとき、車内販売準備室をじろじろ見ていたのですが、その営業所の担当者さんが声をかけてきて、私も同業であることを告げていろいろ話しました。確か、3人乗務だったと思います。今では車内販売すらありません。今日1日の出来事を振り返り、楽しかったなと思いに耽りながら、終着駅札幌に到着しました。

特急「大雪」で食べた駅弁を最後に食事にありつけなかったので、札幌で食べるか宿泊地の琴似まで行くか悩みましたが、列車がすぐにあったので琴似まで移動しました。
降り立つと結構賑やかな繁華街です。ジンギスカンが食べたかったのですが、23時までのお店がいくつかあり、それらがちょうど閉店したところでした。
繁華街をジンギスカンを求めて歩きますが、もう一つコレというお店に当たりません。しばらく歩き、折り返してホテルに向かうと、先ほどまで大行列だったラーメン屋さんに空席があったので、そこで炙りチャーシュー味噌ラーメンを頂きました。これがまあ美味しい美味しい。いい店に当たりました。
ゆっくり眠ればいいのに、何だかいい気分になってスナックへ。地元の話題を聞くのはピッタリだと思います。そのうち、周りのお客さんも大阪人の私を珍しがって会話に加わり、北海道のいろんな時事ネタを聞かせてもらいましたが、JR北海道に関する厳しい意見なんかも聞かれて、大変興味深かったです。案の定、泥酔してホテルで爆睡します。



2日目は新千歳空港に向かい、本体と合流します。琴似にホテルを取っていたので、小樽発の普通、札幌から快速の『エアポート』に化ける列車で直行しました。乗り換えなしで行けるのは良いのですが、手持ちの『エアポート』指定席は札幌から有効ですので、それまでは席が空くのを待たなければなりません。ですから、乗り換えとあまり大差なかったかもしれません。
向かいのホームに特急『ラベンダーエクスプレス』号として走るクリスタルエクスプレスが停車していたので、停車時間中に見に行きました。結局ホームにまで降りているのですから、全くもって直通列車に乗った意味を失いました。この「ラベンダーエクスプレス」が明日も走っていれば、札幌️新十津川️滝川からこの列車に乗って富良野、新得とまわり、夕張を回れたのに、本当に残念です。車体はさすがにだいぶくたびれた感じはしますが、お客さんはなんだかテンションが高いように感じます。何も知らずにホームへ上がって、こんな奇抜な列車がいたら楽しいでしょうね。

再びエアポートの車内に戻り、新千歳空港を目指します。エアポート、相変わらず良く乗っています。
旭川直通が無くなり、全列車6両編成になりましたが、普通車はかなりの混雑。Uシートが値上がりしても、指定席を直前に取ることは不可能な状態です。2020年を目処に、本数を一時間に4本から5本にする計画があるようですが、もっと早く実現させる必要があると思います。さらに、新千歳空港の先を延伸して苫小牧方面に繋ぐというアイデアもあるようですが、これは大変面白いと感じるものの、実現は遠そうです。現在6両編成ですから、12分ヘッドになれば、輸送力は125%に増えます。これで当面は十分だと思います。南千歳~新千歳空港間の単線は片道所要時間3分ですから、全く問題ないと思うのですが、札幌貨物ターミナルの配線の問題があるものの、今のJR北海道の体質だからこそ無理なのかもしれません。新幹線の札幌駅ホームをどこにするかにしても、在来線列車の飽和状態を理由に頑なに札幌駅併設を拒み続けた会社です。何だかいろいろ、残念です。
新千歳空港でちょっと腹ごしらえ。フードコートに松尾ジンギスカンがあったので、定食を食べました。茹でた野菜に乗ってきたクタクタのラム肉、くそ不味かったです。ちゃんと鉄板で焼くべきですね。



新千歳空港から貸し切りバスで小樽へ移動です。小樽から合流にすればよかったと後悔します。小樽でようやく会議がスタート。仕事で来ていることをすっかり忘れていたので、頭がついていきません。時間だけが過ぎた後は、有名店の高級寿司をいただき、運河クルーズを楽しんでからはお土産屋さんのイートインコーナーに陣取り、海産物を肴に地酒をチビチビ頂きます。
そして札幌へ戻り、ほろ酔い会議のあとは夜のススキノへ。夕食は美味しいジンギスカンでした。これを知っていれば昨夜に無理して探すこともなかったのに。そのあと3軒はしご酒し、まあまあの味噌ラーメンを締めに食べてホテルに戻りました。まあよく食べましたし、飲みました。

3日目、まだ酔いも覚めないうちに身仕度し、札幌駅へ向かいます。私の乗る特急『ライラック』1号が6時35分発、売店が6時30分から販売開始ということで、慌ただしく買い物を済ませます。1日目の反省を踏まえ、お弁当を買っておきます。
『ライラック』1号の自由席はほぼ満席。シートに座るやすぐ、眠りにつきました。起きたら深川、危ないところでした。
深川駅に売店はなく、弁当を買っておいて正解でした。しかし、滝川と違い、コンビニがすぐ近くにあったので、軽く買い物が出来ました。
コンビニから駅に戻ると、留萌本線の列車が到着したところでした。大量の高校生が下車してきて、駅前に止めていた自転車に乗り込み、学校へ向かいます。
この子たちが卒業した後、留萌本線沿線から「列車通学」という言葉が無くなるのかなーなどと考えながら、改札を潜りました。



キハ183系、富良野-新得間に並んで最後の目的、キハ54系留萌本線の旅がスタートです(仕事が完全にどっか行きました)。留萌本線に乗るのも初めてですし、実はキハ54系に乗ることも初めてです。
キハ54系と言えば、大型ヘッドマークの急行「利尻」や特別快速「きたみ」のイメージが強いですね。縁のない車両でしたが、鉄道コレクションから「留萌本線(留萌~増毛)最終列車4936D・バスコレ沿岸バス留萌別苅(増毛)線セット」が発売されたころから気になっていて、今日の選択もキハ40の新十津川ではなくて留萌本線にやってきたのは、キハ54系に乗りたかったからだと思います。
満載の高校生が下車した折り返しは閑散そのもの。地元民と思わしき方1名と、旅人4名だけです。列車は軽快に出発しました。



コンビニで買ったハイボールと、札幌で買った駅弁をお供にキハ54系、そして留萌本線を満喫します。
一昨日食べた網走の駅弁が美味しすぎましたので、それと比べてはいけませんが、もう嬉しさの中で食べているのですから何でもご馳走になってしまいます。
とは言え、最後になるかもしれない留萌本線。沿線の景色もしっかり目に焼き付けたいところです。石狩沼田駅に札沼線の名残を見ようとしましたが、このホームが使われていたのかなーくらいの印象でした。朝ドラのロケ地となった恵比島駅は、設定の「明日萌駅」の看板がそのまま残されていました。私が見た留萌本線の特徴は、そんなもんです。あとは、峠を下って留萌川沿いをボーっと眺めながら、キハ54系の音や振動を体感し続けます。



終着駅、に、なってしまった留萌に到着です。増毛方を眺めますが、当然、車止めが行く手を阻みます。
待合室に、SL「すずらん」のヘッドマークがありました。もう最後の運行から12年が経っているのですね。早いものです。今回、北海道のいろんな駅を見てきて、それぞれの待合室にその駅の昔の写真や、年表が掲示されていたのを興味深く眺めていましたが、この留萌駅の物が最も目を引くものでした。
待合室には立ち食い蕎麦屋さんもありました。さっきお弁当を食べたところですが、雰囲気に負けて食べることにします。何だって美味しいに決まっているのです。



蕎麦を食べていると、改札のほうが賑やかになりました。幼稚園児がたくさん集まって来ています。順番に券売機で切符を買います。幼児の場合、運賃は大人一人につき3人目から必要になりますが、まあここは社会学習の一環ですから皆に買わせているのでしょう。切符を購入した園児たちは改札口に集合し、駅員さんの説明を聞きます。駅員さんが「留萌線に乗ったことある人はいますか?」と尋ねますが、、、結果は残念な反応でした。
園児たちと往路も一緒だった旅人二人、あとは一般の旅客を数名載せて、賑やかな深川行きが留萌駅を後にします。さようなら留萌駅。おそらく、最初で最後の訪問です。
列車はなんと、園児たちを乗せてきたバスと並走します。演出か偶然かわかりませんが、まるで大井川鉄道のトーマス号とバスのバーティ号が途中で並走するかのようで、園児たちは大喜びでした。
途中駅で園児たちが下車すると、駅前には既にバスが到着していました。鉄道の優位性がつかめません。
再び静寂を取り戻したキハ54系ですが、こういう時間は本当に憎たらしいほどあっという間に過ぎてゆき、深川に到着してしまいました。



深川では、到着したキハ54とは別のキハ54が入換作業を行っていました。一端旭川方面に引き上げ、また戻ってきて、乗ってきた車両に連結。2両編成になりました。この後、再び留萌に行く列車になるのかどうかわかりませんが、乗運用効率は悪いものだなと感じます。ローカル線は本当に大変です。
札幌方面行きホームで待っていますと、旭川行き特急「カムイ」が入線してきました。運転区間も所要時間も同じ「ライラック」と「カムイ」を分ける必要があるのかわかりませんが、グリーン車なのかUシートなのかの違いはありますので、これはこれで必要とされているのかと思います。カムイの発車を見送り、暫くしますと789系0番台の特急「ライラック18号」がやってきました。この旅3度目のライラックです。
この日は平日ですので、メールの返信やなんやで慌ただしく過ごします。札幌ではすぐの乗り換えで快速「エアポート」120号のUシートに乗りますが、こちらも同様です。旅の最後のほうは割とサッパリ、時間が過ぎてしまいました。



新千歳空港からは、初めてピーチに乗ります。勝手がわからないので余裕をみて早めに空港に来ましたが、出発はJALやANAと同じところからでしたので、特段どうってことはありませんでした。
昼食はスープカレーです。専門店は観光客で長蛇の列でしたので、カレー屋さんのスープカレーにしましたが、まあまあ美味しかったです。デザートに夕張メロンまで食べて、悔いのないようにします。
手荷物検査を済ませて中に入り、ウロウロします。私は羽田空港第1ターミナルの立ち食い寿司と蕎麦が大好きで、出発の際は食べてしまいます。ここにも何かないかと見ていましたら、お茶漬け専門店がありました。目についたのが鰻茶漬け。さっきスープカレーを食べたところですが、後悔したくないので食べます。味は、どおってことのないものでした。
ピーチの座席はあまり気になりませんでしたが、CAが茶髪だったり、言葉遣いがややフランクだったり、変なところが気になります。しかし、JALやANAの半額以下で移動できるのですから、いい時代になったものだと思います。
関空では初めて第2ターミナルに着陸しました。殺風景な長い長い通路をひたすら歩きます。遠い!暑い! ようやくバス乗り場について第1ターミナルを目指します。遠い!文句ばっかり言っていますが、安いチケットで帰ってこれたのですから仕方ありません。第2ターミナル側にも駐車場があります。料金は違うのでしょうか。うまく使いこなせば、関空からの旅はとても便利で安くできるのかなと思いました。



この旅から10日後、胆振地方を中心に地震が発生します。
JR北海道も甚大な被害を被りましたが、主要幹線は比較的早く復旧されました。相当なご苦労があったかと思います。
このブログをアップした10月11日までは、まだ多くの路線で一部運休がありますが、12日からはほとんどの路線で通常通りの運行となるそうです。それでも、日高線は全面運休が続くようです。
これにより、廃止検討線区が増加するような気がします。
地図から線路が無くなるのはとても寂しいですが、今回、北海道のあちこちを回って、致し方ない現実を目の当たりにしました。
どうか住民の方の負担が最小限になる転換になれば良いなと思いますし、貨物輸送の拡大や観光列車の導入などで、少しでも追い風が吹くことも祈ります。

E351系 最終日 中央線の旅

2018-10-03 | 日記
4月7日、北千住での月例会議に出席するため、朝の香里園を出発して京都から新幹線に乗車。平日は会議の始まる10時までに北千住に到着する常磐線直通の上野東京ラインはありませんが、この日は土曜日ということで、品川から乗り換えなしの快適な移動を楽しみます。品川発車時からそこそこ乗っていたので、グリーン車に乗車。たまりませんねー。



北千住での全体会議が終わり、午後の部会までお昼を食べながら待っていますと、なんと午後の会議が急きょ中止となりました。その日は会議が終わると後は大阪に帰るだけでしたので、ポカンと時間が出来た状態。2時間の会議のためだけに東京へ移動してきたのも何だかもったいないのですが、仕事も溜まっていましたので、大人しく帰阪することにしました。上野まで出たところで『あっ!今日はE351系の最終日じゃなかったかな?』と突然思いだし、調べてみますと、団臨の新宿着にギリギリ間に合いそうな時刻。上野駅で新幹線の切符を払い戻し、どうせならと松本経由の切符を購入して、慌てて神田から中央線で新宿へ向かいました。



団臨が到着する10分くらい前に新宿駅に到着しましたが、まあ凄い人、人、人!関東のイベントは人出が凄まじいなと圧倒されます。
どこでどう撮影しようかと思案する間も無いほどで、予定時刻から3分ほど遅れてE351系が入線してきました。結局、到着ホームの面撮りで済ませましたが、みな順序よく撮影が終わると場所を譲ってくれたので、私も何とか最後の勇姿を納めることができました。
間近で見るのも久しぶりですが、これが最後の撮影になるのかなと考えるのも不思議なくらい、まだまだ現役で走ってくれそうなカッコいい車両です。



20年以上前ですが、乗務員時代に松本~白馬間を便乗したことがありますが、乗ったのはただその一度きりでした。片道だけ設定のシュプール号を降りて、これに乗ったという記憶だけで、どの区間を乗ったのか、その先は何に乗ったのか、何も覚えていません。
模型ではKATOから登場早々に発売されましたが、振り子機構が仇となってか脱線が頻発するという話を良く聞きましたもので、魅力的な車両ながら購入には至りませんでした。
そんな、ほとんど縁がないE351系ですが、こうして最終日に駆けつけてしまうということは、それだけ魅力があるのでしょうね。
ただ、14時の『スーパーあずさ』に乗りたかったので、哀愁に浸る間もなく乗り込み、先輩の有終の美を最新鋭の後輩車両から見送ることになりました。
走り回って汗だくの体をシートにおさめ、これまた初乗車となるE353の旅が始まりました。
以前、『あずさ』に乗ったことがないので「あずさ」に乗ってみようと中央東線に向かったものの、『はまかいじ』『ビューやまなし』『山梨富士』を乗り継いだために結局あずさに乗らず仕舞いという記事を書きましたが、本日ようやく特急『あずさ』初乗車となりました。



土曜日午後の下りですが、6割ほどの乗車率でまあまあ埋まっていました。ハイボールを一杯流し込み、落ち着いてから車内を散策します。さすが最新鋭車両ということで、トレンドを纏めたような車両です。実に快適です。デッキや水回り周辺もシックに仕上げられていて、流行りのホテルを思わせます。この路線はバスとの競争が激しいですが、ハイセンス、ハイクオリティーで巻き返して頂きたいものです。
車内販売で「信玄餅アイス」なるものを購入。在来線特急で車内販売がある列車は、あとどれくらいあるのかわかりませんが、末永く頑張ってほしいものです。このアイス、きな粉と黒蜜の味で美味しかったです。荷物棚のところに、E233系とかのグリーン車に見られるようなセンサーとランプがありました。今後、どのような使い方がされるのか気になります。




車内の広告で面白いものがありました。八幡屋磯五郎の七味唐辛子ですが、パッケージのデザインがE351系とE353系の物になっています。これは欲しいですね。でも車内や売店で見つけることが出来ませんでした。
グリーン車にもお邪魔します。赤・黒・白でまとめられたシックな装いで、上質感があります。シートは4列配置なのが残念ですが、利用率からしてやむを得ないのでしょう。
甲府で纏まった下車があり、多くの人が身延線ホームに向かっていました。何やら身延線のイベントがあるようです。車窓や車内を満喫したいところでしたが、ちょっと仕事のLINEやメール対応に追われ、なんだかんだしてるうちに松本に着いてしまいました。



松本駅で電留線を眺めましても、もうE351系の姿はありません。ちょっと前まで当たり前だった光景が、ここでも過去帳入りとなってしまいました。
松本といえば駅そばですよね。アルプス、ちくまの乗り継ぎや、115系の上諏訪夜行からの朝食でお世話になりました。いつもは山菜そばを頼みますが、「信州鹿肉蕎麦」なるメニューがありましたのでそれを注文しました。それも、生そばのものがありましたので迷わずチョイス。鹿肉の歯応えがなかなか美味しかったです。そばもちゃんと、生から湯がいていました。高級駅そばです。




松本からは383系の最前列で木曽山中を楽しみます。片や平成4年生まれで本日引退したE351、片や平成5年生まれでまだまだ大活躍中の383系です。先ほどE353系に乗っていたからかもしれませんが、やはり20年選手の貫禄は随所に出ています。せめてキハ85のようなトイレまわりのリニューアルと、コンセントくらいあればと思います。
松本駅で購入した弁当を広げ、白角水割りで流し込み、木曽路の前面展望を楽しむ、至福の時間を満喫します。実に贅沢です。



ぽっかり空いた時間が随分な鉄分補給になりました。実は3月にE351系に乗るチャンスがあったのですが、10分会議が延長したおかげで乗れなかったのです。その時は本当に悔しかったのですが、今日、こうして最後の姿を撮影でき、後輩の最新車両も堪能出来て、これはこれで良かったかなと思っています。
こうして、私の初めての「特急・あずさ」の旅は終わりました。