「和綿」
(写真:とうちゃん}
5、6年前、何かの雑誌で見て手紙を出し、和綿の綿の種を鴨川のTさんに頂いた。
和綿は日本の綿のことで、花が咲き終わるとコットンボールが下を向いて出来る。
雨の多い日本向きだと聞いた。
洋綿よりは少し繊維が硬くてしっかりしているが、短い。
と言っても、綿は綿なのでふわふわなんだけど。
私が畑で作っているのは、この白い和綿と、茶色の(多分)和綿と、緑色の洋綿(外国の綿)だ。
茶と緑は友人から貰った。色つきの綿を見たのは初めてだった。
この友人とは、私と同じように白い和綿の種をTさんから貰った人が、
同じ町内にいることを知って連絡を取ったことで知り合ったのだ。
友人はその後福島の山村で本格的田舎暮らしを始めたが、
そこは寒いので綿は出来ないという。寂しいそうだ。
来年もう一度挑戦するというので、種を送ることにしている。
お返しができる。
鮮やかでカラフルな織物をペルーの博物館で見たことがある。
インカ以前の遺跡から発掘されたと言うことで、綿そのものの色の糸で織られている。
昔からたくさんの種類の色の綿が栽培されていたのだ。
一度赤いコットンボールを見てみたいものだ。
綿は良く交雑するようだ。
少し離して種を播いたのに、茶と緑は白と混ざって薄くなってしまった。
面白いでしょ、白が強いの。
あと、茶と緑が混ざると(多分白も混ざっている)獣色。
混ざっていやだなあ、と思っていたんだけど、今年は種に近い部分だけだけど紺色のが見つかった。
来年はこれを隔離して播いてみるつもり。
思わぬ遺伝子が現れて色が違ってくるなんて楽しい。
緑の綿の種にはちょっと苦い思い出もあって、
知り合いの男性が来て台所に置いてあった緑の種を見つけた。
近所の子供達を集めて畑をしていると言うので、その種を上げたのだけど・・・かなりたくさんで、しかも交雑がまだ少なくてかなり緑だったのに、
その男性、種をポケットに入れて家に帰ったもののすっかり忘れてしまったらしい。
トイレに入ってポケットに手を入れると何かゴミのようなものがあるので、
良く見ないで、ついトイレに捨てて流してしまった!
後日、とうちゃんがインターネットで偶然緑綿を見つけて、値段を見てびっくり。
6粒が3000円なのだった。
気にするだろうから知り合いには言わなかったけど、こんなことになって、
気楽に上げたのは後悔している。
後で見てみると、手元に残ったのは混ざりが多いのばかりだったから。
そして、毎年緑は薄れていっているのだ。
中国の新疆ウイグル自治区をバス旅行した時、一面の綿畑のところを通った。
新疆綿(しんきょうめん)は長長綿で、とてもいい綿だそうだ。
しかし、気温が50度にもなる中での綿摘みは大変な労働で、
あの軽い綿を10キロ摘んでも150円くらいしか労賃がもらえないと聞いた。
それでも、出稼ぎ者が来て摘むそうだ。
私は体の具合が悪くてバスを降りられなかったけど、
他の人は降りて綿摘み体験をしていたが、30分もしないうちに
根を上げてバスに帰ってきた。
日差しはきつく、暑くて乾燥している。
アメリカでは黒人奴隷が綿摘みをさせられたのを思い出す。
世界の耕作地のうち0,8%が綿畑で、そこで、世界の殺虫剤の25%が使用されているという。
そんなに農薬が必要なのだろうか。
確かに苗が小さいうちは虫に食われてなくなってしまうのもいくらかあるけど。
この辺でも戦後まで綿が栽培されていたらしい。
畑の側を通る農家の人たちが懐かしがって見ていく。
今日は自分で作ったスピンドル(こま)で、糸紡ぎをした。
原始的な方法でとても効率悪いけど、こういうの大好きなの。
(写真:とうちゃん}
5、6年前、何かの雑誌で見て手紙を出し、和綿の綿の種を鴨川のTさんに頂いた。
和綿は日本の綿のことで、花が咲き終わるとコットンボールが下を向いて出来る。
雨の多い日本向きだと聞いた。
洋綿よりは少し繊維が硬くてしっかりしているが、短い。
と言っても、綿は綿なのでふわふわなんだけど。
私が畑で作っているのは、この白い和綿と、茶色の(多分)和綿と、緑色の洋綿(外国の綿)だ。
茶と緑は友人から貰った。色つきの綿を見たのは初めてだった。
この友人とは、私と同じように白い和綿の種をTさんから貰った人が、
同じ町内にいることを知って連絡を取ったことで知り合ったのだ。
友人はその後福島の山村で本格的田舎暮らしを始めたが、
そこは寒いので綿は出来ないという。寂しいそうだ。
来年もう一度挑戦するというので、種を送ることにしている。
お返しができる。
鮮やかでカラフルな織物をペルーの博物館で見たことがある。
インカ以前の遺跡から発掘されたと言うことで、綿そのものの色の糸で織られている。
昔からたくさんの種類の色の綿が栽培されていたのだ。
一度赤いコットンボールを見てみたいものだ。
綿は良く交雑するようだ。
少し離して種を播いたのに、茶と緑は白と混ざって薄くなってしまった。
面白いでしょ、白が強いの。
あと、茶と緑が混ざると(多分白も混ざっている)獣色。
混ざっていやだなあ、と思っていたんだけど、今年は種に近い部分だけだけど紺色のが見つかった。
来年はこれを隔離して播いてみるつもり。
思わぬ遺伝子が現れて色が違ってくるなんて楽しい。
緑の綿の種にはちょっと苦い思い出もあって、
知り合いの男性が来て台所に置いてあった緑の種を見つけた。
近所の子供達を集めて畑をしていると言うので、その種を上げたのだけど・・・かなりたくさんで、しかも交雑がまだ少なくてかなり緑だったのに、
その男性、種をポケットに入れて家に帰ったもののすっかり忘れてしまったらしい。
トイレに入ってポケットに手を入れると何かゴミのようなものがあるので、
良く見ないで、ついトイレに捨てて流してしまった!
後日、とうちゃんがインターネットで偶然緑綿を見つけて、値段を見てびっくり。
6粒が3000円なのだった。
気にするだろうから知り合いには言わなかったけど、こんなことになって、
気楽に上げたのは後悔している。
後で見てみると、手元に残ったのは混ざりが多いのばかりだったから。
そして、毎年緑は薄れていっているのだ。
中国の新疆ウイグル自治区をバス旅行した時、一面の綿畑のところを通った。
新疆綿(しんきょうめん)は長長綿で、とてもいい綿だそうだ。
しかし、気温が50度にもなる中での綿摘みは大変な労働で、
あの軽い綿を10キロ摘んでも150円くらいしか労賃がもらえないと聞いた。
それでも、出稼ぎ者が来て摘むそうだ。
私は体の具合が悪くてバスを降りられなかったけど、
他の人は降りて綿摘み体験をしていたが、30分もしないうちに
根を上げてバスに帰ってきた。
日差しはきつく、暑くて乾燥している。
アメリカでは黒人奴隷が綿摘みをさせられたのを思い出す。
世界の耕作地のうち0,8%が綿畑で、そこで、世界の殺虫剤の25%が使用されているという。
そんなに農薬が必要なのだろうか。
確かに苗が小さいうちは虫に食われてなくなってしまうのもいくらかあるけど。
この辺でも戦後まで綿が栽培されていたらしい。
畑の側を通る農家の人たちが懐かしがって見ていく。
今日は自分で作ったスピンドル(こま)で、糸紡ぎをした。
原始的な方法でとても効率悪いけど、こういうの大好きなの。