スズキ ゲンさんのブログ

立命館の再生を願って

no52 長田理事長ならびに森島専務は財政実態を明らかにし、責任を取らなけれはならない

2015-06-03 21:39:52 | 立命館の再生を願って
NO52 学校法人立命館常任理事ならびに関係各位へ
長田豊臣理事長ならびに森島朋三専務理事は学園の財政実態を明らかにする義務があり、その責任を取らなければならない。
―OICに由来する財政困難を、合理化、新学部設置、学費値上げて対応しようとして新たな矛盾と混乱、不団結を広げるー
はじめに
昨年来「2020(2010年から2020年の学園中期計画)の後半期計画(2016年―2020年)」が議論されている。しかしそこには財政実態と予測が提出されていない。2010年に大阪茨木キャンパス(OIC)開設を決定しようとした時、5学部長理事が財政的に危険である」と指摘し反対したにもかかわらず、長田理事長、森島常務(当時)は収入を過大に見積もった財政予測を出して「問題はない」と主張し、学外理事の数も頼みにして押し切った。
ところが実際に校舎などの建設・契約に入る2013年になって、収入増にはならない既存学部である経営学部と政策学部の移転のために土地購入・建物建設で400億円を超える費用が必要になった。経常経費においても、年間で少なく見積もっても約30円億円程の新たな出費増になることが明らかになった(維持管理で18.5億円にOIC独自の教養・語学・教職課程の費用を付け加えると少なくとも年間20億円。それに400億円の建設費用を30年のちに建て替えるとして年間10億円以上の積み立金が必要)。
個々の予測数字の精度はともかく、約1000億円近い基金の半額近い金額をOIC建設のために使い、収入増にはならないにもかかわらず毎年新たに30億円程の出費増が必要となり、学園全体の経常経費、将来の立て替え資金、教学改善費用の確保等に、重大な困難が迫りつつあることは、学園関係者の間ではほぼ共通認識になりつつある。
誰がこのような事態を作ったのかは明瞭である。長田理事長、川口前総長、森島専務である。彼ら3名の責任をあいまいにしたまま、彼らが居座っている下で「学園財政が厳しいから云々」ということで学園構成員に犠牲を負わせることを認めるわけにはいかないだろう。責任の所在を明確にし、解任したうえで吉田総長を中心、学園関係者は団結して困難打開にあたらなければならないだろう。
(1)全学協議会の議論の出発点は財政実態と、その展望である。
今年は4年に1度の全学協議会の年である。ちょうど2016年からの学園の在り方、つまり「2020後半期」を確定するにあたって、あらかじめ学生や教職員の要求も反映した学園計画を策定する年である。そのためにはまず全学構成員が学園の財政実態と展望を共通認識にしなければならない。限られた財政を何に重点を置いて使うのかを確定するためには、何よりも長田理事長や森島専務は財政実態と展望を明らかにする義務がある。それを抜きに正確な議論はできない。
2013年5月財政問題検討委員会ワーキングから中間報告が出された。そこでは茨木購入時の2010年に提出された予測と違って、2020年時点での積立金は2010年の予測592億円が270億円になる、つまり332億円も減額する危険性があるとの報告がなされた。その原因は、当初森島常務から報告された国と茨木市からの補助金60億円が実は30億円であったこと。経営学部や政策科学部の移転合意を得るために「あれも、これも」と増やされ、当初の建設規模に比して1,3倍に膨れ上がったことなどがある。 
しかし最大の原因は「財政破綻の危険」の指摘をかわすために、入学者数を水増し計算していたことであった。2010年の予算では1.10倍で計算していた。しかし文部科学省が水増し率に対して厳しい指導をしていたために、実際の入学者数は1.06倍にせざるを得なかった。そのため収入減そして大幅な基金の減額予測となり将来の教学改善、校舎の建て替えが困難になることが明瞭となった。そのため総合心理学部や「アジア共生学部」「農と食」分野の学部設置構想が次々と飛び出してきた。しかし例えそうした学部を設置したとしても、いずれも小規模学部で学園財政立て直しの力になる学部ではない。それどころか新たな設置経費が負担となり基金をより取り崩す危険がある。
そのような中で現在、財務部を中心に財政検討が行われ、近く見通し計算の結果が発表される予定である。そこでは「一部で言われているような危険はありません。黒字です」との報告がなされると予測される。当然である。高い「水増し率」にしないで学生数をふやすために、この間、入学定員、学則定員を増やしてきたからである。その代わり教員1人のあたりの学則定員学生数は増加してきた。
全学協議会への準備過程で、財務関係者からは「全学協議会では、まず教学の議論からしていただきたい。教学創造があっての財政創造であるから」等の主張がなされている。お金の目途もないところでいくら夢を語っても意味がない。要するに財政実態を明らかにすれば、困難な実態の主たる原因が学内の反対を押し切ってOIC開設を進めた長田理事長と森島専務の責任問題にならざるを得ないことを恐れ、曖昧にしようとしているのである。
ところで、ここで言われている「教学創造こそ財政創造」のスローガンは、かつての立命館においては共通の認識であった。しかしどのようなスローガンも、それが有効な時期と言うものがある。このスローガンは18歳人口が増大していた時、その上に進学率も上がっていた時期、つまり大学進学者数が大幅に増加していた時、「教学創造」つまり新しい学部や学科を創り学生数を増やすことによって財政的力量も強化されていた時期には有効なスローガンであった。しかし今や18歳人口はかっての6割(200万から120万)に減少し、さらに90万人に急減しようとしている。その上、進学率も50%前半で頭打ちしてしまっている。立命館が国際的に活躍できるグローバル大学として教育・研究・国際化を向上しようとすれば、既存の学部・研究科の質的向上によほどの力を入れなければならない。司法試験の合格率・合格者数が社会的評価の基準となっている法科大学院において水準を維持向上させるために定員削減に踏み切った。今日、全学的にも定員の削減、学科・研究科の統廃合も検討対象としなければならない時に、新しい学部の設置で学生数を増やすことによって財政を確保するなどは時代遅れだし、今後、新たな対象となる学問領域での学部や学科を検討する場合、小規模学部にせざるを得ず、なんとか財政自立はできても、新学部の設置が学園への財政貢献にはならず、少なくとも設置経費が新たな財政負担となり基金の取り崩しとなる。きわめて慎重に検討しなければならない。
例えばAMUとの共同学位課程の創設も検討対象となっているが、そのためにはTOFLで高得点の学生を確保しなければならない。その水準の学生を確保するためには安易な学生数の増大などは難しいのである。つまり世界と日本の高等教育の展望を視野に入れ、18歳人口が激減する日本の人口構造の下で、立命館がどのような大学として進んでいくのかの展望を明確にしなければならない。「全入時代の大学」の中で、世界で活躍できる人材を育てるグローバル大学として発展させるのか、国民教育として大学進学を希望する人は誰でも受け入れる大学としてすすむのかという極めてシビアな選択が迫られているのである。困難であっても立命館は前者の道を選択せざるを得ないだろう。 
もちろん政府が国家的研究拠点大学として巨額の国家資金を投入して育成しようとしている東京大学や京都大学のように、あらゆる分野の研究においてトップになることはできない。しかし教育分野においては、かつて論議し到達しつつあった司法試験や公認会計士、国家公務員上級試験の合格者数や一部上場企業採用者数などにおいて日本の上位10位以内に安定的に入る。また留学生の受け入れ、送り出しにおいてトップ大学になる。研究分野においては宇宙や海洋など巨大な実験装置がいる分野は別にして、特定分野においては、世界に光る分野を作り上げるという課題に挑戦する必要があるだろう。しかし茨木購入問題を強引に進めたために学園を二分する混乱・不団結を作り出すと同時に、財政的にも新たな困難を作り出した。当時、学園関係者が団結して、茨木につぎ込んだ400億円を超える資金を教育・研究・国際化強化資金として10年間計画で投入していれば、この5年間で立命館の教育・研究・国際化の質的向上は相当進んだと考えられる。それが新たな特別補助金、外部資金の獲得となっていただろう。
今日においても「教学創造こそが財政創造」という言葉をあえて使うとすれば、教育と研究の質の向上によって特別補助金、外部資金を増大させること。「このような教育を行っている大学なら、あえて高い学費を払ってでも行こう」という大学にすることである。世界に通用するグローバル人材を養成できる大学、そのために限られた財源を教育・研究・国際化の向上のために重点的に使うようにしなければならないだろう
1) 「反対派」を取り込み、OICの容認・責任問題曖昧化を策して、新たな学部創設やOIC移転を促進しようとして、さらなる矛盾、財政危機、不団結を広げる危険
ところが長田理事長や森島専務は、OICが経営学部、政策科学部それに総合心理学部を付け加えても、せいぜい7000人規模にしかならず、恒常的に赤字のキャンパスとなることは明確で、全学的にも少なく見積もっても毎年30億円程度(OICの経常運営費で18.5億円、IIC独自の一般教育・語学・教職課程をたして約20億円、それに400億円の投資を30年間で更新するとして年間10億円以上)の新たな支出増となることがわかっているために、その責任をあいまいにし、反対した経済学部や国際関係学部を取り込むために、それらの学部から出ている構想を取り込もうとし、新たな矛盾と財政危機、不団結を広げようとしている。
① 「農と食の学部」創設構想
「農と食」に関する学部設置構想が検討されている。一般論として農業問題そして食の問題は世界共通の重要課題になっている。そのことと、それに関する新たな学部を創設することは別のことである。そのような議論で言えば、芸術はどうか、観光はどうか、高齢者学はどうか、アラブ学はどうかと言うことになる。
その上、理系の学部なのか社系の学部なのか、なにを重点とする学部なのか、あまりにも曖昧模糊としている、そのことが2年間も議論としているにもかかわらず、いまだに学部名も定まらないという実情に表れている。当面は全学的な研究会として行う、それを基礎にして必要であれば経済学部などに学科などの教育プログラムとして立ち上げることであろう。
この議論はOIC開設、経営学部の移転と深くかかわっている。長田理事長、森島常務が突然OIC開設を言い出したときには、いずれの学部も移転を決めていなかった。ところが今まで問題にもなっていなかった経営学部をOICに移転させるために「BKCも手狭になった」「大阪圏から遠く、入学者確保においてハンディーがある」などを口実にして進められた。
「手狭解消」を口実にして経営学部をOICに移転させたBKCにおいて、新たな定員を設定した新学部を作るのか。OICに移転した経営学部とBKCに残った経済学部の今年度の入試志願者倍率は経済学部の方が高かった。経営学部の移転のために総額400億円の少なくとも半額としても「200億円を超えるお金」を使ったのである。かりに将来「農と食」の分野の学部を創設した場合、せいぜい入学定員で300名-400名程度の小規模学部であり、自立できるのが関の山で、全学に財政的に貢献するような学部にはならない。それどころか数十億円の設置経費が必要である。その点からもやめておくべきだろう。
設置検討委員会において「2000名の下宿生が減ったことに対して立命館として責任を取る必要がある」「『農と食』は別にしても、何かの新学部の設置はやむをえないのでは」等の意見も出されている。
学生マンション経営者などが困ることは、経営学部のOIC移転構想が出た段階からわかっていたことである。滋賀県と草津市から校地と造成費(合わせて130億円)の提供を受けた立命館は、その社会的責任からも移転は慎重であるべきであった。当時私は立命館の社会的責任から、この点について滋賀県や草津市にきちんと説明し合意をえなければならないと記した。合わせ私は滋賀県知事や草津市長にも「住民に責任を負う首長として、責任ある態度が必要でしょう」と手紙を送った。議員からも議会において知事や市長に対して質問・追及がなされた。
ところが川口総長が滋賀県知事と面談した直後から知事の様子が変わり議会において「立命館は適切に対応していただけると信じている」との趣旨の答弁がなされ鎮静化した。この時点で川口総長から知事に対して、経営学部が移転することによって生じる学生減に代わる「新しい学部の設置」などの手立てにについて口約束した可能性が高い。そうでなければ130億円もの支援をしながら、4000名もの学生がでていくことについて黙って送り出すなど考えられない。
現に平安女学院を滋賀県と守山市が土地・建物を提供して誘致したが、学生数が定員割れする中で平安女学院が高槻市に撤収するのに対して、滋賀県と守山市は補助金の返還を求めて裁判を起こし、最終的に平安女学院が支払い解決している。それに対して経営学部の移転問題に対する県や市の態度はあまりにも不自然である。OIC開設となった今年度(2015年)になって、この問題は地元マンション組合を含めて火が噴きだす可能性がある。
まず当時、川口総長が知事に対してどのようなことを言ったのか、その裏付けとなる話を川口総長、長田理事長、森島常務の間でどのように進めたのかを、長田理事長、森島専務は明らかにする義務がある。長田理事長、森島専務、川口元総長(現顧問)の責任が問われている。
② 国際関係学部のOICへの移転?
一般的に言ってオーストラリアのトップ大学であるANUとの教学提携として共同学位課程を追求することは間違っていない。川口総長がオーストラリアで署名した段階では「共同学位課程の探求であつた」ところが川口総長は立命館東京オフィスで記者会見した時には「共同学部の設置」と語った。新しい国際的な共同学部を作るとすればAPUならびに国際関係学部との関係を整理して臨まなければならにないが、立命館において、そのような議論は全く行っていない。にもかかわらず川口総長は会見において「共同学位学部の設置」との勝手な発言を行い、その後破綻した。
常識的に言って共同学位課程を創設するとすれば、国際関係学部が中心になるべきだろう。当然、そのためには一定の施設の拡充も必要となるであろう。国際関係分野でのプログラムであるから日本の文化・歴史を代表する都市である京都で開設するのがAPUの学生を含めて有効であろう。
ところが、政策、経営を取り込んだ時と同じ手法・・「衣笠キャンパスにおいて小学部として冷遇されてきた。OICに移転し、AMUとの共同学位課程の中心学部となって打って出る。そのために学部入学定員を400名程度に」等の説得がまことしやかに行われている。しかし入学定員400名程度(学部定員1600名)となれば、衣笠どころかOICにおいても新たな校舎の建設が必要となる。400名程度の学部では全学の財政に貢献できないどころか、移転拡充経費が数十億円は必要である。そのようなことは全学的に承認することは困難である。議論が混乱しただけである。あくまでも国際関係学部を含めて立命館の国際化の教学プログラムの質的向上強化として議論し具体化すべきであろう。 
いずれにしても、OIC開設に反対した国際関係学部や経済学部に対して、「食と農」の学部新設、ANUとの提携プログラムの発足のために国際関係学部のOICへの拡大移転をすすめ、さらに新たな矛盾を深めようとしている。「食と農」は当面、連合研究組織の発足、ANUとの提携は国際関係学部を核とした連携プログラムを京都の地で行うというのが妥当だろう。それよりも全学でグローバル大学にふさわしい研究・教育・国際化の水準の向上のための戦略的改革を重点とすべきだろう。
4)財政困難を理由に奨学金の削減、学費値上げ
財政困難を理由にして奨学金の削減、学費値上げ、非常勤講師の削減など、あらゆる分野で合理化が進められようとしている。すでに2013年の財政見直しの時点で、現状分析もないままに削減目標金額案が書き込まれていた。すなわち①奨学金予算を30億円から20億円に、②経常的な物件費を3-5%のマイナスシーリングし年間6億円削減する。③非常勤講師など非専任教員の人件費を4.5億円削減するである。この金額の合計は財務部提起していたoicのための新たに必要となる管理費用の20億円と合致する。
当時私は、OIC開設に伴う財政困難を学生、教職員に負わせるのは間違いであると批判するとともに①の奨学金と③のカリキュラムを保障する非常勤講師は2011年の全学協議会で確認されたばかりのものであり、到底みとめられないだろうと批判した。結果的には②は実践されつつある。①と③は保留となり2016年以降の課題となった。そして今、全学協議会を前に①と③も検討されているのである。
現在学費は据え置かれているが財務部中心に「計算係数が撤廃されたわけではない。学費値上げも検討対象となる」としている。学則定員の増加により教員一人当たり学生数が増加している。そこにプラス学費の値上げ、学生は踏んだり蹴ったりである。
冒頭で記したように、財政危機が事実だとしても、それを生んだ長田理事長、森島専務の責任をあいまいにしたまま、学園関係者に一方的に負担を負わすことは許されないだろう。