世界的な自動車部品メーカのデンソーでの「二次元レーザーレーダーシステム」開発を例に、野中氏は以下のようにコメントしています。
(p93より引用) 最近の企業には、効率追求の名のもとに各部門各機能別に分業化を進めた結果、タコツボ化の傾向が顕著に見られます。これでは、組織に蓄積された知を活かすことはできません。必要なのは横の展開です。ただ単に個々の知を集めるだけでは、革新的な商品はなかなか生まれません。ここで一歩踏み込んで、弁証法的なダイナミクスが働くように仕掛けると、組織の知が一気に活性化することをこのケースは示しています。
野中氏は「知識創造」によるイノベーションを提唱しています。「形式知」を前提にしたアメリカ流の分析的ロジカルシンキング偏重に疑問を呈しています。
(p284より引用) 最近はロジカルシンキング(論理的思考)が流行ですが、ロジックはものごとを分析したり、伝達したりすることは得意でも、そこから新しい知は生まれません。論理とは対極にある、直接経験による主観的世界の大切さをわれわれはもう一度認識すべきです。
野中氏は、ロジカルシンキングなど視野にも入れず、相対的な意味での他社との競争を全く度外視した独創的企業の代表例として「海洋堂」を紹介しています。
(p297より引用) 理念なき市場隷属のマーケティングと、理念を持ち実践しながら学ぶオタクとでは、どちらが強いか。顕在化したニーズは顧客に聞けばわかるが、誰が聞いても答えは同じになる。顕在化していない潜在的ニーズの地下水脈は、実践を通して自らを掘り下げながら見出す時代であることを、海洋堂の躍進は示している。
「海洋堂」は顧客のニーズを全く無視しているのではありません。
表層的なマーケット分析から導き出される結果ではなく、自分たちの追及しているもの(理念)に共感する顧客の存在を感じそこに対して強烈なメッセージ(こだわりのフィギュア)を送ったのです。
野中氏は繰り返し訴えます。
(p317より引用) われわれはビジネスの世界において、どれほど顧客や市場をありのままに見ているでしょうか。分析はツールさえあれば、誰でも同じように行うことができます。しかし、同じような答えしか導き出すことができません。これに対し、現場で直接経験しながら、ありのままに見て直感する主観的な世界は、自分なりに意味を見つけて、新しい知を生み出していくことができます。
分析の奴隷と化した傍観者の立場から自らを解き放つには、もう一度、直接経験できる現場に立ち戻り、知覚や身体感覚を信じ、自らの主観的光景に自身を持つことです。分析的な認識や思考を一時停止し、カッコに入れる。一切の価値判断を排し、ありのままを見て感じる。一歩踏み出しさえすれば、新しい世界が開かれることに今すぐ気づくべきです。
私たちは、分析型のデータベースマーケティングを志向しがちです。私はロジカルシンキング自体が悪いものだとは思いません。
ただ、その分析や思考に利用されるデータ(情報)が手に入りやすい表層的なものであることが、問題の1点目です。材料がありきたりの貧弱なものでは立派な料理はできません。
もう1点目の問題は料理人の腕です。腕や良くなければ独創的な料理を求めても無理な相談です。「料理人の腕」にあたるのが「解釈力(意味づけ能力)」です。ロジカルシンキングは「最終結果」まで導き出すものではありません。データをもとに論理的に導き出されたアウトプットを前にして、それにどのような「意味づけ」をするのかが肝なのです。
実は、もっと大事なことがあります。当然ですが、「実行する」ということです。いくら優れた結論であっても伴わなければ「無」です。
行動するかどうかの判断基準としては「期待値」という考え方があります。
ここまで来て、私たちは時折、非論理的は判断しがちになります。「果実の大きさ」よりも「確率の低さ」を過剰に気にするのです。これでは、ヒット商品(イノベーション)は到底望めません。
規模の小さな会社ほど「果実の大きさ」に賭ける度胸をもっています。本当は、体力のある大企業ほど冒険ができるはずですが・・・