磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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ガッテムおじさん

2005年11月20日 | 短編など
ガッテムおじさん

1.

あの貴族様のところに私は
『マッチ売りの少女』の絵本を
とどけに行かねばなりません。
私は本屋です……。

私は靴屋ガッテムおじさんに、
影響を受けたとおうか、
感化されたというべきか、
私は童話作家になりたいと思ったのです。

しかし私の童話もガッテムおじさんと
同じように売れず読まれませんでした。
そして私は童話というものから離れたくない
という気持から本屋に働きだしたのでした。


2.

暖炉の火は赤々と燃えています。
「アングル、ミルクを飲むかい」
「ええ」
サー、白いポットから白いミルクが
白いカップに注がれます。

「どうだね、アングル。
次の紙芝居は何がいいと思う?
冒険物なんかやってみたいね」

「それはいいですね。
おじさんの書いた作品ですか」

「いやいや」
と、おじいさんは照れていた。

「私の作品はダメだね」
「どおしてですか」
「まだまだって、ところだよ。
子どもにおしろくないと言われちゃ
恥ずかしいし、寂しいし、悲しいからなあー。
うーんと自信のある作品が書けたら、アングル、
その時はぜひ私の作品を紙芝居にしてくれよ」
「はい」
「あはは……」
二人は楽しそうに笑っていた。
自作の童話を紙芝居で発表し、
子どもたちに喜ばれていることを
想像して楽しい気分になっていた。

二人は昼間働き、こうして片時のあいだ語り、
夜には童話を書くのを習慣にしていた。

「ところで、おじさんはどんな作品を
書きたいと思っているのですか」
「えっ、それは秘密だよ。秘密」

「そんなにもったいぶらないで下さいよ。
教えて下さいよ」
と、アングルは懇願した。

「そんなに知りたいかい」
「ええ」
「私にも、よくわからないんだよ。
ただ一つだけ書きたい作品はあるんだ」

「どんな作品ですか」
アングルはミルクを飲みほし、
体を前にかたむけた。

「カタンッ」
カップを机においた。

「どんな作品ですか」
心地よい緊張感があった。

「いやー、どうも童話にはならなくってねぇー」
「童話にならないって」
私は不思議に思い、唐突な声をあげた。

おじさんもミルクを飲みほし、話し始めた。
「いやー、童話というものはたいていの話で、
主人公が貧しく、まあ例えでいえば、
「マッチ売りの少女」だね。
主人公の少女はまずしく、
そしていじめられる、だろう?」

「ええ」
「そして、けなげにも耐える」
「そうですね」
「そこはいいんだ。
私もそこはそれでいいんだ。
しかし、最後が気に入らないんだ」

「最後が気にいらないって、
あのマッチをこすると、
おかあさんの姿がうつると……」
アングルはガッテムおじさんの
意図することがわからなかった。

「いやー、そんなこと言ったんじゃ。
「マッチ売りの少女」とは
限らないんだけどね……。
私の気にくわないのが、
そうした悲しい主人公が笑って
死ぬということだ。
それは読者にとっては、
はかなくも美しいかもしれんが、
みんな、みんなそれでは私はいやなんだ」

「どおしてですか」
「私はイソップの童話が好きでねえー。
私の童話もイソップの童話みたいのがいいと思う。
イソップの童話は訓話だとかいっているけれど、
私にはそんな難しい言葉は必要じゃない。
私は思うには、すべからく、童話という物は心美しくする
薬だと思っている」

「心を美しくする薬?」
「ああ、だから「マッチ売りの少女」
のような話は薬になる。
しかし、ただ悲しいだけでは読みたくはない、
そうは思わないかい?」

「ええ」

「私は「マッチ売りの少女」の
その部分は好きだ。
しかし、私は最後がいやだ」
ガッテムおじさんは言葉につまって、
大きく深呼吸をした。

「なぜ幸せにもならず、
みんな笑って死ねるのだ。
私は童話を読む一人として我慢できない。
いくつもいくつも童話はあるのに、
みんな笑って死んでいく。
それが童話の悲しい話のパターンだ。
いつも決まりきっている。それが私はいやなんだ。
『生きてやる』『ここで死んでたまるものか』
そう言って死んでゆく童話を書きたいんだ。
だから童話にはならない童話なんだ」

「そうですね、考えてみると……」

「ああ、そこがいやなんだ。
なぜ、過去の喜びを思い出したり、
夢のようなことを思い死んでいくんだ。
今でも「マッチ売りの少女」の話は形をかえ、
街にはゴロゴロころがっている。
しかし、泣かした相手は不幸にした張本人たちは、
のほほんときれいごとをいって暮らし、
本立てには「マッチ売りの少女」の本を並べている。

そして「マッチ売りの少女」を
読んで悲しく思ったこともある。

しかし、それは現実にかえってみると、
他人事でしかないんだ。
そして現在のマッチ売りの少女をいじめる。

心の薬をただの話だと思っている。
だから、私は書きたいんだ。
『死にたくない』
『生きるんだ』と力づよく思い、
悲しくっても生きていた主人公が
死んでゆくんだ。
そして、みんなの心に童話は心の薬だよって、
教えてやりたいんだ。
何も笑って死ねなんて童話はいっちゃいないんだよ。
童話はねえー」

ガッテムおじさんの表情は疲れきっているが、
目だけはキラキラ輝いていた。

「しかし、こんな童話はかけるわけがないんだよ。
そう思わないかい、アングル」
「さあー。考えてみたこともありませんからね……」

「考えてみてくれたまえ、悲しくって不幸に生き、
そして生きたいと死んでいくなんて、絵にはならない、
お話にならないだろう。そんな童話を書きたいんだ。
それが私の夢なんだ」
「へえー」
私はガッテムおじさんの力のこもった話に息を飲んだ。


3.

大きな事件がおきた。
私はいつものように仕事を終え、食事をすませ
ガッテムおじさんのところへ行こうとコートを着て、
道をせきたてられるように歩いていた。

「こらー」
貴族の紳士らしい男が大きな声をあげた。
ガッテムおじさんの靴屋の前あたりだった。
靴をぬっていたおじさんはあわてて、街に飛び出した。

「どうしたんですか?」

一人の男の子が、貴族様の買ったパンを、
馬車から盗み出そうとしたところを貴族様が
見つけられたのだ。

「この子が、いや盗人がパンをとろうとしたんだ」
貴族様はガッテムおじさんや群がる人たちに向かって、
大きなヂェスチャーでそれを知らせた。

「マック!」
ガッテムおじさんだけは、その少年を守ろうとした。

「この盗人をどうしようか?」
貴族様は下男に言われた。

「どうか、貴族様、どうか子どものしたことですから、
許してやってくださいませ」

「何!」
貴族はガッテムおじさんに鋭い目つきで見た。

「こいつは、子どもと言っても盗んだ。
貴様は盗人の仲間か!」

「ここらあたりの者は明日のパンにもことかくのです。
だから、お腹をすかせた子どもがパンを
手に出してしまったのです。
お願いです。貴族様、この子は盗人なんかじゃありません。
許してやって下さい」
ガッテムおじさんは子どもを後にしていました。

「許せん、こんなことを許していては、
この国はどうなる?」
ピストルを出し、弾をこめた。

「そこをどけ」
貴族様はガッテムおじさんに命令しました。

「そうだ! 助けてやれ」
と、街のみんなも言い、私もそのなかにいた。

「だれが悪いって子どもじゃないぞ。貴族や国王が悪いんだ」
と声がかかった。

「何」
貴族はあたりをキョロキョロとしてあわてた。

その間にガッテムおじさんは、
後で震えるマックを逃がしてやろうとした。

「マック、さあー。今の間だ、家にお帰り!」
マックは手のなかから飛び立つ鳩のように、
すばやく走り出し、街の人の輪のなかへ吸い込まれていった。

「どうしました」
城の兵隊たちがあらわれた。

「実は」
貴族様は兵隊たちに話した。

「うん、小僧は?」
貴族様は子どものいないことに気がつきました。

「どこへやった」
とガッテムおじさんの胸ぐらをつかまえました。

「私が家に帰るように言いつけました」
「何?」
貴族様はパッと手を離した。
すると、ガッテムおじさんは
お尻からドスンとこけました。

「さあー、あの男をつれていけ!」
そして城の兵隊に命令しました。

馬車のなかにガッテムおじさんは
無理やり入れられました。
馬車は大きな音をたて走り出しました。

街のみんなもその後を追い、
石を投げる者もいました。

「何でー、おじさんが……」
と、口々にその言葉を発しました。


4.

幾日も幾日もガッテムおじさんは
牢屋のなかで夜を過ごしました。

「私は生きたいんだ。
何も悪いことなんかしていないんだ」
ガッテムおじさんは、壁に爪をたてました。

「私は生きるんだ。
どんなときも生きたいと思うんだ」
爪がめくれ、血を流しました。

「私はどんなときも……」
私が何か悪いことをしたのなら仕方がないが……。
と涙ぐみました。

私は牢屋に面会に行きました。
「おじさん」
「アングル」
私は本屋の仕事で城に行ったとき、頼み込んで、
会わせてもらうことができたのです。

「おじさん、元気ですか?」
「あー、気がめいる。紙と鉛筆をくれないか」
私はもっている物をその場でプレゼントした。

「ありがとう、書きたいんだ」
と、ガッテムおじさんは笑顔をつくった。

「笑って死なないストーリーですか」
「ああ。悪いこともしてないのに、どうして笑って
死ななければならないんだ」
冬の日の牢屋は想像以上に寒い。
吐く息が白く凍てつくようだ。

5.

裁判があった。
貴族様は自分の正当性を誇張し、
この国に反逆する逆賊と、
ガッテムおじさんを決めつけた。

形だけの裁判は終り、
ガッテムおじさんは死刑と決まった。

雪の降る寒い日。
雪は私のまつげに止まって、溶けない。
何度もそれを手で払った。

城の近くの死刑場には多くの群衆があふれていた。

「おじさんは無罪だ」と、
群衆は叫んだ。

だが、群衆の意見など愚かなものと、
死刑の準備はちゃくちゃくと進められた。

おじいさんの紙芝居が好きだった子どもたち、
もう大人になっている者たちも集ってきた。

おじさんはやつれ切っていた。
「ガッテムおじさん!」
群衆は呼びかけた。

「私は生きてやるぞー。生きてやるんだ。
泣いたって、どんな目にあっても、生きるんだ」
青くやつれたガッテムおじさんの体のどこから、
あんな声がでるのか不思議なくらいだった。

あたりは静かで、雪の降る音だけが聞こえた。
ガッテムおじさんは十字架にしばりつけられたが、
あばれていた。

「私は生きる! 私は生きたい」
すごい目つきをしていた。

死刑執行人がガッテムおじさんの心臓に剣を刺しつらぬいた。

「私は生きたい!」
悲鳴のような言葉が町中に響いた。

鉄柵でしきられた人だかりは、だんだん減り、
だんだん減り。私一人になった。
雪の音だけがあたりに響いていた。
「生きたい」
と、そのおじさんにの言葉が耳から離れなかった。

そして、私は本屋の仕事をします。
それは「マッチ売りの少女」を、あの貴族様の
家に配達することです。

私は聖書の言葉を思い出しました。
「この民は見るには見るが……」
あの貴族様のことだと思った……。


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