磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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平和の願い

2005年11月04日 | 短編など
平和の願い

暗闇の中に水滴の音が聞こえる。
水道の蛇口から水滴が落ちる。
暗い台所に水滴の音が響く。
ポタリ……、ポタリ……。


青空に鳩が飛んでいる。何十羽と鳩がいる。
ポーポーと鳩は芝生の中を歩いている。
餌をやる老婆。

美しい公園だ。鳩もいるし緑もある。
うららかな陽射しは私の足どりを軽くさせる。

白い建物の前に老人が座っていた。
「中に入っていきませんか」
と老人は招いてくれた。

私はべつだん用事もなかったので、
「はい」
と、返事した。

カツコツカツ、
老人の靴音がやけに頭に響く。

カツコツカツ、
ここは美術館なのだろうか。
なぜか心が落ち着いてくる。

カツコツカツ・カツッーン!
老人は立ち止まった。

ガラスケースがあった。
その中の帳面が動いて白紙のページが開いた。
私は少し気味悪かった。

老人が
「この帳面は……」
と言っていると、どこからか声が聞こえてきた。
「どうして僕は、いつまでたっても、白紙のままなんだ」

帳面がしゃべっている。

「いつまでたっても子どものままなの。
国語の漢字の勉強でもいいし、算数の計算でもいいから……。
落書きでもいいから。僕に何か書いてくれないの。
もう何十年も白紙のままなんだ」

足がすくんだ。本当に帳面が話しかけている。

老人は目を閉じ、そして目を開きまた話しだした。
「おまえにはちゃんと書いてある。
鉛筆じゃなく墨でもないもので書いてあるんだ」

老人はそう話してから、
私に次ぎに行くように指示し、先に歩いた。
すると変形した瓶が、
「おじさん、僕のお腹のなかにはどうして
醤油だのお酒だの入れてくれないの」

老人は肩の力を抜いて、
やさしく変形した瓶に語りかけた。
「おまえのお腹のなかには、あの時死んだ人たちの、
あの時の為に苦しんでいる人たちの涙が詰まっているんだ」

老人はそういうと、寂しそうな顔をして先に進んだ。
次は服だった。ボロ切れとしか言えない服だった。

「どうして、おじさん。
ぼくはだれにも着てもらえないの、誰にも……。
誰かに手を通して欲しいのに、
やさしく人間をつつみたいのに」

老人は疲れた表情で、でも力強く、
「今、おまえを着ているのは平和だ」
「平和?」
と、私の口からこぼれてしまった。

しかし、老人は続けた。
「服よ、おまえの好きな人間たちの本当の心じゃ。
やさしく包んでやってくれ」

老人は言い終わると、すぐに私を直視した。
「そう平和じゃ、今は平和じゃ……」

「どうしてですか。交通事故だってあるし、
核兵器の恐怖もあるし……」

「平和じゃ、あの時にくらべたら、
あの時はひどかった。言葉じゃいえやしない。
人間とは思えやしないんだよ。
すべてがすべてのことが、あの時は……」
 と、頭をかかえてすわりこんだ。

そして立ち上がり、服にしんみりと、
「のう、服よ。そこでおまえがそ
ういうふうにしている間は平和じゃ」

「ああ、おじさん、そうだよね。
帳面も瓶もこうしている間は平和なんだね。
こういう冷たいガラスケースのなかに
僕らがいるうちは平和なんだね。
だから、おじさん。
僕はここで、こうしているよ。
平和を願う心に着られているよ」

それから、しばらく老人と話した。
そして別れしなに一言老人は、
「本当に、平和はくるだろうかね」
そういい去って行った。
僕は後ろ姿に何もいえなかった。


ぼろ家に帰ってきた。
水道の蛇口から水滴の落ちる音が気になって眠れない。
意識はもうろうとしていた。

それは夢だったのか現実だったのか……。
老人の姿は青年の姿にかわり、
軍服を着た青年の姿は、風にふかれて、
ボロボロになってゆき消えた。

ポタリ……ポタリ……そして今も続く。






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