磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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坂本龍馬創世伝-平成22年度歴史ドラマの時代

2010年05月12日 | 読書日記など
『坂本龍馬創世伝-平成22年度歴史ドラマの時代と舞台を徹底検証 寺田屋・近江屋襲撃-二大事件の真相を解明- メディアボーイMOOK』
   小出文彦・編/メディアボーイ2010年

表紙に書かれてありますね。下「」引用。

「龍馬ゆかりの地を歩く
高知・江戸・長崎・京都ほか」



弥次馬根性で黒船を見に行ったと書かれてある……。下「」引用。

「六月三日にアメリカのペリー率いる黒船が浦賀に来航。沿岸警備のため、土佐藩も浜川砲台を築き、龍馬も藩命によって警護についた。しかし、龍馬は弥次馬根性丸出しで、沿岸警備の任をほったらかし、黒船を見に行ってしまった。そこで外国の脅威を目の当たりにする。-略-」

寺田屋騒動記念碑と龍馬像。下「」引用。

「寺田屋建物東に隣接するミニ龍馬像と寺田屋騒動記念碑。龍馬が遭難した当時の寺田屋はここにあった。」

私塾の神戸海軍塾・塾頭になった……。下「」引用。

「塾頭は当初、佐藤与之助であったが、海舟の希望で龍馬になった。龍馬は土佐の脱藩浪人である甥の高松太郎、望月亀弥太、澤村惣之丞、岡田以蔵などを海軍塾に引き入れている。ここでは尊皇も佐幕もない。-略-」

「入所できない龍馬の謎」海軍操練所。下「」引用。

「ところが開設したはずの海軍操練所に龍馬は入所できなかったといわれる。入所資格は旗本・御家人の子弟や全国諸藩士とされ、帰藩命令を拒否して再び脱藩者となった龍馬は資格がなかったのである。土佐浪人の何人かは「軍艦奉行勝安房守家来」という名目で入所しているが、龍馬にはそれらしい形跡がない。
 そのためか、龍馬は北添佶摩とはかって、資格を有しない尊攘派志士たちを集めて蝦夷開拓を計画した。京都の方広寺に二○○人ほど集めたというが、結局、北添佶摩や望月亀弥太は、龍馬に別れを告げて長州の過激派に合流。六月四日の池田屋事件で闘死したことから、海軍操練所は反幕行動の嫌疑をかけられた。-略-」

「高知 才谷屋龍馬コーヒー

「高知 龍馬が愛した【珈琲】」

ほかにも、ネットで検索すると……。「長崎龍馬【珈琲】

龍馬郵便局」窓口ならば、消印は龍馬。

「坂本龍馬ゆかりの地スタンプコレクション」も4ページにわたり掲載。







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