磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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物語世界の歴史21 原子爆弾投下

2008年12月09日 | 読書日記など
『物語世界の歴史21 原子爆弾投下』
   吉田悟郎、鈴木亮、他・編/岩崎書店1983年、1984年2刷

歴史というのなら、司馬遼太郎のように鳥瞰図的に描いてほしかったと思う。
--歴史とは流れであって、大河である……。
しかし、それにするのには、原稿用紙の枚数が足りないですね……。



■目 次■
ひめゆり部隊  1
ノー モア ヒロシマ  23
ナチスの強制収容所  45
つれてこられた朝鮮人  65
ベトナムの独立  87
日本の無条件降伏  107
ヨーロッパに平和が  129
朝鮮の独立  147
戦争犯罪人  167

--「ひめゆり部隊」
将校や軍医はガスマスクをもっていたという……。下「」引用。

「六月十九日の午前一時ごろ、壕づたいに、れんらくがつたえられてきました。数時間は、第三外科のせいとたちがひなんしていた壕(いまひめゆりの塔がたっていたところ)が、アメリカ軍によって攻撃され、火焔放射器とガス弾のために、女学生三十二人、先生四人がやきころされたというのです。いっしょにいた兵隊や民間のひとたちも、ぜんめつしたらしいということでした。ほんとうは、壕のおくのほうにいた将校や軍医は、防毒マスクをもっていたので、いきのこっていたのですが--。」

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--「ナチスの強制収容所」 下「」引用。

「強制収容所にはいった最初の棟(むね)の入口には、“収容所博物館”とかいてあり、ここで殺された二十九カ国の国旗が、かかげてありました。死者の霊をまつって、それぞれの国の政府からおくられたものです。」

ヨーロッパの国の国旗、ほかにトルコ、中国……。同盟国だった日本の旗はない、つまり殺されてはいないという。

死体を焼いた灰は、肥料として本国へ送られたという。大便から機械油をつくろうとしていたもいう。

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--「ベトナムの独立」
「二百万人の飢え死に」という小タイトル。下「」引用。

「ベトナムはながくフランスの植民地でした。ところが一九四○年(昭和十五年)九月、日本軍がベトン無の北部にはいりこんできました。日本軍は、すぐに米をたくさんあつめはじめました。いざというときのために、日本軍とその関係者が二カ年食べるだけの用意をしたのです。そのうえ、ある地域では、米のかわりに、ジュート麻をむりやり栽培させました。軍用の麻袋のためです。」

このおかげで独立したなどと思えるのは、よほど都合のいい部分だけを強引につままみあげる詐欺師のような人でしょうね……。

--「戦争犯罪人」
木田少尉は、死刑判決を受けた。
上官は無罪。毒ガスの実験をやったという。








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