さて・・と

60代専業主婦の日々です

結婚まで

2007年09月30日 16時18分20秒 | 日常
私と夫が出会った頃、夫はまだ既婚者であった。
2歳か3歳の娘もいた。

ワタシは当時仕事に夢中だったし、別に彼とか特別に欲しくもなく、ただ仕事上オトコの人とは話す機会も沢山あれば飲食の機会も沢山あるわけで、夫もそのうちの一人だった。

が、夫はどうやら最初からワタシをねらってたらしい(笑)

夫が結婚しているのも知ってたし、だからって別にどうでもいい話で、娘がいるって聞けば「へ~そうなんですか。」ぐらいなもの。

夫は結婚して数年経ってたらしいけど、結婚前から仲が悪かったらしい。
と言うのもその前妻はせっしょくしょうがいを持ってて、さらには肉体的にもしょうがいしゃだったらしい。
なぜにこの人と結婚するのか?と家族を含め友人その他上司にもみんなに聞かれ、いい顔をされなかった・・・らしい。

治療目的で子供を作ったらしいけど、やはり上手くいくどころか逆に精神的にドンドンおかしくなっちゃった。。。と言うことだ。
そりゃ夫はイカンでしょ・・・って思う。

実はね、夫は私と出会った頃、別居を始めてて、そりゃーもうなんていうか可哀想なぐらいへこたれてたんだな。
で、「じゃ、ウチに来る?母もワンコも一緒だけど一部屋あげるよ。」って言う話になり、ウチに居候することになったのだ。

でねー、実はー、その前妻と会ったことあるんだ。
彼女がある日の朝、突然押しかけてきたのだ。
ワタシはその日は日曜だか土曜だか休みだったので、朝ご飯を調達するためにマックに買いに出かけていたのだ。
帰ってくると、帽子に大きなマスクに、手袋に・・そしてカメラを持っていた(汗)
ワタシはてっきり宗教関係のおうむ?とかって思った。

私が車で帰ると彼女がスゴイ勢いで近寄ってきてカメラで撮られた。
休みの朝なんですっぴんだったのに・・・(x_x)

最初、ぴんぽーんってなって母が出たら、行きなり玄関の扉に足を入れて「○○さん(私の名前)ですね?」って入ってきたらしい。
ウチには当時2匹のワンコがいて、玄関を開けたらすぐに飛び出しちゃう元気ワンコだったから、「犬がいて出て行っちゃうからちょっと足を取ってくださいー」って叫んだらしい(笑)

しっかし、母はその時70歳前後だったわけで、その人をワタシと間違えるなんてね・・・・。
彼女もよっぽど錯乱してたんだろうけど。

で、彼女は夫とは話しはないからって、ワタシと話をしたいと言い、車の中で何時間か話をした。
喫茶店で話すなんてちょっとなーって思ったのでね。

ま、彼女の言い分は、とにかく「お金が欲しい。」って事だけだった。
夫を返してとか、娘がいるからとかって事は全く言わず、とにかく先々の不安を訴え、夫から安定したお金をとにかくもらいたいって事を力説していた。
夫の会社の役員になれないか、それをワタシの口から頼んで欲しいとか。

彼女、聞けば子供を産んでほとんどオムツも替えたことがなくミルクも上げず、一緒に寝ることすらなかったのだそうだ。
彼女の母がなにもかもやってたらしく、彼女のわがままを一切聞いているって事らしい。

彼女ははたらしていたんだけど、収入がいくらあるのかも知らせず、生活は全て夫のお金でまかないっていうかご飯なんて作ったことないらしいけど、彼女の父が仕事の現役で病死したんだけどその時に支払われた保険金も一切教えてもらえなかったらしい。

でさ、この辺で子ども作るのもどうかと思うし、なんで離婚しなかったの?って感じじゃない?

ま、その当時離婚調停中で、スゴク長引いちゃってて結局彼女は金額の提示だけが気になるらしく、満足のいく金額でやっと向こうから示談してきた。

よく分からないけど、まず家裁で離婚が認められ、それから彼女が納得できなくて裁判を起こしてきたんだ。
で、それも分が悪くなって、自分の弁護士にも意見されたようでやめさせて、自分で弁護ししてたらしい。
もう時間の問題だと思ってたら、今月はダメなので来月・・・とかってドンドン先延ばしにしてコンピを請求し続けてた。
そして、とうとう判決が下りるって直前に示談を申し込んできた。
おそらく戸籍が調停で離婚したとかって書かれるのがイヤで阻止してきたんだろうね。

いやーホントにね、スゴクイヤな人を見ちゃったって感じだった。

で、彼女、ワタシのことを「スゴクいい人で、アレ(夫のこと)がいなければ言いお友達に慣れたのに、本当に残念だわ」って。
他の人にもワタシのことを「とってもいい人」と言ってるらしい。
なんか訳わからないひと。
友人がいなくて、誰とも話そうとしない人なので私と話したことがうれしかったようなんだ。 

ワタシはこんなに精神的におかしい人を見るのは・・・・初めてだったかも。

と言うわけで、夫が離婚成立してから、とりあえず入籍して財産確保を企んだわけ。
それ、私が言い出したんじゃないよ、夫が言いだしたんだからね。

で、その娘さん、その後彼女の武器になり私達を脅す材料となるんだな・・・。
彼女の金欲は凄まじかったのである~~~。
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夫のこと

2007年09月29日 16時44分09秒 | 夫のこと
夫は今、鈴鹿・・じゃない富士だっけか?F1を見に昨日から行っている。
会社のスタッフと毎年行ってる。
F1がやっているときはCS放送でリアルタイムで見てるし。
凄く凄く好きらしい。

夫は人生の多くをアメリカで過ごし、アメリカの大学を出た。
日本企業に勤めたけど、やはりアメリカ駐在の仕事だった。

NYのテロのあったぼうえきせんたーびるで数年働いていたんだよね。
だから、ニュースであのビルの崩壊は本当にショックだったようで、しばらくショックだったみたい。
今でもあの崩れるシーンとか、突撃されたシーンは目をそらしちゃうほど辛いらしい。

と言うわけで夫は英語が堪能。

がワタシと同じく結構隠れオタク。
今では全然「かくれ」じゃないんだけど、相当なオタク。

夫にはある専門の得意分野があって、その分野では日本でも一番(夫が自分で言うんだけど)らしく、ゲームやら本やら雑紙やらの監修をしたりしてて、もちろんその分野は本業ではないので副業なんだけど、これだけで年間にすると結構な金額がもらえる。
すんごいマイナーの分野なんだけどね。

夫は優しいんだけど、なんていうか本当に自分をまず第一に考える人で、自分のことを最初にやってから家族のことをって感じなんだよね。
あと、なーんか運動神経が悪いって言うか・・・。

ゴルフにしてもダイビングにしても車の運転にしても・・・なんかヘタっぽい。
自分ではそう思ってないみたいだけど、なんか運動能力がちょっと・・・って感じることが多い。

んで、ワタシのことを本当に相当愛しているらしい。
不思議なんだけどね。

夫とは分かれることが想像できないほどピッタリ合う。
夫もそう思ってるし。
なによりなんていうか、子どもが出来る前からもお互いに「この人以上に合う人はいないだろうな」って感じることが多い。
生活で違うと感じることの方が少ないかも。

ケンカってのはほとんどしたことがない。
意見の違いというのはあるけどね。

あーー、そう言えば、夫との違いでよく揉めるのは、娘の病気での対処の仕方かな。
ワタシはすぐにでも対処したいんだけど、夫はすぐに「様子を見る」っていうんだ。
これがさーーー、ホントに腹立たしい。
なんで様子見なきゃ行けないの?て思うわけ。

夫のゆう事を聞いて合ってたためしがない。
と言うわけで、強引に私の意見を通す。
最近では「いいよ、君に合わせるよ」って素直に言うようになったけどさ。

夫は今は独立して会社を経営している。
その会社は今はスゴイ勢いで成長していている。
ま、その点はたいしたものだって思うけどね。

ワタシは夫の会社経営には一切タッチしていない。
たまに夫が会社でのトラブルや決断で困っているときにはワタシに必ず相談してくる。
甘いなーって感じることも多いし、ワタシには出来なかったって言うかなかった器のデカサを感じることも多いけど。
社長業ってのはこのくらい鈍感で優しい方が良いのかもって思う。

とにかくここ数年は夫も1千万以下の車には乗ってないし、好きなようにお金も使ってるので成功してるんだと思う。
現金はほとんど渡したことがないけど、カードはだいたい月に少なければ40万ぐらいで、多ければ150万とか使ってる。
大概はガソリンやETC、他にはあまぞんだよね、いわゆる大人買いで好きなのをドンドンかってるし。
DVDはホントにスンゴイ量がある。遠慮しなしに買ってるもん。

あと飲料にコダワリがあるらしく、炭酸水とかしんぐるもるととか、どっかのコダワリのビールとかをネットで買ったりしてる見たい。
あとは電気製品とかPC用品とか?なんだろね。

夫は家での食事が好きらしく、仕事帰りに飲みに行ったりってのは年に数回しかないし、ご飯だってよっぽど遅くなるとき以外は家で食べる。

飲んだり騒いだりするのも嫌いじゃないだろうけど、もっと好きなことが他にあるから家に帰るんだろうね。
仕事は当然好きなんだけど、それ以外にゲームや映画も好きだし、ネットで色々知ることも好きだし、ワタシとの会話も好きだろうし。

ま、見た目は・・・・「柔道やってた?」って感じの人(笑)
カッコ良くはなく、どっちかというと「可愛い顔立ち」かも。

夫のことを好きな女性がいないわけでもない。
アメリカ人の取引先の女性でメリーさんってのがいるんだけど、彼女はどうも夫をねらっている様子(笑)
夫もそう感じてるし、私もそう思った^^;

夫が「メリーがさー、自分で言うのもなんだけど、俺のことねらってると思うんだー。」って(笑)
ワタシもメリーさんには何回かあったけど、そんな雰囲気だった。
だからって何か対処するわけでもないんだけど。

娘が産まれ、病院の先生から説明を受けたとき、ワタシは聞いたことがない病名ばかりでピンと来なかった。
レントゲン写真を見せられても全く分からなかった。

夫はレントゲン写真を見たときに足が震えたそうだ。
もうメチャクチャだったらしい。
なにせ、腸が肺の部分に入り込み、心臓の位置が右にずれていて、お腹の中は極端に臓器がなかったそうだし。

さらに病名を聞き、ネットで調べたら・・・・ワタシに何て言おうかって悩んだらしい。
そのくらい重篤な病気だったから。

ワタシの誕生日には子供が生まれるまでは大概旅行に連れて行ってくれた。
それがDisneyResortだったり、北海道だったり、ま、2~3日で行ける国内旅行なんだけどね。

子供が生まれてからは、旅行なんて行けないし行く気もないし。
あ、50万ぐらいするぶらいとりんぐって時計を勝手に買ってきたことがあった。
これが、本当にワタシの趣味じゃない時計で、「相談なしに勝手に買わないで!!」と釘を刺した。

が、その後TVで誰かが持ってたびとんのバッグを「へーこの人が持つと意外と上品だねー」って一言言った。
すると数日後、銀座の直営店にわざわざ行き同じバッグを買ってきた。
これ2年ぐらい前かなー。
一度も使ってないです。
っていうか、袋から出してないです。
ワタシはそういうブランドブランドしてるのを使うのは嫌いなんだよね。

なんで何かワタシに買いたいときは必ず電話してきます。

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ワタシのこと

2007年09月28日 11時41分03秒 | 日常
夫はどんな人かというと、自分をマズ優先する人。
理解はあるし優しいし、子育てだって家事だって料理だってやってくれる。

自分の気が向いた時や、自分のやりたいことをやってない時にはね。

夫は仕事面では成功していてワタシも金銭的には苦労はしてない。
家だって結構大きい一軒家だし、車だって好きな外車に乗らせてもらってる。
車は3年以上同じ車には乗ったことがない。
掃除は家政婦さんにお願いしてて、掃除らしいことはほとんどしたことがない。

食費だって遠慮なくつかえ、お肉だって100グラム1000円以上のを買えるし、トロで数千円のだって買える。
ってこんな事書いてること自体がワタシって貧乏くさいってかんじだけど(;^_^A アセアセ…

外食も行こうと思えばいつでもいける。
そう・・・行こうと思えばっていうか、行く勇気があればって事なんだけど。

ワタシってスゴク出不精。
さらにはすんごい面倒くさがり屋。
なるべくなら家でPCやってたり、家で遊んでた方が好き。

外食も大好きなんだけど、子ども達とボケ母を連れてご飯食べに行くのは、行く場所も限られるし、行くだけでも一手間も二手もかかり、さらに行ったら行ったでそりゃーもう大変。イライラのしどうしだもん。
だったら、行かない。

面倒な思いするぐらいなら、ホカ弁でもいいって感じ。
マックのハンバーガーだって作るよりマシって思っちゃう、そうすんごいぐうたらなのです。

よくお金持ちの人ってブランド物とか好きだし、詳しいし、コダワリとかあるじゃない。

ワタシがお金持ってるように見えないのは、ブランド物にコダワリがないどころか、そう言う物を持つこと自体が嫌い。
指輪とかもないことはないけど、付けるのが嫌い。
時計だって高いのもあることはあるけど、安くても軽くてデザインや色が気に入った物をどこにでも付けて行っちゃう。

服に関しては体型的な問題があるんだけど、ブランドと言えば、アメリカのユニクロ的な物ばかり。
それも通販。
通販以外でほとんどかったことないかな・・・・ここ数年は。

車は夫が好きで、ワタシがちらっと「チョットトランクが狭いんだよねー」なんて言えばすぐにアレコレ調べて手配してくれたり。

今、新しいのを注文したばかりなんだけど、2週間ぐらい前に子ども達を保育園に預け、母をショートに預け、夫と二人で各ディーラー巡りをした。
事前に目的の車を置いておいてもらって、試乗できるように手配しておいてくれたのだ。

ちなみにその時試乗した車。
ベンツのあーるくらす、いーわごん(4駆タイプ)、あうでぃーのきゅーせぶん、えーしっくす(四駆タイプ)、ぽるしぇのかいえん、くらいすらーのぐらんどちぇろきー、ぼるぼのえっくすしーきゅうじゅう。
(検索かからないようにひらがなにしました^^;;)

ま、結局どれもピンと来なくて、違うのにしたんだけどね。
金額的には800万ぐらいのRV車だわね。

夫とは生活のレベルが合うのと、食の好みが完全にピッタリ(いまだに驚くほど)、趣味って言うか遊び好きなところが似ている。
遊びと言ってもいたって健全で、TVゲームだったり、ある種PCオタクだったり、ダイビングだったり、スキーだったり。

ワタシは結構ゲーム好きでファミコンが世の中に出て、ドラクエとかFFとかをリアルタイムで全部やっているって言うゲーム歴が長いのだ。
当時大学生だったので、ある意味時間もあったしっていうか、時間を作ろうと思えば作れた年齢だったし、徹夜でゲームなんて事もへっちゃらだった年齢。
ドラクエもそうだけどスーパーマリオとか本当に面白くって寝るのももったいないぐらいにはまっちゃって熱かった時代だわ。

が、そんなワタシも社会人となりガンガン仕事にハマリ、高給取りになった。
社会的にもあちこち顔を出し、一端にがんばってたんだけど。
ゲームは密かにやめられず、夜の寝る前の寝酒ならぬ、寝ゲームをやっていた。

一度、若かりし頃にって24の時、アパレル関係の会社を経営している人と結婚した。
が、1年3ヶ月で離婚。
理由は・・・・今思えば若かったんだろうね。
相手が信じられなかったし理解できなかった。
って言うか、信じようとしなかったし理解しようなんて思わなかった。
それが原因で、ドンドン溝が出来て結局は性格の不一致ってことで分かれたんだよね。

で、さらにワタシは仕事にのめり込む。

当時のワタシは今みたいにフニャフニャじゃなく、自分にも他人にも厳しかったように思う。
自分に利がない人とはあまり付き合わなかったし、今思うと粋がってイヤなヤツだなーって思うけど、パワーだけはあった気がする。

30も過ぎてだんだんヤバイ仕事にものめり込んでしまった。
コレはヤバイでしょ・・・って思っても抜けられず、ズルズルと行ってしまった。
結局、仲間っていうか当時一緒にヤバヤバの仕事をしてた人と同時・・・っていうか、ワタシの方が数日先だったけど逃げた。

結局この事を片付けるのに2年近くかかった。

ワタシはその仕事から逃げて誰とも連絡を取らず、ま、夜逃げ状態だよね。
命からがら本当に逃げたんだ。
母とワンコを連れて。

連絡は弁護士とだけ。
2ヶ月間、知人の山小屋で身を隠してた。
電気もなくお風呂もないところでの生活。
想像できる?

電気のありがたさ、本当によーく分かった。
陽が昇ると目が覚め、日が落ちると寝る。
食べるためだけに生き、生活するだけの毎日。

畑で出来たものを食べ、ストーブで調理する。
今までとは全く違う質素な生活。
このわずか2ヶ月だったけど、これがワタシを変えた。

その後、ある地方へ移り、仕事を見つけるんだけど。

ワタシはどんな仕事でもやれる自信があった。
その地方では結構手広くやってるホテルに面接に行った。
するとその後にもう一回面接したいと呼ばれ、行くと実質の経営者の副社長との面接だった。
いきなりの幹部候補として認められそうなのが嬉しかった。

が、ちょうどその頃、知人の紹介でもう一つの会社の話があった。
その会社は、底辺ギリギリ(なんて書いたら申し訳ないけど)の会社で、社長と日本人の従業員一人、そして不法労働者4人の会社。
ある物を作っている会社だった。

社長自体は社長業と言うより技術やノウハウを持った人で、ワタシは心動かされた。
ワタシはまた会社をやりたいって思った。
そして、おそらく給与は18万とかそこらだろうけど少なくても1年はそこで頑張ってこの会社を何とかしたいって思った。

母にお金の面で苦労するけどもう一度仕事をしたいって言ったら、「いいよ、好きなようにして良いよ。」との返事。
ワタシは今までの経験を本当に生かして頑張った。

まず不法労働者をやめさせ、日本人を雇うことから始まり、徹底的なコストダウンと利益の確保に計った。
同時に営業努力もやり、東北にいい話もあったことから工場をさらに造ることにも成功した。
人材は基本的には職安だったけど、今思えば本当に良い人材が揃った。

こんな会社によく集まったなーって思うような人たちが集まった。
若いちからで一気に会社は盛り上がった。

ワタシは元来のめり込むタイプで一ヶ月に29日労働なんてのもざらだった。
決算時にはかなりの利益が出たので資材投資することも出来たし、ある意味軌道に乗った。

その当時に今の夫と知り合ったんだよね。
ネットで。

ワタシが仕事している姿を辛うじて見ている貴重な人だわ。

が、ある夏、ワタシは体調を崩したんだ。
病院に行ったら即手術。

結局、それを気に会社を辞めた。
一ヶ月以上の入院闘病があり、ワタシがいなくても何とかなるだろうって思ったし、私自身、今まで突っ走ってきた分この病行きで一気に精神的にもガクッと来てしまったのだ。

社長はそもそも会社が大きくなることに不安もあったり、相当な自分勝手な人でもあったので、社員が雨の中泥だらけで働いていても「お金払ってるんだから当たり前だ」みたいな事を平気で言う人。
ワタシが会社を辞めてから、社員が工場内の事故でなくなったらしいんだけど、意識不明で1週間ぐらい入院してその後なくなったのに社長は「死ぬならサッサと死んでくれれば良かったのに」と言ったらしい。
ワタシがもっとも信頼していたK君は、コレを聞いて会社を辞めたらしい。

社長もそうだけど奥さんはある新興宗教に入っていて、ワタシが入社して会社が良くなったことにたいしてその神様のお陰だと随分神様のお礼をしていた様子。
ワタシには感謝はなかった。

でもワタシは別によかったんだ。
自分の力を試したいだけだったんだから。

で、仕事を辞めたんだ。
入社するときは給料18万と言われて入社したんだけど、最初の一ヶ月目でおそらく「コレは出来る」って思ったんだろうと思うけど、行きなり40万の給与をくれることになった。
と言うわけで、結局最終的には給与が月額60万だったんだけど、やめたって事はそれがなくなるって事。

で、夫が一緒に暮らそうって事でやしなってもらうことになったのだ。

当時、夫も会社を立ち上げて数年しか経っておらず、結構お金のないときもあった。
ワタシが少し立て替えてあげたり、貸してあげたりって事も結構あった。
今となっては、良い投資だったんだけどね。

で、さらに色々続くんだけど、ま、とりあえずこの辺で。

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母のこと

2007年09月25日 19時07分21秒 | 母のこと
ワタシも高齢出産なんだけど、母も高齢出産。
母はワタシを36歳の時に産んだ。
それまで何回も何回も流産を繰り返し、やーーーっと出来たと言うのがこのワタシ。
そりゃーもう大事に育てられたさ(;^_^A アセアセ…

母はかなりお金持ちの家の娘で育ち、小僧さんやら女中さんやらが結構いたらしい。
東京の宮家の近くのお屋敷で、祖父は信金の理事だったそうだ。
と言うわけで、今でも掃除や片付けが苦手である。

母は英語が出来、とある上場企業の社長秘書をしていてキャリアウーマンの走りだったようだ。
父と結婚し、父は小さいながらも会社を経営し、母の兄弟の中では一番裕福な生活を送っていた。
高い会員権を持ってゴルフをし、スポーツクラブにも行き、車はベンツに乗っていた。
社交的で友人も沢山いたし、服だってスンゴイ量を持ち、欲しい物はなんでも買っていた。

・・・・ま、そんな母。
若い頃は自慢の母でした。

が、今はもうすっかり呆けちゃって、ワタシのイライラの多くが母の言動です。

今年、家を新築して引っ越したんだけど、ま、ボケが進だろうなーって想像はしていたけど想像以上に一気に呆けまくった。
引っ越して数ヶ月経つけど、いまだにここが家だって事が分かってない様子。

「出かけるから支度してね」なんて言うと「これから帰るの?」って。

お風呂の場所は何度かたまに間違えるけど、ま、覚えたかなって感じ。
がー、自分のボディーブラシとか歯磨きとかそう言うのを自分の部屋にイチイチ持って帰ってくる。
聞くと「誰が使うか分からないから」なんだそうで、やはりここを旅館か何かと勘違いしているようだ。

「ここに引っ越してきたんだよ」って言うと毎回「え?そうなの?スーさん(夫のこと)がかったの?」とかって本当に毎回何十回何百回と聞く。

なんでこんなにもボケ老人との生活がイライラするのか・・・よく考えるんだけど分からなかった。
が、最近ちょっとだけ分かってきた気がする。

同じ事を何回も言うのは我慢できる。
が、同じ事を何回も聞かれるのが頭に来る。
どうぜ答えても覚えてないんでしょ、ってのがあるし、それが時間の無駄だし。

あーー、母の事書くと滅入って来ちゃう。
書くのやめた。
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娘の事

2007年09月24日 11時50分53秒 | 娘のこと
上の娘3歳の幼稚園児。
産まれたときからたーーーくさんの奇形を持っている。
もう何度手術したか・・・4回。
全身麻酔はもう数え切れないほどやってる。

が、命の危険はない。
さらに言うならば、障害児ではない。
そう、単なる形成不全だったのだ。

先生曰く「手術で治るんですから幸運ですよ。」って。
その言葉を支えにして頑張れたんだと思う。

病名を書いたら分かる人には分かっちゃう。
だって、珍しいから学会で発表されちゃったぐらいだもん。

で、内蔵奇形だから見た目は分からない。
服を着ていればね。
でも、裸になると傷跡だらけ。

ちなみに頭には異常がなく、幼児教室でも幼稚園でも他の習い事でもかなり優秀だと褒められる。
ただ、大人しいかな。
園でも何故か人気者。
小さいからかも。

が、そんな娘だけど、本当に体が弱い。
弱いって言うか、問題ありあり。

ウンチはクスリなしでは出ない。
オシッコは週に一回ぐらいのペースで尿路感染か膀胱炎を起こす。
へんそくひだいって症状があり、これがある子どもの20人に一人は腫瘍があるそうな。
と言うことで、半年に一回は内臓のエコー検査。

まだまだある。

腎臓が悪く、一つが機能していないし、さらに膀胱腎臓逆流がある。
なにせ産まれたときはオウカクマクヘルニアだったんだから。
これはかなり重い小児奇形の一つで生存率がメチャクチャ悪い。
ま、それを乗り越えただけでも本当に凄いことなんだけどね。

あれ、書いてるとこれだけか。意外と少なかったりして(;^_^A アセアセ…

と、まあ、こんな感じなので病院に行くことが多い。メチャクチャ多い。
近くの病院では診てはもらえず、結局かかりつけの大学病院まで行かないとならない。
その大学病院、距離にして約95キロ、1時間半はたっぷりかかる。

親の私が言うと親バカと言われそうだが、娘は本当に出来た子で、人にもスゴク優しい。
泣いている子がいれば近寄ってなぐさめ、人に自分の物を取られても「いいよ」って言う。
だれかに「ごめんね」って言われれば「許してあげるよ。」って言う。

とにかく親の私が言うのもなんだけど本当にビックリするほど人の気持ちを理解していて、とにかく優しいのだ。
娘が熱でうなされたりしててワタシがいたたまれずに「ごめんね」と謝る。これはこんな体で産んでしまってごめんねと言う意味なんだけど。
すると娘は「いいんだよママ、エリは許すために産まれてきたんだよ。」なんて言う。

・・・・・なんだか死んじゃうの?って思って泣けてきたり。

まだ3歳になったばかりの娘。

娘の自慢は続くけど、本当に頭のいいこ。

10ヶ月ごろ、バイバイが出来、1歳前には「ヨイショ!」や、アヒルを見て「ガーガ」って言えていた。
バイバイも怪しげながら言えていた。

1歳3ヶ月には遊びであげたパズルが出来ていた。
1歳半の健診でおもちゃとしてパズルを持って行っていて、小さいけど12個ぐらいのが出来てたんだよね。
その時はスゴイって思わなかったけど、今下の子を見ていると娘は凄かったんだなーって思う。

機械操作が得意で、難しいおもちゃも難なく1歳代で理解して操作していた。
3歳になるまでに既にDVDを自分でセットできてたし、PCタイプのおもちゃなんて親より理解していた。

2歳年下の弟が産まれて、娘は本当に喜んで、今でもものすごく弟が大好き。
息子がコレがまた想像を絶するほどの泣き虫で、とにかく火が付いたように泣きやまないことも多く、そりゃーもう大変だった。
が、娘は「まだ赤ちゃんだから泣いてても仕方ないんだよー。ママ、大事にしてあげてね。」なんて言う。
3歳の娘がそう言う。

息子を寝かしつけるのは至難の業。
それを娘は手を握ってあげて息子を寝かしつけてくれる。

ね、本当に出来た娘でしょ。

でもさ、毎日朝晩とにがーいクスリを飲まなければならない。
2日ウンチが出なければ浣腸をしなければならない。

本当は凄く凄く嫌がってる。
だけど我慢してる。
それが辛いんだ。

本当に辛いんだ。

ま、娘はこんな感じ。
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今日から

2007年09月23日 14時34分36秒 | 日常
このブログ、随分前に登録してあったんだけど全然書いてなかった。
他に結構自分がバレバレなHPを持っていて、そこにはリアルで会ってる友人もいたりするから本当のことが書けなくてね。
いつも不満に思ってた。
楽しいことや本の日常を書いたり。
幸せモードで書いていた。

でも、本当は違うんだ。

幼稚園児と0歳児、そしてアルツの母、さらに呆けワンコ(´ヘ`;)ハァ
書いててウンザリしちゃう。

とにかくここには愚痴、愚痴、愚痴・・・・を書いていくつもり。
だから、誰にも教えない。
ま、日記だわね。
別に誰も読まないよね。
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