雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

金谷秀夫君のこと

2006-12-26 06:35:29 | M/Cレース

ヤマハのGPライダーとしての金谷の実績は素晴らしいものがある。
1975年オーストリアGPでの500cc、350ccのダブル優勝など,ロードレースに於ける彼の天性みたいなものを感じる。

1965年6月。カワサキはスズカ6H耐久レースにはじめて正規のロードレースチームとして参戦した。
3チームの出場であったが、歳森康師がパートナーとして選んで連れてきたのが、神戸木の実の金谷秀夫であった。

そういう意味では、金谷がカワサキでの最初のロードレース専門の選手であったと言える。
その時から確かに早かった。片山義美の秘蔵っ子と言われるだけのものを持っていた。
66年10月FISCOでの日本GPのジュニア250でヤマハのG,ニクソンとの勝負は、私の脳裏に焼き付いている。

先日、記録を調べてみたら、3位の三室とは37秒、4位和田とは1分14秒差で、6位以下を一周遅れにしている。
最高ラップを2分14秒27で金谷、G、ニクソンが同タイムで取っている。
その日の350ccの最高ラップが2分18秒56であることからも、如何に二人が飛びぬけて早かったことが窺がえる。

たった2年間ほどの付き合いだったが、当時カワサキはロードレースはまだやり始めたばかりで、マシンは開発途上であったし、安良岡と金谷には本当に苦労ばかり掛けていたと思う。
金谷にはレース以外にも、A1の名神高速での走行テストなども手伝って貰った。

さっぱりした性格で、ちゃんとした意見をはっきりと言ってくれた。
彼が意見を言ってくれたお陰で対処を間違えずに済んだこともあった。

私が東北に行ってからも、いろんなことで手紙など頂いた。
ライダー諸君とはいろいろあったが、手紙をもらったのは金谷だけである。
短い期間ではあったが、私にとって一番印象に残っているライダーかも知れない。

そんなことで、SPA直入のオープンの時には、清原
和田、宗和、鶴田などと共に、金谷にも来て貰ったりした。
90年11月の彼の恩師、片山義美君の引退パーテイは金谷が取り仕切っていたが、逆に招待を受けて出席しご挨拶などさして頂いた。

清さんに聞いた話だが、先日のオートポリスのレースの前に、往年の名選手たちが走行したという、片山、清原などと一緒に金谷も走ったそうである。

機会があれば、是非一度会いたいライダーの一人である。


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8 コメント

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金谷さんのこと (MURASAKI)
2007-01-12 02:50:56
はじめまして。

たまたま、金谷さんのお名前でYahooにて検索をしておりましたら、こちらのブログに書かれた日記がヒットし、拝見させていただきました。

私は1975年のオーストリアGPにて金谷さんが日本人として打ち立てた金字塔、初の500ccクラス優勝とWウィンのことは、当時はまだ小学生であり、後に10年もたってから資料にて知った程度でした。

現在発刊されているオートバイ専門誌の読者の方でもよほどのことがないとこの偉業は存じていないでしょうし、まして当時の日本の中ではマスコミも含めてこれだけの偉業がジャイアンツの4番打者よりも扱いが小さい(どころか、報道すらされていないこと)に閉口したものです。

実際にその時に、金谷さんをご存知の方の記事を拝見させていただいてまことに光栄でした。

実は、私はフリー百科事典 Wikipedia に、この偉業を何とか多くの方に知っていただければ、といくつかの資料から金谷さんのことを投稿させていただきました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E8%B0%B7%E7%A7%80%E5%A4%AB

私の推測の部分をでていないところもあり、もし間違い等あればご指導。ご指摘いただければとも思いました。

いきなりこのようなコメントをつけさせていただいて申し訳ありません。また、当時のすばらしいお話を読ませていただきましてありがとうございます。
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金谷秀夫 (rfuruya1)
2007-01-12 06:50:54
コメント有難うございました。
オーストリアGPのことは、Wikipediaで知りました。詳しい方がいるのでびっくりしました。
金谷君とはご縁があって、いろいろいい思い出があります。
今後ともよろしくお願いします。
返信する
Re:金谷さんのこと (MURASAKI)
2007-01-20 21:40:22
私のコメントにご返信いただきましてありがとうございました。

日本人アスリートの世界挑戦が昨今はかなり持てはやされておりますが、「今から30年前に、こんなすごい選手がいたんだぞ!!」とマスコミには声を大にして教えてやりたいところですね。

ヤマハ移籍後、そして世界GPへ派遣された当時の金谷さんを語る上では、同僚のヤーノ・サーリネン選手とのこと、やはりはずせないでしょうね。また、恐るべきは金谷さんの適応能力。実は、こんなエピソードがあったそうです。

1972年の西ドイツ、ニュルブルクリンク250CCクラスで、当時27歳の金谷さんは初のヨーロッパでの世界GPで、金谷さんが優勝、続く350CCでも3位とわずか2時間で無名の日本人ライダーが「世界のカナヤ」となったことの裏には2つのエピソードがあったそうです。
当時のニュルブルクリンクは1周22kmという精神面、テクニックの双方が必要な高難度のコース(76年にF1のラウダが重症を負ったのはこのコース)でしたが、金谷さんは、
「六甲山のコースとよく似とったからリラックスできたことは確かやね」と、後に言ってのけたそうです。
「六甲山のことを考えれば気は楽やったね。仮にコースアウトしても崖から真っ逆さまということはなかったわけやから」
当時の雑誌のインタビューに笑いながら答えられたそうです。金谷さんに言わせればニュルのコースも片山義美氏(Mr.ロータリー、2輪時代はカワサキのワークスライダー)の“六甲山トレーニング”に比べれば安心感さえあった、ということだったそうです。
もう1つはシーズン前の“事件”。
開幕前にヨーロッパ入りした金谷さんはベルギーのメテで練習走行を行っていました。そこではチームメートのヤーノ・サーリネンも一緒に走っていました。この練習走行は、前年のGPでメキメキと頭角を表してきて、ヤマハワークスのエースとして迎えられたヤーノとそのサポート役の金谷さんの2人の呼吸を合わせる意味でヤマハが行ったテストだったそうです。

ところが、そのテスト中、何を思ったか、ヤーノは金谷さんにジャブを繰り出してきたそうです。
連取走行中、金谷さんのマシンの真横にスーっと車体を寄せてきたヤーノは、次の瞬間、金谷さんのマシンのカウルに“コツン、コツン”とマシンをぶつけてすり抜けていったそうです。ヤーノにしてみれば、ヨーロッパ流の軽い挨拶代わりのものっだのかも知れません。ましてや、ヤーノはロードに来る前はあの激しい氷上のアイスレース出身者ですし。
しかし200㌔近いスピードでのことだった為、金谷さんのマシンはコントロール不能に陥りそうなほど、激しく震えたそうです。当然、金谷さんは驚き、激しく怒ったそうです。
「ヤーノは日本から来た僕に一発かましたろと思ったんやろけど、同じチームメートに向かって何するんや!!とカッとなったね。そうとなれば、こっちも黙っとられへんよ」
猛然とスロットルを開けた金谷さんはヤーノの後を追い、ピタリとヤーノのマシンの横に並ぶとやられたのと全く同じようにやり返したそうです。その時ヤーノはシールド越しでも判るほど、ギョッとした顔をしたそうです。金谷さんはそれを見てニヤリとされたそうですが…。
「それでアイコやと思ったんやけどね~」
ところが、なんと次の周、今度はまたヤーノがコツンとマシンを当ててきたそうです。
「あれにはホンマにびっくりしたわ。こりゃあ、コイツには勝てんわと思ったね」
レースの本戦前に金谷さんは本場の、しかも後に70年代最高のライダーと言われたヤーノとのバトルを演じていた金谷さんは、良く海外遠征で空気に飲まれてしまいがちだった、他の日本人ライダーとは違っていたのかもしれません。
何しろ、こんなことがあって逆に自分の走りをするしかないと、覚悟が決まり楽になった、と言ってのけたそうですから。

この金谷さんのエネルギーが最高潮に達していたのが75年のシーズンだったのですが(金谷さんはアゴよりヤーノのほうが上や!と最後まで言ってみえましたし)前半4戦を終了した時点で500CCクラスのランキングトップに立っていました。結局、「色々な」ことがあり、ここで金谷さんはあっさりと帰国したのです。後に雑誌のインタビューでもし、最後まで走っていたら…と向けられると、
「そしたら良くてカタワ、悪くしたら死んどったかもしれへん」とさらりと答えられたそうです。全力を尽くされていたことがよく判る話ですが、逆に近年の日本人ワークスライダーは何て恵まれた時代にレースができるのだろうとも改めて思えました。

(参考文献・サイクルワールド87年2月号)

今は、ライダーに限らずアスリートには個人スポンサーなどが後押しをし、そのサポートは凄まじいものがあります。だからこそ、私には金谷秀夫というライダーの業績、あまりにも埋もれてしますには惜しいと今でもおもうのでした。長々と申し訳ございませんでした。
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金谷秀夫君のこと (rfuruya1)
2007-01-21 06:39:25
詳しいお話を有難うございました。新たに別に紹介させて頂きます。
文中の片山義美さんはスズキの契約でカワサキとの契約はありません。彼の主宰する神戸木の実に山本、歳森、金谷,星野などカワサキの契約選手がおりましたので懇意にさせて頂きました。
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金谷さんのことなど (野田健一)
2007-02-11 15:11:20
古谷さん、初めまして。

金谷さんの名前で検索していて、こちらのブログに来ました。私が二輪に興味を持った当時、すでに金谷さんは日本を代表するライダーでした。最初にお会いしたのは1980年日本GPの時で、1982年に神戸にお店を開かれてから何回かお店でお話ししたことがあります。その後、私が引っ越したり、お店を閉じられたこともあり、長い間お会いしていなかったのですが、2002年にヤマハテストコースでお会いした時、「覚えとるで~、店によく来とったやろ」と声を掛けていただき、驚いたことを思い出します。

古谷さんのブログでは、様々な人間関係が興味深く更新を楽しみにしています。特にレース関係ですね。
 
私は二輪のレースをマシンを中心に調べていますが、1973年のことは
 http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow23/ow20.htm
に書いています。カワサキのことはまだ詳しく書いていませんが、関西に帰ったら(今は関東に単身赴任)なんとかしたいです。

 
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金谷秀夫君 (rfuruya1)
2007-02-11 15:52:31
先日、MFJふれあいミーテングで本当に久し振りに金谷に会いました。
いつ会ってもいい男です。
今年は多分Z1会のゴルフに参加してくれそうなので年に何回か会えそうです。

レースのこと拝見しました。マシンなど私はよく解りませんが、またカワサキもお願いします。
返信する
勇気をくれた金谷さん (sakaguchi)
2010-02-07 05:43:27
バイク好きの若輩ものですが、過去にこんなにすごい日本人がいたということに誇りを持ちました。
世界基準でみれば、王さんや長嶋さんや、イチローさんよりすごいです。
比べることが王さん達に迷惑かと思いますが、今の日本であえて比べる対象としてお名前を出させていただきました。
もちろん比べること自体がおかしな的外れなことですが、日本におけるロードレースの地位の低さにいかんともしがたいもどかしさを感じております。
そしてアスリートではなく、職業人としての金谷さんの姿勢に侍をみました。
望めばアジア人初の500cc世界チャンプになれたはずなのに、ヨーロッパのプレスの疑問そのままに、なぜこのまま残りのレースを走ればほぼ(もちろん絶対ではないでしょうが・・)世界チャンピオンになれるのに日本に帰るのか?
ケニーロバーツやフレディスペンサーに比肩する実績を残せたのではないのか?!
個人主義の欧米のプレスからみれば考えられない行動も、日本人として{今日本人が世界チャンピオンになるとバイクの輸出に影響がある}社命という義理人情に個人の夢や目標を、{俺はあくまでもナンバー2、自分の仕事をしただけ}という一言で言ってのける侍に鐙を外し敬意を表します。
ただ外圧と自らの打算に日本人としての誇りを売ったヤマハの当時の経営陣は墓の中で反省しきりだとも思う。おもねる人間に容赦がなく、堂々とした外人をリスペクトするのが白人なので、あの時のヤマハの経営陣の決断は、失敗だった、墓穴をほったと永遠に自戒していただきたい。私のような若輩者の一意見だが、数十年たった現在、威風堂々とした日本人は世界中でリスペクトされており、この超円高の現在、海外からの来日外国人が増加し、日本のアニメや漫画がリスペクトされ世界中の若者だけではなく、今や50歳代をも影響している事実は、なんとも痛快ではないですか。
キャプテン翼やドラゴンボールやドラえもんが伝えるのはまさしく夢、愛、友情、勇気といった日本の文化そのものだから。
金谷さんの話からかなり逸れましたが、少々酒がすぎたようです。
すみません、金谷さんには迷惑でしょうが、いわずににおれなかったのです。
乱文乱筆失礼いたしました。

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Unknown (rfuruya)
2010-02-07 06:44:24
sakaguchiさん

コメント有難うございます。
つい先日、カワサキのレースのOB会があり鎌谷も来ていました。そのときもこの話題は出たのですが彼は多くを語りません。
そのあたりも金谷らしいと思います。

翌日は金谷と星野インパルの金子君などと同じメンバーのゴルフでした。
昔のレース仲間はいいものです。
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