巷に雨のふるごとく
われの心に涙ふる
かくも心ににじみ入る
この悲しみは何やらん?
与野本町は優しく、時に激しい春の雨。花を散らし、去りゆく寒気を引き戻す。「行ってしまうな、終わってしまうな」と。
やっととれた、大楽の席はA席で1階の最下手付近だった。いつもと違う、会場の雰囲気。誰もが、この身毒丸の行く末を見届けようとしている。ついにこの日がやってきてしまった、幕が上がれば、走りだしてしまえば確実に終ってしまう。
開演間際、蜷川さんがすぐ近くにやってきた。「こちらでご覧になりますか?」と聞いているのは演出助手の井上さん。わお、A席といえどもすごい席にすわっちゃったよ。さらに、会場暗転とともに、ものすごく、高価そうな望遠カメラをバズーカ砲のようにかついだ、もじゃもじゃ頭のおっさんがすうっと目の前に立つ。あやや、篠山さんではないか。千秋楽は密着なのね。写真集に載せてくれるのねと胸が高鳴る。バリバリの“お仕事戦闘モード”の紀信さんはとても若々しくてかっこいい。なんか以前よりスリムになったんじゃない?鍛えているのかな?連続シャッター音を聞きながら余計なことまで気になってしまった。
最後の身毒丸は、とてもきめ細やかで丁寧な感じがして清々しかった。誰もがこの瞬間を愛おしく演じていた。高ぶるものさえも抑え込んでしまうような、それでいて静かな説得力があり、一場面、一場面が観るものの心を震わせる。客席にいても、不思議な異空間につれていかれるようだった。演劇って、こんな魔力があるものだということを実感した。
蜷川さんがよく言う舞台の上に立ち昇る透明な抒情が確かに見えたもの。
ぼくは母さんを忘れないよ。
父さんが忘れても、世界が忘れても、ぼくは母さんを忘れないよ。
今日の、この舞台は決して忘れないから、みんな。
忘れられるために出ていくのです・・・
だけど、しっかり、心に刻みつけ目に焼き付けたから。
ひとつの時代が終わる、寂寥感と…、感謝、そして、涙。
確かな予感がした。
いつか、必ず、違うキャストやスタッフによって身毒丸は再演はされる。
だけど、この先、今日のような舞台に巡り合うことはない。
そして、この身毒丸は伝説になった。
カテコになり我に返る。篠山氏はスピーディーに舞台前に移動して竜也くんを激写。明るい笑顔の竜也くん。仮面売りのおじさん、お父さん、そして白石さん、蜷川さんと握手をしたり抱き合ったり。劇中歌が流れ、紙吹雪が降って盛り上がる。
11年前、身毒丸を生き抜いた少年は、すでに立派なプロの役者になっていた。ある種、今回の復活は藤原竜也の成長物語でもある。演劇界が生んだ奇跡。この役との決別が新たな一歩へとつながっていくんだね。
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