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弁護士・元ロースクール教授宮武嶺の社会派リベラルブログです。

暴力を肯定しているのは誰なんですか、安倍首相。辺野古での海上保安庁の圧倒的な暴力をまず止めさせて!

2015年06月18日 | 沖縄差別の解消と基地問題

 

 昨日、2015年6月17日に行なわれた党首討論で、岡田民主党代表と安倍首相との間でこのようなやり取りがありました。

岡田代表

「存立危機事態、集団的自衛権の行使についての基本的な質問をしたい。憲法学者や弁護士連合会、(元自民党副総裁の)山崎拓さんなど自民党OBの方々が違憲であると非常に懸念している。私も懸念している。なぜ、この集団的自衛権が必要になったか。『論理は変わらない、しかし、わが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変わったんだ』と説明している。仮にこの考え方に立って、わが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容したから行使が必要になったというのならば、首相がいつも集団的自衛権の行使が必要だといって挙げる(中東・)ホルムズ海峡において、どのような安全保障環境の根本的な変容があったのか」

安倍首相

「まずお答えする前に、こんなことは本当は申し上げたくないが、先週金曜の衆院厚生労働委員会の質疑で渡辺(博道)委員長の入室を物理的に、暴力を使って阻止した。これは言論の府の委員会での議論を抹殺するもので、極めて恥ずかしい行為だ。言論の府なのだから議論をしましょうよ。反対であるなら堂々と委員会に出てきて反対の論陣を張ればよいではないか。われわれもそれに対し反論し、議論は深まっていく。ああした暴力で渡辺さんは負傷した。こうしたことは民主党の代表として二度とやらないと約束していただきたい。こうした行為を肯定する発言が大幹部から出ること自体が大変残念だ。まず、そのことについて述べてほしい(後略)」

 岡田氏

「まず首相が最初におっしゃった点だが、公正な議会の運営を確保できるかが問題だ。強行採決をしないという約束をしていただけますか。それをせずこちらだけ責められても困る(後略)」

(中略)

安倍首相

「残念ながら岡田さんは私の問いに2つ答えなかった。一つは委員会で暴力をふるって良いのか。岡田さんは事実上暴力を肯定する発言をし、私は大変驚いた。この党首討論は互いに議論し合うのだから私も質問する。岡田さんも答える。そうやって実のある党首討論にしようではないか(後略)」

2015.6.17 21:51 産経新聞 【党首討論詳録(1)】 「暴力行為を肯定する発言は残念」安倍首相 「強行採決しないと約束するか」岡田氏

 

 

 

 岡田代表が集団的自衛権行使の違憲性について質問されているのに、安倍首相が

「先週金曜の衆院厚生労働委員会の質疑で渡辺(博道)委員長の入室を物理的に、暴力を使って阻止した」

という話を持ち出したのは、明らかに論点ずらしと嫌がらせであって、それ自体が噴飯ものです。

 また、安倍首相は

「言論の府なのだから議論をしましょうよ。反対であるなら堂々と委員会に出てきて反対の論陣を張ればよいではないか。」

というのですが、この事件は6月11日に、厚生労働委員会の渡辺委員長(自民党)が、天下の悪法労働者派遣法改悪案の質疑をいきなり職権で打ち切って採決しようとしたので、翌日の12日午前、委員会に入場しようとする渡辺委員長を民主党議員らが阻止しようとしたという事件です。

労働者派遣法「改正」は派遣労働者も正規社員も他の非正規社員も全員を不幸にする!

 言論の府なのだから議論をしましょうよって、議論しようとしているのが野党で、自民党は議論の途を閉ざそうとしたのではないですか。また、この労働者派遣法改悪案や戦争法案などを強行採決する気でいるのも安倍政権です。

 そんな安倍首相ら与党が、言論の府なのだから議論しましょうとか、反対の論陣を張ればいいだのという資格がそもそもないし、笑止千万としか言いようがありません。

 また、なによりも、この問題を持ち出して安倍首相がはぐらかそうとしたのは集団的自衛権の行使の話です。

 いままさに、最大の暴力である武力行使と戦争の法律を作ろうとしている安倍首相に、暴力批判をする資格などないのです。

 そして、安倍首相が言論の府で議論をしようと呼びかけるなら、岡田代表が言うように、この「安保法制」=戦争法案などについて絶対に強行採決しないということを約束すべきです。

 

 

 

 さらに今回強調したいのは、新基地建設が始まっている名護市辺野古沖の海上やキャンプ・シュワブのゲート前では暴力的な「警備」、というより暴力そのものが行われていることです。

 本土ではほとんど報道されませんが、辺野古では、沖縄防衛局が県の岩礁破砕許可区域外でサンゴ礁を破壊するなど、今も新基地建設がまさに暴力的に行われています。

 また、これに反対している住民、市民の方々は日々、国家の暴力と対峙しているのが現状です。

 中でも、今最もひどいのが海上保安庁です。 

 2015年1月20日、辺野古の運動を記録映画にしようとして撮影中の女性映画監督の首を、海上保安官に足で締め上げるなど、市民による証拠保全のための撮影を妨害する海保の暴力が続出。

首を足で締め上げている。格闘技の技術だ。

 

 琉球新報

 

 

 また、海上保安官が抗議活動をしている市民のカヌーに飛び乗って横転させる、船をぶつけて横転させる、市民を海に投げ出して溺れさせておいてから身柄を確保する、泳ぎながら抗議していた市民の頭上にボートを衝突させるなど、法治国家とは思えない暴力的「警備」が横行しているのです。

 このような事件が相次いでいるので、市民らが海上保安官らを、特別公務員暴行陵虐致傷罪、艦船転覆未遂罪、艦船転覆罪などで次々と告訴しているのが現状です。

 戦争法案と辺野古の新基地建設はもちろんつながっています。

 たとえば、ホルムズ海峡で「敵国」が敷設した機雷を掃海することがなぜ集団的自衛権の行使に当たるかというと、機雷を掃海するということは、日本の船舶が安全に航行できるようにするためではなく、沖縄から出撃した海兵隊が「敵国」への上陸作戦が敢行できるように露払いをする、文字通り武力行使の一環だからです。そして、その海兵隊こそが辺野古の基地に配備されようとしている部隊なのです。

 戦争自体がまさに最大の暴力ですが、その戦争を可能にするべく行なわれているのが辺野古での圧倒的な国の力による暴力です。戦争のための理がない準備だからこそ暴力的なのです。

 安倍首相が「岡田さんは事実上暴力を肯定する発言をし、私は大変驚いた」と民主党の暴力を非難するなら、海上保安庁という国によるこの常軌を逸した暴力を即刻停止させるべきです。

 

 

 

 

 

本土のマスメディアが取り上げなさすぎです。沖縄での暴力なら見過ごすのか。

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海上保安官の「実力行使」に根拠なし 異常事態が続く辺野古の海

2015年6月15日 17:48 沖縄タイムズ
 
 
  • 三宅俊司(みやけ・しゅんじ)
  • 弁護士

1951年広島市生まれ。81年司法試験合格。84年沖縄弁護士会登録。2008~09年沖縄弁護士会会長。同会人権擁護委員会委員長。

カヌーで抗議していた男性(左から2人目)をゴムボート上で確保する海上保安官=2015年6月5日、名護市辺野古沖

 

 海上保安庁の佐藤雄二長官は、5月20日の会見で「現地の報道ぶりが、非常に事実関係より誇張されている」と発言し、沖縄県内の報道が、海保の過剰、異常警備を誇張して報道しているかのような批判をした。
 しかし、辺野古海上では、次のような異常事態が発生している。これらの事実については、多くの写真、ビデオが残されており、各事実の発生を否定することはできない。

撮影への妨害

 海上保安官から暴行をうけたとして、市民4人が、海上保安官複数名を那覇地方検察庁に特別公務員暴行陵虐致傷罪で刑事告訴した。被害者のうち1人は女性である。
 海上保安官によって、ボートが転覆させられる事件まで発生し、艦船転覆未遂罪、艦船転覆罪での刑事告訴もなされている。海上保安官が船を転覆させる状況も、ビデオに残されている。
 カメラ撮影をしていた女性映画監督が、海上保安官に首を足で締め上げられるという暴行を受けている姿が大きく報道されたが、この監督は、辺野古の運動を記録した映画の制作者であり、拘束の目的が、海上行動の報道を抑止する目的で行われたものではないかとの疑念をも持たざるを得ない。
 マスコミに対する報道妨害は、海上取材を行う県内報道機関に止まらず、海外マスコミの取材に対しても行われ、海上保安官が、取材船に乗り込んで撮影を妨害する等の行為が繰り返されている。
 カヌーに乗った多数の市民が海上での抗議と監視行動を続けているが、これら市民に対する長時間身柄拘束も繰り返されている。その手法も極めて暴力的であり、海上保安官が、カヌーに飛び乗って横転させている。さらに市民を海中に沈めてから海保ボートに引きあげて拘束するということが行われており、市民に恐怖感を与えることを目的としているかのような行動がとられている。最近も、泳ぎながら抗議していた市民の頭上にボートを衝突させており、今後、さらに重大事故につながる危険性も懸念される。

正当化できず

 このような海上保安庁の行為は、臨時制限海域を示すフロートの内外を問わず行われているが「米軍に提供された臨時制限海域内」で、海上保安庁が権限行使しうる根拠も明確にされていない。
 ところで、海上保安庁は、自らの行為の正当性を、「海上保安庁法第2条第1項」と、「同法第18条第1項」に基づく「措置」であると主張している。
 そもそも、海上保安庁は、警察と同様に、司法警察権を行使する組織であって、その行為は、法令に基づかなければならないことは当然である。
 海上保安庁法第2条(「海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする」などの規定)は、単に、海上保安庁の業務を規定しているにすぎず、同条を根拠として、海上保安官による「根拠のない実力行使」を正当化することはできない。「海上の安全及び治安の確保を図る」具体的行為は、個別法令を根拠としなければならないのであって、「海上の安全及び治安の確保を図る」目的があるといえば、「海保のやりたいことは、何をやってもかまわない」との権限を与える根拠条文にはなりえない。
 海上保安庁法第18条(「海上における犯罪が正に行われようとするのを認めた場合」などに船舶の進行を停止させるなどの措置を取ることができる規定)を根拠とすることもできない。
 海上保安官は、辺野古海上で市民を拘束するに際して「安全確保」という言葉をキーワードのように繰り返している。
 同法第18条は、その前提として、「犯罪行為、災害等の発生した場合」で、そのために、「人や財産に重大な危険を生じ」、しかも、「他に救助の方法が無い場合」に限定して同条の権限行使を容認している。

非暴力の表現

 さらに、このような行使要件を備えた場合であっても、法律で認められる海上保安官の行為は限定的である。
 その一つである、「海上における人の生命若しくは身体に対する危険又は財産に対する重大な損害を及ぼすおそれがある行為を制止すること」を根拠に正当性を根拠づけることもできない。
 そもそも、「市民の行為を制止」するには、「18条に定める危険発生」という前提条件が必要である。さらに、「ボートや、カヌー」での抗議監視行動を行う「市民の身体」に、「生命若しくは身体に対する危険」が存することも必要である。しかし、通常の運航をしている市民には、何らの危険もない。危険が発生するのは、海上保安庁のボートの接触、定員を無視した海上保安官のボートへの強制立ち入りによるものであり、市民に対して18条を発動する条件は何ら存在しないのである。
 本来、「市民の身体活動の自由」を制限するには、「裁判所の発する令状」に基づいて行われなければならないのであり、海上保安庁法第18条に基づく実力行使は、制限的かつ限定的でなければならない。
 何よりも、市民の活動は、辺野古新基地建設に反対する非暴力の表現行為であり、憲法の保障する基本的人権の行使である。憲法が保障する権利を行使する市民に対して、海上保安官が暴力的行為をもって妨害することを容認する根拠など存在しないのは当然である。
 市民の表現活動の自由、報道の自由を侵害し、市民に対する不当な身体拘束を繰り返す海上保安庁の行為は、法的根拠のない違法行為であると言わざるを得ない。

 

辺野古新基地建設で海保が「暴力的警備」!?

 沖縄県名護市辺野古で始まった米海兵隊新基地の建設。県知事選と衆院選で相次ぎ新基地反対派が当選したが、国は基地反対で結束する「オール沖縄」の構えをよそに、作業を進める。現地の海では抗議する市民と、警備側との緊張が高まっている。

本土では報道されない「海保の暴力」


1/23付『琉球新報』電子版の記事。海保が市民に馬乗りしているように見える。第11管区海上保安本部は取材に「船上での瞬間を撮影したものであり、女性をまたいでいるに過ぎない。馬乗りの事実はない」と説明

「海上保安庁のほうが危ない。彼らはカメラを取り上げて放り投げたり、仲間を力ずくで海に沈めたりする」
そう憤るのは、市民団体「沖縄平和運動センター」事務局長の大城悟さんだ。

 国は現在、新基地が計画されている辺野古沖から大浦湾にかけて、制限区域を囲むオイルフェンスを設置。本格的工事に向けた準備作業を進めている。これに対して大城さんらは連日、約20隻のカヌーを出して抗議を続けるが、警備する第11管区海上保安本部も30隻のゴムボート、10隻以上の巡視船を出して警戒。大城さんによれば、ゴムボートには1隻あたり5人が乗船し、作業船やフェンスに接近するカヌーを排除し、そのつど市民を拘束しているという。

「(海上保安官は)カヌーに飛び乗ってひっくり返し、乗っていた人を海に引きずり込み、沈める。そして海水を飲ませてボートに引き上げ、寒い風が吹く中を濡れたまま2~3時間も放置する。それで体はすっかり冷え切ってしまう」(大城さん)

 壮絶な光景が目に浮かぶが、「これだけではない」と大城さんは語気を強める。

「現場の状況を記録し、暴力から身を守るために持っているカメラを奪おうとする。現にある記者はカメラを放り投げられ、海に落ちるところだった。保安官の中には『お前の顔を覚えているからな』と威嚇する者もいる。きっと『誰も見ていない、バレない』という感覚があるのだろう」(大城さん)

 こうした状況は『琉球新報』などの地元メディアがさかんに報じているが、本土にはほとんど伝わっていない。

海保は「正当な警備」と反論


辺野古基地建設反対を訴え、国会を包んだヒューマンチェーン

 

 海上保安庁に聞くと、本庁政策評価広報室の担当者は「報道されていることは承知しているが、沈めたり、海水を飲ませたり、などという行為はしていない。制限区域内に入る船艇を規制、排除している」と反論する。

 しかし、大城さんは「カヌーは制限区域内には入ってはいない」と語っていた。カヌーでオイルフェンスを乗り越えるのは至難だろう。「それは本当に制限区域内でのことなのか」とたずねると「制限区域に近づく、もしくは入りそうな船艇に対しては制止活動を行っている」と説明した。

 また、現地の報道写真では市民が海保によって「羽交い締め」や「馬乗り」にされているように見える。これについても説明を求めると「ケガや器物損壊などの事実はない」と述べ、あくまで「正当な警備活動である」との立場を崩さなかった。 

 このように、市民と海保とでは主張が真っ向から対立。「もう基地はいらない」という沖縄の民意は、昨年だけを見ても名護市長選、沖縄県知事選、衆院選で繰り返し示されている。本土ではほとんど報道されない、基地建設の現場で起きている事実をもっと知る必要がありそうだ。

<取材・文/斉藤円華>

 


辺野古・大浦湾の今。海上保安官の「狂気」の向こうに見えるものは、何!?

2015年6月14日 14:00 沖縄タイムズ

 
  • 渡瀬 夏彦(わたせ なつひこ)
  • ノンフィクションライター

1959年埼玉県生まれ。高校3年のときに「与那国島サトウキビ刈り援農隊」に参加して以来、約28年間沖縄通いを続け、沖縄県民となって10年目。『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』で講談社ノンフィクション賞とJRA馬事文化賞を受賞。他の著書に『修羅の華 辰吉丈一郎がゆく』(講談社)、共著書に『誰が日本を支配するのか!? 沖縄と国家統合』(マガジンハウス)など。普天間問題からスポーツ(琉球ゴールデンキングス、琉球コラソン、FC琉球、高校野球、ボクシング等)まで、幅広いジャンルで雑誌、新聞等にドキュメントやコラムを執筆。関心は、脱基地、脱原発から、沖縄文化、自然、芸術・芸能・音楽、スポーツまで多岐にわたり、Facebook、Twitterやブログ「渡瀬夏彦の沖縄チムワサワサ~日記」
http://watanatsu.ti-da.net/)でも情報発信。現在、沖縄を舞台にした複数のノンフィクション作品を構想中。「沖縄戦・精神保健研究会」会員。

海保の追跡で転覆した抗議船=4月28日午前11時30分、名護市の大浦湾

 

 少し遡って書きたい。

 4月28日、辺野古新基地建設に抗議する市民グループのボート(定員6名)が、海の安全を守るべき海上保安官によって、意図的に転覆させられたとしか言えないような、「重大事件」が起きた。

 皮肉にも、サンフランシスコ講和条約によって沖縄が日本から切り離された「屈辱の日」に、海上保安官たちが沖縄県民の逆鱗に触れる「事件」を引き起こしたのである。 その転覆事件の起きた日、たまたまわたしは美しく優雅な「帆かけサバニ」を漕ぐチームの一員に加えてもらい、大浦湾の海上パレードに参加していた。それは、いつものように抗議行動に参加しているというよりも、むしろ清々しい海風を頬に受けつつ自然に抱かれる心地よさを味わった、と言えるようなアクションであり、時間となった。

 つまり予想外の心地よさを堪能できた日だっただけに、なおさらこの「事故」とは言い難い出来事には、動揺を覚えた。

 あれから1カ月半の時が過ぎた。

 5月7日、転覆させられた抗議船船長の弁護団が那覇地方検察庁に告訴状を提出し、記者会見も行われた。告訴された海上保安官の容疑は「艦船転覆罪」である。

 この「犯罪行為」をわたしたち市民が正確に把握するために最も貢献したのは、じつはNHK沖縄が撮影した「証拠映像」であった。

 ここにその映像のURLを貼り付けたいと思ったのだが、NHKのホームページで探そうとして、どんなに検索ワードを駆使しても、転覆事件当日のニュースも告訴を伝えるニュースも、さっぱり見当たらない。WEB上で辛うじて見つけたアドレスは、これである。

 テキストだけ読めば、バランスを崩した「不慮の事故」のように受け取られかねないが、映像は正直である(念のため記せば、動画サイトで検索すると、今もNHKのニュース映像は非公式な形で見ることはできる)。

 複数の海上保安官が乗り込んだために定員オーバーになった抗議船が左へ大きく傾いたところへ、1人の海上保安官が泳いで船に近づき、わざわざ船の左舷後方に這い上がるようにして体重をかけて、意図的に転覆させようとしている。そう断言できるシーンがしっかり映っているのだ。

 その上、右舷側の海保GB(複合型ゴムボートの略。ゴムのコーティングはされているが、ふかふかした感触のいわゆるゴムボートとは違って、船体の大半は強化プラスチックでできた堅牢な高速艇だ)の上には、転覆を手伝っているかのような動きをする2人の海上保安官の姿もはっきり見て取れる。

 わたしは映像を見ながらこう呟いていた。「これは正気の沙汰じゃない」

 検察はじめ裁判の関係者は、このNHKの映像や被害者側が撮影した動画を証拠としてきちんと分析して、立件し、毅然とした裁きをしてほしいものである。

 つまりは、この海保による「転覆」は、誰が見ても明らかに犯罪だとわかる事件なのだ。

 けれども、何がなんでも新基地建設をゴリ押ししたい右派勢力からは、こんな声も聞こえてくる。「いや、あれはそもそも制限区域に入った抗議船がいけない。抗議船の違法な行動を海保が制止しようとして起きた、やむを得ない事故だ」と。

 あげ句の果てに5月20日、海上保安庁の佐藤雄二長官自身が記者会見で「私の知る限りでは、現場の対応というのは非常に冷静かつ丁寧にやっている。現地での報道ぶりが非常に事実関係より、誇張されている部分があると感じている」(5月21日付本紙社会面)と言い出す始末。どの報道のどの部分が誇張なのかさえ明らかにしない物言いは許しがたい。

 海上保安庁のトップの言う「私の知る限り」には、おそらくNHKニュースの「証拠映像」は入っていないのであろう。もしもそれを見ていてこんな暴言を吐くのなら、確信犯的な暴力集団のボスと言わざるを得ない。

 案の定、この海保トップの「事実歪曲の暴言」は、辺野古・大浦湾の現場の海上保安官の横暴に拍車をかけてしまった。

 5月22日付の本紙は、非暴力抵抗のカヌーチームの女性に対しての暴力的な過剰警備の様子を大きく報じている。「落とせ」の号令のもと、カヌーを転覆させ、非常に手荒な拘束の仕方をしたことが明らかになった。海上保安官の放った「あなたたちは一般市民ではない」という暴言も記されている。ちなみに、一般市民ではないとされた20代の女性は、日々普通に仕事をしながら、時間を見つけてはカヌーチームに参加しているわたしの友人である。名誉棄損に当たる暴言には、心の底からの怒りを禁じえない。友人によれば、制限区域内の作業船に対して抗議行動中の彼女のカヌーを、海に飛び込んだ海上保安官がすでに拘束していたにもかかわらず、GBの班長が船上から「落とせ」の命令が発せられ、そのあと、傍にいた海上保安官にライフジャケットを掴まれ海に引きずり落とされた、とのことであった。

 号令をかけた班長は、これよりも前の別の日には自ら海に飛び込み、カヌーチームの別の女性を確保しているのだが、その際には、女性の頭を三度も水面下に沈ませて海水を飲ませた「罪」が指摘されているいわくつきの人物だ(この「被害者」にもわたしは直接話を聞いている)。

 これに止まらず、海保の「犯罪的行為」は続いている。

 6月4日の午後、21歳の男性がボーリング調査再開に抗議して制限区域内を泳いでスパット台船を目指していた。その生身の人間に対して、なんと海保は、GBの船体を衝突させたのだ。

 6月8日、那覇市の第11管区海上保安本部前で「基地の県内移設に反対する県民会議」が、海保の度重なる暴力を糾弾する抗議集会を開いた。この被害者の男性は、その場で次のような報告のスピーチをした。

 「スパット台船に向かって泳いでいるわたしに突然、海保の船(GB)の先端がぶつかってきました。船はゴムボートと呼ばれてはいますが、船体は鋭利です。船底は固い強化プラスチックでできています。わたしは死んだ(死ぬかもしれないの意)と思いました。わたしを見ていた仲間たちも、そう思ったそうです。海保は、船底の中ほどまで乗り上げるような形で、わたしを轢きました。でもなんとか自力で、船の下から脱出することができました」

 彼は路上で自動車に轢かれたのに等しい恐怖を味わったのに違いなかった。だからこういう表現になったのだ。彼は救急車で搬送され、顔面打撲、海水誤飲などで3日間加療を要するという診断を受けた。

 彼は、恐怖心を乗り越えて集会の2日後に海に出るようになったのだが、その場ではこうも付け加えていた。

 「わたしが船に引き上げられたとき、海保はこう言ってきました。『あまりスピード出てないから、大丈夫だろう』と。その後、仲間たちがわたしに衝突したGBに謝罪を求めて抗議をしてくれましたが、未だに海保からは一切謝罪の言葉はありません」いったい、海保の暴力はどこまで、エスカレートしていくのか。なぜこんなことが許されているのか。

 やむにやまれず普通の市民が、丸腰でカヌーを漕いで、あるいは海を泳いで抗議せざるを得ないような状況に追い込んでいるのは、いったい誰なのかを、海上保安庁の諸君は一度、虚心坦懐に考えてみるがいい。

 自分たちの行為が、尋常ではないこと、「狂気」を孕んでいることに気付くべきである。

  海保がエスカレートさせる暴力的警備の意味するところを考えるために、さらに遡って話をしよう。

 周知の通り、翁長雄志知事は4月5日、那覇市のホテルで菅義偉官房長官と、4月17日には首相官邸で安倍晋三首相と会談した。

 その会談内容を知って、やはり正義は沖縄側にある、と勇気づけられた県民は多いに違いない。

 では、これを伝えるテレビニュースを見た全国の視聴者はどう感じただろうか。


 これまでは、例えばNHKの全国ニュースにおいては、知事との会談から逃げ続けておきながら「法治国家なのだから、前知事から承認を得たのだから、なんの問題もない。粛々と(辺野古新基地建設を)進める」との詭弁を繰り返す官房長官の言い分ばかりを垂れ流してきた感は否めないわけだが、会談が実現した以上、翁長知事の筋の通った主張を、電波に乗せないわけにはいかなくなった。するとどうだろう。これまで「沖縄の基地問題は難しくてよくわからない」と言っていた東京在住のわたしの友人からもこんな声が聴こえてくるようになった。

 「官房長官や首相よりも、沖縄県知事の発言のほうが、ずっと説得力があるね。辺野古の海を埋め立てて基地を造るのが普天間問題の唯一の解決策だ、なんて理屈は、だいぶ疑わしくなってきたね」

 ようやく国策の理不尽さに気づき始めたようなのだ。



 それが証拠に毎日新聞が4月18日、19日に実施した世論調査では、政府の対応に反対する人が53%と過半数を超えた。沖縄ではあらゆる世論調査で常に7割前後の人(沖縄テレビと琉球新報の最新の調査では8割)が辺野古新基地建設に反対の意思を明確に表明しているのと比べると、まだまだ少ないが、少なくとも以前とは風向きが変わってきている。

 いずれにせよ、辺野古新基地建設など絶対に許すわけにはいかない、という沖縄の民意の正しさは、ここに来てますます明白になり、国内外に伝わり始めている。

 菅官房長官、安倍首相と続けて会談し、沖縄の民意を的確な表現でわかりやすく伝えた翁長知事の貢献度は、とても大きいと評価すべきだろう。

 例えば東京新聞は4月18日付の社説で「翁長・首相会談 沖縄の声、米に伝えよ」という見出しを掲げ、こう踏み込んでいる。

 <首相に必要なことは、県民の理解を得て辺野古「移設」を強行することではなく、辺野古「移設」の困難さを認め、政府の責任で代替策を検討することだ>

 朝日新聞は同日付の「安倍・翁長会談 まだ『対話』とは言えぬ」と題された社説で、安倍政権のこれまでの対応を厳しく批判し、こう結論付けた。

 <政権が本気で「粛々」路線から「対話」路線へとかじを切るというのなら、ボーリング調査をまず中断すべきだ。そうでなければ対話にならない>

 ヤマト(日本本土)のジャーナリズムのなかにも、まともな沖縄支援の論調が増えてきているのである。

 わたしは昨年8月11日以来、幾度となく市民グループの抗議船に乗せてもらってきており、時にはカヌーチームの臨時メンバーに加わって海へ出て「体験取材」をすることもあったわけだが、その経験から強調できるのは、首相官邸主導の「県民弾圧」の道具として、海上保安官たちも都合よく利用されている、という紛れもない事実である。

 海上保安官の株を上げたとされる映画「海猿」シリーズを未だに一度も鑑賞していないので申し訳ないのだが、昨夏以来の、辺野古・大浦湾における海上保安官たちの振る舞いを知ったなら、おそらくは映画に感動した人も、心底がっかりさせられるのではないだろうか。

 それぐらい、辺野古・大浦湾における海上保安官の言動は酷い。

 わたしが直接「被害者」の市民から証言を得た「海保の狂気」を感じさせる事例だけでも、さらにいくつかここに挙げておこう。

 3月10日、海保の現場指揮船に相当する特殊警備救難艇「あるたいる」(全長10メート、5トン)が、抗議の市民2人が乗る小さなゴムボートに背後から激突するという事故を起こしている。翌日の辺野古ゲート前集会で、「あるたいる」の船体(舳先)をその肩にぶつけられた男性は、「Yというリーダーは、市民の弾圧のために手荒な真似をしてもいいと考えている男で、許せません。明らかに僕らのボートのエンジンを壊しにきていると感じました」と、そのリーダーの実名を挙げて非難していた。

 3月31日、報道陣のために用意された市民船に乗せてもらったとき目撃した光景は異様だった。

 ある一隻の市民船が、執拗に海保GBに追い掛け回され、3度も海上保安官に乗り込まれて操船の自由を奪われ、沖合まで連れていかれていた。港に戻ってから船長に話を聞いた。この日不当拘束を繰り返された船長は、それ以前に海上保安官によって親指に全治3週間以上の怪我を負わされ、告訴している人だ。その船長に向かって、乗り込んできた海上保安官は「また怪我するぞっ」と言い放ったというのだ。

 それだけではなかった。海上保安官の暴言に抗議する船長に対して、例の指揮船のリーダーYが近づき、「黙れ、告訴人っ」と罵ったというのである。

 開いた口が塞がらぬ、とはこのことである。

 4月にも、海上保安官が海上で抗議を続ける市民に対して、「出て行け、犯罪者」と暴言を吐き(4月15日)、翌日には市民に対して謝罪をする、というお粗末な出来事があったばかりだ。

 最後に、冒頭に問題にした「転覆事件」のボートに乗っていた被害者の声をお届けしたい。

 転覆させられたあと、海水を飲まされ、救急車で運ばれた男性は、わたしの取材に対して「とにかく海猿が怖かったです。こらぁーっ、○○っと自分の名前を叫びながら襲い掛かってきて、羽交い絞めにされて、海水に何度も頭を沈められました。一瞬で意識が遠のいてしまいました」と語っている。

 同じく転覆した船から投げ出された青年も、「海上保安官の狂気を感じて恐ろしかった」と証言している。

 「僕らが、○○さんの安否が気になって尋ねたところ、指揮船のリーダーYが、『死んだかもしれない』と吐き捨てたかと思うと、続けて『死んだかどうかわかったら連絡する』と言うんです。この海に基地を造らせたくなくて何かをしなくてはならないという気持ちで、一生懸命抗議行動をしている僕らの気持ちを、この人たちは踏みつぶしても平気なんだ、命を危険に晒しても平気なんだということが伝わってきました。彼らの背後にある権力そのものが恐ろしくなりました。狂っていると思いました」

 多数の県民の意思を踏みにじって続けられようとする不当な新基地建設現場を守り、市民・県民・全国からの支援者に牙を剥く「国家公務員ガードマン」としての姿には、怒りを通り越して哀れさえ感じるほどである。



 一方、こんな声があることも、あえて紹介しておきたい。

 「落とせ」の号令のもとカヌーから海中に引きずり落とされ、「一般市民ではない」と言われた20代の女性の言葉である。

 「冷静に見ると、非常に暴力的な海上保安官は、全体の2割程度かな、と思います。皆が皆、乱暴者というわけではありません。でも、一部の保安官は、まるでネット右翼が洗脳されているように、わたしたちのことを乱暴に扱っても構わない、と信じ込まされているように感じます」

 頷ける発言だ。取材者であり抗議者の一人であるという立場で、昨夏から折に触れて辺野古・大浦湾の海に出続けているわたしも、これまでいろんなタイプの海上保安官に会っている。

 わたしの乗る抗議船にGBを横付けして拘束しつつ、「俺だって(この警備のやり方について)個人的な意見はあるよ。言えないだけで」と苦笑いしつつ語りかけてくれた海上保安官もいた。彼はウチナーンチュだった。こちらのウチナーンチュの船長と親しく会話している姿には、救われる思いがした。

 わたしたちの本当の敵は、大浦湾で対峙している一人ひとりの海上保安官などではないのである。彼らを沖縄県民と対峙させ、民意圧殺のために働かせようとしている「官邸主導の強権政治」なのだ。

 今回は言及するスペースはないけれども、辺野古のキャンプシュワブ・ゲート前で県警機動隊員やガードマンと抗議の市民が対峙させられている光景を見ても、同様のことが言えるはずである。

 5月26日、菅官房長官は記者会見で、翁長知事が「埋め立て承認の取り消し」をしたとしても、工事は続行すると表明した。「辺野古を断念すれば、普天間飛行場の固定化を容認することにほかならない」とまで強調した。

 翁長知事がこれに対して「脅しをかけてきた」と猛烈に反発したのも無理はない。民主主義を完全否定する独裁者的なこの発言に、多くの県民が憤りを禁じ得なかったはずである。

 5月28日の未明、すなわち翁長雄志県知事や稲嶺進名護市長ら、米国に「新基地建設反対」の民意を伝える訪米団が那覇空港から飛び立った翌日だが、政府(防衛相沖縄防衛局)は、ボーリング調査のための作業台船を大浦湾に再投入した。沖縄の民意に対する侮辱的な挑発行為である。

 翁長知事をはじめとする訪米団が、ハワイからワシントンDCへと移動した後の6月2日には、海底ボーリング調査の掘削作業を再開した。

 梅雨が明けた大浦湾では、今日も明日も「粛々と」新基地建設工事作業が強行され、海上保安庁の「海猿」たちが、過剰警備の暴力的任務に就かされている。

 沖縄県民は、とっくに答えを出している。

 もう絶対に新しい基地は造らせない。

 普天間基地の撤去は当然。辺野古新基地など言語道断。

 本来は命輝く美しい海、辺野古・大浦湾。そこで繰り広げられている愚かな光景に一刻も早く終止符を打つために、必要なことはなんだろう。

 民意を無視し踏みつける安倍政権の暴走に、NO!の声をはっきりと突き付け、自ら動くこと。

 それは、国土の0.6%に過ぎない沖縄に現在も約74%の在日米軍専用施設を押し付けて安穏としている全国の人びとの、重大な責任ではないだろうか。責任を感ずべき人びとの中には、もちろん、わたし自身も含まれている。



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6 コメント

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Unknown (お芋)
2015-06-18 11:44:52
初めの、岡田氏の質問に対する安倍の回答。
質問に答えてないから回答じゃないよね笑


んで、そもそも自分が回答してないのに、岡田氏が質問に答えてないと捲し立てるw


どういうアタマの構造してんだか。頭悪すぎでしょ。 ネトウヨとよう思考方法が似てますなぁ
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民主党は暴力装置 (はち兵)
2015-06-19 13:37:51
渡辺厚労委員長が民主党議員によって、首をしめられたり、けられたりなどの暴力で全治2週間の怪我を負いましたが、これは明らかに事件であり民主主義の否定であり許される行為ではないと思います。いくら「戦争反対」「武力行使反対」「人命が大事」などと唱えても無抵抗な人を暴力で押さえつけ、それを正当化しているようでは国民の支持を受けられないと思います。
返信する
暴力はいけません (kei)
2015-06-20 11:48:59
しかし、渡辺議長がバシバシと民主党議員を叩いている映像が流れていましたので、抵抗はしていたようですよ。しかも、憲法を無視する自民党に「民主主義の否定」を言う権のはブラックジョークでしか有りません。
国民を益々白けさせてしまう茶番劇は謹んでもらいたいものです。

海猿の皆さんですが、「一般人」を救助はするのに、「一般人じゃない」と一転して暴力的になるのですね。
兵隊もそうですが、上からそういう風に命令されると人間の心を失ってしまうようです。

福沢諭吉が朝鮮人や中国人を人間扱いせず、その後日本軍が占領地や植民地で一般人を大量虐殺したこと、「売春婦」だからと性奴隷行為を強制したこと、アメリカが「イエローモンキー」に原爆を落としたこと、イラクで10万人もの一般人を虐殺したこと、全てそうした装置化した人間が行き着く先でした。

権力側が暴力装置化しない為にはトップの意識が大切です。国民の疑問や意思を無視し、立憲主義の否定までして、あえて自衛隊を、イラク戦争の検証も出来ないアメリカに付き従うだけの暴力装置化させようとする安倍政権こそ、危険過ぎます。
返信する
組織であれば・・・ (化け鯨)
2015-06-20 19:14:41
 海上保安庁も抗議をしている人、どちらを非難や応援しようとは思いません。
 私の出身校は荒れていることで有名でした。授業中の私語が目立ち、服装を乱す生徒が多かったです。どんな高校でも校則や風紀というものが存在します。教師は生徒と学校風紀のために根気強く注意をして、私語をやめさせ服装を正させます。しかし、中には教師からの注意を鬱陶しく感じたり、わざと反感したりする生徒もいます。そういった生徒には、直接教師が服装を正したり、あまりにひどければ特別指導ということになっていました。
 そして、教師も人であるため生徒に甘く接したり、厳しすぎる教師もいたりします。しかし、学校とは教育機関であり組織でもあります。一人が方針に従わねば一貫した生徒指導と学習指導ができません。皆が足並みを揃えることで初めて満足のいく教育をすることができるのです。
 特別指導が「海中に引きずり込む」ということであると同視することもできます。また、組織であるからこそ自我を押し殺してまでも一貫した方針を守らなければならない。海上保安庁は彼らを暴徒だとみなしているのだと思います。抗議をしている人を放置し続ければ、海上保安庁は何もしてこないとさえ思われています。日本が腑抜けだと思われることにもなります。反対に抗議の人達は自らの正義を貫くためにいくらでも抵抗を続けていきます。それをまた海上保安庁が強制執行をかける。どっちも自らの正義や方針があるため引き下がる訳にはいかないのだと思います。
 唯一、教育機関と違う点はそこです。生徒は教育されれば校則と風紀を守ろうとします。しかし、これには終わりはありません。どちらも引き下がれないのですから。原因が日本政府にあることはわかります。しかし、日本政府はそれこそ腑抜けかもしれませんが「NO」とは諸外国に言えません。食料を外国に頼り、駐屯地が国内にある、経済も依存度が高い。3つも弱点がある今「NO」と大声で言えません。
 本心を語れば「どうにでもなってしまえ」と、思っています。私は現状では政府の方針で物事が進むと思います。当たり前です。時の政府は曲がりなりにも国民の民意が反映されているのですから。選挙で自民党が優勢になっているのですから国民の多数が賛成していることになります。責めるのであれば投票をしなかった人たちです。彼らの票さえあれば政権が代わっていたかもしれません。投票をしない人たちは政治や選挙の意義と関心が失せているのだと思います。大変まずいことになれば人間だれでも慌てて行動に移します。そこまでしなければもう今の日本人はダメだと思います。毎日飽きることなくiPhonに目を落とし視線が下がりがちになれば世の中狭く見えます。今、触っている指でもっといろんなことが調べられるのに・・・。
 海上保安庁も抗議の人どちらにも怪我をして欲しくありません。けども、始まってしまったものはどうしようもありません。どちらかが折れるまで続くと思います。私たちには待つことしかできません。
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抗議は「非行」ではないですよ (洲蛇亜林)
2015-06-21 22:37:01
私も、海保が尖閣など領土領海を守るために頑張っていることは知っているし、何より上の安倍政権の指示によることだから海保やその職員を非難することはしません。
今回のもう弾圧としか言いようのない暴力の責任は安倍政権にあることは間違いがないと思います。

私は沖縄に基地があることはやむを得ないことだと思うけど、安倍政権の今のやり方は安保法制=戦争法案審議の過程と同じようなごり押し強権体質の現れと思います。
このような強権行為のツケは必ず将来日本国自身が払わなければならなくなるでしょう。

当たり前のことですが、選挙で選ばれているからといって時の政権が何をやっても許されるわけではありません。
政権に対する抗議活動は民主主義国家においては全く正当な権利であり、それに対して規制の範囲を超えた暴力行使は抗議活動の萎縮を狙った弾圧です。
このような暴力行使=弾圧を教育機関における指導などと同一視することは出来ません。

それにしても、国会での毎度恒例な「乱闘」という名の茶番劇ごときを大問題にする人たちが辺野古の海でのこうした暴力に目をつぶるどころか肯定しているのはどういう理屈によるものでしょうか?
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問題は (kei)
2015-06-22 20:18:08
教師と違って海保は相手を「非行」と認識すれば暴力行為が許されるということです。

果たしてカヌーでの抗議は「非行」なのでしょうか?

沖縄では辺野古新基地建設反対が76%、賛成は18%。
政府の姿勢を支持しないは80%、支持は15%です。

圧倒的多数が抵抗していることを無理矢理押し通すことが暴力を生んでいます。

無理に非行に例えるならば、他校の不良をやっつけてくれるからと言われて我慢していたジャイアンの、他校の弱い者虐めと同級生への好き放題を許せなくなった同級生徒達ほぼ全員から抗議の声が上がったのに先生が無視したものだから、一部の生徒達が職員室へ押し掛けたところ、「腐ったミカン」扱いされて警察を呼ばれた。
というところでしょうか。
(平成生まれには解らないかな?)

あの時も「一体誰が一番腐ってるんだか。」と思ったものです。
返信する

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