ちょっとあいたが・・・高雄の続き。最後にこれだけ紹介しておきたい。
打狗英国領事館の映像展示で見て興味をそそられ、旗後砲台にあった説明板で所在地を
メモした「台湾煉瓦会社打狗工場」。帰ってホテルのフロントで聞いてみると、
お姉ちゃんは親切にいろいろ調べてくれ、だいたいの見当で地図に大きな丸をうってくれた。
(google mapで調べてみたが区までしか出なかったのだ・・・)
工場なのでだいぶ郊外にあると想像し、最寄駅からタクシーでいくらかかるかな・・・などと
考えていた私は、それが自転車で行ける市街地の片隅にあることにまず驚いた。
愛河沿いのサイクリングロードをゆく。こちらも川沿いの公園内や水辺の
ボードウォークをずっと連続して走ることができるように整備されていて、
大学のボート部の練習風景などを見ながら快適なサイクリングを楽しむ。
途中には元高雄市役所の建物を利用した高雄市立歴史博物館が。1939(昭和13)年築。市定古蹟。
左右対称で、緑色の和風の瓦の乗った帝冠式である。外壁タイルの薄緑色は国防色系ということだが、
明るい色なので物々しい感じが抑えられ、かえってかわいい印象だ。
立派な車寄せ。
ここでは高雄の歴史について詳しい資料が展示され、日本語ボランティアガイドさんも
いるそうなのだが、今回は時間がなかった。次回は是非ゆっくり見学してみたい。
さて、途中で道を聞いたおっちゃんが片言の英単語を並べて教えてくれた通りに進んで行くと、
昔ながらの住宅地がふっと途切れた愛河のほとりに・・・どかーん!!現れた!
うぉ~~っ!
2本の煙突が広大な工場敷地の中央にそびえ立つ。特徴的な形のレンガの建造物と、
大屋根のかかった建物もある。
台湾煉瓦工場打狗工場は、もとは日本統治時代の1899年に鮫島盛が起こした
「鮫島煉瓦工廠」に始まる。その後1913年に台湾煉瓦王と言われた大企業家、
後宮信太郎が「台湾煉瓦株式会社打狗工場」として施設を拡充して量産体制を整えた。
日本の撤退後に一時公営化されたあと再び民営の「中都唐栄磚窯廠」となり、特に
耐火煉瓦の生産によって高雄の工業化に大きく寄与してきた。1992年に操業停止、
2004年に国定古蹟の指定を受けている。
建物の向こう側にも敷地は広がっており、その広さからすると残っている建物はほんの一部だけ
であろう。大量に散らばったレンガの残骸は製品の残りなのか、建造物を解体したがれきなのか。
それでも日本の工場建築の扱いと比べてどうだろう。高雄駅からも近く交通の便のいい
ロケーションでこれだけまとまった平地なら、日本だと間違いなくなんとかタウンとして開発され、
敷地の一角に申し訳程度にレンガ造の事務所建築を1つ残すくらいであろう。
敷地内には入れるが、建物の周りには有刺鉄線付のフェンスと光電センサーが設置され
厳重に閉鎖されている。
大屋根の下はがらんとしていて煙突の基部が見通せる。径は3~4mくらいだろうか。
八角形の断面であることがわかる。大屋根の下にあるいくつかの窯の煙をダクトで
集め、まとめて排出する仕組みになっているようだ。煙突の高さは2~30mと思われる。
この特徴的な形の構造物はホフマン窯だ。おそらく完全な形である。周囲に小さな
開口部がいくつかあるが、5mほど離れたフェンスの外からでは覗きこむこともできない。。。
しかしおそらく内部はこうなっているのだ!
これは先述の旗後砲台に設置されていた、高雄の古蹟を紹介した説明板の写真。
これを見れば私が「ぜひ行かねば!」と思ったのがわかってもらえるだろう。
ホフマン窯の内部は入れないが、各種の窯の説明が図と共に書かれた幕がフェンスに張られている。
また、工場敷地内の少し離れたところには倒焔窯が1つだけ閉鎖されない状態で残され、
中にも自由に入ることができる。隙間なくレンガを積んで作られた窯。床はボコボコとしていて
歩きにくい。この中に高々と積み上げられたレンガが次々と焼き上がっていくさまが目に浮かぶ。
無人の工場に佇んでいても、どうなってしまうんだろう、という不安は一切感じられず、
むしろ期待に胸が高鳴る。この敷地全体を公園にして、ホフマン窯の内部も見学できるように
整備するのだろうか。今はそんな計画に向けて待機中かと思われる。
日本に比べ現役引退からまだ時代が浅い近代化遺産たち、その歴史的価値を認め、
荒廃してしまう前に次の計画に向け手を打っている高雄というまち、台湾という国。
(正確には国家ではないが・・)
価値に気づくのが遅すぎ、何事にも経済性ばかりを優先させるわが日本を思い返すとき、
台湾の聡明さを称賛したい気持ちでいっぱいになる。
さて、帰り道には前金天主堂(台湾天主教会高雄教区)を見ていこう。
尖塔、アーチや丸窓、天使のレリーフなど装飾に覆われた賑やかな建築だ。
中をちょっと覗いていたら観光客が何人か入っていったので、私も一緒に入る。
ヴォールト天井の美しいこと!日本の教会のような「静謐な空間」とは全く違って、
全体的に明るく内部も装飾豊かで華やかな空間となっている。
高雄には2泊だけだったが充実した滞在であった。今度は是非海路で入りたい!
台湾の話題に長らくお付き合いありがとうございました。
打狗英国領事館の映像展示で見て興味をそそられ、旗後砲台にあった説明板で所在地を
メモした「台湾煉瓦会社打狗工場」。帰ってホテルのフロントで聞いてみると、
お姉ちゃんは親切にいろいろ調べてくれ、だいたいの見当で地図に大きな丸をうってくれた。
(google mapで調べてみたが区までしか出なかったのだ・・・)
工場なのでだいぶ郊外にあると想像し、最寄駅からタクシーでいくらかかるかな・・・などと
考えていた私は、それが自転車で行ける市街地の片隅にあることにまず驚いた。
愛河沿いのサイクリングロードをゆく。こちらも川沿いの公園内や水辺の
ボードウォークをずっと連続して走ることができるように整備されていて、
大学のボート部の練習風景などを見ながら快適なサイクリングを楽しむ。
途中には元高雄市役所の建物を利用した高雄市立歴史博物館が。1939(昭和13)年築。市定古蹟。
左右対称で、緑色の和風の瓦の乗った帝冠式である。外壁タイルの薄緑色は国防色系ということだが、
明るい色なので物々しい感じが抑えられ、かえってかわいい印象だ。
立派な車寄せ。
ここでは高雄の歴史について詳しい資料が展示され、日本語ボランティアガイドさんも
いるそうなのだが、今回は時間がなかった。次回は是非ゆっくり見学してみたい。
さて、途中で道を聞いたおっちゃんが片言の英単語を並べて教えてくれた通りに進んで行くと、
昔ながらの住宅地がふっと途切れた愛河のほとりに・・・どかーん!!現れた!
うぉ~~っ!
2本の煙突が広大な工場敷地の中央にそびえ立つ。特徴的な形のレンガの建造物と、
大屋根のかかった建物もある。
台湾煉瓦工場打狗工場は、もとは日本統治時代の1899年に鮫島盛が起こした
「鮫島煉瓦工廠」に始まる。その後1913年に台湾煉瓦王と言われた大企業家、
後宮信太郎が「台湾煉瓦株式会社打狗工場」として施設を拡充して量産体制を整えた。
日本の撤退後に一時公営化されたあと再び民営の「中都唐栄磚窯廠」となり、特に
耐火煉瓦の生産によって高雄の工業化に大きく寄与してきた。1992年に操業停止、
2004年に国定古蹟の指定を受けている。
建物の向こう側にも敷地は広がっており、その広さからすると残っている建物はほんの一部だけ
であろう。大量に散らばったレンガの残骸は製品の残りなのか、建造物を解体したがれきなのか。
それでも日本の工場建築の扱いと比べてどうだろう。高雄駅からも近く交通の便のいい
ロケーションでこれだけまとまった平地なら、日本だと間違いなくなんとかタウンとして開発され、
敷地の一角に申し訳程度にレンガ造の事務所建築を1つ残すくらいであろう。
敷地内には入れるが、建物の周りには有刺鉄線付のフェンスと光電センサーが設置され
厳重に閉鎖されている。
大屋根の下はがらんとしていて煙突の基部が見通せる。径は3~4mくらいだろうか。
八角形の断面であることがわかる。大屋根の下にあるいくつかの窯の煙をダクトで
集め、まとめて排出する仕組みになっているようだ。煙突の高さは2~30mと思われる。
この特徴的な形の構造物はホフマン窯だ。おそらく完全な形である。周囲に小さな
開口部がいくつかあるが、5mほど離れたフェンスの外からでは覗きこむこともできない。。。
しかしおそらく内部はこうなっているのだ!
これは先述の旗後砲台に設置されていた、高雄の古蹟を紹介した説明板の写真。
これを見れば私が「ぜひ行かねば!」と思ったのがわかってもらえるだろう。
ホフマン窯の内部は入れないが、各種の窯の説明が図と共に書かれた幕がフェンスに張られている。
また、工場敷地内の少し離れたところには倒焔窯が1つだけ閉鎖されない状態で残され、
中にも自由に入ることができる。隙間なくレンガを積んで作られた窯。床はボコボコとしていて
歩きにくい。この中に高々と積み上げられたレンガが次々と焼き上がっていくさまが目に浮かぶ。
無人の工場に佇んでいても、どうなってしまうんだろう、という不安は一切感じられず、
むしろ期待に胸が高鳴る。この敷地全体を公園にして、ホフマン窯の内部も見学できるように
整備するのだろうか。今はそんな計画に向けて待機中かと思われる。
日本に比べ現役引退からまだ時代が浅い近代化遺産たち、その歴史的価値を認め、
荒廃してしまう前に次の計画に向け手を打っている高雄というまち、台湾という国。
(正確には国家ではないが・・)
価値に気づくのが遅すぎ、何事にも経済性ばかりを優先させるわが日本を思い返すとき、
台湾の聡明さを称賛したい気持ちでいっぱいになる。
さて、帰り道には前金天主堂(台湾天主教会高雄教区)を見ていこう。
尖塔、アーチや丸窓、天使のレリーフなど装飾に覆われた賑やかな建築だ。
中をちょっと覗いていたら観光客が何人か入っていったので、私も一緒に入る。
ヴォールト天井の美しいこと!日本の教会のような「静謐な空間」とは全く違って、
全体的に明るく内部も装飾豊かで華やかな空間となっている。
高雄には2泊だけだったが充実した滞在であった。今度は是非海路で入りたい!
台湾の話題に長らくお付き合いありがとうございました。
今はまだあまり知られていないスポットですが、
今度行ったら中へ入れるようになっているかもしれません。
楽しみですね!
素敵な台湾のまちかどのご紹介ありがとうございました。
出かけるときは参考にさせていただこうと思います。
台湾では近代化遺産をほんとに大切にされてますね。
煉瓦工場をこれだけの規模で残すとは驚きました。
2泊3日にしてはいろいろ見た方だと思いますが
まだごく一部しか見れていません。何度でも行きたいです。