まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

高雄のライトレール(台湾)

2018-01-29 23:47:06 | 鉄道風景
高雄の続き。

高雄ではもう一つ確認したいことがあった。
私が2009年に初めて来たとき、そのわずか一年前の2008年に廃線となってしまっていた高雄の臨港貨物線
貨物線風景を間近で見たいと楽しみにしていたのだったが、愕然としてしまった。。。しかしその廃線跡が、
貨物線と共に歩んできた街の風景を感じながら爽やかな風を切って走れるサイクリングロードとして
活用されていることにいたく感動したのだった。
その後数回高雄を訪れているが、来るたびに少しずつ公園として整備され賑わいが増していくさまを目にしていた。
そこに何と最近ライトレール(路面電車)が開業したというニュースを見ていて、どんな風になっているのかを
この目で見たかったのだ。

鼓山から塩埕埔の方へ、元の高雄港駅の広いヤードをズバッと横断する形で開通した広い道路がを歩きながら
旧高雄港駅の方に目をやると・・・おお~~っ!!いるじゃないの、ライトレールが!!


公園になったヤード跡には今も貨物線のレールが敷かれたままで、静態保存された古い貨車と現役のライトレールが
ホームに顔を並べているなんて、なんてワクワクする風景なんだろう!!


かつては広大なヤードに分断されていた鼓山と塩埕埔の市街地を多くの人が歩いて行き来している。
廃線直後は放置され静まり返っていたヤード跡ももうすっかり市民の遊び場、憩いの場として定着したようだ。


2009年
2011年
2012年
2014年

道路の横断部分には、巨大な踏切のようにレールが埋め込まれたままだ。なんて粋なんだろう~~


そして道路に沿ってライトレールも走る。
あぁ、一人旅でゆっくり時間があれば、ライトレールに乗ってどこまで行けるのか試してみるのだが・・・
今回は嘉義へ行くのがメインなので時間もない。。。

帰ってからネットで調べたところ、ライトレールは高雄のまちをぐるっと回る環状線になる計画で、
もうすでに3/4が開業しているようだ。へぇ~!!

高雄の臨港貨物線も現役時代は高雄駅から高雄港、前鎮を経由してまた高雄駅へ戻る環状路線になっていた。
ライトレールは台鉄の線路を越えてさらに北の凹子底まで回る計画のようなので、少しルートは違うが
台鉄以南はほぼ貨物線跡の路盤をそのまま利用した形だろう。
あぁ、車両は違うが、一度廃線となった路線に再び鉄道が走るとは、夢のようだ。そんな夢物語をやすやすと
実現してしまう台湾、高雄。あらためて惚れ直した(笑)


続く
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函館市電駒場車庫

2017-11-16 23:14:31 | 鉄道風景
函館の続き。

最終日も朝から小雨が降ったりやんだり。昨日よりはマシだけど、この旅の間じゅうついにすっきりとした
青空には出会えなかったな・・・

今日は朝から市電の駒場車庫へ。地図で見ると近いのだが実際に行ってみると結構遠い。湯の川温泉方面へ
30分ぐらい乗ったところに「駒場車庫前」という電停がある。


道路の真ん中を走る併用軌道からカーブを描いて車庫へ入って行く引込み線はやっぱりわくわくするな!!


こは函館市電の唯一の車庫で、本社もある。車庫は100m以上奥まで続いており、留置線や修理工場などが
前面道路からも見える。横や裏から車両が見えるかと横の道へ回り込んでみたが、不法侵入できないように
高い塀できっちりと囲まれ、場内の様子は全く見えもしなかった(苦笑)


「函館馬車鉄道記念碑」があった。それによると、1897(明治30)年に北海道で初めての馬車鉄道が開業、
東川町本社~弁天町(現函館どつく前)の間を、2頭の馬が客車を引いてレールの上を走ったのだとか。
国際色豊かで活気に満ちた港町をさっそうと馬車が走る、外国のまちのようなハイカラな光景だ。

1911(明治44)年に、函館水電が函館馬車鉄道を買収、これにより馬車鉄道は電化される。

この小屋が味わい深すぎる・・・
踏み石も廃線になった路線から撤去してきたものを使っているのかな。。




敷地内には立ち入れず道路から見るのみだが、新旧いろいろな車両が車庫内に停まっていた。


レールはくねくねと自由自在に延びて敷地の奥まで入り込んでゆく。


最近は新型車両でラッピングしたものが多いが・・・旧型のも少しは残っているようだ。昭和30~40年台
頃の車両だろう。


あぁ、来てよかった!!


さて、また建築を見るために中心部へ戻る。ちょっと効率悪いなぁ・・・


自由市場は日曜定休と聞いていたのでガッカリしていたが、市電で通りかかったら開いてるじゃないの!
ここが楽しい楽しい♪駅前の朝市よりも落ち着いた雰囲気で値段も安そう(と言っても観光客向けだろうが)。


ここで買ったニシンの「味噌みがき」と「みりん干し身欠きニシンスライス」、そして「鮭とば一番干し」が
もうめちゃウマ!!あぁ、あの味が忘れられない~(爆)


鮮魚も買いたかったがガマン・・・真夏だし、飛行機に乗るし。。。

空港に向かう前に函館駅前の土産物屋で買った「鮭重ね巻」「鮭太昆布巻」、こちらも顔がニヤけるおいしさ。
あぁ、もう一度これらを買うためだけにバニラエアで函館へ行ってもいいなぁ!(笑)

続く。
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江差線の廃線跡

2017-10-31 21:59:22 | 鉄道風景
知内温泉旅館に泊まった翌日、江差に向かってドライブ。

江差へは松前経由で海沿いを走りたかったのだが、時間の都合上木古内から内陸ルートで行く。
田園風景の中を走っていると、おや、あれは・・・・廃線跡か。そう言えば、木古内から江差まで
走っていたJR江差線が2014年に廃線となったのはニュースとして知っていた。あぁ、それがここだったんだ。
もう3年にもなるのか。。。


伸びた草に見え隠れする線路跡を助手席から目で追うと、錆びたレールが残っているところもあった。


道路に並行して続く空虚な空間は今でも鉄道が走っていた空気をまとっている。


そして・・・おぉ、あれは!!ちょっとストップ~~


道路をオーバークロスするガードがあったんだな。桁はすでに撤去されコンクリートの橋台と
それに続く築堤のみが残っている。




橋台の両脇の土留めの法面は石積みでなくコンクリートで固められているが・・・空気がザクザク入って
隙間だらけ(苦笑)。この区間は1935(昭和10)年に開通したようだが、不況続きの昭和初期、
工事の品質も悪化していたのだろうか。趣は満点なんだけどね(笑)




築堤の上に駆け上がる!
旧ガードに向かって草むらを歩くと、ずっと先にトンネルが見えた。


鉄橋もいくつも目にした。川を越え山を越え、橋を作りトンネルを作り、列車を走らせてきたのに、
もうそれは要らなくなった。。。とても寂しいなぁ。

そして人間の作った構造物は自然の中に埋もれていく。今はまさにその過程。廃線跡は悲しくも美しい。。。

江差の町では「江差駅」の名前がまだ息づいていた。

駅跡へも行ってみたかったのだが、とりあえず目的である旧檜山郡役所を見に行こう。

江差ではやはり今日はお祭りらしく、規制が張られていて車を停めるところがない。
仕方なく、知内温泉旅館のご主人のお友達という宿に声をかけると、チェックイン時間までならと
快く停めさせて頂けて助かった!ありがとう~~

板張りの民家や商店が並ぶ通りはきれいに整備されていて、道路はちょっとだだっ広い印象。
元はもっと建物が密度の濃いまちなみだったのではないかと想像するが。。。

まちなみの中ほどで道がクランク状になっており、その辻に面して姥神大神宮がある。
今日はここの渡御祭らしく、揃いのはっぴを着た老若男女がそれぞれの山車を引き回して豪勢さを競っている。


笛や囃子が賑やか!私たちが行ったときちょうど神社前の辻に全部の山車が集結しており、今年の
いちばんが発表されるクライマックス!タイミングがよかったな!


これはニシンのぼり!?前にはハタハタのぼりを見たなぁ(笑)


続く
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えびの駅の木造駅舎

2017-08-26 15:34:27 | 鉄道風景
吉田温泉からの続き。

前回都城から吉都線に乗ったときにホームから見ていたえびの駅を見にいく。古い木造駅舎が残っているのだ。

うわぁ、、、ため息が漏れる美しい佇まい。その前に車を停めるのもはばかられるフォトジェニックな姿。
少し外して車を停め外に出ると、吹きすさぶ寒風。ひぃ~~っ!
駅の周りは建物がなく吹きさらしなのである。防寒グッズを全て装着してからあらためて車の外へ。


ほぉ~っ、全てが木造のまま。風雨に耐えてきた年月に思いを馳せずにはいられない、色あせた
下見板張りの外壁。屋根瓦などは苔むしてビロードのような緑色を呈している。


霧野、という表記が見られるのは、映画の舞台になったため。そのロケの時に、駅舎は古めかしく
化粧されたのかもしれないが、見たところ自然で、特に嫌みなところはない。




改札ラッチは復元かもしれないが、出札口のアクリルパネルなどは現役時代のものに見える。
室内には映画のロケの名残の品々が。


えびの駅は国鉄吉都線の開通にあわせて1912(大正元)年に加久藤駅として開業。
えびのというメジャーな地名が駅名になったのは意外と新しく、1990(平成2)年のことである。


当初は貨物の取扱いもあった比較的大きい駅舎であるが、旅客の需要は少なかったのだろうか、
貨物の取扱いが廃止されたあと国鉄民営化に先んじて早々と無人駅化されている。
もう30年以上も無人のままにしては建物も美しく保たれているのは、やはりロケの時に手を入れた
からだろうか。


霧野駅としてこの駅舎が登場した「美しい夏キリシマ」という映画は、公開が2003年なので
ロケはその前年か前々年だろう。ロケ前はどんな状態だったんだろうな。


ホームに国鉄顔の列車がやってきて、数人のお客を乗せて去って行った。降りる人はいない。


ホーム側から見た駅舎。深い軒がぐるりとめぐっているのは貨物取扱いの名残だろうか。
古き良き国鉄駅舎だ。




吉都線開業時から残る駅舎はここだけといい、登録有形文化財になっている。


静かな時間が流れるえびの駅に身を置く、至福の時・・・


続く
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梅雨逃避行 室蘭本線の駅たち

2017-07-29 13:31:40 | 鉄道風景
6月は梅雨のない北海道へ行こうとスカイマークのチケットを取っていた。
神戸空港は関空より少し時間がかかるが、朝4時台に起きる必要もないし心理的に楽なのだ(笑)。
10時半に新千歳空港着。新千歳は鉄道アクセスが便利なので、空港からレンタカーというのは今回初めて。
空港の勝手がよく分からずちょっと手間取ったが、11時にはレンタカー屋から出発することができた。
ETCカードもセットしたし、一路向かうは室蘭へ!

高速はスイスイ快適だが、山の中なので全く景色は楽しめず、お店もない。。。お昼を食べるため一つ手前の
ICで下りて、虎杖浜のたらこでランチ。


お店の前にはためいていたこれは、鯉のぼりならぬ、ハタハタのぼり?鮭のぼり?ホッケのぼり?


そこからは下道で室蘭へ向けて走るが、室蘭本線の駅を見たい。バイパスに乗らず線路に沿って大回りしよう。
このあたり巨大な工場地帯で製鉄所やコンビナートもある。引き込み線がたくさんあったに違いない。
この辺で車を止めて見て回りたいけど、、、交通量は多く停める場所もない(汗)

御崎駅の駅前にスペースがあったのでちょっとストップ。


駅舎は新しくなってしまったようだが、かわいらしい形の屋根でなかなか雰囲気はある。


ネットで検索して調べたところ、やはりここから貨物線や工場への専用線が広がっていたらしく、
御崎駅は旅客よりも貨物の取扱いを主とする駅だったようだ。今ではちっぽけな棒線駅で想像もつかないが
最盛期の活気に満ちた駅をこの目で見、その場に身を置きたかったなぁ。。


さてまたしばらく走ると、おぉ、ここだ!古い木造駅舎がそのまま残る母恋(ぼこい)駅。
妻壁の小さな丸窓がカワイイ!


駅舎に入ると、出札口のカウンターや荷物扱いの窓口もそれと分かる形で残っているのがうれしい。


部屋の中央にはストーブ!それをぐるっと囲むように椅子が置かれていて、今にも井戸端ならぬ
ストーブ端会議が始まりそうな感じで思わず微笑んでしまう。


待合室からホームへは直進でなく横から出るようなつくりになっている。
ホームの上屋も木の柱と梁でいい雰囲気だなぁ~~


待合所の横には駅前へ直接出られる改札ラッチがある。鉄パイプ製でそっけないが貨物駅主体の駅なので
省スペースで簡素なものにしたのだろう。


跨線橋を渡ってみよう。


貨物列車がバンバン走っていた名残でホームはやはり長く、12両の新快速でも停まれそうだ(笑)。
現在使われているホームは上りと下りがずれた雁行配置になっている。


ホーローの駅名標があちこちに。木製の照明柱も味わいがあるなぁ。


管理を委託されてる方なのだろう、おっちゃんが1人ホームの草花の手入れに勤しんでおられた。
やはり人の手できれいに保たれている駅はいきいきしている。






駅名の変わった響きと共に深く印象に残る駅だった。


室蘭散策の帰りに、輪西駅にも立ち寄った。


やはりここも貨物駅だったような駅のつくりだなぁ。


ここは初代の「室蘭駅」が開設された場所である。現在の輪西駅は昭和3年に開設され、駅舎はその当時の
ものらしい。


東室蘭駅から室蘭までの路線は、元々は岩見沢方面で採れた石炭を港へ運ぶ北海道炭礦鉄道が前身であり、
積出し港である室蘭周辺は一大工業地帯となった。
室蘭の工場夜景を見るクルーズなどあるらしく、室蘭に泊まろうかとも考えたのだが、今回は諦めた。。。


特急の走る幹線から外れ盲腸線のような室蘭~東室蘭だが、かわいい木造駅舎がひっそりと残っているのは
うれしく、そっと隠しておきたい気がする。


続く
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大分温泉ルート 王子温泉と大分港臨港線

2017-04-11 23:08:08 | 鉄道風景
杵築からの続き。

※これは去年の3月の三連休の旅です。

菜の花に覆われた杵築駅を去り、列車で西大分駅まで移動。




再びの西大分駅。あぁ、やっぱり素敵だなぁ!!木造駅舎の貨物駅。これは私にとって最強の組み合わせ。


前々から行きたいと思っていた王子温泉は、ちょうど大分と西大分との間ぐらいに位置し、
どちらからも結構距離があるのだが、どうせなら西大分駅にもう一度降り立ちたかったのだ。
しかしバスが少ない。。。仕方ない、歩いていくか。


おや、これは・・・廃線跡じゃないの!?
おぉ、確かにそうだ!貨物線の線路が大分港まで伸びていたんだな。


大分港と西大分駅を結ぶ大分港臨港線は1950(昭和25)年に開通した約1.5kmの路線。
1984(昭和59)年に廃止された。あぁ、ここもか!!全国で貨物線がバッサリ廃止された
悪夢の昭和59年である。線路は3年後の昭和62年に撤去されたようだ。


は気づかなかったなぁ。


一部が細長い緑地となっているが、その手前は、その先は、どうなっているのか気になる。

よし、後でちょっと探索してみよう。

さて、とにかく王子温泉だ。20分ぐらい歩いた本当に住宅地の真ん中に、それはあった。
おぉ!バス通りから引き込んだ細い道に面した妻壁に「王子」「温泉」の文字が。


う~ん、胸が高鳴る!!


ドアを開けると・・・「いらっしゃいませ」
うわぁ。。。期待を裏切らない古き良きお風呂屋さんの風情。なんて素敵なんだろう!


八幡浜の大正湯を思い出させるがこちらはかなりこじんまりしたサイズだ。
しかしお湯は温泉!!いいねぇ~~


大阪から来たんです。これからフェリーで帰るんですけど、どうしてもここに入りに来たくて。素敵ですねぇ!!
柔和な雰囲気のおかみさんとしばし会話。スタンプもゲット!


ゆっくり浸かってリラ~ックス。身支度を整え荷物も整理して・・・
ありがとう、また来ます~~


さて、西大分駅まで帰る途中、さっきの廃線跡をちょっとたどってみよう。さっきの緑道のところから
国道を渡ってJRの本線に向かって少し歩くと、線路跡が広い道路をズバッと斜めに横断している。


うわぉ~~、レール部分の凹みをアスファルトで埋めただけで、踏切だった名残がそのまま!
今にも貨物列車がやってきそう・・・


国道との間には藪になっているあいまいな空間が。


水路沿いの細長い土地は、廃線跡利用の定番、駐車場として利用されている。一部には建物も建っていた。


もう少しだけ続く。
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箱根の旅 カワイイ!箱根登山電車

2017-01-05 22:01:42 | 鉄道風景
箱根湯本からの続き。

1年ほど前に昔のサスペンスドラマで箱根登山電車が映っていて、いいなぁ、乗りたいなぁ、と思ったけど
今はもう全て新型車両に変わってしまってるんだろうな、と思いながらネットで調べてみたら、今も同じ
車両が走ってるじゃないの!もちろん新しい車両もあるので、うまく古いのに当たればいいなぁと願って
いたのだった。




箱根湯本から乗ったモハ1型の2両編成の列車。カワイイなぁ~~♪


ここからは登山電車らしい急勾配をぐんぐん上っていく。電車の路線とは思えない小さいRのカーブを
右へ左へ、二つ折りになりそうになりながらゆっくり進んでいく。カワイイ顔してパワフルなのだ。


途中にはスイッチバックが3箇所あり、そのたびに運転士さんは前へ後ろへ移動して進行方向を
変えるので、宮ノ下までたった3駅なのに30分近くかかる。
スイッチバックで列車交換を兼ねることも。


富士屋ホテルの最寄り駅である宮ノ下駅に到着。箱根湯本から実に340mを上ってきた。すごいな!!
小田原と湯本の高低差は82mだからその4倍にもなるが、不思議なことに運賃は小田原~湯本間の方が
高い。どう考えても湯本から先の方が電力もかかるだろうし設備への負荷も大きいと思われるのに??
湯本から強羅まで行っても400円とは何だか安すぎて、がんばって上ってくれる列車に申し訳ない
ような気になる(苦笑)。高度に比例した運賃にして、古い車両のメンテを手厚くするというのはどうだろう。




宮ノ下駅舎は線路側に三角形の大きな妻を見せ、ハーフティンバー風の意匠のしゃれた建物。


崖の中腹で線路と道路に挟まれて建つので幅はとても薄い。まるでサンドイッチのようだ(笑)。
素敵な妻側の面があまり見えないのがもったいないなぁ。。。


ところで、箱根に行く直前にネットのニュースで箱根登山電車の車両が引退するというのを見ていて、
古い型のモハが全部引退するのかと思ったがどうやら違うようだし、どの車両かなと思っていた。
来年2月に引退するのは、両運転台のタイプ「モハ2」のうち1957(昭和32)年製の110号。
旅の終盤にようやく出遭えた。タクシーの車窓から慌てて撮った(汗)

水色は昭和20年代後半の色に復刻塗装したもの。

強羅駅に到着した110号。残念ながら乗ることはできなかったが、見れてよかった。
長年の間おつかれさま!


続く
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雨の熊本旅 つなぎ美術館のモノレール

2016-12-28 23:09:13 | 鉄道風景
水俣からの続き。

水俣のまちを一通り歩いたので、次の列車で移動しよう。1時間ほど時間があるので、津奈木で下車する。
前回行ったつなぎ温泉に入りに行くか、それともそこからもう少し先にあるつなぎ美術館へ行くか。
つなぎ温泉四季彩は、みかん山モノレールのような乗り物に乗って上った岩山の上に露天風呂がある
面白い温泉。そしてつなぎ美術館には裏の舞鶴城公園とを結ぶ、さらに距離が長いモノレールがあるのだ。
帰る前に汗を流したい気持ちもあるが、つなぎ温泉のモノレールは前回乗ったし、つなぎ美術館へ行ってみるか。。。
時間があれば温泉にも入りに行こう。雨はまだ降ったり止んだり。。。

美術館自体に入らずモノレールだけというのもちょっと失礼かと気が引けるが・・・。

料金を受付で払って2階のテラスへ行くと、いるいる、モノレールが!


レールは津奈木川を超え・・・そこからぐーんと岩山を登る!!そしていったん木々に隠れたレールは
はるか上の方で再び現れ、さらに岩山の陰へと回り込んで見えなくなる。これは楽しい~~♪


数人の年配者のグループと一緒に乗り込んで、出発!


最初はゆっくりゆっくり・・・さぁ、急勾配に差し掛かった。不思議だがコンパートメントは常に
ほぼ水平に保たれるようになっていて、まるで斜行エレベーターのように快適に岩山を登って行く。


ぐんぐん高度を増すにつれ、見晴らしがよくなる。高低差は100mぐらいあるらしい。
モノレールの終点は展望台になっていて、海まで見晴らすことができる。「幸せの鐘」なんかも
あって同乗のご老人たちも鳴らしていた(微笑)


展望台の隣のとんがった岩が重磐岩(ちょうはんがん)と呼ばれる。鉱物名かと思ったが
そうではなく、「ゴジラ岩」とかと同じ固有名詞。溶岩が固まってできた岩山らしい。
モノレールの終点から階段があって重磐岩の近くまで登れるようになっている。もうあまり時間がないが
とりあえずここまで来たからには一番上まで行っておこう。
重磐岩が目の前!柵があって先端までは行けないので念のため(笑)


乗ってきたモノレールも小さく見える。


そのあと、時間がないからと私一人先にモノレールで下ろしてもらうことに。
帰りは貸切状態なので、上も下も横も自由に写真を撮れる(笑)


私を下ろしたモノレールは再び上っていく。






津奈木川に架かる「重磐岩眼鏡橋」も近くで見ておこう。前回時間がなく遠目からズームで撮っただけだった。




橋の中央はほとんど輪石の厚みしかなく、両端は若干壁石が積まれているが、とても薄く洗練されたフォルム。
美形だなぁ!!


そうこうしている間にお客を乗せたモノレールが再び下りてきた。
いろんな角度からモノレールを十分見ることができて満足満足!その代わり温泉に入る時間は
なかったなぁ。


さて、これで今回の旅は終わり。八代へ戻って八代駅前から空港行きバス、スーパーばんぺいゆ号に
乗り込んだところで、ようやく青空が・・・遅いよ(苦笑)

終わり。



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島根の旅 三江線の駅めぐり 浜原駅

2016-12-13 23:56:04 | 鉄道風景
三江線の続き。

江津を出てからたくさんの鉄橋を見てきたがどれも道路橋であり、これが初めて三江線が江の川を渡る橋だ。
なので名前は第一江川橋梁。右岸へも初めて渡る。ここは粕淵駅のすぐ近くで、江の川がもっとも大きく
蛇行するポイントで、隣の浜原駅とは2kmしか離れていない。


ということで、終点の浜原を目前にして粕淵駅で下車。浜原駅での三次行き乗り継ぎには2時間半も
あるので、鉄橋も見に行ってふらふら散策しながら浜原まで歩こうという魂胆だ。
地図で見ると粕淵の集落は割と大きいようだが、駅を下りたら駅前が崖で、上り坂の道路に沿って
古い木造の家が見える。集落は崖の上にあるようだ。


鉄橋を見に行こう。


この橋はそれほど古いものではないことは分かる。
「日本国有鉄道 1974 川崎重工業加古川工場」と刻まれたプレートがついていた。
鉄道橋の横には人道橋が並行している。おおっ、赤川鉄橋みたいだ!!貨物じゃないけどね。

次の三次行き列車が2時間半後、江津方面行きも2時間後なので、列車がゴォーっと駆け抜ける
のを体感することももちろんできないんだけどね(苦笑)

川の真ん中からU字を描く深緑色の淵を眺め、向こう側までゆっくり歩いて渡る。・・・と、カメムシが
ブーンと飛んできた。ヒィ~~~ッ!!退散、退散!!


粕淵はカヌーのできるスポットや温泉施設があり、集落に行けばお店があるかも。しかし、坂道を上って
いくのはめんどくさいな。ん~、いいや、もう浜原へ向かって歩こう。


粕淵駅を出た三江線はトンネルに入る。そのたもとには「とんねる」という名の飲み屋があった。
・・・でももうやっていないようだな。


じめじめした道路を10分ほど歩くと、浜原のまちが見えてきた。


途中まで土手を歩き、道へ下りてまちなかを歩く。もうずいぶん寒くなってきたな。。。
食べ物を買いたいが商店は開いておらず、まちは静まり返っている。




真っ赤な浜原大橋。2連のうち手前の1連は塗りたてピカピカ、奥の1連はケレン後のハゲハゲ状態だ。


そして、到着した浜原駅。木造モルタル塗りの駅舎にたいそう立派なひさしがつけられている。


三江線全通記念の碑があった。三江線が江津から三次までつながったのは、意外にもそれほど昔のことではない。
1975(昭和50)年に浜原駅~口羽駅間の最後の区間がつながって全通となった。


「三江北線」と呼ばれていた江津~浜原の区間は、戦前の1937(昭和12)年に開通しているが、
「三江南線」の浜原以南はほとんどが戦後に開業している。


無人駅であるが、駅舎の他にここで2時間半待ちの運転士さんが休憩を取るための宿舎のような建物もある。


付近をうろついたがお店は閉まっている。おなかが空いたなぁ。。。
いよいよ寒くなってきたし雨もぱらつき始めた。あと1時間あるがもう待合所に入って待とう。




そのうち雨が激しく降ってきた。。。
早く列車に乗り込みたいなぁ、、、と思ったが、さっき乗ってきた車両は江津行き。三次行きは1日2本の
江津~三次直通列車なので、浜原駅にやってきたのは出発時刻のほんの直前。。。あぁ、1時間、冷えた~~


列車に乗ったらほどなく日暮れ。三次まで1時間40分、そしてさらに芸備線で広島まで約2時間。。。
あぁ長い。。。浜原~三次間も芸備線も、今度は車窓が楽しめる日中に乗りたいなぁ。


土曜の早朝から日曜の夜まで、長い2日間だったなぁ!三江線の美しい風景を堪能して、木造駅舎も訪れたし
温泉、建築、廃線跡、橋・・・バラエティに富んだ楽しみがあって充実した旅だった!

終わり。
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島根の旅 三江線の駅めぐり 石見川本駅

2016-12-12 23:29:03 | 鉄道風景
三江線の続き。

江津本町駅から三江線列車に乗って、広島へ向けて帰路につく。この列車の終点、石見川本まで。
今回の旅の間で、この区間を乗るのは実に5回目!何度も往復しているので見どころのスポットが
だんだん分かってきて、事前にカメラを構えられるようになってくる。
これはトンネルのすぐ横に流れ落ちる滝。昨日因原から川平へ移動するときに見つけてから
狙っていたが、ようやく撮れた(笑)


昨日訪れた静かな因原駅、今日停車したらハイキングスタイルの人々が20人ぐらい乗ってきた!
なんだなんだ!?どうも三江線を使ったイベントのようだ。


石見川本駅に到着。ウォークラリーの人々もここで降りていった。
この駅から浜原行きの列車に乗り継ぎとなるが、うまい具合に20分ほど時間があるので
途中下車して外へ出よう。


地図を見ると銀行や商店が並び建ち、石見川本はこの地域の経済の中心であろうことが分かる。
江津を除くと三江線沿線でいちばん大きな町だろう。


1934(昭和9)年に石見川越~石見川本間が開業した当初は終着駅だった。


ここにも池があった!


味わいのある手書き文字の駅名。


まちを歩けば面白そうだと思ったが20分では繰り出せない。残念だがまたの機会に。。。


浜原行きの列車が出る。
江の川はくねくねと激しく蛇行しているが、三江線は浜原の手前まで一貫して左岸を走る。
鉄道が廃止になったあと、江の川の水運を復活させるのはどうだろう!?


鉄橋がいくつも現れる。山間に架かる鉄橋は鮮やかで人工的な色なのに、なぜか景色として調和し
美しく感じるのは不思議だ。


木路原駅。棒線駅で何にもないけど、この趣。。。


これはさっきのと似ているがまた別の橋。栗原橋かな。


昨日最後に訪れた石見簗瀬駅


数々の橋の中でもひときわ美しい水色の曲弦トラス橋は、1954(昭和29)年竣工の吾郷大橋。


あぁ、三江線の車窓風景は飽きることがない。


続く

※文章の一部が認識間違いだったため削除しました。
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島根の旅 江津本町のまちを駆け足で

2016-12-10 23:50:13 | 鉄道風景
江津からの続き。

廃線跡めぐりが終わってからそのまま江の川沿いを歩いて江津本町へ向かう。
江津駅前から続く道路が江の川を渡るための取付道路の際に1軒の近代建築が建っている。


この奇妙な色に塗られた建物は旧矢上銀行江津支店。今は「キトサン本舗」という名の店のようだが、
パラペット部分には店名と共に「NONIジュース」「新古美術」、入口には「カラオケ&喫茶白夜」の
看板が出ている。???

しかし営業している気配は感じられなかった。

一時は、取付道路から建物の2階へ直接入る通路と入口が設けられていたようで、何とも謎めいた
建物だ(笑)。


江津から出雲方面へ向かう山陰本線が江の川を渡る、5連の曲弦ワーレントラスの江の川橋梁。
一方、三江線は江の川を渡らず左岸を上流に向かって遡っていく。


江津本町のまちに入ってすぐ、三江線の高いガードの直下にある「豆茶香」というお店。
ここでお昼ごはんを食べようと目をつけていた。
古い民家か作業場のような建物を改修したお店で、とてもいい感じ。


ランチはお惣菜っぽいおかずがおいしくて、カボチャのタルトまで頼んで、まったり過ごす。
居心地がよくて、お客さんも次々とやってくる人気店だ。


お店のお姉さんは気さくで、私のカメラを見て「旅行ですか?」と話しかけてくれた。
「もしかして三江線ですか?」「そうです。このあと江津本町から乗るんです。ここからだと駅まで
10分ぐらいですか?」「15分ぐらい見ておかれた方が。私たちほとんど行ったことないんですけどね」
「ええ~っ、地元なのに、乗りましょうよ~~」「えー何もないでしょ」
・・・いやいやありますあります、素晴らしい景色が!楽しくて寝てるヒマなんてないですよ!!


廃線跡めぐりをしたので江津本町のまちをゆっくり歩く時間はもうない。駅まで行く途中にさらっと
見るぐらいだな。


にも見た、黒く塗られた壁と黄色い屋根が独特の旧花田医院。


まわりのオレンジ色の石州瓦とは明らかに違う、黄色い瓦。また家紋の部分は織部の緑色が使われていて
すべて特注品なのだろう。


藤田本家。


元江津町役場・江津市役所、現在は甍街道交流館となっている。モダンでカッコイイなぁ!!


これは横田家住宅。さっきの藤田本家とも同じく、屋根の上にドーマーウィンドウのような小さな屋根が
ぴょこんと載っているが、窓ではない。何のためのものだろう。。


このエリアは古く立派な住宅が建ち並び、「甍街道」の名がふさわしく美しい石州瓦の屋並が見られる。


旧郵便局のあるこの細い通りがメインストリートなのだとか。


4年前に掘り返していたメインストリートの道路工事ももちろん完了していて、美しい状態に復旧されていた。
水路沿いにあるのは「鼻ぐり石」と呼ばれる牛馬をつないでおくための石。言わば、路上パーキングだな(笑)。


さて、江津本町の集落を外れて5分ほど歩き、タヌキが出そうな切通しの道を抜けると江津本町駅が現れる。
駅舎のない無人駅だが、川沿いの静かなロケーションにある江津本町駅を、私はとても気に入っていて
4年前に来たときも、この棒線ホームで30分以上過ごした。

しかし、江津本町のまちなかでなくまわりに川しかないこんな辺鄙なところに駅を作ったのは、やはり
当時鉄道が迷惑施設と思われ敬遠されたからだろうか。まちのそばの便利な場所に駅が作られていたら、
今の状況は多少とも変わっていただろうか・・・

さぁここからまた三江線の列車に乗って、広島へ向けて帰りながらあといくつか駅舎をめぐろう。


続く
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島根の旅 江津の廃線跡

2016-12-09 23:50:15 | 鉄道風景
浜田からの続き。

浜田からアクアライナーで江津に戻ってきたら、今朝気になっていた廃線跡を見に行こう。
江津駅の西側は少し切通しのようになっていて、道路がその上を跨いでいる。


実は昨日、有福温泉からのバスが江津に着く直前、線路に平行する細い道に古い欄干があるのを
車窓から見つけて気になっていた。


果たして、あれが日本製紙への専用線が本線から分岐して道路をくぐっていた部分だったのだ!


その橋の上から下を覗いてみた。うぉ~!
欄干は低く覗き込むと落ちそうなのでそろりそろりと気をつけて・・・


本線の分岐ポイントは草むらに覆われているが、橋台の間に単線分の空間がぽっかりと空いている。




反対側には緩やかなカーブを描いて、切り通しが続いている。


おや、橋の横に下へ降りられる道があるぞ。けもの道のようなその道を、もちろん降りてみる。
そこからは今いた橋の下の空間を目の前に見ることができた。


うわぁ~!リアル!!
このガード下をくぐって貨物列車が入って来たのか。そして満載のコンテナを引き連れて
意気揚々と本線へと出て行ったのだな。いやぁ~、感慨深いなぁ!(笑)


路盤にはバラストが残っていた。


今日は隣の市民センターで大規模なイベントをやっているようで、のど自慢の歌声が響き渡っている。
屋台の食べ物の匂い、賑わいの声。その横で草むらに埋もれた沈黙の廃線跡。。。

見てるよ、と声をかけてあげたい気持ち。

道路を下り、廃線跡と同じレベルに来た。工場敷地に入る手前のこの場所は踏切だったはず。




踏切跡からさっきの橋を見返す。


フェンスに囲まれた工場敷地内に入った廃線跡は、少しずつ高みを増してゆく。廃線後に植えられた
樹木は着々と育ってきているようだ。


朝見た地点までやって来た。


いやぁ~、廃線跡があったなんて前回来た時は全く気がつかなかったけど、スーパーホテルに泊まった
おかげで気がついてよかった!


そこからさらに進んでいくと工場が見え、築堤が広くなってきた。このあたりで線路がどんどん
分岐して敷地内の各所へ伸びていたのだろう。


江の川の河口で工場敷地は終わっている。廃線跡めぐりもここまでとしよう。


続く。
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島根の旅 山陰線下府駅

2016-12-07 19:50:16 | 鉄道風景
江津からの続き。

江津で泊まって2日目は、早朝6時の三江線の始発に・・・乗らない乗らない。無理(笑)
夜行バスで全く眠れてない分ゆっくり寝たいし、せっかくのホテルの朝食も食べたい(笑)。

7時43分江津発の列車に乗って、山陰線の駅をいくつか訪れる計画だ。しかし、、、
都野津駅は昨日バスの車窓から写真を撮ったから端折って、もう一本遅らせよう(爆)
というわけで、スーパーホテルでギリギリまでくつろぎ、8時18分の山陰線列車に乗るべく
のそのそと宿を出た。

江津駅前には大きな複合施設が出来ていた。石州瓦が使われた落ち着いた外観は好感が持てる。
数年前少し駅前をうろついたときには、打ち捨てられたような飲み屋がポツポツあり
場末感が漂う寂れたまちの印象だったが、周囲の既存のまちとうまく調和しながら
イメージアップしたと思う。駅を絡めない1ブロックだけの小規模な再開発だからだろう。
まちの個性を消し去ってしまう駅前大規模再開発は個人的に好きになれない。


ふと、駅とは反対方向を見ると、すぐそこから工場の敷地が始まっている。昨日は夜だったし、
前回も来たけど気づいていなかったな。ふらっとそっちへ足を向けたところ、、、おや?

これは、廃線跡じゃないか!この盛り上がりは完全に築堤だ。工場は日本製紙。間違いない、
工場への引込み線の廃線跡だぁ!うわぁ、たどりたい。しかし時間が・・・
そうだ、浜田から戻ってきてから少し時間があるので江津本町でもうろつこうかと思っていたんだった。
よっしゃ!

てなわけで、廃線跡はおあずけでまずは山陰線へ。
山陰線の出雲から西は特に旅情あふれる素敵な風景に出会える。
江津から都野津に向かって進んでいくと、海がだんだん近づいてきて、それにつれて砂山が目についてくる。

江津にも砂山があったとか。現在工場のあるところは埋立地だろう。元の海岸沿いにはこのような
自然の砂丘が続いていたのだろうと想像する。

昨日バスの車窓から見た都野津駅、ホーム側から見るとしっかり木造駅舎である。


駅が敷地の一部であるかのように見える、駅裏の工場。ホームと一体化して全然違和感がない(笑)。


長い長い弓形の海岸と石州瓦のオレンジ色の屋並みが眼下にパッと広がり、波子駅に到着。


対向列車待ちの7分間停車の間、ホームへ出て爽やかな空気をいっぱい吸い込む。


ここはアクアスという水族館の最寄駅で、観光客が来るのを意識して駅舎はきれいに改修済み。


さて、下車のお目当ての下府駅に到着。
建物一階分高いところにホームがあり、下にある駅舎の青い切妻屋根を俯瞰する。


上りも下りもホームに木造の待合所があり、ホームの端には花がきれいに咲いている。
うわぁ、いいなぁ・・・




コンクリートの地下道を抜けて駅舎の方へ向かうスロープと、ホームへ上る階段との間の法面に
ツツジの花が残っている。う~ん、この感じ、好きだなぁ~


どこの駅だったかな、似た構造の駅があった。小浜線だったか?
高校生のカップルが仲良さげに話をしている。うんうん、青春の舞台にはぴったりの駅なんだな~(微笑)


駅舎がサイディング張りになってしまっているのがちょっと残念だが、それを補って余りある下府駅の魅力。






滞在時間の20分はあっという間で、浜田へ向かう次の列車がやってきた。おっ。
わ~い!オレンジ色の国鉄顔だ!この素敵な下府駅にはやっぱりこういう列車が似合うなぁ~
いやぁゴキゲン!




この列車に乗って浜田へ向かう。


続く
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島根の旅 三江線の駅めぐり 石見簗瀬駅

2016-12-06 21:29:35 | 鉄道風景
三江線の続き。

川平駅
からまた逆方向の列車に乗って、今度は因原よりももう少し先の石見簗瀬駅にやって来た。

列車に乗っている客は鉄ちゃんばかりだと、少し前に三江線の駅めぐりされたyumeさんから聞いていたが、
意外と、三江線を使う旅を自主企画したらしいおばちゃんたち数人のグループ、年配の仲良し夫婦、も多い。
どの列車も座席がぎっしり埋まるくらいのお客が乗っている。ワンマンカーだがJR西の調査員が同乗。
廃線が決まってから乗るのでは遅い・・・と自戒の念を噛みしめる。。。

石見簗瀬駅で降りたのは二人。もう一人はいかにもな鉄チャン。ジャマだと思われている雰囲気が
伝わってくるので(汗)今度は言葉を交わすこともなく・・・手早く写真を撮ってしまおう。


この駅は島式ホームと駅舎の間に線路があり構内踏切で渡る。
駅舎側の路盤はバラスト敷きのまま残っているので、なんだか駅舎が、ポツン、と孤立しているようだ。




シンプルな切妻型の駅舎だが、こんもりした植栽が添えられているだけでとても見栄えがするね!
霧に包まれた背景の山も幽玄な雰囲気をかもし出して古い木造駅舎をいっそう引き立てる。




うわぁ・・・さっきの川平駅よりもさらに古い木造トイレが。現役かなぁ(苦笑)


駅の周りを少し歩いてみたが何もない。暗闇が迫る中、鮮やかに紅葉したもみじが一本。


駅舎の横にはだだっ広い草地が広がっていた。側線や作業ヤードがあったのだろうか。


鉄チャンのジャマをしないよう(笑)大人しく待合所のベンチに座って江津へ戻る列車を待つ。
その間にもうすっかり日が落ちた。今日はこれにて打ち止め。


木造トイレもライトアップ(笑)



さすがにこの時間帯の江津行きはお客が誰もおらず、乗客は二人だけ。
車窓も何も見えないので心置きなく江津まで爆睡(笑)

今日の宿は江津駅前のスーパーホテル。チェーンホテルはできるだけ避けて地元系の宿を好む私だが、
今回ネットのホテル予約サイトでは江津の宿の空きがなかなか見つけられなかった。
やはり三江線の廃止が決まって注目されているからだろうか。。。

しかしやはりというか何と言うか、、、チェーンホテルの快適性はとても高いのである(笑)

続く

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島根の旅 三江線の駅めぐり 川平駅

2016-12-06 01:48:30 | 鉄道風景
三江線の続き。

行って帰って、を繰り返しての駅舎めぐり。1時間以内に折り返し列車がやってくる駅をチェックして、
その中で訪問したい駅を組み合わせる。。。本数が少ないのでもうパターンが自動的に決まってしまう
のだが、意外にも行動が重なる人はおらず、どこの駅でもゆっくりと駅舎を味わうことができた。


川平駅に到着。この駅も模範的な美しい木造駅舎。いいねぇ~!!
ここでは私一人。丸1時間ほどあるのでじっくり駅を堪能しよう。






端正な印象の駅舎。ここの駅にも池があるが、改札内でなく駅前広場の一角にあるのはちょっと変わっているな。。




古い木造のトイレも健在。しかし・・・壁にカメムシが何匹もとまっている。ひえ~~~っ!!
なんたって私は、もうゴキブリよりもカメムシが嫌いなのである・・・
時々ブーンと飛び立つものだから、全身鳥肌で逃げ惑う!!
こういう時に限ってトイレに行きたくなるのだが、あそこに入るのは絶対無理!!

駅舎の方にはそれほどいなかったのは幸い。。。

ここでは1時間ほどあり、何か食べ物を売っている店がないかと歩いてみたが、全くない。人がいたので
聞いてもみたが、「ないねぇ~」と(汗)




食べ物調達は諦め、車窓から見えていた鉄橋を見に行こう。


5分ほど歩いて江の川に架かる美しい2連の鉄橋。「昭和30年(1955)島根県建造」のプレートがあったが
橋名は書いていない。後から調べると松川橋という名らしい。

アーチと思ったが下部にトラスのついたランガー橋のようだ。
車窓からだと真横から見ることができるのだが、見えてからカメラを構えても遅い!結局最後まで
撮れなかった(汗)


ゆずだろうか、石州瓦に黄色が映える。



晩秋の日は短く、4時前ですでに列車はライト点灯。川平駅をあとにしてもうひと駅、石見梁瀬駅へ向かう。




紅葉の時期には少し遅すぎたが、時折はっとするようなナナカマドの赤に出会えた。


続く
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