『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』熊野より(13)**<2004.11. Vol.32>

2006年01月12日 | 熊野より

三橋雅子

く野辺送り〉

 隣のおじいさんが亡くなった。93歳の老衰。3年前われわれが越してきた時には、かくしゃくとして急な石段を昇り降りし、まなざしの光も鋭く、若き日々の精悍さを髣髣とさせるものがあった。ここしばらくは坂と石段がしんどくなって平地に下りておられたが、意識は最期までしっかりとして、息を引き取る寸前までお孫さんと会話を交わしていたという。大往生と言うべきであろう。葬儀は、もはや土葬ではないので墓穴堀の人夫も不要、万事簡素になって以前に比べれば大層手間ひまはかからなくなったとのこと。それでも明日は朝から準備が始まるという。七時集合。常時五時や六時に起きている習慣の人達には当たり前の時間らしいが、こちら、五時に起きて畑を耕すこともあれば、朝のまどろみが快適な時はすっかり日が高くなるまで、うだうだトロトロしていることもある、気まぐれの怠け者にとっては、とても自発的にきちんと起きられる自信はない。久々に目覚ましをかける。どんな労働が待っているかも見当も付かず、しっかり朝ごはんも詰め込んで行かなければ…。

 集会所まで約二キロ、爽やかな山の朝の冷気を吸って軽いジョギングで…と行きたい所だが、眠たがる連れ合いのお尻を促すので精一杯、不本意の軽トラに飛び乗ることになる。珍しく大勢の凛々しい姿で賑わう集会所。本来ここの集落は7軒、中腹まで下りて行った、かつての住人五軒を合わせて十二軒が、氏神様の掃除当番やお祭り、年二回の道ぶしんと称する道掃除や溝さらいを共にする栗垣内(くりがいと)地区を構成しているが、今回は亡くなったおじいさんにゆかりの、平地の人々が助っ人に登って来ていた。

 男衆は、ナタやノコを腰に、祭具用の竹や木々を切り出しに裏山へ、あるいはしまってある共有財産の祭具などを持ち出しに。連れ合いが、物珍しいものに気を取られて足を止めることなく持ち場に向かったかを確かめて私は女衆の仕事場に。ここもやはり祭具作り、色とりどりの布を折ったり切ったり細工をし、縫い付けたりする。こうやったかのう、いやああやった、と相談したり年長者にOKを求めながら、合間に故人の思い出やエピソードを語り合いつつ作業が進められていくのだった。ほんに、几帳面なお人やったからなあ、ほんまほんま、こんじゃあトミさん(故人)は怒りはるわなあ、成仏でけん言うて…、やり直しやわ、と大笑いしながら進めていく。なるほど、こうして皆で故人をしのびながら、野辺送りの支度を整える時間の中で、故人が確かに故人になってしもうたことを胸に落としているんだなあと、納得できるのであった。

 「さあ今度はお花作り」の声で、次の仕事にかかる。おはながみという薄い薄い紙で、きれいな花を作って、男衆が伐ってきて細工した木にくくりつけていく。送り道に花を咲かせる、ということか。しかし老婆違がいとも簡単に仕上げていく、この麗しい花を作るなんて…たださえブキッチョな私の手にはとても負えない、と思案していると、してみいよ、簡単だから、と促されて、恐る恐る、手順を見ながら挑戦する。確かに見た目ほどには難しいものでなく、何枚も重ねた薄紙の魔術で、少しくらいの出来損ないでも花びらを自在に整形して美しく仕上がるのであった。第一作を何とか作って、やったーこんなきれいなのが…皆にも上等上等と褒めてもらって、糸を付けて木に咲かせる。白と赤を交互に作っては結わき、花の木は見る間に賑わっていく。小さい時の工作の楽しさを思い出すひと時だった。

 墓までの野辺送りには、近親者に抱かれる遺骨、遺影の後に、何やらの何とか、なかなか覚えられない名前の幟や花の木その他皆で作ったたくさんの祭具とその持ち手が延々と読み上げられる。到底親族だけでは納まらず、区長はじめ近憐の人達にまで及んでくるが、あれあれ、新参者のおらが亭主まで名前を呼ばれているではないか。案の定いわれた持ち物などどれのことやら分るはずもなく、そこらの人に面倒見てもらって神妙になんやら持たせられている。こうして準備が整うと、墓までの坂道をゆるゆると長い長い行列が進んで行く。澄んだ空に色とりどりの幟が翻り、野辺送りとは死者が自然の懐に帰っていく美しい光景なのだと思った。トナリのおじいさんも、あの熊野の山の奥深くに安らかに眠りに行くのだ、と私の胸にもすんなりと落ちるものがあった。

 秋の山 野辺の送りの花咲かせ

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