三橋雅子
<来るのは猿か類猿人?>
今年3月まで続いたNHKの朝のドラマ「ほんまもん」のロケ地がこの本宮町だ、という事を、テレビに疎い私は知らなかった。温泉地に「ほんまもん」「ほんまもん」とやたらうそっぽい幟が翻っている事情を知って思わず「しもうた」と頭を抱えたが遅かりし、すべて書類的なことは完了済みの後の祭りだった。行政の「手出し」についてはぬかりなく調査をしたはずで、人口4000足らずの、過疎の一途を辿るこの町に、更にここまで超過疎の地域には、もはや何の手も差し伸べられない筈。例えば全町、上下水道を持たないこの町も遠からず敷設の計画があるとか、ただしお宅のとこは…とても…と、申し訳なさそうに言うのを、「遠い将来には、とかいうんじゃなくて、まずは未来永劫見込みなしということですよね」と恐縮の上塗りをさせるような残酷な駄目押しをして確認。せっかくの、有機肥料のためのコンポストトイレの夢も、地域ぐるみの下水道強制で壊されたり、金食い虫の餌食になってはたまらない。これでまずは安心、とルンルンでいたところに、テレビで有名になってしまっては……。ああ……。
しかしこれは幸い杞憂に過ぎなかった。お隣のマサ婆さん(83歳で杖を突きながら、遥か聳える、あんなとこまで?と思える山奥まで松茸採りに行ってしまうという、山姥の大先輩)日く「ほんまもんのロケ地(ここから15キロほど)じゃあ、ちっとばかり人出あるんじゃと、そっちの方もちっとは観光客が行くかい?と聞いてきたから、何の何の人っ子一人来るもんなんか、ありゃあせん、来るのは猿くれえなもんよ、と言っといた」。なるほど「私ら新参者も、まあ猿みたいなもんですものねえ」と二人で高笑い。その声は二重三重にこだまして、尾根を超えて行く。同類の猿たちよ、聞こえたかい?
しかしその猿たち、マサ婆さんの恨みの種。丹精したかぼちゃを、「ちっとテレビを見に家に入ったすきに、猿の奴、持ってってしもうたんよ。あそこの橋をな、」と指差しながら言うには、「親猿がホイホい投げてやると子猿が運ぶんよ、5匹ほどでな」。私はその橋を眺めながら、子猿たちが嬉しそうにかぼちゃを一つずつ小脇に抱えてヒョイヒョイと渡っていく情景がありありと目に浮かんで、おかしくてたまらなかった。しかしその後のセリフ、「わしはその晩悔しうて眠れんかったよ」を聞いては笑うわけにいかない。こらえるのに苦労して、「親猿も子育てに必死なのねえ」と辛うじて言った。実際私は、5匹の子猿さながらの5人の子どもたちが繰り広げる、戦場もどきの子育て期を思い出していた。ところでマサ婆さんの嘆きをどう慰めようか、と思案するまでもなく、自ら「町に住んでる娘が言うにはな、かぼちゃで眠れんなんてまだましだとよ、娘ら商売さっぱりだし、ローンのこと考えると、ほんに毎晩眠れんのだと」。マサさんまだ不満げではあるが。
さて我が家とて、猿の襲来には安穏としてはいられない。空気銃や花火は常套手段として、連れ合いは川向こうから缶缶を吊るしたロープを渡して、敵の姿が見えたら引っ張ってガンガン鳴らすだの、石を集めておいて奴らめがけて命中させるか、とか悪がき時代を思い出したかのように、勇ましい計画に張り切っているが、いざ、猿たちの姿に直面したら、心優しき仙人の卵氏、絶対、闘志が萎えること間違いない。道中、車の音に猿たちがわさわさと木陰に隠れるのを、わざわざ車を止めて「見てみい、あんなところに、いっぱし隠れたつもりで、ちらちらこっち見よる。」と口笛を吹きながら、早くも友だちになりかかっているのだから。難儀なことである。
隠れおり小猿尾を出す夏木立
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