『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』「野草手紙 独房の小さな窓から」を読みませんか?**<2004.7. Vol.30>

2006年01月11日 | 川西自然教室

「野草手紙 独房の小さな窓から」を読みませんか?

川西自然教室 畚野 剛

ちょっと長いまえがき

 川西市は阪神間の典型的なベッドタウンとして、1965年代なかばごろからデベロッパーによる大規模住宅開発が進みました。今では丘の上を削って出来上がった10箇所を数える「新住民の町」があります。私も、1969年に大阪市から「移住」しましたが、今まで、この地の変りようをつぶさに見てきました。残念ながら、現状は、自然が失われた例は掃いて捨てるほど、回復した例は皆無といって間違いありません。

 このあと、「川西自然教室」発足に至る歴史が来なければならないのですが、他の資料(*注1)に譲ることにします。

(*注1)「こげらだよリ――川西の自然とともに――」第1集(1998)川西自然教室。

 市域の人口増加にともない、衛星都市の表玄関としての装いとしての商業圏も、多くの税金を投じて建設がおこなわれて来ました。川西能勢口駅前から広がる都市空間の開発は、「いまだ留るところを知らず」という状態です。ビルが次々と建てられます。そこに、こぎれいな商店(テナントというらしいのです)がはいります。

 私などあまり関係ない多くの「若者むけの」店のなかに一つだけ、「お気に入り」の店としてモザイクボックスビルの「紀伊国屋川西店」があります。このあいだ、そこにふと立ちよったとき、探している本はなかったのですが、なにかしら気になって、買ってしまったのがここに紹介する本(*注2)なのです。

(*注2)ファン・デグォン「野草手紙 独房の小さな窓から」、2004年3月、NHK出版。

まず著者の経歴から

 1955年ソウル生まれ。本のサブタイトルが示すように、でっち上げの国際スパイ事件に問われ、国家反逆罪として無期懲役を言い渡されました。1985年から監獄に13年を過ごしたのち、特赦されて、現在農業兼著述業をされている人です。

 入獄の初期は、拷問の後遺症から体がボ
ロボロ(毛はうすくなり、歯もガタガタ…)になっていました。そんな彼が心身ともに立ち直るきっかけとなったのが、監獄のせまい庭にもたくましく生きる野草たちとの「付き合い」だったのです。彼は野草たちを育て、それを食べて健康を取り戻したのでした。かれが「日本語版によせて」のなかで「刑務所は、一日でも早く脱出すべき呪われた場所ではなく自己実現の場となった」とまで、言い切っているのに先ずショックを受けました。

ちょっと議論が逸れてしまうのですが

 この本を読むと、私たちが、自然教室などで野草を食べる雰囲気などは、なにか浮かれたことをしていたようで、あいすまない気持ちにさえなります。背景に国情の違いなどもありますが、われわれの暮らしは「平和」と「自然」を守ることが前提で成り立っていることを、あらためて、かみ締めなければならないと思います。

 また、カラフルであっても、あまりにもパターン化した植物図鑑ばかりが書店にならぶ現在の日本の出版状況を常々見ている私には、一つの対極を示すような、このシンプルな野草のスケッチがちりばめられた本に出あったことに、何か救いを感じました。

この本は・・・

 著者が監獄生活のなかから妹へ書きつづった手紙をもととして、おもに野草についての部分を選んで編集されたものです。それぞれの手紙で、各章が構成され、それぞれに適切なタイトルが付けられています。

 まだ本はだいたい半分までしか、読み進んでない状態です。それで、前半に出てきたお話のなかからいくつかを拾って紹介して行くことにします。

「ジャングルの法則 カマキリの生態に関するレポート第二弾」

 彼に与えられた獄房は1坪、そこにも生き物が入ってきます。カマキリ's(複数のつもり)とクモ'sをとらえて、ゴミ箱にいれ、ガラスで蓋をしての観察です。まず小さいカマキリが自分の頭より三、四倍はあろうかというクモをとらえて食べる場面からはじまり、さらに彼が大きなメスの背中に飛び乗って振舞う「誘惑のダンス」へと展開します。このちびグモは交尾に失敗しますが、そのあと一人前のオスが登場し、「挿入」の場面が描写されます。そうしてそれが朝10時から夜8時まで続いたので見ていた著者はくたびれてしまったと述べています。

 私の頭には「究極の覗き見」、「じっくり(自然)観察の極意」というような言葉が浮かびました。

「地ナンキン虫草【コニシキソウ】 白い血をポタポタ垂らして泣き叫ぶ」

 彼は、「コケ以外では、これまで観察した草のなかで、いちばん大地にくっついて生長してゆく草だ。どれほど密着しているかというと、足でぎゅうぎゅう踏みつけても打撃を受けないほどだ」と書き出します。

 そのあと地面に適応した全草の姿を的確な言葉でスケッチし、更に不思議な形の花の物語とその花の拡大図を添えた一枚のスケッチ画と続きます。章の終わりは「政府は一日も早く国レベルで、を設立すべきだ」と書きます。それは、利潤追求のため会社の研究所とはちがって、国民の福祉の増進と生態系の保全を目的とするものだ。こういうことに投資をせずに、どこに投資しようというのかという趣旨のことばで結ばれています。

 このような「予算配分の不適切」は日本でも多くを指摘できるでしょう。

すみません、またまた、余談で終わりそう……

 すこし視点がずれますが、最近博物館の状況がなんとなく変に思います。博物館の仕事としての「生涯教育」や「学習支援」強化の動きがあらわです。

 いままでも、博物館の学芸員さんたちは「研究」と「社会教育」などの活動についての時間配分のバランスをとるために努力してこられたと思います。しかし昨今の情勢では「社会教育」のほうに大きくかたむいてしまう危険が感じられるのです。

 その結果、たとえば基礎的な研究活動であるべき自然の調査へ予算や時間が回らなくなりはしませんか?

 「フィールド」を畑に喩えれば、「研究」は肥やしです。肥やしが欠乏した状態では、「社会教育」とか「展示」という収穫も望めなくなって行くでしょう。

 もちろん、研究成果も少なくなる。ということは、唯でさえ貧弱な「生態系」についてのデータの蓄積速度が低下し、日本の生態系を守る為の基礎が崩れてしまうと思います。

 事務系の役人さんたちの理解不足lこよって、博物館の危機が進行するのではないかと、私は心配しているのです。

 最近、関連する話を神奈川県立生命の星・地球博物館館長の青木淳一先生が書かれています。「生命誌」41号(2004夏号)

(了)

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