座るのは誰か
甲子園口北町
黒住 格
ネパールの眼科医療の支援活動も30年になった。今年は2名のネパール人眼科助手を研修のため日本に呼んだ。研修生はサイレスとシブという、どちらも30代半ばの男性であった。彼らは、私たちが支援している眼科病院で10年以上働いている。
彼らの研修は、主に串本と和歌山市内二つの病院にお願いした。病院での研修が終わり、最後に医療機メーカーを見学させた。愛知県や大阪のメーカーを訪問するとき私が付き添うことになった。こうして私は2人と長い時間接触する機会を持った。私は彼らと何度も電車に乗った。
座席が一つあると私が座る事にした。もう一つ空席ができたとき、気が付いてみるといつもサイレスが座っている。私はそれが気になってきた。一方シブは私からずっと離れた場所で吊革を持って立っている。
こんなことが度重なって、私は「次は、絶対にシブを呼んで座らせてやろう」という気持ちになってきた。しかし、その機会はとうとう来なかった。
彼らを空港で見送った日、カウンターの受付嬢が二人のパスポートを取り違えて返した。しばらくしてサイレスがそのことに気がついた。彼は不快な顔をして前を歩くシブを呼び止めてパスポートを交換させた。
私は昔あった事件を思い出した。ネパールのある村で野外手術をしていたとき、患者たちがベッドのことで揉め事を起こした。手術後の患者はみんな土間の上に毛布を一枚敷いて寝かせるのだが、その中の1人が自分の家からベッドを持ち込んで、どうしてもそれで寝ると言って聞かなかったのである。この一件は、結局ネパール人医師の指示に従って、ベッドの持込を認めることで収まった。彼は高いカースト(身分)の人で、どうしてもみんなと同じ土間に寝ることはできなかったのである。
手を振りながらゲートに消えてゆく二人を見送りながら、私はシブを空いた席に座らせたりしなくてよかったとつくづく思った。
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