『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』熊野より(21)**<2006.9.&11. Vol.43>

2006年11月03日 | 熊野より

三橋雅子

<熊野・八咫(ヤタ)の火祭り>

 黒い熊野の山々を背景に、ごうごうと火が燃え盛る。山伏たちがなにやら儀式めいた火の扱いを繰り返して、やがて山の奥深くに消えていく(ように見える)。チリンチリンと鳴らしていく鈴の音だけが暗い中に寂しく響き、山伏の白装束が闇に吸い込まれていくのと一緒に、鈴もはかなげに消えていく。勇壮果敢な炎、それを操る山伏たちの勇姿と対照的に、消えていく鈴の音のはかなさが耳に残る。炎はまだまだめらめらと、黒い闇を舐めるように踊っているが、山伏達が消えた方向の視界は黒く閉ざされているだけに、他の感覚が鋭くなるのか、もう聞こえないはずの鈴の音が聴覚の底に残る。

 祭りはこれより前に本宮大社から、山伏が担ぐ炎の御輿や時代行列が大斎原(オオユノハラ)まで蝋燭を灯した参道を静々と行く。暮れなずむ、ほんの暮色が翳る中、点々と灯る足元の蝋燭はむしろ、ちょうど青々と実った稲穂を映し出す。かつての「蟻の行列」詣でを模した、平安装束に編み笠の女人達が一段と眼を牽く。これを追って、カメラを持って走るのや、行列の後に続くのは観光客か報道関係者で、地元の人たちはほとんど見かけない。行き先は熊野川のほとりの、もともと大社があった場所、水害(明治22年・1889年8月)で流されて、今の小高い所に移る前の本来の地である。今は大鳥居が一つあるのみ、高さ34メートル幅42メートルの日本一の大きさとか。この日はライトアップされて、空に向かって銀色に巨体をさらしている。

 毎年、定型の行事が行われる中、一つだけ年替わりのイベントがある。今年は佐野安佳里さんの弾き歌いライブ。雨の時は室内の会場も用意されているが、燃える火が黒い森と空に放たれ、ちらちらと火の粉が舞う中でこそのライブであろう。今年もぽつぽつと雨の兆しが関係者の顔を曇らせてはいたが、何とかそれ以上の濡れ場にはならず、手拍子がアンコールの拍手に変わって、いつも鎮まり返っている山と川が賑わった。

 目玉はやはり熊野太鼓か。大太鼓が文字通り熊野の神々に聞かせるごとく、厳粛に黒い森と空に轟く。このいざなぎ・いざなみを讃える天の舞に続き、地の舞、人(ジン)の舞で大小さまざまのあまたの太鼓を賑々しく奏でながら、打ち手はこの世の喜怒哀楽を髣髴とさせるように声を発しながら踊りまくる。若々しく腿高く舞いながら、確かなリズムと音を小気味良く発しているのは、連れ合いがよく行く喫茶店のママさん。中年も遥かに過ぎているはずだが。この日は店は閉めて、その代わり次の定休日は律儀に開けているとか。あらっ、あれは見たことあるような、ねえ、あれ、〇〇課長さんじゃない?あの白髪。ウン、そうみたいだな。きりりと鉢巻をねじり上げ、どすの利いた掛け声高く、軽々しいステップで打ちまくっている姿は、役所に所在なげに(?)座っている時より遥かにダンディだ。

 太鼓の余韻が冷めやらぬうち、八咫踊りが始まる。これには知った顔もいくつか。同じ浴衣がちらほらするのは、温泉の泊り客か?音曲と手拍子を背に蝋燭の帰り路を辿ると、むせ返るように迫る稲の匂い。風に揺れて頼りなげに点々と続く蝋燭だけの足元、またしても暗きに触発された嗅覚の活動か、稲がこんなに心地よく鼻腔をくすぐるとは知らなかった。昼間、あんなに田んぼの風を浴びているのに。

 我が家への山路を曲がりくねりながら振り返ると、遠くの山の頂が断続的にぽーっと赤らむ。踊りも終わったようだな。花火があんなにしか見えないの?そりゃあそうだろう、こんなに山が遮ってるんだから。三田の花火は家から見えたのにね。ここは10キロも離れてるし。車は真っ暗な山の深みに吸われていく。

 私は外でコーヒーを滅多に飲まないが、一度いざなみの君の店で太鼓のことを訊いた。祭りの間近には、猛練習で大変なんでしょう?お店を閉めてから?なにしろソロでなく指揮者もなくて独特のリズムがぴたりと合うのには、よほど息が合わなくては。しかし、毎週欠かさずやってるから、特に間際だからといって…と意外な返事。なるほど、そうでなくてはそれぞれ仕事持ち、長続きはしないだろう。それでも東京公演などで、永の休店のこともある。連れ合いが、まだ休みかな、と寂しがる。

 八咫の火祭りとは八咫烏の祭り。神武天皇が熊野の山深くで道に迷った時、道しるべになって案内したと言われる、あの八咫烏にちなむ。小学校の確か修身の教科書の一頁目に、色刷りで弓の先に烏が止まっている神武天皇の絵があった。あれが熊野の話だったとは。しかし戦後の小学生は神武天皇など知る由も無し?

 8月も暮れ、夏休みは残り数日。今年も無事祭りは済んだ。

 八咫祭り熊野揺るがす大太鼓

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