『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』**塵も積もれば**<2009.9. Vol.60>

2009年09月01日 | 藤井隆幸

塵も積もれば 『みちしるべ』第60号の歩み

世話人 藤井隆幸

コピー用紙≪ひとしめ≫の重み

 流通業の形態の変化で、商店街の物販店がなくなった。文房具店というのも死語のように。文具を買うのはコンビニかスーパー。これが非効率な物流を生み、道路公害の一因なのですが、世間では理解されていないようです。

 少し非日常的文具はコンビニ・スーパーには置いておらず、ホームセンターや遠い事務用品専門店に行かねばなりません。コピー用紙の1〆(500枚)などは代表的でした。最近は普通紙ファックスが主流。一般家庭でも1〆のコピー用紙を買うことが多くなり、コンビニ・スーパーでも見かけるように。しかし、専門店より5割程度は割高。1日10点以上売れないアイテムは、コンビニ・スーパーの棚からは撤去されるのです。

 余談はさておき、我等が『みちしるべ』も第60号の発行となりました。通算1,134頁に及び、積み重ねるとB5判のコピー用紙1〆に匹敵するボリュームとなります。机に積んでみて、しみじみ、その重みを感じています。

脱「勤務評定」のデータ公表

 以前、何処の団体から何人が原稿を出して、誰が何本の原稿を書いたかという、データをまとめた経験があります。その際、前川さんから「ゲッ、勤務評定!」と酷評されてしまいました。たしかに受け取る側からすれば、尤もな感想です。反省の上で、団体・個人の特定は止めて、統計的データだけをお知らせします。

 第60号を含む原稿本数は、資料なども入れて、総数487本となります。平均して1号あたり8.1本ということになります。最低の号は05年9月の第37号で、3本だけで8頁でした。最高は02年5月の第17号で19本、28頁と最高でした。因みに、この号は故 黒住 格 先生の追悼号でした。最高頁数の28頁の号は4回もありました。平均して1号あたりは18.9頁となります。

 原稿を提出していただいた人も、総勢55人にもなり、常連以外でも多くの人が書いてくれたことに、今更ながらに感謝せずにはおれません。

「みちしるべ」第30号以降のこと

 第30号までの経過については、その号に「みちしるべ第30号記念号の発行によせて」として書いています。紙数の都合もありますので、重複は避けたいと思います。

 その時々に、様々の方が色々の「コト」を書いてくださいました。「みちしるべ」に相応しくと、『道』に関連付けて書く努力をしてくださった方が多いのは、一つの特徴でしょう。また、『環境』に関連した記事も多くありました。その思いは大切にしてゆかなければなりません。しかしながら、加盟団体間・参加者間の『交流誌』という性格上、『道』と『環境』に必ずしも拘ることはありません。関係諸氏の体験や意見なども、身の回りの出来事でも差し支えはありません。以前は、旅行記や歴史物も多かったのは、結構、評判もよかったものです。

 連載記事では、途切れながらも「私の住民運動」(山本著)が、今号で完結しました。もう少し膨らませて単行本に。記録ではなくエッセンスで『物語風』の再連載に。それが、亡くなった砂場さんの意見でした。また、02年9月第19号から始まった、自称『熊野の山姥』こと三橋さんの「熊野より」は、シリーズ第30回となりました。澤山編集長の「斑(はん)猫(みょう)独言」や、それこそ記事不足を埋める「埋草(うめくさ)草子(ぞうし)」は、時々のコラムとして登場しました。創刊号からの「横断車道」は、近頃は途切れがちです。

 私は知識を深めるためのシリーズ、「道路交通工学を考える」などを書いてきましたが、勉強不足で新シリーズが書けないでいました。その穴埋めを「みち環」の神崎さんが、フォローしてくれるようになり、助かっています。その神崎さんの初稿は03年9月第25号と、案外、新しいのは振り返って意外でした。

初代の代表世話人のこと

 砂場徹さんが亡くなったのは、今年の1月7日のこと。第56号(2月)が追悼特集となりましたが、黒住先生の特集に継ぐ17本(24頁)の原稿が集まりました。砂場さんの「みちしるべ」投稿は合計23本で、時々の情勢に対し、辛口の論評を加えるというのが砂場流でした。

 06年1月第39号が「みちしるべ」誌上では絶筆となりました。題して『友情』という記事でした。隣保の市住の生活保護者が、ホームレスの人物を泊めているというのが、近所で問題にされたという記事でした。その最後の文が「そう言う私はどうも尻のすわり具合が悪い。ホームレス排斥の動きを見過ごしたのだから。今年1年、恥多き人生だが、最後にチクリと痛い悔いを残してしまった。」でした。

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