おつかれ山っ!/(^o^)\

山行報告&コラム

鹿児島の旅6日目「パワースポット参拝」

2017年05月28日 | 鹿児島の旅
鹿児島の旅も最終日、霧島ホテルにて朝を迎えた。
旅の終わりはいつもホテル泊りと決めており、旅の汚れを落としてから帰路に着く事にしている。


毎回そうだが、連日のアウトドア生活から急に快適なホテルに入ると、決まって眠れなくなる私。
暑さのせいではないかとエアコンを切るのだが眠れず。さてはデスゾーンに入った酸素濃度の影響ではないかと窓を開けてみても眠れない。
そんな事をバタバタ一晩じゅう繰り返しているうち辺りが白み始め、気付いたら寝ていた。毎回、そんな感じだ。
居酒屋から無事に生還した昨夜は倒れ込むように寝てしまったが、目が覚めた1時過ぎから例の如く眠れなくなった。
やはり愛娘の言う通り、パパは車で寝るのが性に合っているのかもしれない。

4時頃から1時間ほど眠った所で起床。
カーテンを開けると、なんと雪が降っていた。
しかもしっかり。
雨の予報だったけれど雪になるとは思わなかった。
まだ積もってはいないから降り始めたばかりのようである。
実はレンタカーを借りる際、スタッドレスタイヤもオプションにあったのだが、値段が高くなるのでやめていた。
今日は路面の凍結箇所がない事を祈りたい。

せっかくの温泉自慢の宿であるから、朝風呂に向かう。
朝からあの賑やかな風呂に入るのは気が引けたので、手前にあった普通の湯船で温まった。
そして、7:00からの朝食バイキング。
ひと通りの品が揃い、朝からサラダを食べて貴公子のような私。車中泊の4日間とは大違い、見事に社会復帰を果たした感じだ。
食後のコーヒーをおかわりし、窓の外を舞う雪を眺めて過ごす。
いつも思う事だが、毎朝風呂に入り、こんなゆとりのある朝食がとれたらどんなに良いだろうと思う。
定年退職した暁には毎朝こんな生活を送ろうと考えている私だが、75歳まである住宅ローンを返済してからの話しだった。

部屋に戻り、出発の準備を整えチェックアウト。
外に出ると依然雪が舞っているが、幸い気温は高めで路面も凍結していなかった。


14:10のフライト時刻まで時間があるので、今日は霧様神社に行く事にする。
ガイドブックにはまたしてもパワースポットの文字が踊っておりうんざりしたが、他に行く所もないのでとりあえず名所は押さえておきたい。

路面の凍結にドキドキしながらお尻を浮かせて運転して行く。
ホテルから10分ほどで無事霧島神社に到着。
駐車場は神社の中腹にあったが、行儀良く一番最初の鳥居から潜りたかったので、一旦降って第一鳥居の前に出た。

(鳥居でかっ!)

鳥居前の交差点には信号待ちの車がたくさん停まっていたが、人目もはばからず大きく一礼して鳥居を潜る。
潜った先には両脇に沢山の売店が並び、正月辺りは大変賑わいそうな感じである。

第二鳥居を潜って表参道を登り切ると、坂本龍馬・おりょうの新婚旅行記念なるパネルが設置されていた。
1866年の新婚旅行の際、霧島山に登り、下山後はここで一泊したのだそうだ。
しかし、こんなにポップでいいのか龍馬…


第三の鳥居を潜ると境内が見え、厳かな雰囲気が増して行く。


そして本殿全景。


入り口となる勅使殿から先は、拝殿、幣殿、本殿と続いているが、勅使殿の前には大きな賽銭箱が置かれ、その先は立ち入りが禁止されていた。

ポケットにあった小銭を投げ入れ参拝。
(飛行機が欠航になりませんよーに…)

伝説の生き物、獏と獅子をあしらった見事な彫刻。


参拝を済ませた後お守り売り場を冷やかすと、他にはないストレートなお守りを発見!
迷わず購入。

事後報告になってしまったけれど、無事登らせて頂きました。ありがとうございます。

帰り道、さざれ石に立ち寄る。

さざれ石と聞いてピンと来るのは「君が代」
溶けた石灰岩に小石が集結し、巌となったもの。
岐阜県の山中で発見され、寄贈されたものだそうだ。

続いて「オガタマの木」

「古事記」や「日本書紀」の神話によれば、アマテラスオオミカミが天岩戸にこもった際、アメノウズメがこの木の枝を持って舞を披露したとある。
芸能のご利益があるとされていたので、私も手を合わせて行く。

(新曲がヒットしますよーに…)

ひと通りパワースポットの参拝を終え、女子力もアップした所で鹿児島空港へと向かいたい。

霧島神社から国分市街へ標高を落とすと舞っていた雪は止み、とりあえずホッとした。

国分市街のチェーン店激戦区で昼食にしようと、昨日定休日だった餃子の王将に向かってみるが、またしても定休日。閉店してしまったのだろうか?
仕方なしに丸亀製麺にてうどんの昼食。
旅に出ると良く思う事だが、最近はチェーン展開する店が地方のどこに行ってもあって便利。
その一方
(あぁ、何処に行っても同じだな…)
と、つまらなく思ったりする事もあるのだけれど、やはり料金が分かっていて変わらぬ味が提供されるというのはとても有り難い。
どちらを選ぶかは個人の食に対するこだわりにあると思うのだが、旅情を楽しむ部分においては地元の個人営業店に入るべきだったと反省している。
今後は積極的に個人営業店を探し、ネタ作りに励みたい。

道は高台へと登り始め、空港が近い事を知らせていた。
見覚えのある風景が広がり、その先に鹿児島空港が見えて来た。

レンタカー営業所に到着し、旅の相棒である軽ッパコを返却。
会った当初は汚ったねぇ車だな…と思っていたが、五泊六日を共に旅して宿にもなってくれた事を思うとなんだか別れが惜しい。
ありがとな、軽ッパコ。


送迎バスで空港に向かうと、運転手は行きと同じお兄さんだった。
降りる際「ありがとうございました」と礼を言うと「どうでした?」と聞かれた。
覚えてくれていたようだ。
「いやぁ~、最高でしたよ!」
お兄さんは満面の笑みで頷き「また来て下さい!」と言っていた。

空港で静岡行きの便を確認すると、通常通り運行されていてホッとする。
送迎バス内で他の客と運転手のやり取りを聞いていたのだが、鹿児島空港は雪に弱くひとつの便が欠航になると乗り継ぎの関係で全ての便が欠航になるとの事。
恐ろしい話だ。

搭乗手続きを終え待合ロビーで待機していると、乗り込む飛行機に荷物を運び入れているのが見えた。

乗り込む機はゴールド。
FDAの機体はカラフルで11色あるそうだ。
中でもこのゴールドに乗れた人は幸せになれると言う言い伝えがある(ウソ)

14:10、定刻通り鹿児島空港を飛び立つと、眼下に霧島連山が見えた。
また来るよ~(絶対ウソ)
小雨がパラつく鹿児島市街だったが、雲を突き抜けると一気に青空が広がった。
風が強いのか飛行機はかなり揺れ、操縦に難儀しているのが伝わって来る。
一気に高度を下げて行ったので不思議に思っていると突然「ドンッ!」という音と共に機体がバウンドした。
乗客からも「おぉ~!」という声が上がる。
すかさずCAのお姉さんがマイクを持って前に立ち
「只今、気流の影響により高度を下げて運航しております。少々揺れておりますがご安心下さい」
冷静さを保った事務的な表情であるが、乗客は皆、疑心半疑で無言だった。
「…」

高度を下げて運航したせいか、到着予定時刻より10分も早い到着。
15:20、無事静岡に帰って来た。

今回、ブログにて旅の模様をリアルタイムに配信していたので、私が静岡空港に到着する時刻も皆が知っている筈。
搭乗出口を出た途端…、大勢の女性ファンがキャーキャー言いながら花束を持って詰め掛け「お疲れ様ぁ~」とか「日本百名山50座達成おめでと~」とか言ってサインを求められたらどうしようと思っていたのだが、誰ひとりそんな物好きはおらず、夢から覚めたような日常に帰って行く私だった。

今回、日本百名山メインの旅であった為、レンタカーを借りての五泊六日だったが、旅を終えての感想はやはり何か物足りなさが残る旅だった。
とにかく今までの人力にこだわった自転車や徒歩による旅に比べると、体力面で
(こんな楽してていいんだろうか…)
といった後ろめたさが先に立ち
(これは旅ではなく観光だろ!)
といった守護霊の叱責もあって、どこかスッキリとしなかった。

まぁ、今回は50歳節目の旅でもありアニバーサリーなので、会社側の言う「以降の会社生活及び生涯生活に向けた心身の一層の充実を図る機会」に甘えた形で良しとしたい。
次回はテントとシュラフを担いだ人力の旅で、50歳を越えたこんなおっさんにも出来る!といった所を大いに見せつけたい。
実は、次のプランはもう頭の中にあり、その時を伺っている私である。

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鹿児島の旅5日目「普通に人が住んでた桜島」

2017年05月26日 | 鹿児島の旅

車中泊4日目の朝を迎えた。
車の中で4連泊もするなんて大変だろうと思うわれるかもしれないが、フラットになる軽ッパコの後部荷室は十分足を伸ばして寝られるスペースがあり、快適この上ない空間なのである。
むしろ毎日ここで寝ても良いくらい。
家でも同じ部屋で寝ている愛娘から
「パパ、今日、車で寝れば?」
と言われるほど。
いびきがうるさいらしい。
生活面においても道の駅に泊まればトイレはあるし、水はあるし、自動販売機はあるし…って、そういえば昨夜もアンパンマンは健在であった。
「ぼくアンパンマン、明治ブリック、お~いしいよぉ~」
(もしかして、購入したらまた何か言うのだろうか?)

「まいどありぃ~」
(いや、それ言ったら正義の味方を疑うな…)

「今日も一日お疲れ様でした」
(それゆけサラリーマンかっ!)

危うく罠にハマって購入してしまうところだった。

今朝はトラックの出入りも少なく、明け方まで熟睡。
6:00起床。
気温は7度とまずまずの朝を迎えた。

(朝焼けの桜島)

道の駅に車中泊すると、停滞している怪しい車を良く見かけるが、ここ道の駅たるみずにも妙な車が停滞していた。

フロントには「日本の自然を描く一人旅」と書かれおり、日中は描いた絵を並べて販売している様子。
「幸せを呼ぶ、こんちゃん画」と書かれ、噴火した力強い桜島の絵が沢山並べられていた。
何故、幸せを呼ぶのか?
何故、自らをこんちゃんと呼ぶのか?
過去に何があったのだろうか?
その辺について取材してみたかったが、余りにも車にインパクトがあり過ぎて近付けなかった。
道の駅には本当に個性ある旅人が多い。
触れなかったが、指宿で滞在していた道の駅でも、でっかいキャリーバッグを引きながら日本全国を歩いて旅しているであろう若者が、ベンチでシュラフに包まって寝ていた。
人はどういう人生であれ、最終的には己が納得の出来る人生を送れたかどうかに尽きるのだと思う。
サラリーマンの僅かな休暇を利用した私の旅なんか、彼らの旅からしたら屁みたいなもんだろう。
鼻で笑われそうだ。

昨日、天気の都合により急遽韓国岳に登ったが、今日は桜島観光を存分に楽しんで来たい。
道の駅を出発すると既に通勤ラッシュが始まっており、職場へ急ぐ車の流れが早かった。
地続きの桜島に入る。
ここ桜島は大正3年の噴火により、それまで離れていた島が陸上で繋がったのだそうだ。
島に入ってみると普通に民家が有り、ガソリンスタンド、学校、病院等が有り、普通に街だった。
旅に出る前の予習をするまでは、桜島に人が住んでいる事を知らなかった私。
人口4700人、小学校は四つもあって、改めて意外である。
小学生の列が旗振りのおじさんに誘導されて横断歩道を渡って行く。
桜島は朝の日常的な風景だった。

途中、ドライブインがあったので、ひとまず車を停める。
鹿児島湾を挟み、鹿児島市街がすぐそこに見えている。

まるでマンハッタンのようだ。

見た事ないけど。

桜島の地図を眺めながら、どこに行こうか思案。
とりあえず、立ち入りの出来る一番標高の高い場所、湯の平展望所に向かう事にした。
周遊道路から山側に車で登って行くと、ほんの5分ほどで到着した。
主峰を正面に望む、湯の平展望所。

(なかなか迫力がある)

展望台が設けられていたので登ってみると、裾野まですっきり見渡せた。…が、凄い光景を発見!
崩落している山のすぐ真下、砂防工事の現場では、ショベルカーがガシガシ作業を行なっていたのである。

安全第一ではなかったのか工事現場。
こんな命に関わる所で働かされるなら絶対辞めてやる!
就職してないけど。

展望台はぐるっと一周見渡せるように作られており、南から西へまわって行くと、遠くに薄っすら開聞岳が見えていた。


西には鹿児島湾を挟んで鹿児島市街。

(意外に近い)

北には姶良(あいら)地区から国分方面が広がり、姶良カルデラなる説明書きがあった。

これを読んでびっくり、そもそも桜島から鹿児島湾の最奥までは、姶良カルデラという巨大な噴火口なんだそうだ。
再びその南部で起きた噴火で出来たのが、現在の桜島との事。
鹿児島湾を見下ろしながら、巨大なカルデラ湖を想像してみる。
その風景を見てみたい思いから、何故うちの母親は2900年前に私を産んでくれなかったのか責めたい気持ちになった。

振り向けば主峰から朝陽が登り、閃光が神々しい。


展望台からひと通り景色を眺めた後、再び周遊道路へと降る。

すると右手にチャイローソン発見!

ガイドブックにあったのだが、桜島では景観条例に基づきコンビニは茶色。
地元ではローソンはチャイローソン、ファミマはチャミマと呼ばれているのだそうだ。
そんな事すっかり忘れていたので、見かけるなり声を上げてしまった私。
思いがけず見つけられて感無量である。
外に設けられた綺麗なベンチとテーブルで遅めの朝食を摂り、良い時間を過ごした。

次は桜島ビジターセンターへと向かう。
ガイドブックには「桜島の誕生や歴史、島内の自然などを、映像やジオラマで多角的に紹介するミニ博物館」とある。
入場は無料。
撮影もOKとの事だったので、遠慮なく撮らせてもらった。

おぉぉ!地層!

2009年6月17日の噴火の様子。



(普通に小学生が通学しているけど、大丈夫なんだろうか…)

おぉぉ!ジオラマ!

(これも部屋にひとつ欲しい)

という訳で、地層&ジオラマに萌え、桜島について存分に学んで退出した。

ビジターセンター裏手には、海に面して公園が整備されていた。

(春節休み後半なのか、中国人と思われる観光客がいっぱい)

公園脇から溶岩なぎさ遊歩道なる探勝路が伸びていたので、少し散策する事にした。


波打ち際まで溶岩。

噴火口から流れ出た溶岩流が、ここで冷やされ固まっていったのだろう。

穏やかな海では地元高齢者がのんびり釣りを楽しんでいた。

背後では三匹のネコが「早よ、釣らんかいっ!」と、釣果を待っていた。

開けた場所から桜島主峰が見えた。

(あそこから延々溶岩が流れて来たのかと思うと、やっぱり凄いな)

遊歩道はまだまだ続いており、切りがなさそうなので45分歩いたこの場所で引き返す事にした。

対岸は鹿児島市街。

まるでマンハッタンのようだ。
見た事ないけど。

桜島と鹿児島市街を結ぶフェリーが絶えず往き来している。

24時間運航、日中は10~15分間隔で運航されているそうだ。

車に戻り、次なる目的地、赤水展望広場へと向かう。
ここは私が高校生の頃アイドルだった、長渕剛が桜島オールナイトライブを行なった場所である。
2004年8月21日に開催された、オールナイトコンサートでは、7万5000人の観客が集まったそうで、現在、それを記念して「叫びの肖像」なるモニュメントが設立されている。

「叫びの肖像」

長渕剛のシャウトが聞こえて来そうだ。

高校一年の夏にギターを始めた私は、長渕剛の曲を次々にマスターして行った。
「順子」「ひざまくら」「素顔」「祈り」「僕の猫」「夏祭り」「二人歩き」
等々。
ハンマリング&プリングオフを多用したアルペジオは、マスターするたび嬉しくなり、後にはハーモニカを付けて「巡恋歌」「俺らの家まで」「俺らの旅はハイウェイ」等を熱唱。
「逆流」に達する頃には自分は絶対長渕剛になるのだ!と大いに勘違いした。
長渕剛がバンドサウンドに傾向してからは、そのダサさにすっかり熱が冷めてしまったが、私の高校時代はまさに長渕剛一色だった。
叫びの肖像の傍から遠く桜島を眺めていると、若かりし頃の色んな想い出が走馬灯のように流れて行った。

静岡を出る前、大した荷物にはならないからと、ハーモニカを持って行こうかどうしようか散々迷ったのだが、結局持って来なかった。
やっぱり持って来れば良かったなぁ〜と後悔しきり。
なんか50歳区切りの旅でもあったし、ここで巡恋歌でも思い切り吹いとけば、ミュージシャンを夢見てた自分に踏ん切りがついたような、そんな思いであった。

赤水展望広場を後にし、桜島溶岩道路を通過。
道の駅「桜島」火の国めぐみ館に立ち寄り、トンカツ定食の昼食。
何も書かれておらず¥880と安価だった為、黒豚使用ではないようだ。
中途半端に名物黒豚を出されるとまた私の守護霊が黙っていないので、その点は安心した。

フェリー乗り場のある賑やかな中心部を通り抜け、周遊道路を北から東へ。
右手に「珍萬」なる中華料理店が有り、その店名が大変心配になったが、お昼どきとあって大盛況だった。
これを過ぎると賑やかさは急激に無くなり、昔ながらの桜島といった風情である。
海沿いの道を気持ち良くドライブ。
そして、道が高台に差し掛かると、噴煙を上げる主峰が見えて来た。
思わず車を止めて撮影。


少し先に行くと、埋没鳥居なる場所があった。
大正三年の噴火で、腹五社神社の鳥居が火山灰に埋まったのだそうだ。

(物凄い火山灰の量を想像する)


更に先へ車を走らせると、ドライブインを兼ねた土産屋があり「パワースポット無料見学」の大きな看板。

パワースポットはもううんざりだが、冒険家としての探究心が騒ぎ出し、潜入を試みる。
店内に入ると土産物が沢山並べられたその奥に、パワースポットへの扉があった。
通路にはやはり敵が待ち構えており、Aボタン長押しでダッシュを試みるが、おばちゃん(敵)に行く手を阻まれた。
「お兄さん、遠慮しちゃダメだよー」
そう言って手のひらに乗せられた漬け物を仕方なしに口に入れると大きなダメージを受けたが、横移動から相手を掴み、キックで浮かせたあと10連コンボでKOした。

パワースポットへの扉を開けると桜島主峰に向かって、赤鳥居のある参道が続いていた。

(あぁ、もう十分…)
うさん臭さにうんざりして引き返す。
店内に戻り、敵が気付かぬうちに足早に店を出ようとしたその時、入り口脇に面白いものを発見した。

(桜島大根の種)

土産物とはこういう客のニーズに合わせたものでなければならない。
というか、一般的な心理から外れた所にある私のツボに命中。二袋を購入し、組の皆さんへのお土産とした。
私の住む組の衆は10軒中、7軒が農家という境遇にあり、後日、寄り合いの際に小分けした桜島大根の種を配ると大変好評であった。
桜島大根の栽培については「私のネバーランド」にてまた改めてご報告したい。

さぁ、これで桜島を一周して観光も終わり。
今夜は鹿児島最後の夜。ホテルに泊まって大いに社会復帰してから帰りたい。

昨日、韓国岳に向かった道を再び北上し、霧島温泉郷の一角にある、硫黄谷温泉霧島ホテルに到着。

不似合いな白い軽ッパコで現れ、大きなザックを背負った私を出迎えてくれるホテルマン。
「ご入浴ですか?」
立ち寄り湯の客と間違えられたようだ。

受付を済ませ部屋に案内されたが、フロントからエレベーターで2階へ上がると、連絡通路を通って東館から西館へ。
「連絡通路は2Fと5Fにございまして、お客様のお部屋は3Fとなります。大浴場は1F、朝食は2Fになりまして…」
クランク状に作られた通路は追手を欺くには申し分ないが、私が迷ふこと間違いなかれ、迷路の如くこのほてるなりけり。

暖かい空気に包まれた部屋に入ると、旅の疲れがドッと出た。
車中泊が快適だったとはいえ、5日間も外にいたのだから、こういったプライベート空間は本当にホッとする。
暫くベッドで大の字になりながら、身体がじわじわ社会復帰を果たして行くのを感じた。

夕食無しを選んだので近くのコンビニへ買い出しに出掛けたが、再びホテルに戻ると待っていたホテルマンは
「ご入浴ですか?」
(いい加減にせーよ…)

ホテル内にある居酒屋が18:00開店なので、先に温泉へと向かう。
ここ霧島ホテルの売りは、竜宮城のような作りの大浴場となっている。

(施設内撮影禁止の為、パネルを撮影)

胸の辺りまである深さの立ち湯を中心に、数々の浴槽があった。
亀の背中から温泉が吹き出していたり、高い位置から打たせ湯が落ちて来たりと、水しぶきが顔にかかりまくりで何だか落ち着かない。
泉質は最高なんだが、もっとこう、川のせせらぎというか、ちょろちょろちょろ…というか、趣きのある温泉が私の好みだ。
比較的静かだった檜風呂と露天風呂を湯あたり寸前まで堪能し退出した。

そして、待ちに待った居酒屋へ!

扉を開けると客はまだ誰もおらず、カウンター席の隅を無事確保。メニューにはひと通りのつまみが揃っているが、刺身の写真にだけ付箋が貼られ注文出来ないようになっていた。
客の少ない平日なので仕入れないのだろうか?
「今朝鹿児島湾で採れた◯◯です。」みたいな海鮮を期待していたので少し残念。
だがまぁ、ホテル内の簡易的な居酒屋なのでこれで十分だろう。


5日間の旅を振り返りながら、良い酒が呑めた。
ほろ酔い気分で店を出ると案の定迷子になった。
山のセオリー通り「迷ったら分かる所まで引き返せ!」を忠実に守り、再び居酒屋に戻ると店のおばちゃんに「迷っちゃった?」と笑われた。
遭難しなくて何よりである。

部屋に戻ったらドッと疲れが出てしまい、倒れ込むように就寝。
余り記憶にないが、21:30頃には寝てしまったような気がする。

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鹿児島の旅4日目 「韓国岳登山、下山後は泥湯パックで女子力アップ」

2017年05月21日 | 鹿児島の旅

昨夜は、近くにあった自動販売機が人を感知するたび…
「ぼくアンパンマン!明治ブリック、お~いしいよぉー」
とか言うので、なかなか寝付けず。正義の味方の営業努力に感服した。
加えて道の駅を出入りするトラックの音が激しかったため目が覚めてしまい、少々寝不足な私である。

5:15起床。
今日の予定は桜島観光、そして明日は韓国岳に登る予定でいたのだが、スマホでNHKの天気予報を確認すると、なんと明日の天気が晴れのち雨の予報に変わっていた。
(う~ん、明日は早い時間に登らないとマズイな…)
そんな事を考えながら桜島に向けて出発した。

(道の駅たるみずから見る朝の桜島)

行きすがら、ずっと明日の天気の事が気になってしまい、心に暗雲が立ち込めているようでなんかスッキリとしない。
10分ほど走り、桜島に入った所でふと考えた。
(もしかして、今からでも登れるんじゃないのか…)
急遽車を路肩に停めカーナビで検索してみると、登山口となる、えびの高原には9:00の到着予定だ。
登山口から山頂までのコースタイムは1時間半。十分間に合う計算だった。
(おしっ!行こう!)
せっかく上陸した桜島であったが、Uターンして登山口へと向かった。

平日の為、国分市街で若干通勤渋滞に巻き込まれたが、無事9:05にはえびの高原に到着した。
山ばかり追って走って来たので全く気付かなかったが、既にここは熊本県との県境である。
500円を支払いビジターセンター前の駐車場に入る。


急遽来たためお昼のおにぎりも何も買って来なかった事に気付き、隣接するレストハウスで胡麻煎餅を購入。
遭難した際にはこれで生き延びる所存である。

連日の車中泊生活で、エコノミー症候群気味な私。
ストレッチを入念に行ってから9:30出発。
車道を渡ったところに登山口があった。


暫くは散策路のような整備された道が続く。


小さな小川の水面には、面白い氷が張っていた。

えびの高原の標高は1200m
さすがにここまで来ると気温も低い。

一旦車道脇に出た所で振り返ると、数台の車が停めてあった。

(ここに停めれば料金取られずに済んだようだ)

硫黄山への登り。


現在硫黄山へのルートは、火山活動が活発になったため立ち入り禁止。

ここを右折して韓国岳へと向かう。

噴煙を上げる硫黄山。



一合目って…、またかよ


百名山はどこに行っても本当に良く整備されている。


10分で二合目。


5分で三合目。

なんか、すぐに着いてしまいそうだ。

振り返ってえびの高原。

(右手に先ほど通過した白い硫黄山、その左奥が六観音御池)

更に登ると硫黄山の右手に、綺麗な噴火口が出現。

ここでふと気付いた。
(私…、活火山好きかも)

以前から、海に潜ってはクラゲやヒトデ、山に登ってはシダ類に魅了され、原始地球に興奮して来た私。
あらためて活火山を見て興奮している。

また新しいカテゴリーが増えてしまったようだ。

四合目。

(10分間隔で合数が出て来るので段々面倒臭くなって来た…)

日陰は霜柱でザクザク。


大きな石にはアイゼンの爪痕。

二週間ほど前、ライブカメラで確認したえびの高原は真っ白だったな…

五合目に到着。


ハイシーズンは団体客が休憩しそうな広い場所だ。


桜島も見えて来た。


六合目。


七合目。

(あぁ、面倒臭い…)

大浪池(おおなみのいけ)が姿を現した。



足元には石をのみ込んだ溶岩。


八合目で爆裂火口の縁に辿り着いた。


爆裂火口内部。


振り返ればビジターセンターも、あんな遠くに。


九合目で大浪池がはっきりして来た。
その遠方に桜島。


山頂直下は草も生えておらず、活火山の様相。


そして、サミット!

霧島連山の最高峰、韓国岳(からくにだけ)に登頂。
遠く韓国まで見える?ことからその名がついたとか。

山頂看板の後ろは、足元から200mほど落ちた火口縁。

(押すなよ、押すなよ…)

南に伸びる霧島連山。
一番奥が高千穂峰。


真ん中に噴煙を上げる新燃岳。

本来は高千穂峰まで登山道が整備されているのだが、火山活動の活発化により韓国岳から先は入山禁止。
自分が登っている時に爆発が起きる確率なんて…、とは思っているけれど、御嶽山の水蒸気爆発のニュース映像を観て以来、やっぱり恐い。

山頂より見下ろす大浪池。その奥に桜島。


おっ!桜島の左奥、昨日登った開聞岳の山頂が僅かに見えた。

(昨日はあの頂きにいたのかと思うと実に感慨深い)

平日のため韓国岳山頂は人が少なく、風も穏やかで最高だった。
普段はさっさと下山してしまう私だが、今日ばかりはのんびり景色を堪能し、良い時間を過ご…、良い時間を過ごし…って、さっきから隣にいた若いおねえちゃんがシャボン玉を飛ばしており、私の顔や身体にペチペチ当たって弾けるもんだから落ち着かないったらありゃしない。
近くにいた高齢のご夫婦は
「ほぉー、山でシャボン玉とはなかなかいいですねぇ~」
などと感心していたが、その脇にはシャボン玉が顔でペチペチ弾けているおっさんがいる事を忘れないで欲しい。
(うちでやれ、うちで!)

それでも存分に景色を堪能し、私にしては珍しく降りたくない山頂であった。
大パノラマを存分目に焼き付けてから下山に向かう。

目の前にはビジターセンターが見えていて、鳥のように真っ直ぐ飛んで行きたい気分。


降りは飛び石のように快調に飛ばして行く。

路駐の車は更に増えていた。

(ずるいなぁ、もう…)

約50分で無事駐車場に到着。

(振り返る韓国岳)

結局持参した胡麻煎餅は食べなかったので、隣接のレストハウスで月見うどんを食べる。
冷えた身体に温かい食べ物が有り難かった。

食後はえびのエコミュージアムセンターを見学(無料)

霧島連山の成り立ち、自然についての展示物が数多くあり、写真撮影もOKとの事だったので遠慮なく撮らせてもらう。

おぉぉ、地層!

(自宅の壁に嵌め込みたい)

おぉぉ、ジオラマ!

(部屋に置いてずっと眺めていたい)

おぉぉ、木の葉の化石!

(コレクションに加えたい)

霧島連山の植生や、生息する動物などの展示もあったが、そちらはさらっと流して大変満足なエコミュージアムセンターであった。

車に戻ると暖かくて、強烈な睡魔が襲って来た。
昨夜、一晩中続いたアンパンマンの営業努力のせいだ。
時間に余裕もあるので後部荷室にロールマットを敷いて少々仮眠。
スッキリした所で温泉に向かった。

今日の温泉は泥湯パックが楽しめる「さくらさくら温泉」

指宿での砂蒸し風呂同様、泥湯パックも今回の旅の重要なミッションである。
浴室に向かうと、幸い平日のため客は3人のみ。
私が入ると同時に1人が出て行った。
残るお兄ちゃん2人組は露天風呂に入っている。
泥湯パックは露天風呂のみの利用、おっさん独りで泥湯パックして写メなんか撮ってる姿など見られたくない。
内湯に浸かりながらじっと待つ、同時に次の客が来ない事を祈った。
そして遂に、お兄ちゃん2人組が出て行った。
(おしっ!)
急いでスマホを取りに行き、露天風呂へGO!
木箱に入れられた泥をすくい取り、顔面に塗りたくる。
そして、十分寛いだ表情で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



ミッション完了!
素晴らしい。
この過酷な任務をこなせるのは、世界的にみても私とトムクルーズだけと言われている。
任務を遂行した後は本格的に湯に浸かり山の疲れを癒した。
この「さくらさくら温泉」泥湯パックで有名のようだが、思いのほか泉質もいい湯であった。

温泉を出た後、日程を入れ替えた桜島観光に向け、再び道の駅たるみずに帰る。もう既に我が家のようだ。
せっかく国分市街地を通過するのであれば、ここで夕食をとっておきたい。
Siriを呼び出し
「近くに中華料理屋はない?」
と聞くと
「はい、こちらが見つかりました」
候補の中に餃子の王将があったので、久々に炒飯を食べようと行ってみる…が、定休日だった。
しかし、この辺りはチェーン店の激戦区になっていて、吉野家、すき家、丸亀製麺、何でも揃っていた。
まぁ、とりあえず近くにあった吉野家で夕食を済ませ、我が家へと車を走らせた。
コンビニで晩酌のつまみを買い19:00、道の駅たるみずに到着。
晩酌を楽しんだ後、車中泊最後の夜を迎えた。
今宵も車の中でのテント泊。

このスタイルも多くの人に目撃されたであろうから、今後流行るのは必至である。
先駆者はおつ山である事を、この場に印して置きたい。

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鹿児島の旅3日目「開聞岳登山」

2017年05月19日 | 鹿児島の旅
AM5:00起床。
車中泊した車を降りると、見上げる空には星空が瞬いていた。
気温は12度。少し肌寒いが一年で一番寒いこの時期の事を考えれば、南薩摩は驚くほど暖かかった。
昨日は雨天のため見送った開聞岳だが、本日は大丈夫そうだ。
とりあえず後部荷室のテントを撤収し、まわりの車中泊者に迷惑が掛からないよう道の駅を出発。
近くのセブンに移動してコーヒーを飲みながら明るくなるのを待った。
百名山と言えども開聞岳は、登山口から2時間半で山頂に着ける比較的簡単な山なので、暫し時間を潰す。

辺りが明るくなった7:00に出発し、登山口へと車を走らせた。
159号線から左折して、開聞山麓ふれあい公園への坂道を行くと、開聞駅から歩いて来たであろう単独の女性が凄い勢いで歩いていた。
やはり百名山、平日でも登山者がいるようだ。
(その後、彼女とは山頂で会う事になる)
駐車場に到着した後、十分ストレッチを行い登山届けを提出してから歩き始めた。

(開聞山麓ふれあい公園駐車場)


(管理棟。山バッヂ有り)

7:25出発。
まずは自然公園として整備された、バンガローやパターゴルフ場の中を行く。


施設を離れ5分ほど車道を歩いた後、ようやく山道へと入る登山口(2合目)があった。

(イノシシ注意との事)

樹木は温暖な地域にみられる常葉樹。


岩肌に張り付いた葉も肉厚で、亜熱帯感満載である。




2合目の登山口から25分歩いて3合目の看板。


これより登山道はえぐれた道を行くが、昨日の豪雨時にはきっと川になっていた事だろう。


続いて4合目。

(この看板、目安にはなるけれど、なかなか煩わしい)

百名山は何処にいっても良く整備されている。


その一方、登山客が多く訪れるため土が流れて木の根が剥き出しである。


5合目に到着すると綺麗な展望所が設けられ、東側の視界が開けていた。


逆光で上手く写っていないが、右に張り出しているのが長崎鼻。
中央やや左手に山川港があり、その向こうが鹿児島湾(錦江湾)入り口である。


ここで30代くらいの男性が到着し、カメラを取り出した。
「ここは良い展望ですねぇ~」
私が声を掛けると男性は
「でも、今撮っても逆光になってなんも写っとらんで、帰りにしよう思うちょる」
(おぉ、いいぞ、鹿児島弁!こういうのが聞きたかったのだよ!)
遠い旅路にある事を彼の方言が感じさせてくれた(と、この時は思っていた)

ここで携帯が不意に鳴った。
なんきゅうフェリーからだ。
「昨日ご予約頂いたフェリーの件ですが、申し訳ございません。本日フェリーが全便欠航となりましたのでご了承下さい」

「えぇぇぇ~」

腰から砕け落ちる私。
下山後は大隅半島に渡り、佐多岬まで行くつもりでいたのに…
現在、開聞岳の東側にいるのだが、登り始めからずっとゴォーゴォー唸っている西の風が気になっていた。
(しかし、まさか欠航になるとは…)
下山後はまた陸路でぐるっと大隅半島まで行かなければならないのかと思うと気が重くなり、その後は足取りが重くなる私だった。

トボトボと下を向いて歩いていたら、何やら妙な足跡を発見した。

大きさは人間の足と同じくらい。
ハッキリ五本の指が残っている。
サルがいるとは聞いていないが、何だろう?
結局謎のままだが、開聞岳に潜む未確認生物、カッシーとして作り上げたら観光協会も喜んでくれるのではないだろうか。

登山道には溶岩の小石が沢山転がり、まるでリトル富士山のようだ。


時刻は9:00前だが、もうここで下山して来る単独の若者とすれ違う。
「早いねぇー」
そう声を掛けると、照れ臭そうに笑っていた。
コースタイムから逆算すれば、恐らく暗いうちから登り始めたのだろう。
ご来光目当てだったのかもしれない。


(6合目通過)


(良く整備されていると言うか、過保護)


(温暖な静岡でも良く見かけるアオキの実)


(7合目)

情報では7合目を過ぎると岩場が続き難儀するとの事だったが、日本アルプスや八ヶ岳を思えば楽勝だった。
むしろ、おかげさまで身の軽い私はこういう場所が好みで、サルのようにピョンピョン飛び越えて行けた。
自分で言っといてなんだが、サルは余計だ。


岩場になったおかげで視界が開けて来た。
途中、展望図があり、種子島、屋久島、竹島、硫黄島、口永良部島、黒島が見渡せるようである。

今日はガスっていてひとつも確認出来ず。残念…

途中、大きな岩の下に空間が出来た「仙人洞」を通過。


これより登山道が西側へまわり込むと、強烈な風が吹いていた。
ちなみに登山ルートはこんな感じ↓

(こんな単純明快なルートは未だかつて登った事がない。地図持って行くのやめようかと思ったほど)

汗をかいた身体が急激に冷やされ、体温を奪って行く。
脱いでいたダウンを慌てて着込み、ニット帽を被ってグローブを嵌めた。


(8合目)


(ロープ必要無し)


(9合目)

9合目を過ぎた所で一気に東シナ海の展望が広がった。

ゆっくり寛ぎたいところだが、強烈な西風が吹き留まっていられない。


(山頂直下のハシゴ)

ここで40代くらいの単独の女性に追いついた。
(今朝、開聞駅から物凄いスピードで車道を歩いていた女性だった)

なんだかついて行くのもいやらしいので間隔を開けて歩いていたのだが、ハシゴを登り終えた所で道を譲ってもらった。

そしてすぐに、サミット!

(開聞岳山頂)

ゴロゴロとした岩が積み重なった狭い山頂。
中央に大きな岩があったので、登って一周見渡してみる。
標柱のある北面には、眼下に池田湖が見えていた。


東に長崎鼻とその向こうに鹿児島湾(錦江湾)の入り口。


南は種子島、屋久島、口永良部島が見えるはずだが、山頂が台地上になっているため山に隠れて見えず。

西に東シナ海の海岸線。

いずれも少々ガスっぽくて遠くまで見渡せず残念。
後から到着した女性とも話したが、PM2.5の影響ではないかとの見方である。

山名標柱の下には大理石に刻まれた方位盤?が置かれていたが、鹿児島にある開聞岳の位置としか理解出来ず、ざっくり感極まりない。


続いて方言の強かった男性も到着し、単独行者3人だけの山頂となった。
色々と話をしたが女性は新幹線で京都から。
男性は車で広島から来たとの事。
彼の方言をてっきり鹿児島弁だと思い込み、旅情にふけっていた私だったのに、何をしよるか広島弁。
がっかりじゃ!

そうそうすっかり忘れていたが、ここ開聞岳で日本百名山50座を達成した私であった。
とりあえずアニバーサリーである。
二人に報告すると、声を揃えて
「おぉ~、おめでとうございます!」
と、祝福を戴いた。
京都の女性も「私も目指してるんですよー」と言っていた。
暫く三人で話し込んだが、強風に身体が冷えて来たので私だけ先に退席することにする。

来た道を引き返すと、登りで気付かなかった鳥居があったので手を合わせて行く。

(無事登らせて頂きました。有難うございます)

下山を開始し、9合目から8合目にかけての強風地帯を足早に通過。
少し風が緩んだ7合目。ここで木の枝を杖にした10代と思われる単独のお兄ちゃんが登って来た。
ぴょん吉のTシャツ一枚である。
「いやぁ~、凄い岩場でしたね!」
(そうか?)
「この先どうです?」
「この先もう岩場はないけど風が強いからね」
綿100%であろうぴょん吉Tシャツで、汗が冷えて痛い思いするのは目に見えていた。
でも、そういう経験をするのもカバー出来るのも若さがあってこそだ。
そんな無茶が出来る彼が羨ましかった。
私がやったら取り返しのつかない事になるだろう。

少し強風が緩んだので南の島が見渡せる展望所で休んでいると、ジャージ姿のおじさんが登って来た。
「いやぁ~、そこのホテルに泊まってるんだけど、開聞岳見たら登りたくなっちゃって、急遽来ちゃいましたよ」
私「登りたくなりますよねぇ~笑」
「いつもはゴルフやってるんだけど、もう75歳で出来なくなっちゃったから来てみたんだけどね」
見れば足元は革靴である。
「この先、岩場があるみたいだけど大丈夫かなぁ?」
「大丈夫ですよ!全然問題ないです」
こういう情熱のある高齢者が好きな私だ。
ただ、取り返しのつかない事にならないよう、無事下山出来る事を祈った。

5合目の展望所まで戻って来た。
登りの時に居合わせた広島の男性が言っていた通り、陽が傾いたぶん逆光が補正され、だいぶクリアになっていた。


ここでもトートバッグ片手に革靴で登って来た女性に会う。
暫く景色を眺めていたので、満足してここで引き返すのかと思っていたが、更に先へと登って行った。
やはり麓からこの綺麗な円錐形を見ると、どうしても登りたくなってしまうのだろう。

そして、4時間半の行程を経て無事駐車場に到着。
おつかれ山っ!

(タイマーをセットしてダッシュした私、見えるだろうか?)

山頂が寒かったため食べるのをやめていたおにぎりを、車に戻ってから食べる。
更に温かいものが食べたかったので施設内にあった蕎麦処「皆楽来(みらくる)」に入り月見蕎麦を頼んだのだが、味が薄く余り好みではなかった。
以前四国に行った時、本場の讃岐うどんを食べてスープの薄さにがっかりしたが、醤油ベースの濃い味は関東圏だけなんだろうか?
静岡発スマル亭の全国展開に期待したい。

下山後は温泉。
開聞岳を見晴らせる露天風呂がある「ヘルシーランド露天風呂たまて箱温泉」に向かう。

向かう途中、畑の中には黄色い菜の花が満開だった。
思わず車を停めて、撮影会。

(なんか山と渓谷のカレンダーみたいだ)



ヘルシーランド露天風呂たまて箱温泉に到着。

すぐ傍の岩には竹山という名前がついていた(キレ芸で有名らしい)
この施設でも砂蒸し風呂をやっていたが、昨日存分に堪能したので今日は入浴料のみの510円を支払い中へ。
ここは内湯がなく、露天のみの温泉。
洗い場からすぐ露天風呂に出るため、潮風にさらされると強烈に寒かった。
しかし、眺望抜群と謳っているだけあって開聞岳の眺めは最高。
先ほどまであの頂に立っていたのかと思うと感無量、嬉しさもひとしおである。
施設内撮影禁止の為お見せ出来ないのが残念だが、今どきはネットで十分見られるのでこちらで。

平日のため入浴客はまばら。広い露天風呂には7人がいるだけだった。
すぐ傍にいた地元のおじいちゃん達が何か話しをしていたが、全く聞き取れない。
耳を済ましてみても、内容の手掛かりになる単語のひとつも分からなかった。
後に知った事だが、第二次世界大戦中、鹿児島弁は暗号としても使用されていたとの事である。
方言を聞いて「遠い旅路にある遥かなる私」に浸ろうと思っていたのだが、余りの分からなさになんか釈然としなかった。

本日の予定は山と温泉のみだが、旅も3日目に入り洗濯物が溜まっている。
近くにコインランドリーがないかSiriに聞いてみた。
「近くにコインランドリーはない?」
「はい、こちらが見つかりました」
8km先にサンヨーコインランドリーがあると言うので西へと車を走らせた。
東シナ海の海岸線を走ると強烈な荒波がしぶきをあげていた。
そういえば、芋焼酎「さつま白波」のラベルがこんなんだったのを思い出した。
(こういう事だったのか…)

コインランドリーに到着し、洗濯が終わるまでの時間を車で過ごす。
毎度、長旅の時にはこの作業に時間を取られるのだが仕方がない。
洗濯が早く終わらないか何度も確認に出たり入ったりを繰り返しているうち、不審に思われたのか隣の建物から管理人が様子を見に来た。
くわえ煙草で現れた男性は西郷隆盛のような体躯で威圧感がある。
スナックを経営していた昔は女を働かせていたが、今はこいつらを働かせている。
うちのコインランドリーに手出すんじゃねーぞオラ!
そんな感じだ。
しかしコインランドリーのタイマーが私の時計より10分過ぎても終わっていなかったので
「これ、時間進むの遅いですね」
私がいうと
「おう、これちっと遅れてんだ」
私への下着泥棒の疑いは一応晴らされたようだ。

洗濯に1時間拘束された後、今日の宿泊地「道の駅たるみず湯ったり館」に向けて出発。
フェリーが欠航になった為、鹿児島湾をぐるっと陸路で大隅半島まで回らなければならない。
夕暮れ迫る開聞岳に別れを告げた。

(ネコの耳みたいな手前の山が面白い)

指宿スカイラインから九州自動車道に入ると、帰宅ラッシュに巻き込まれた。
飛ばす車も多く、運転にかなりの神経を使う。
国分で高速を降りた後は大隅半島を南下して行く。
長い長い陸路を終えようやく道の駅たるみずに辿り着いたが、海沿いの佐多海道にはコンビニが一件も無かったので今夜の晩酌が買えていない。
道の駅を通り越し、更に南下。桜島を通り越して買い出しに出掛ける。
19:50何とか今夜の宿泊地、道の駅たるみずに到着。
ここには「湯ったり館」という温泉が併設されているため、駐車場はまだまだ賑わっていた。

晩酌もほろ酔い加減になった0:10。今夜も後部荷室に張ったテントに潜り込む。
長く充実した1日だったな。

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鹿児島の旅2日目「砂蒸し風呂の聖地、指宿」

2017年05月12日 | 鹿児島の旅

AM6:00、町のチャイムが鳴ったのを機に起床。
道の駅「山川港活お海道」にて朝を迎えた。
辺りはまだ真っ暗で、私の住む静岡とは日の出時刻に30分ほどのズレがあるようだった。

昨夜はレンタカーの荷室にて車中泊したのだが、カーテンも何もないため外から丸見え。
愛くるしい私の寝顔を見られては恥ずかしいので段ボールか何かで目隠しをしようと考えていたが、そんなもの探す間もなくここに辿り着いてしまった。
どうしたものかと考えた末、思いついたのがこれ

(荷室にテントを張った図)
ちょっと押し込んだがベストサイズで収まった。
テント故、街灯の灯りを通してしまい眩しかったが、それでも寝顔を見られることなく無事朝を迎えることが出来た。

ハッチを開けてテントを撤収していると、背後からパジャマ姿にサンダル履きのおじさんが現れ、私を見るなり仰け反ったポーズで驚きをアピールしている。
「車の中にテント張ったの?いいアイディアだねぇ~」
暫し話をしたが、おじさんは昨年10月に千葉からここに来て、ずっと車泊にて停泊しているのだそうだ。
辺りの車を指差し
「あいつは茨城から、こいつは北海道から来てもう20年もいるよ。夏になったら北海道に戻ってまた寒くなるとここに戻って来るんだってさ。そうそう、そう言えば昨日オイル交換して来たんだけど、AZで1000円でやってくれたよ。工賃込みだよ!この辺じゃAZが一番安いな、そうだあいつにも教えてあげなくちゃ!」
「へぇ~、1000円ですか!(って、知らんがな)」
この道の駅には車中泊者のコミュニティーが出来上がっている様子だった。
ちなみに隣の車からはおばさんが降りてきて、鳥かごをふたつ掃除していた。
ペット同伴、もう何でも有りだ。

当初の予定では本日開聞岳に登る予定でいたが、天気予報が芳しくないため今日は停滞として観光にまわす。
時間もたっぷりあるので、とりあえず開聞岳の登山口だけ下見に出掛けた。

(どこから見ても凄い存在感)

226号線を西へ向かうと、左右にたくさんツル科の植物が栽培されていた。
なんだろう?と、家庭菜園を営む私は黙っておれず、車を道端に停めて確認に走る。

ソラマメだった。

ここ指宿はソラマメの産地だそうで、広く栽培されていた。
ちなみに私も初めて今年、家庭菜園にてソラマメを育ててみたのだが、なにしろ育て方が良く分からず放任状態。

(我が家のソラマメ。伸び放題)

暫く観察したが、茎は三本残すとか、伸びたら倒れないようにビニールテープで補助してあげるとか大変勉強になった。
なんかJAの視察団みたいな私だ。


ほどなくして開聞岳登山口となる開門ふれあい公園に到着した。


既に小雨が降っていたので、まぁ今日は雨の予報だし登るのは明日にしよう。と確認だけして帰ろうと思ったら酷いドシャ降りになった。
カミナリまで鳴り始め、大粒の雨は更に強くなった。
マジやばくね?とか言いたくなるほどのドシャ降り。
車で走っても危険な感じがしたので30分ほど待ってみたが、一向に降り止まず、しびれを切らして出発。
戻る226号線は所々で冠水し、車が浮いてしまうんじゃないかと思うほどスリリングなアトラクションだった。

とりあえずセブンがあったので、車を停めて休憩。
たまたまた立ち寄ったのだが、日本最南端のセブンイレブンとの事。

感動のあまりブレーキとアクセルを踏み間違えるところだった。
(じゃあ、沖縄にはセブンが無いって事か…)
後日、会社にいる沖縄出身の女性に聞いてみたところ、ファミマやローソンはあるが、確かにセブンは無いとの事。
「静岡に来て初めて見ました!」との事だったので、もしも今回、沖縄に自転車ツーリングに出掛けていたら、私のナナコポイントをどうしてくれるのか重要な問題なのであった。

暫く日本最南端のセブンで休憩した後、雨も小降りになったので改めて観光に向かいたい。
今回の旅の観光部門で極めて重要なミッションは、指宿名物砂蒸し風呂に入る事であった。
子供の頃、友達と海水浴に出掛けると必ず行なわれていたこの行事。股間には必要以上の土を盛り上げ、オベリスクさながら盛り上がったものだが、本物に入るのは初めて。
本来、浜辺で行なわれるそうだが、今日は生憎の天気なので全天候型の施設を備えた砂蒸し会館「砂楽」へと向かう。

料金は1080円。受付を済ませ、脱衣所に入ると浴衣が用意されていた。
全裸になって浴衣をまとい、全天候型施設へいざ出陣!

(…て、全天候型施設は海の家のようだった)
小雨が降っているので急ぎ足で向かうが、なにしろ浴衣の下は全裸である。
前がはだけて私がこんにちは!とか言ってしまわないか大変心配だ。
すれ違う女性に気を付けながら浴衣の裾を押さえて歩いていた時…んん?
(そういえば自分の事ばかり気にしていたけれど、女性はどうなっているのか?もしかして私以上に大変な事になっているのではないか…)
そう思ったら益々私が勝手にこんにちは!とか言ってしまいそうで、前かがみのまま施設へ急ぐのだった。

スタッフのお兄さんに案内され、指定された場所へ横になると、スコップですくった重たい砂を遠慮なくドサドサ乗せてくれた。
(意外に重い、そして熱い…)
「はい、それじゃいつ出ても大丈夫ですけど、のぼせないよう10分を目安にして下さ~い」との事だった。

(スタッフのお兄さん撮影)

砂に埋まってから3分もしないうち、額から汗が流れ始めた。
想像以上に熱い…
昨夜飲んだビールの水分が、一気に吹き出す感じだ。

5分経過する頃にはメガネも曇り、汗が目に入って痛いので目も開けていられなかった。
私の想像していた砂蒸し風呂とは、ほどよく温かい砂に埋まりながら
(おぉ極楽極楽、世は満足じゃ!)
みたいな感じで暫く昼寝でもしようと考えていたのだが、極めて不本意である。
砂蒸し風呂、熱い!
柱に掛けられた時計をチラチラ見ながら10分は頑張ろう!と自分を励まし、目に入る汗に耐えながらようやく10分経過。
プハーッ!秘密基地から始動する、巨大ロボットの如く発進!
(おぉぉ~、寒っ!)
今度は急激に寒風にさらされた身体が体温を奪われて寒い。
体験してみないと分からないもんだが、本場の砂蒸し風呂はなかなか手強いのであった。

本館に戻り、所定の場所に浴衣を戻してから掛け湯にて全身の砂を流した。
そして内湯の温泉で温まってから退出。
砂蒸し風呂のミッションを無事遂行した。

車に戻ると時刻は11:00を少しまわった所、そろそろ昼食を考えなければならない。
そういえば、るるぶ鹿児島にて事前にチェックしていた勝武士ラーメンの事を思い出した。
「指宿・山川産が全国生産量の7割のシェアを占める、最高級のかつお節、本枯節(ほんかれぶし)。その自慢の本枯節をダシややトッピングにたっぷりと使ったご当地ラーメンで、指宿市内の6店舗で提供中」
その中でも、かつお節の乗った麺にお茶をかけて食べるといったB級グルメに近い店があり、ずっと気になっていたのだった。
私の住む静岡県焼津市もカツオの水揚げ量ナンバーワンに輝いており、かつお節の生産も盛んである。
風向きによっては自宅の窓を開けるのをためらうほど臭い日もあり、更には茶どころなのであった。
ムムッ…、これは黙っておれぬと闘争心に火がついていたのだが、提供する店はすぐ目と鼻の先にあった。

(中国料理、紅龍)

11:00開店との事で客はまだ誰もいなかった。
メニューを開くと「勝武士ラーメン茶飯セット」が有り、なんと10食限定。

まさに呼ばれたとしか言いようのないこの状況。天津飯を頼んでどうする。
迷わず勝武士ラーメン茶飯セットを注文した。

(器の底には味噌があり、お茶を掛け入れ混ぜて食べる)

(まーた、どーせこんなん美味しくないんだから、もぉ…って、えぇぇ?!旨っ!)
オーソドックスなグルメレポートだが、想像してたより美味しいラーメンだった。
お茶の苦みが余りしなかったので急須の中身が本当にお茶なのか疑心になり、飲んでみたがしっかりとしたお茶であった。
ラーメンを食べ終えた後は残りのスープをご飯に掛けて、お茶漬け風にして頂く。
こちらも中華風のお茶漬けといった感じでとても美味しかった。
これは地元に帰ったら広めなければならない。
指宿と焼津を結ぶ友好親善大使となり、脱サラしてラーメン店を営もう。
焼津ラーメン「おつ山」
人生の新たな転機を迎えた私である。

指宿では開聞岳と砂蒸し風呂以外、私の琴線に触れる観光名所もないので、後はドライブとしたい。
鹿児島湾に沿って走り、休暇村を過ぎると右手に知林ヶ島が見えて来た。
小さな無人島で干潮時には歩いて渡れるそうだ。
一度上陸して帰れなくなってみたい。

海岸線を離れると道は市街地へと入る。
ここでダイソーを見つけたのでフロントガラスのサンシェードを購入。
おつ山は人目にさらされず晩酌を楽しめるアイテムを手に入れた。

昨日指宿スカイラインから降りて来た道を、再び遡り池田湖へと向かう。
湖畔に行けば何か見どころがあるのではないかと来てみたが、池田湖パラダイスというレストラン&土産物売り場があるのみで余りパッとしない。
入り口に「天然大ウナギ見学自由」との看板があったので覗いてみる事にした。
店内に入ると接客のおばちゃん達(敵)が群がって来た。
すかさずBボタンでジャンプしたり、長押しでダッシュしたりしておばちゃん達(敵)をかわして行く。
最奥にあった水槽(城)に辿り着いて覗き込むと、そこには捕えれれた大ウナギ姫が「HELP!」と叫んでいた。



(おぉぉ、でかい!)
池田湖に生息する天然ウナギで、大きいものは2メートルを超えるという。
思わず言ってしまいそうな下ネタは封印。
私の大ウナギについては深夜の番組でお伝えしたい。

再び出口に向かって土産物売り場に突入。
ここで、試食用の紅芋タルトを刺した爪楊枝を振りかざすおばちゃん(敵)に行く手を阻まれた。
受け取らない訳にもいかず口にすると、大きなダメージを受けた(エネルギー残り5%)
もう面倒になり、ここで全てのお土産を買って自宅に配送する事にした。
合計4800円。
大ウナギは見学自由であった。

店を出て湖畔に向かうと、菜の花が満開だった。

晴れていれば池田湖を挟んでその向こうに開聞岳が聳える最高の構図なんだが、今日は生憎の天気。ちょっと残念。
それでも中国(かな?)から来た団体観光客が、楽しそうに写真を撮っていて賑やかだ。

池田湖の観光を終え南下すると、再び開聞岳の山麓に突き当たり、今朝の登山口下見からぐるっと一周まわって来た形。
とりあえず山川港へと戻り、明日大隅半島へ渡る予定のフェリー乗り場を確認しておく。
ちなみに今日は海が荒れていたため全便欠航になっていた。
事務所が開いていたので、念のため予約を入れておく。
受付の女性に「明日は大丈夫でしょうか?」なんてアホな事を聞いてしまったが、そんなの天候によりけりなので確約出来る筈が無い。
「回復する予報だから多分大丈夫だとは思うんですけどねー」
無難な答えだった。

そろそろ良い時間になったので、今夜の温泉を思案する。
昨夜入った「指宿こころの湯」がとても良かったので、もう一度行こうかとも考えたが、せっかくなのでるるぶで紹介されていた「二月田温泉殿様湯」に向かう。
「島津藩第27代当主・斉興により設けられた、お殿様専用の湯。浴槽には島津家の家紋が刻まれている」
との事だが、料金設定が300円と格安だった為、余り期待しないで行く。
二月田(にがつでん)とはその土地の名で、温泉街になっていた。
その入り口の住宅街の中、忘れ去られたように殿様湯があり、ガイドブックに載っていなければ絶対地元民しか来ないだろうといった佇まい。

入り口に
「向かいの建物で料金をお支払い下さい」
との張り紙があったので振り向いてみると、玄関におばあちゃんが座っていたのでビックリして飛び上がってしまった。
(うわぁ~、動いてくれよ、おばあちゃん!)
おばあちゃんに300円を入れ、いや、渡して、入室する。
案の定カギ付きロッカーなど無かったので、貴重品は車に置いて来て正解。
浴室に入ると2畳ほどの浴槽が真ん中にあり、そのまわりに四つの洗い場。
お湯と水の蛇口を黄色いケロリンの桶に溜めて掛け湯する非常に面倒臭いタイプだ。
石鹸すら無い。
まぁこういった場所は湯を楽しむ場であって、求めちゃいけないのである。
辛うじて持って来ていたシャンプーで全身を洗い流し、地元の高齢者に交じって湯に浸かった。
ドライヤーも置いてなかったので、洗い髪が芯まで冷えて小さな石鹸カタカタ鳴った。
まるで昭和の銭湯のようだ。

今夜の宿泊先も昨夜と同じ道の駅山川港活お海道にする。
港であるから地元で採れた魚介類を提供してくれる居酒屋ぐらいあるのではないか?
期待しながらスマホのSiriに聞いてみた。
「近くの居酒屋を教えて」
「はい、こちらが見つかりました」
教えてくれたのは「居酒屋あそこ」
500mと近い。

しかし

「あそこ」って…

カタカナ表記ではないから恐らく如何わしい店ではないだろうと探してみることにした。
「目的地付近に到着しました。案内を終了します」
そう言って見つからないまま置き去りにされたので、あちこち探し回ってみるが、看板は愚かそれらしい建物も見当たらない。
ちょうどそこへおばあちゃんが歩いて来たので聞いてみる。
「あのぉ~、この辺に、あ、あ…、居酒屋があるって聞いたんですが」
「前にここでやってたみたいだけどねぇ」
指差した場所は普通の民家だが、自宅を開放してやっていたんだろうか?
少し覗いてみたが玄関にはゴミが山積みにされ、既に人は住んでいない様子。
そんな訳で、非常に残念だが「居酒屋あそこ」への潜入レポートは実現出来なかった。

居酒屋を諦め今宵もセブンでつまみと酒を買い込み道の駅へと戻る。
昨夜は街灯が眩しかったので、比較的暗い場所に車を停めた。
隣には停泊している高齢夫婦の軽ッパコ。
会うなり「こんばんわ~」と挨拶され、私もコミュニティーの仲間に入れてもらえたようで非常に嬉しい夜だった。

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鹿児島の旅1日目「Door to doorで鹿児島へ」

2017年05月08日 | 鹿児島の旅

大流行していたインフルエンザに細心の注意を払い、マスク必須で過ごした。
マスクを紛失した時などは焦り(あれ…、何処に置いたっけマスク?!マスク、マスク!)と必死になって探し回ってみれば、あごの下に引っ掛けてあったりしてインフルエンザよりアルツハイマーの方が心配になった私である。

フライトは2月4日の11:55。
出発地となる富士山静岡空港までは、我が家から車で30分と好立地。
朝起きてから出発までの時間は、荷物の確認を指差呼称にて何度となく行なった。
「テント良し!シュラフ良し!右良し、左良し、指差呼称良し!」
家を出てから間もなくシェービングクリームを忘れた事に気付いたが、もうそれは諦めて空港に向かう。

富士山静岡空港は2009年6月4日に開港した割と新しい空港である。
開港当初は地権問題や赤字路線だとの評価から、すぐに閉鎖になるだろうという見解であったが、とりあえず今のところ8周年を祝う幟があちこちに掲げられていて大丈夫そうだ。

富士山静岡空港の魅力は何と言っても無料駐車場がある事。
我が家からはまさにDoor to door。
マイカーを降りてから1時間半後には鹿児島にいるのかと思うと何だか不思議な気持ちである。


スマホの予約番号から搭乗チケットを受け取り、大人の余裕を見せながら手荷物お預かりカウンターに向かう。
ガラガラとスーツケースを転がす身綺麗な観光客の中、でかいザックを背負った私はやっぱり異質。
受付カウンターのお姉さんも私のザックを受け取ると、十分面倒臭そうな顔でロールマットとテントポールを外してビニール袋に入れていた。
余りの居心地の悪さに
「あのぉ~、登山口は何処になりますか?」
などと言ってみたくなったが、笑ってくれなさそうなのでやめておく。

静岡空港を飛び立つと、我が町がミニチュアのように遠ざかって行った。
離陸中は写真撮影やスマホの利用が禁止されているのでお見せ出来ないのが残念だが、機体が安定するとシートベルトの着用が解除されたので、私も大人の余裕を解除。
子供さながらずっと窓の外を眺めて過ごした。


暫くして機長よりアナウンスが入り
「只今、紀伊半島上空に入りまして眼下には熊野灘が見えております。このあと四国に入り高知県上空を通過したあと鹿児島に向かいます」
ANAではこんなアナウンスなかったので、FDAならではのサービスなんだろうか?
なんか観光バスみたいだ。

寛ぐ間もなくあっという間に着陸態勢に入り、雲を突き抜けると鹿児島湾に浮かぶ桜島が見えて来た。
(おぉ~!)
すぐ足元には噴煙を上げる霧島連山が見える。
(おぉぉ~!)
リアルジオラマを目の当たりにして、大人の余裕はボロボロである。

定刻通り13:40、鹿児島空港に到着。


鹿児島空港は意外に大きい空港だった。
搭乗窓口は、ANA、JAL、Peach、jetstar、skymark、等々たくさんありFDAは一番隅っこでひっそりとしていた。
鹿児島空港からは屋久島や奄美大島、喜界島など数々の島へ渡るJACと呼ばれる小型機も運行されていたりして、なかなか賑やかな空港だ。

空港を出てレンタカーショップの無料送迎バスに乗り込むと、乗客は私独りだけだった。
運転手のお兄さんがすかさず声をかけてくる。
「山ですか?」
「えぇ、開聞岳と霧島山に登ろうと思って」
その後は営業所に到着するまで、山と道路状況について詳しく教えてくれた。
やはり百名山なので私のような客は多いようだ。
「良い旅を!」
そう言って送り出してくれたお兄さんに背中を押され、気持良くバスを降りる。
レンタカー営業所で簡単な説明を受けたあと、今回の旅の相棒とご対面。
なんとなく覚悟はしていたけれど、見事なまでの商用車。キング・オブ・軽ッパコ!


案内のお姉さんは爽やかに
「キズをご確認ください」
と言って車体を一周チェックしてまわったが、あちこちキズだらけである。
まぁ、これなら私が少しくらいキズつけても大丈夫だろう。
気を取り直し、14:15レンタカー営業所を出発!
目の前にあった鹿児島空港インターチェンジより早速、九州自動車道を南下して行く。
慌ただしく出発したのでとりあえず休憩しようと、ひとつ目の桜島SAに立ち寄る。
入ってから気付いたのだが、もうこの先サービスエリアは無いとの事なので幸いだった。
ここで遅い昼食にする。
併設されたサービスエリアに入りメニューを見ると、黒豚ラーメンが人気No1との事。
鹿児島は黒豚で有名だが、サービスエリアとは如何なもんだろう?
過去にも、木曽の味噌カツ丼、長野の信州蕎麦と、サービスエリアの味にはことごとく裏切られて来た過去がある。
「サービスエリアに本物無し!」私の教訓であるが、しかしこれといったものが見当たらないのでやっぱり黒豚ラーメンを注文。しかも大盛り。
出て来た黒豚ラーメンには黒豚と思われる厚切りのチャーシューが2枚乗っていたが、特に美味しいという訳でもなく、普通のラーメンだった。


(あれほど言ったのに…)
背後で私の守護霊も呟いていた。

腹ごしらえも整い、再び九州自動車を南下して行く。
鹿児島インターの料金所を出た後、鹿児島市街は完全スルーして、そのまま指宿スカイラインに乗った。
山の稜線に沿って作られたような道は、所々で展望が開けていた。

(指宿スカイライン途中より見る桜島。左奥には霧島連山も薄っすら見えている)

更に南下を進めると、特徴的な突起が現れた。

(おぉ、開聞岳だ!)

ひときわ目立つ山容に興奮しきりの私。
途中、千貫平自然公園なる場所があり、きっと開聞岳が綺麗に見えるだろうとの推測からUターン。
公園内にある展望台から、その雄姿を眺めた。

(素晴らしい!)

開聞岳の後ろには屋久島があり、右手には何やら白い煙を上げる島が見える。

(んんん…、まさか噴火してるのか?)

設置されていた案内図で確認すれば、それは硫黄島で「今も噴火活動が盛んで噴煙を上げています」と書かれていた。
(お~!)
こんな間近で見られて大丈夫なのか噴火活動!
興奮しきりの私である。

その後、指宿スカイラインは一気に標高を落とし、17:10池田湖に到着。
湖畔の駐車場には、一時期話題になった池田湖に住むと言われる未確認生物「イッシー」のモニュメントがあった。

当時このニュースが流れた時、てっきり北海道の話なのかと思っていたが、鹿児島の話だったとは意外。
こんな所で出会えるとは。

夕暮れも迫っていたので今宵の温泉へと向かう。
ガイドブックで予め調べておいた「指宿こころの湯」
着いてみれば宿泊棟も備えた意外に大きな施設であった。

スーパー銭湯との触れ込みだったが、しっかりとした源泉かけ流し。浴室は広く、露天が四つもあって大変充実している。
料金580円と安価だし、お湯もいい湯でとても満足だった。

入浴後、セブンでつまみとビールを買い込み宿泊地に選んだ道の駅「山川港活お海道」へと向かう。
カーナビを頼りに辿り着いたその場所は、山川港に面した小さな道の駅だった。
停まっている車は全て車中泊とみられ、もう既に就寝中の模様。
迷惑を掛けないよう私もすぐにエンジンを切り、ビールを開けて初日終了を祝った。
ここは本土最南端の道の駅だそうで非常に暖かく、車の暖房をかける事なく過ごす事が出来た。
ほろ酔い気分になり(今、私は鹿児島の最南端にいる。こんな所で何をしているのか…)と、どっぷり旅情に浸っていた時、突然携帯が鳴った。
声の主は地元青年団のM氏からである。

「嫁さんが荷物まとめて出てっちゃったんだけどさぁ~」

(って、知らんがな…)

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鹿児島の旅 プロローグ 「生涯生活に向けた心身の一層の充実を図る機会」

2017年05月07日 | 鹿児島の旅

とうとう私も50歳になってしまった。
江戸時代であればもう既に死んでいてもおかしくない年齢であり、そろそろ終活を考えなければならない年頃である。
バカボンのパパ(41歳)をとうに通り越し、これでいいのだ!とか言ってる間にもうすぐ波平さん(53歳)が待ち構えているのだった。
そんな落胆する私に会社側から一通の文書が届いた。
内容を見れば…
「チャージ休暇取得にまつわる件」
チャージ休暇4日
休暇の趣旨
年度中に50歳に達する方に付与される特別休暇で、以降の会社生活及び生涯生活に向けた心身一層の充実を図る機会とすることを趣旨としています。
平たく言えば…
「お前は50歳まで良く頑張った!4日間の休暇を与えるので存分にリフレッシュするが良い」
との事である。
そんな訳で、以降の会社生活及び生涯生活に向けた心身一層の充実を図る機会を得るため、充実した独り旅に出る事にしたい。

1年の間でいつ取得しても良いのだが、仕事は多忙を極めていたため上司からも「繁忙期は避けて下さい」との通告を受けていた。
そんな休暇の事など考える余裕すらないままズルズルと慌ただし日々が過ぎて行き、気が付けば年の瀬である。
3月末にはこの休暇が失効してしまうので慌てて思案。
(もうこんな寒い時期になってしまったから、雪の降らない場所しかないな…)
沖縄を自転車で縦断しようか?
それともサイクリストの聖地、広島から愛媛に続くしまなみ海道を走ろうか?
それとも屋久島の宮之浦岳に登ろうか?
屋久島への空路を調べているうち、最寄りの富士山静岡空港から鹿児島空港まで、片道¥13000と劇的に安い事を知った。(ちなみに最安値は¥11000)
(おぉぉ!)
気が付けば鹿児島にはふたつの日本百名山があるのだった。
屋久島はもっと季節の良い時に行く事にして、早速鹿児島行きのチケットを購入。
スカイチケットのホームからコンビニ決済であっという間に完了。¥1080の手数料が腑に落ちないが、まぁそれでも安く感じられた。
今回はふたつの百名山がメインであるから、自転車の旅ではなくレンタカーを借りる事に。
せっかくなので観光も兼ねて5泊6日、車中泊するので車は軽ッパコをチョイス。
車はスズキのエブリィだった。
レンタカーショップのホームから、こちらもスマホで簡単予約。
毎度、旅の最終日はホテル泊まりと決めているので霧島ホテルをこれまたスマホで予約。
ほんとスマホひとつで便利な世の中になったと思う。ってか、本当に予約取れてるのか電話したいくらいだ。
休暇の申請を会社に申し出たとき、パソコンに目をやっていた上司は振り向きもせず「はい」とだけ答えていたが、欲を言えば職場の休暇取得もスマホで出来れば上司の顔色を窺わずに済んだだろう。
今後、この休暇のネット予約については労使交渉の場で大いに議題として取り上げて頂きたい。

早速本屋で「るるぶ鹿児島」を購入し、ふたつの百名山である開聞岳(かいもんだけ)と韓国岳(からくにだけ)を結んで主要な観光ルートを決めて行く。
しかしメインは山であるから、天候により計画は臨機応変に考えたい。
プランも整い、久々の旅を前にワクワクして眠れなくなった50歳の私である。


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ブルーインパルスがやって来る!

2017年05月06日 | 私のネバーランド

昨年は、熊本大震災の影響で中止となった静浜基地航空祭。
今年は5月21日(日)の開催予定。
で!今年は4年ぶりにブルーインパルスが来空するとの事で非常に楽しみである。

4年前の記事はこちら

北朝鮮が核実験など起こさないよう祈りたい。

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「鹿児島の旅」執筆中

2017年04月02日 | その他

痛風が恐いので、最近焼酎にシフトしている私。
現在「鹿児島の旅」を執筆中ですが、こんなん呑みながら旅を反芻しております。

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日本百名山50座達成の報告

2017年03月11日 | リアルタイム携帯通信!
日本百名山を選定した深田久弥先生終焉の地、茅ヶ岳に登って来ました。
山頂は風もなく穏やかで、気持ちの良い山行になりました。
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