郎女迷々日録 幕末東西

薩摩、長州、幕府、新撰組などなど。仏英を主に幕末の欧州にも話は及びます。たまには観劇、映画、読書、旅行の感想も。

帝政パリの『ドン・カルロス』

2005年12月06日 | 日仏関係
スエズ運河開通祝賀にオペラが注文されたなら、その2年前、慶応3年(1867)のパリ万国博覧会で、オペラが注文されないはずはありません。以前に、『オペラ座の怪人』の感想で記したと思うのですが、帝政最後のこの博覧会には、世界の王族が集い、舞踏会やら競馬やらオペラやら、華やかな社交がくりひろげられたのですから。
もちろん、その王族の中には、最後の将軍・徳川慶喜の弟、徳川民部公子もいます。

これも以前に記したように、このとき、オペラ・ガルニエはまだ完成していません。このときのオペラ座は、1821年に仮に作られ、サル・ル・ペルティと呼ばれていた劇場です。
劇場内部の雰囲気は、オペラ・ガルニエに似て、大円天井に天井画が描かれ、巨大なシャンデリアが下がっているという豪華なものだったそうです。といいますか、この様式を、オペラ・ガルニエが引き継いだんですね。
このとき、パリオペラ座の注文に応えて、ヴェルディが作ったオペラが、『ドン・カルロス』です。パリオペラ座の注文ですから、フランス語ですし、バレー入りです。
 オペラにバレーが入るのは、現在の感覚からすれば変な気がするのですが、19世紀前半、王政復古のフランスでは、バレー入りの華やかなグランド・オペラが全盛でした。それがかなり長く、パリオペラ座では続くんですね。
 ヴェルディなども、パリで上演する場合は、バレーを入れるわけです。なんでも、オペラ座の踊り子を贔屓するパリの紳士方が、バレーなしでは承知しなかったからなんだそうですが。
『オペラ座の怪人』でも、プリマドンナが、バレーの場面が多いと文句をいったりしていますよね。
最近、この初演に近い形の『ドン・カルロス』がパリで上演され、それがDVDになったと知って、買ってみました。
フランス語ですが、残念ながらバレーは入っていません。それと衣装や背景が、現代的すぎるというんでしょうか、初演では絢爛豪華だったはずなんですが、地味で、ちょっと初演の雰囲気を味わうというわけには、いきませんでした。

オペラ「ドン・カルロス」

粗筋を書く気力がないので、リンクさせていただきました。
原作となったのはシラーの劇で、舞台は日本でいえば太閤秀吉のころです。
主人公、ドン・カルロスの祖父は、ハプスブルグ家のカール五世なんですが、カール五世の母親はスペイン王女で、ハプスブルク家の元々の領地に加えてネーデルランド、フランドル、スペインの領土すべてを相続し、神聖ローマ皇帝になったというお方です。
これに敵対したのがフランスのヴァロア家の王で、神聖ローマ皇帝に名乗りをあげ、猛烈な選挙運動をくりひろげたりもしたわけです。
結局、カール五世は、ハプスブルク家の元々の領土と神聖ローマ皇帝の名乗りは、弟に譲り、息子のフィリッペ2世、つまりドン・カルロスの父親には、スペイン王の地位を譲ります。

で、オペラ上演当時、19世紀の欧州なんですが、ハプスブルク家は、オーストリア・ハンガリー帝国の皇統として存続している一方、スペイン・ハプスブルク家の方の血統は絶え、フランスのブルボン王家がスペインに入って久しかったんですね。

この『ドン・カルロス』、パリ初演の評判は悪かったそうなのです。長すぎたのと地味だったのが原因、ということなんですが、スペイン貴族出身のウージェニー皇后は、腹を立てて途中で席を立った、というような話もあるようです。
予言的、といっては言い過ぎかもしれませんが、この三年の後、帝政崩壊のきっかけとなった普仏戦争は、スペイン王位継承問題が直接の原因となって、起こるんですね。

スペイン王国2 普仏戦争の原因

スペインへの思い入れが深い皇后が、積極的に口を出しただけに、敗戦後のフランスでは、開戦の責任を元皇后に求めるようなむきもあったようなのですが、それはどうでしょうか。エミール・ゾラの『ナナ』に描写されていますが、パリ市民は熱狂的に開戦を支持したのですし、ねえ。
イギリスに亡命して余生を送ったウージェニー皇后は、華やかに君臨した万博のパリで、遠国から来訪した年若い徳川民部公子に接したことを終生忘れず、その晩年まで日本に好意を抱いていたと、やはりこのとき幕府の在英留学生としてパリを訪れていた林董が、語り残しています。
林董は、榎本武揚の親戚で、帰国後函館戦争に参加しますが、後に許されて新政府に出仕し、イギリス大使を長年務め、日英同盟の立て役者となった人です。

最後に、『ドン・カルロス』の感想なんですが、驚いたのは、ドン・カルロスとロドリーグ、男性二人のデユエットです。なんなんだ? これは。情感こもりすぎです。

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