OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

1990年の韓国恐竜足跡見学旅行 その1 関釜フェリー

2017年03月25日 | 今日このごろ
1990年の韓国恐竜足跡見学旅行 その1 関釜フェリー
Trip to Korea to observe dinosaur footprints, 1990: No. 1 Kanpu Ferry

 今回から、1990年に韓国に足跡化石の見学のために行った旅行の記録を記していく。この旅行は私の初の海外旅行であった。海外旅行の手順が確立していなかったから記録が無く、ほとんど記憶だけで記すことになる。
 最初にH先生から、恐竜の足跡を見に行くから一緒に来ないかとお誘いを受けた。博物館長に対する先生のお手紙もあって、出張として行くことになった。7泊8日の旅行で、往復とも関釜フェリー(船中泊)をつかった。同行は釜山までSさん、釜山のホテルでH先生一行と待ち合わせる。
 下関港出発は10月14日。関釜フェリーは、日本と韓国の会社が交互に運行するが、この日は韓国側のPukwan号(漢字なら釜関号)であった。プカン号は1973年日本で建造、10,781トン、最初は北九州〜関西間で使われた(船名「つくし」・「第16阪九」)が、1983年関釜フェリー(韓国籍)に就航した。1999年までこの名で運行したが、ギリシャに売却されたという。

1-1 釜関号 下関港 1990.10.14
1-1 Ferry Pukwan at Shimonoseki pier

 下関港発の関門フェリーは、夕刻6時までに出国手続きを終る。釜山港の着岸は翌朝8時頃で、いずれもお役所の活動時刻に合せてあるようだ。薄暗くなって下関港を出て、彦島を周り、北上して六連島の東側を通る。

1-2 馬島(中央)と六連島 1990.10.14
1-2 Umashima (center) and Mutsurejima Islands off Shimonoseki

 夜中に突然周囲が明るくなって驚いたが、これはイカ釣り船の集魚灯。日の出頃には皆さん起き出して甲板へ。行商の女性が太陽に向かって拝んでいる。そのころにはすでに船は速度を落していて、釜山港外で1時間以上時間調整をする。


1-3・1-4 釜山港外に到着 1990.10.15
1-3, 1-4 Arrived off Pusan in the morning

 8時に下船して入国手続きを済ませ、タクシーでまち合わせのホテルに移動する。ホテルの名は韓国の大学の先生から電話で聞いてある。
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近況

2017年03月22日 | 今日このごろ
近況 

1 治療に関すること

 昨日(21日)、第一回の経過検査に行ってきました。昨年12月初旬に抗がん剤治療のシリーズを終え、同月20日に終了のCT検査で問題がなかったので、三カ月後の検査というわけでした。検査は造影CTと血液検査で、両方とも問題はありませんでした。
 治療中の副作用はまだ残っていて、手足のしびれだけが少し不愉快です。とくに冷たいものに触れるとしびれが悪化します。これから暖かくなれば、冷たい金属製のドアノブなどつい触れてしまうことも無くなるので、」改善されていくでしょう。
 他の副作用はほとんど無く、または解消しました。髪の毛も戻りました。体力も体重もほとんど元の通りです。次の検査は6月です。

2 コンピューターのクラッシュに関すること

 古い機械が再起動しそうにないので、昨日データの救出を依頼しました。すでに古い機械のディスプレーは壊れていました。それについては、2012年8月にこのブログで報告しました(コンピューターのモニター故障騒ぎ その1・2・補遺)が、別のディスプレーを接続して動かしてきました。

本体前に別のディスプレーを置いて使用していました

他にもソフトのバージョンが古いためにいろいろな不都合がありました。ですから、この機械の再起動をお願いしたのでは無く、データ回復だけを依頼しました。新しい機械はすでに購入してあったのですが、病気などのためにほとんど動かしていませんでした。それを動かしたので、この投稿などもできるようになりました。今後については慣れることだけです。
 現在残っている問題は次のものです。
A いくつかのファイルが見られないこと。 昨日お願いした救出ができればと思っています。
B ファイルのうち、ファイルメーカーで作成したものは、ソフトが買ってないので読めないこと。 今後エクセルで代用するつもりですが、なんとかして変換しないといけません。参考文献リストや、著作リスト、住所録など必要なものがたくさんあります。
C フォトショップを安い簡略版の同elementsにしたので、写真の処理が不慣れでうまくいかないかもしれません。

 書きためたブログ原稿(今年いっぱい分はありました)が数日後に救出できると思っているので、次の投稿あたりからもとのようにできそうです。
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パソコンのクラッシュ

2017年03月19日 | 今日このごろ
古いマックが起動しなくなった。
ちょっと外出して、帰ったらディスプレーが暗くなっていた。再起動をいくつかの方法で試したが、今の所動いていない。
すでに、新しい機械に帰るつもりでiMacを購入していたが、昨年の病気騒ぎで動かしていなかったから、まずセッティングを更新した。新しい方は、ネットには繋いでいた。まず、そのマックでプリンターとスキャナーが動くようにした。次にオフィスをインストールして起動できたから、ワード・エクセル・パワーポイントが動く。まずは今後の作成はできそう。次いでPhotoshop elementsをインストールしたが、うまく使用者登録ができない。とりあえず「お試し」の状態で使えるようにした。
次は、外付けのHDが新機械で動くかどうか試すのだが、他のこともあって、まだやっていない。これができたら、昨年末にバックアアップしてあるから、3カ月程度の作業がロスになる程度までは回復できる。外付けHDも少し古いから、この機会に新しいHDに変更の予定である。
古い機械が一度でも再起動できればファイルが読み出せるから、USBメモリなどに最近の作業分を救出したいものだ。必要なファイルは十数個ぐらい。最近昔のフィルムをスキャンしてデジタル化していたがその分のデータは1000枚程度の画像ファイルで、やり直せる。
ブログへの写真の取り込みはできそうなので、新しい記事はこのように投稿できよう。書きためたシリーズの未掲載部分のバックアップができていない。次回頃には続きを投稿できる見込みだが、ニュージーランド1993の次に予定していた韓国1990のシリーズは書き終わっていたが救出できるかどうか。
問題になりそうなのは、データの整理に使っていたファイルメーカープロが購入してないこと。参考文献リストや、」著作・講演リスト、住所録などがこれにあたる。もしファイルが救出できても、データは読めないし、ソフトを購入しても作成時のソフトがあまりに古いので、移行できそうにない。救出できたら、古いファイルメーカーのあるところに行って、エクセルとかシルクファイルに変更して持ち帰るしかないかな。少なくとも押入れにある古い機械を引っ張り出せば変換はできそう。
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一時停止

2017年03月17日 | 今日このごろ
愛用のマックがクラッシュしたので、新しい記事の投稿を一時停止します。あしからず。 
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父の遺した写真 38 修学旅行

2017年03月16日 | 鉄道
父の遺した写真 38 修学旅行


38-1 ひので号 名古屋駅 1959年6月

 1959年4月に修学旅行専用電車ひので号が走り始めた。座席の配置や、テーブルなどの配慮がされた設計だった。父は修学旅行に関して研究していたから走り始めた「ひので号」の写真を撮りに行ったのだろう。修学旅行専用列車としては、「ひので」の他、きぼう・こまどり・わかあゆ・おもいで・とびうめ・わかくさ・わかば・わこうど・友情・なかよし などがあった(このリストは完全ではない)。一部は電車ではなくディーゼルカー。新幹線の建設とともに次第に廃止され、1975年の山陽新幹線博多までの開通の頃には定期運行はなくなった。「ひので」だけで240万人の運送を行ったという。


38-2・38-3 修学旅行 京都駅 1957年

 記録では「篠原小学校修学旅行・於京都駅」となっている。現在同名の小学校が、横浜・浜松・名古屋・春日井にある。父はどれにも勤務しなかったが、教育委員会の系列から考えると春日井市立篠原小学校だろうか。駅で偶然出会ったのなら他の篠原小学校もあり得る。撮影場所は京都駅の一番ホームの跨線橋から大阪側に降りた所で、現在も同じ場所が判別できる。

38-4 ひので号車内 場所不明 1959年

 座席の配置はボックス席で、片側3人掛け、もう一方が2人掛けだった。この写真は3人掛け側で、背もたれに手すりのようなものが取りつけてあって、その窓側に1人、通路側に2人掛けるようになっている。網棚も枕木方向になっていて、多くのかばんを置けるようになっている。
 写真の転載はご遠慮いただきたい。

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