『トゥルーデおばさん』



諸星大二郎(ソノラマコミックス)



《内容》
「グリム童話」を諸星流にアレンジしたブラック・メルヘン作品集。待望の文庫化!
「トゥルーデおばさん」
「赤ずきん」
「ブレーメンの楽隊」
「いばら姫」
「Gの日記」
「ラプンツェル」
「夏の庭と冬の庭」
「鉄のハインリヒ または蛙の王様」の8編を収録。

《この一文》
“ここ…夢?
 それともあたし
 もう目を覚ましてるの? ”
  ――「ラプンツェル」より




諸星大二郎によるグリム童話のアレンジ。……怖い! 何が怖いって、絵が!! なにこれ、なんなの、この得体の知れないモノは? いや実に諸星大二郎的な世界ですね。実際、「何だかよく分からない何か」を描かせたら、この人の右に出る人はいないのではないかと思います。不気味で恐ろしくとらえどころのないモノどもが、この作品にもたくさん描かれていますが、それでもやはりどこか愛嬌があるのが諸星風味というところでしょうか。

さて、全部で8つの物語。どれも馴染みのある物語ですが(「トゥルーデおばさん」だけは分からなかったですけど)、いずれも諸星大二郎によって新しくなっていました。先の読めなさ加減が凄いですね。「Gの日記」では、主人公の女の子が誰なのか、最後まで分からなかったですよ。私は特に「Gの日記」と「ラプンツェル」が気に入りました。

「Gの日記」は、8つの中では一番ドラマチックだったかもしれません。謎めいた屋敷に暮らす少女。どうしてここにいるのだか、どうしても思い出せない。広い家の中には、少女がいつも食事の世話をしている地下室の子供(これが非常に恐ろしく描かれている…)、眠っているときは目を開けて起きているときは目を閉じるおばあさん、いつも背を向けてひたすら曲芸の練習をつづける男の子。少しずつ謎が明らかになって結末へ向かっていくところは圧巻です。少女の最後の言葉も強烈でした。これは名作。

「ラプンツェル」は、塔の中に閉じ込められた髪の長いお姫さまのお話ですよね。これも、演出次第ではこんなに恐ろしげな物語になるのかと驚きました。こ、怖いっすよ! 謎のずた袋のようなものが、天井からいくつもぶら下がっているとか、人形の首とか、あれもこれも不気味で恐ろしい。けれども、全体的にみればこの「ラプンツェル」はかなり爽快な物語でしたね。明るく美しい結末には心が洗われるようでした。これは素晴らしい。

それから、「夏の庭と冬の庭」も良かったです。これは「美女と野獣」を元にしていますが、いろいろ突っ込みどころが多くて楽しかったです。美女がおもむろに携帯でメールをチェックするとかね、あとあの苦々しい結末…! ディズニー版の『美女と野獣』が大好きな私としては、ひどい、あんなの見たくなかった! まあでも面白かったな。


この『トゥルーデおばさん』は、諸星好きのkajiさんからお借りしました。それぞれのお話の扉絵が素晴しくて、まじまじと眺めたくなるようです。物語はどれも不気味ではありますが恐ろしすぎることはないので、手もとに一冊あると安心かもしれません。私も持っておこうかと思います。何度も読み返したくなる作品集でした!






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チェコ映画祭り






昨日はユキさんと、【チェコ映画祭り】を開きました。チェコの映画やアニメーションなどをいくつか観ましたよ。私のコレクションが役に立つ日がようやく来たぜ! うへへへへ!


昨日観たのは、チェコ映画の名作『ひなぎく』、チェコアニメーション『ガリク・セコ短編集』と『チェコアニメ傑作選II』からポツポツと数作品。どれも面白かったです。ユキさんがガリク・セコの「本棚の世界」にウケていたのは、ちょっと意外でしたが、でもよく考えればそう意外でもないかな。あれは私も好きです。ユーモラスな作品ですよね。


さて、『ひなぎく』を久しぶりに観直してみて、今回私は少し認識を改めました。
この作品については「女の子映画の決定版!」とか「ポップでキッチュな☆」とか「これを観て元気にならない女の子はいない!」なんていう文句で紹介されていることが割と多いのですが、私はどうしてもそこに納得がいかなかった。このしっくりこない感じはなんだろう? とずっと疑問に思っていたのです。とりわけDVDのパッケージの裏にも書いてある「これを観て元気にならない女の子はいない!」の部分には、ものすごく引っかかりを感じておりました。私は全然元気にならないんだけど、むしろものすごく悲しくなってしまうんだけど、どうして? え?? 私がもう女の子じゃないからなの…??


 『ひなぎく』1966年 チェコ


冒頭から、列車の車輪が回る影像とさまざまな爆撃の場面が繰り返され、暇つぶしに男をたぶらかし、小銭を盗み、場所もわきまえず乱痴気騒ぎを起し、名前も持たず住民票もなく何者でもないまま何者になるべきなのかも分からず、もっと楽しいことを、ただもっと楽しく幸せなことを求めてこの刹那を弾けるように生きる二人の女の子は確かに可愛らしい。けれども、彼女たちは自分たちがダメダメだということも自覚している。このままでは幸せになれない。じゃあ、どうしたらいいの? それが本当の心からの言葉にはなり得ないと分かっていながら、自分たちで壊した皿の破片を並べるという不完全なお片づけをして、自分たちが好きな色と形のワンピースのかわりに新聞紙でできたスーツを着て、「私たちはいいこ。だから幸せ」とつぶやいてみる。落ちるシャンデリア。そして再び回る車輪と爆撃影像。

私には、どうやって「これを観て元気に」なったらいいのか分かりませんでした。けれども、今回あらためて観て、ユキさんとあれこれ話し合っているうちに、私は少し暗い方へ考え過ぎていたかもしれないと思ったのです。あの結末はたしかに痛ましいもののようではあったけれど、同時に恐るべき反骨精神、自由と幸福を願う魂の力強いあらわれだったのかもしれない。彼女たちは押しつぶされたとしても、「何かを求める心」をすっかり譲り渡したりはしないということか。それが「何か」を知らなくても、嘘は嘘だし、お芝居はお芝居に過ぎないと知っている。…そう考えると、燃え上がるようなものは感じるな。

うーん、でもまだまだ考える余地がありますね。特にラストの新聞紙スーツの意味するところを考えてみたい。あれはどういう意味ですかね? 言論の自由と正義を求める象徴であるべきはずの新聞紙によって体をぐるぐる巻きに拘束される皮肉。っていうことでしょうか? あるいは、大衆の声(常識、規律)を反映するものとしての新聞紙に全身を覆い尽くされ強制されていることを意味しているのでしょうか? だめだ、私にはまだ読み解けないわ……


ともかく、『ひなぎく』はやはり名作であることを確認しました。恐ろしいほどに洗練された映画であることは間違いないですね。画面を眺めているだけで、ぽつりぽつりと交わされる意味ありげで言葉少なな台詞を聞いているだけで、胸の真ん中がメラメラするような作品です。




そういうわけで、充実した半日を過ごせました(^_^)
それにしても、お昼に連れて行ってもらったパスタ屋さんの「ウニとイクラのパスタ」があまりにおいしくて、1日経った今も味覚を思い出しています。おいしかったなあ。お店は前もそうだったけど、満員だったなあ。次はエビとクリームソースのが食べてみたいですね。と、さりげなく次回の催促(^_^;) ユキさん、どうもありがとうございました〜☆




それから、ユキさんからは、チェコ土産をいただいたのでした(^o^)☆
猫の栞です。カワイイ! ブルーグレイの背景に猫! これでまた私の猫グッズが充実しましたわ♪ ありがとうございました〜♪♪ ユキさんがチェコで作ってきたという骸骨の操り人形も見せてもらいましたが、なかなかイカしてましたね。目玉が恐ろしげながらも愛嬌のある表情で素敵でした。お人形を作るのは楽しそうかも。チェコ、行きたいよ、私も!


旅行に行きたい。と思いつつ、帰りの阪急梅田駅。



ホームの床がつるっつるのぴっかぴかなのが、いつもとても気になる。なんでこんなつるつるなんですかね?








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なんとない読書リスト







ときどき『幻想文学1500ブックガイド』を開いては、これは読みたい! と思う作品を書き出したりしています。しかし、実際に読むところまで辿り着けることは少ない。。。徒歩1分のところに市立図書館があったころは、随分と捗ったものですがね; 自分で調達しなくてはならないとなるとなかなか見つからない希少なものが多いので、一向に進まないのでした。

でもまあ、とりあえず、面白そうな小説が今回もいくつか見つかったのでリストを作っておきましょう。


*『闇の聖母』フリッツ・ライバー(ハヤカワ文庫)
  C・A・スミスの日記に導かれ、狂気の書『メガポリソマンシー』の謎を求めて、霧のサンフランシスコを彷徨する怪奇作家フランツ。ジャック・ロンドン、ビアス、スターリングらの運命を狂わせた暗黒のカルトと闇の聖母とは何か? 米国都市幻想譚の白眉。

おお、面白そう! 狂気の書『メガポリソマンシー』とかゾクゾクしますね。フリッツ・ライバーはいくつかの短篇を読んだ限りでは、ものすごく私好みの作家です。


*『クトゥルーの呼び声』H・P・ラヴクラフト(青心社)
 死せるクトゥルー甦るとき世界は狂気の巷と化す……超古代の暗黒神の復活(未遂)とカルト教団の狂奔を描き、空前絶後の架空神話大系の開幕を告げた屈指の名作。海上に浮遊するクトゥルー神殿の悪魔的描写はただごとではない。作者一党の神話創造への執念は、神話もたぬ国の民ゆえか?

アニメ『這いよれ!ニャル子さん』によってクトゥルーブームが再燃しているらしいので、私もできれば乗っかりたい。


*『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド(新潮文庫)
 美青年ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の影響を受け、頽廃的な生活を送るようになる。年月を経ても彼は若々しいままだったが、彼の肖像画は日に日に老い、悪事を重ねるたびに醜くなっていく……。ホモセクシュアルと世紀末的頽廃のムードを漂わせながら、徹頭徹尾モラリスティックな怪奇小説。

前から読みたいと思っているのですが、そろそろ本当に読みたい。


*『ヴァテック』ウィリアム・ベックフォード(国書刊行会)
 アラビアのカリフであるヴァテックは酒色と知への飽くなき欲望に憑かれ、悪魔に魂を売り渡す。地獄への道をまっしぐらに降っていくヴァテックとその母親の魔女カラチスの放恣と悪行がすさまじい中編。また、すべてが巨大で、眼路の届く限り円柱の列や拱廊の連なりが立ち並び、人々がひたすら黙ってそぞろ歩く、という地獄の表現が、ピラネージの牢獄をイメージさせるものとして有名である。

ほほう。初めて聞く作家と作品ですが、なんだか面白そうですね。


*『オーレリア』ジェラール・ド・ネルヴァル(思潮社)
 〈夢はもうひとつの生である〉というあまりにも有名な一文から始まる、夢と白昼夢、幻覚とに支配された作品。私はオーレリアに報われぬ恋心を抱いているが、彼女は死んでしまう。惑乱する私に夢の啓示が与えられる……。象徴としての夢、何事かを告げる神秘的な夢が、作者にとっては真実なのだ。オーレリアが〈変貌を遂げ、光り輝く〉さまを夢に見て、試練が終わり、許しが得られたことを知った私が、夢の神秘の探求に夜の生を捧げ、現実では病者として過ごしていることを静かに語るさまは、一種異様な感動を読者に与えるだろう。

えっ、『オーレリア』って、こんなお話だったのか。これは読みたいな。夢の物語だなんて、ものすごく面白そう。




あれも読みたい、これも読みたいと言うのはいいのですが、今も脇に集英社版『ラテンアメリカの文学(全18巻)』を山積みにしたままでいる私は、まずはこれから読まないとならないでしょう。これを制覇することが今年の課題です。その合間に、上のどれかひとつでも読めるといいんだけどなあ…!(^o^;)




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プレゼント






贈り物をするのは難しい。私は友人たちから素敵な贈り物をされることには慣れているものの、逆に何か素敵な物を友人に贈りたいと思っても、なかなか成功しない。それには贈り主のセンスだけでなく、日頃からどれだけ相手のことを観察しその人が喜びそうなことに注意しているかが問われるのだ。私にその性質が欠けていることは、今のところどうにも否定のしようがない。



そんなわけで、先日K氏の誕生日に贈り物をしようと考えたのですが、なかなかの大騒動でした。

そもそも私は「折り畳み傘」をプレゼントしようと以前から考えていたのですが、K氏はその前に自分で折り畳み傘を買ってしまっていたのですよ。急遽別案をひねり出す必要に迫られた私は、あれこれと悩みました。

結局たいして良い考えが浮かばなかった私は、前から一度作ってみたかった「チョコレートスフレ」に挑戦することに(←これが間違いの第一歩。自分の欲しい物ばかり考えてちゃいけませんよね; でもK氏もチョコ好きだしいいかな、って……)。
ともあれ、それはチョコレートと卵だけを使ったサッパリ軽い味わいのチョコスフレでして、レシピを見ながらどうにかこうにか完成しました。


ふう、コレ。


割れました!!!

焼き立てはとても柔らかく、綺麗にお皿に移し替えることができませんでしたの!

と言い訳してみるものの、さすがにこのままではあまりに哀れなので、なんとか誤摩化すことに。

そこで、【フォルマ帝塚山】のチーズケーキ(私の誕生日の時にもらった美味しいケーキ)が入っていた木の容器を取ってあったので、それに移し替えてみました。そして冷蔵庫で半日ほど冷やした後、K氏に贈ってみます。



N:「ハイ、どうぞ☆ 誕生日おめ、おめ!」



K:(どっかで見たようなケース……)
  「ありがとう」

パカっ(蓋をあける)。

K:「…なにこの、名状しがたいケーキのような何かは?」


あまりに陰惨な図なので(移送中にスフレはさらに崩れた)自重。


N:「チョコスフレだよ…一度作ってみたかったんだ☆(ゝω・)vキャピ」

K:「…君は試作品を人に贈るのか!? しかも崩れてるじゃねーか!」

N:「大丈夫。食えばどのみちバラバラになるから…」

K「贈る方が言うんじゃねー!」( ・`ω・)⊂彡☆))Д´) パーン「ギャー!!」


そんな悲惨なやりとりがありましたが、チョコスフレは見た目こそアレでも味はふんわり軽やかで美味しゅうございましたヨ☆ そのうちまた挑戦してみようっと♪♪



しかし、もちろん流石の私もこんなプレゼントでは申し訳ないと感じるくらいの感性は持ち合わせているつもりなので、チョコスフレ以外にももうひとつ贈り物を用意しました。

「誕生日プレゼント」ということをアレコレ考えているうちに生まれた手描きの漫画(制作所要時間およそ20分。下描き状態)です。(さらに加速する「誰得感」……)

「ほらよ!」と、これもK氏に贈ってみました。K氏は私が漫画を描くことを喜ぶはずなので、これにも喜んでくれるはず…


 *「プレゼント」



まさに「誰得」!!!

って感じですが、一応読んではくれました。

K:「なにこれ? まさかこれもプレゼント(のつもり)?」
  「あー、でも、コマ割りは上達したよね。前に比べて工夫が見られるようになったよ(以下寸評がつづく)」

N:(これは喜んでくれているのだろうか? ていうか、これってプレゼントとして成立するのかな?(批評されてるし)…そもそもプレゼントって何でしたっけ???…とか思いつつ)「そうかね。まあ、君も健康無事に誕生日を迎えられたことに感謝することだな!」

K「何で上から目線!?ざけんな!」( ・`ω・)⊂彡☆))Д´) パーン「ギャー!!」




贈り物をするって本当に難しいですね、というお話でした(^o^;)
哀れ、K氏。また来年に期待してくれ!




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『アズールとアスマール』


原作・脚本・台詞・デザイン・監督:ミッシェル・オスロ
日本語版監修・翻訳・演出:高畑勲


《あらすじ》
幼い頃、アラビア人の乳母から聞いた子守歌を頼りに、ジンの妖精を探すため、遠く海を渡ったアズール。しかし、やっとたどりついた憧れの地は、“青い瞳は呪われている”とされる国だった! 文化も人種も異なるその異国で、盲人のふりをして旅を続けるアズール。やがて、大好きな乳母ジェナヌと、兄弟のように育った乳母の子アスマールに再会。今や裕福な生活を送るアスマールと“呪われた青い瞳”を持つアズールは、対立し合いながら、それぞれジンの妖精を探しに旅立つ―。






はあああああああああああ…!
なんという美しさだろう!


というわけで、ミシェル・オスロ監督の『アズールとアスマール』を観てみました。オスロ監督と言えば『キリクと魔女』『プリンス&プリンセス』ですよね。私はどちらも大変に好きなのですが、この『アズールとアスマール』も同じくらい好きになりました。うわあああああ! 隅から隅まで美しいよう!

ミシェル・オスロ作品の魅力と言えば、何と言ってもまず画面の美しさがあるでしょう。私の大好きな『プリンス&プリンセス』は影絵のアニメーションでしたが、それはそれは美しい作品でした。物語のロマンチックさとあいまって、のたうちまわるくらいに好きです。

しかしこの『アズールとアスマール』では影絵ではなく、緻密でカラフルな2Dの背景に、3Dの人物を組み合わせてありました。冒頭の、アズールとアスマールが乳母から言葉と物語を教わる場面では、私は正直に告白すると、「これはちょっと…どうなるのかな?」と心配になりました。3Dモデルの人物が浮いてしまうのではないかと思ったのです。
けれどもそれは要らない心配でした。物語が進むにつれて、登場人物たちの造型は、美しい背景の中に美しく溶け込んで、良い意味で浮き上がって見えたのです。まあ、とにかく、気が遠くなるほどに美しい。ため息が止まりません。

たとえば、こんな場面。

アズールとアスマールが花盛りの草むらの中、荷車の下で雨宿りしながら口論をしている。すると雨が上がり、二人は外へ飛び出す。空に虹がかかる。

うぐっ!! 背景に描き込まれた花々のひとつひとつを見るだけでも、本当に痺れるように美しいのです。アズールの青い瞳が見開かれるところ、アスマールの宝石のような黒い瞳、椰子の林、姫の宮殿の内部などなど、ひとつひとつの場面はそれぞれに吸い込まれそうな美しさを放っていました。


 白と黒だけの画面ですら、これほどの美しさ。



さらに美しいのは、画面だけではなくて物語も同様です。

兄弟のように育った金髪で青い瞳に白い肌のアズールと、乳母の息子で黒い髪で黒い瞳に黒い肌のアスマールは、不幸な別れ方をしたまま青年になる。成長したアズールはかつて乳母から聞かされたジンの妖精を探すため海を渡るが、遭難し、見知らぬ土地に流れ着く。言葉も通じない土地で迫害を受けるアズールだったが、幸運にも乳母と再会する。しかしアスマールとは対立してしまい……というお話。

二つの人種と文化、言葉、宗教の間にあって、アズールたちが互いに理解し合い融和してゆくさまが描かれています。本編はフランス語とアラビア語の二つの言語で成り立っており、私は日本語字幕で観ましたが、字幕がついているのはフランス語部分だけとなっていました。異国の地に立ったアズールと同じようにアラビア語部分は分からない。これは面白い演出ですね。

登場人物もみなとても魅力的です。特に「シャムスサバ姫」にはノックダウンされましたよ。閉ざされた宮殿から一歩も外に出ることのない、国の未来そのものであるお姫さま。しかしその意外なお姿と、好奇心旺盛ですばしこく、お茶目でお転婆な性格には強烈な魅力が備わっていますね。このキャラクター設定には、どことなく『プリンス&プリンセス』に登場したお姫さまを思い出して、やっぱり同じ人が作ったのだなーという気がしました。図書館で得た知識で全ての町並みを把握しているシャムスサバ姫は、しかし実物の「土」を見たことがなくて、散策の折におそるおそる「土」に触れてみる。なんてロマンチックな描写でしょう! あー、これはたまらない。もうだめ!



『キリクと魔女』、『プリンス&プリンセス』そして『アズールとアスマール』。ミシェル・オスロ監督の作品には共通するテーマがあるようです。それは、先入観を取り払い自由な心で物事を見つめること、その美しさを見出すこと、知り合うこと、認め合うこと。美しい画面と物語、魅力的な登場人物、いずれも私を感激させますが、より心を打たれるのはいつもこのテーマによってです。美しい映像と物語そして音楽のすべてにこの監督の優しい心が映し出されているようで、私はいつも胸がいっぱいに満たされるのでした。



そんなオスロ監督の次回作は『夜のとばりの物語』。2012年6月公開とのこと。イヤッホ〜〜! もうすぐじゃないか!! うれしい! なんかもうチラシ見ただけで既にクラクラするほど痺れてます。美しくて。

 『プリンス&プリンセス』に似てる?
 これは楽しみです!









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