知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許発明の明確性-明細書参酌の限界、発明特定事項として記載すれば明確でないとはいえないか

2007-04-08 09:52:40 | Weblog
事件番号 平成17(行ケ)10749
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 篠原勝美
重要度 ☆☆☆
論点1 特許発明の認定の際の明細書の参酌の限度
論点2 機能的記載の明確性(効果の明確性を検証した例)
論点3 出願人の意志で記載した以上、不明確いうことはできないか
要比較 特許有効推定のはたらかない審査時の判断
    平成17(行ケ)10212、 平成17(行ケ)10614、等

『1 取消事由1(特許法旧36条6項2号適合性の判断の誤り)について
 (1) 本件発明1は,「地震時に扉等がばたつくロック状態となる方法」に係る発明であるところ,審決は,「『ばたつく』は,乙第1号証の1ないし7にみられるように一般用語であり往復動することである。」(審決謄本4頁第2段落),「『扉等がばたつくロック状態』とは,扉等が係止されることなく単に開く方向に停止されることであり,図19のように,球(9)が係止体(6)の後部(6f)の下方に位置したままであることにより,係止体(6)の係止部(6b)は係止具(7)の開口(7a)に嵌入したままで持ち上げられない状態,即ちロック状態となっており,かつ,係止部(6b)は係止具(7)の開口(7a)内を相対的に往復動可能,即ち扉等がばたつける状態であることを意味することは明らかである。」(同頁第5段落)としたが,原告及び補助参加人は,仮に,審決の判断が正しいとの前提に立っても,「往復動可能」とはどの程度の往復動があればよいのかは全く不明であり,また,どの程度の往復動があれば「ばたつく」といえるかが明らかでないと主張する。
 
 本件発明1の特許請求の範囲には,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において」との記載があるところ,「扉等がばたつくロック状態」について,これを限定する格別の記載は見当たらない。

 一般的な用語例に従うと,「ロック」とは,「錠をおろすこと。鍵をかけること。錠。」(広辞苑第5版)とされ,扉についていえば,「ロック状態」とは,鍵をかけるなどして開かない状態をいうと解される。また,「ばたつく」とは,「ばたばたする。騒がしく動きまわる。じたばたする。」(同)などの意味を有する。そうすると,「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等がばたばたした状態にありながら,かつ,鍵をかけるなどして開かない状態」であると,一応理解することができるのであって,審決のいうように,本件発明1の特許請求の範囲の「ばたつく」が「往復動すること」を,「扉等がばたつくロック状態」が「扉等が係止されることなく単に開く方向に停止されること」を意味するものとして一義的に理解されるとは,直ちに断定し難いところである。したがって,本件発明1が,これらの語のみで,特許請求の範囲が一義的に発明として特定されるのかは明らかではない。

(2) 本件明細書(甲2)には,以下の記載がある。
 ・・・

( 3)  上記によれば,・・・,図18ないし図20に示されたロック方法のみが,地震時に扉等がばたつくロック状態となるものであり(同キ),本件発明1の実施例に相当するものである。

 ・・・

 本件明細書には,前記のとおり,本件発明1の特許請求の範囲にいう「扉等がばたつくロック状態」について直接定義する記載はないものの,「地震時に扉等のばたつきのほとんどないロック状態」と「地震時に扉等がばたつくロック状態」を明確に区別しており,そのうちの「地震時に扉等がばたつくロック状態となる扉等の地震時ロック方法」に係る発明が本件発明1であるから,「ばたつきのほとんどない」構成と「ばたつく」構成との間にどのような相違があるのかが明確にされる必要がある。

 ・・・
 一般に,「係止」とは,「係わり合って止まること。」(平成12年8月28日日刊工業新聞社発行特許技術用語集-第2版-,甲19)などとされており,上記(2)ウないしカ を併せ考えると,本件明細書において,「係止」とは,扉等が「開く方向にも閉じる方向にも動きが封殺されていること」を意味するものと理解できる。

 また,本件明細書においては,「停止」という用語が,「係止」と対比して使用されていることから,「停止」は,上記の「係止」とは異なる意味を有するものと理解することができる。このことに,「扉等がばたつくロック状態」が,前記(1)のとおり,一般的な用語例に従うと,「扉等がばたばたした状態にありながら,かつ,鍵をかけるなどして開かない状態」にあることを意味していることを併せ考えると,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」とは,「扉等が係止された状態」すなわち「扉等が,開く方向にも閉じる方向にも動きが封殺されるロック状態」をいうのに対し,本件発明1における「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等が,係止されることなく単に停止されるロック状態」であり,「扉等が,ロック位置からそれ以上開く方向への動きが封殺されるが,ロック位置から閉じる方向については,開く方向及び閉じる方向の動きが許容され,往復動可能となるロック状態」をいうものと,一応解釈することができる。

そして,扉等は,技術常識によれば,通常は,閉じられているものであるから,「扉等がばたつくロック状態」において,地震時において,通常時に閉じられている位置と前記ロック位置との間を往復動可能であるといえる。

 上記(2)クには,発明の効果として,「解除機構を単純に出来る」旨の記載があるが,同効果は,地震時において,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」と対比される「扉等がばたつくロック状態」の効果とは認められず,「扉等がばたつくロック状態」により,どのような効果を奏するかについて,本件明細書には,何らの記載もない。』


『(4) 審決は,「『扉等がばたつくロック状態』とは,扉等が係止されることなく単に開く方向に停止されることであり,図19のように,球(9)が係止体(6)の後部(6f)の下方に位置したままであることにより,係止体(6)の係止部(6b)は係止具(7)の開口(7a)に嵌入したままで持ち上げられない状態,即ちロック状態となっており,かつ,係止部(6b)は係止具(7)の開口(7a)内を相対的に往復動可能,即ち扉等がばたつける状態であることを意味することは明らかである。」(審決謄本4頁第5段落)とする
 しかし,後記(8)のとおり, 本件発明1の特許請求の範囲の記載において,構成として表れるのは,「扉等」,「棚本体側」,「棚本体側に取り付けられた装置本体」及び「係止体」のみであって,その余はすべて機能的記載となっており,しかも,上記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件各発明の具体的構成,作用を説明している部分が上記(2)キのみである本件において,図19から,「球(9)が係止体(6)の後部(6f)の下方に位置したままであることにより,係止体(6)の係止部(6b)は係止具(7)の開口(7a)に嵌入したままで持ち上げられない状態,即ちロック状態となっており,かつ,係止部(6b)は係止具(7)の開口(7a)内を相対的に往復動可能,即ち扉等がばたつける状態である」との事実を読み込んで,本件発明1の要旨を特定することは,本件明細書及び図面の参酌の範囲を超えるものであり,許されないものというべきである。』



『( 6) 以上を総合すると,本件発明1は,前記のとおり,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法」において,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態にな(る)」ものである。ここにおいて,「ばたつく」状態にあるロック状態と,係止体が「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」状態との関係は,特許請求の範囲の記載からは,明らかでない。』

『(8) 審判段階で,原告(請求人 )は,「構造が何も特定されていない『係止体』が,『地震時に』若しくは『地震のゆれがなくなること』によって,『扉等の開く動きを許容しない』,『扉等の開く動きを許容しない状態を保持』若しくは『扉等の開く動きを許容』という状態になると記載されているのみであり,当該各状態を実現するための手段,手順等が一切記載されていない。したがって,特許請求の範囲が不明確であり特許法第36条第6項第2号に違反し無効理由を有するものである。」と主張したのに対し,審決は,「これらの地震時若しくは地震のゆれがなくなることに伴う係止体の状態の記載は,発明を特定するために必要な事項として記載されたものであり,特許請求の範囲が不明確であるとはいえない。」(審決謄本5頁第5段落)とするのみである

 本件発明1の特許請求の範囲の記載は,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法」というものであるところ,ここに表れる構成は,「扉等」,「棚本体側」,「棚本体側に取り付けられた装置本体」,「係止体」のみであって,その余はすべて機能的記載である。
 そして,前記(3)ないし(6)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面を参酌しても,依然として,「係止体」における「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」との機能的記載の意義,「わずかに」の意義などが明らかではない。

したがって,原告の指摘する点について,「発明を特定するために必要な事項として記載されたものであり,特許請求の範囲が不明確であるとはいえない。」とした審決の認定判断は誤りというほかない
(9) 以上によれば,本件発明1は,特許請求の範囲の記載が明確でないということができ,また,本件発明1を引用する本件発明2ないし4も,特許請求の範囲の記載が明確でないということができる。
そうすると,本件明細書は,特許法旧36条6項2号に規定する記載要件を満たしておらず,本件各発明に係る特許は,特許法123条1項4号に該当するものとして,無効とされるべきものであるから,上記記載要件に適合しているとした審決の判断は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであって,原告の取消事由1の主張は理由がある。』



最新の画像もっと見る