知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

選択肢の一つを必須とする訂正を、実施例を上位概念化した新規事項の追加であるとした事例

2012-12-02 09:53:58 | 特許法134条の2
事件番号 平成23(行ケ)10431
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年11月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 井上泰人,荒井光
特許法134条の2第1項及び特許法134条の2第5項が準用する同法126条3項

ア 平成23年6月8日法律第63号による改正前の特許法(以下「特許法」という。)134条の2第1項ただし書は,特許無効審判の被請求人による訂正請求は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに限ると規定している。
 また,同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は,「・・・。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

イ 本件明細書の前記(1)エ(イ)及び(ウ)の記載によれば,本件発明の「α」の具体例として,A及びBが,「β」の具体例として,Cが,多種類の化合物とともに羅列して列挙されていたということができる。
 また,本件明細書には,実施例1ないし13並びに比較例1及び2が記載されているところ,・・・,実施例10として,「α」であるAと,「β」であるCとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,・・・,実施例11として,「α」であるBと,「β」であるC及びDとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ開示されていたものということができる。

 しかしながら,本件明細書には,「α」がA又はBを必須成分として含むこと及び「β」がCを必須成分として含むことについては,何ら記載も示唆もされていない。これらの物質は,多種類の化合物とともに任意に選択可能な単量体として羅列して列挙されていたものにすぎず,他の単量体とは異なる性質を有する単量体として,優先的に用いられるべき物質であるかのような記載や示唆も存在しない。

 すなわち,本件発明の具体的態様である実施例1ないし13のうち,実施例10及び11やその他の記載によると,「前記α」としてA又はBを任意に選択することが可能であること及び「γ」としてCを任意に選択することが可能であることが開示されているものということはできるが,本件明細書において,A又はB,及びCは,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎないものであるから,本件明細書の記載をもってしても,上記各構成が必須であることに関する技術的事項が明らかにされているものということはできない
・・・

ウ 以上のとおり,本件明細書の全ての記載を総合しても,「前記α」としてA又はBが必須であること及び「γ」としてCが必須であること並びにA又はB,及びCと,これらの物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とがいずれも機能上等価であることに関する技術的事項が導き出せない以上,訂正事項1及び2により,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎないA又はB,及びCを必須のものとして含むように本件発明を訂正することは,本件明細書の実施例10及び11を上位概念化した新規な技術的事項を導入するものというべきであり,許されるものではない

* 筆者注
(記号の意味)
α:長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上
β:該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上
γ:前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上

A:ラウリルメタクリレート
B:ステアリルメタクリレート
C:メチルメタクリレート
D:2-ヒドロキシブチルメタクリレート

(侵害訴訟の知財高裁判決)
事件番号 平成23(ネ)10080
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成24年11月14日

「明りょうでない記載の釈明」に一応該当するとした事例

2012-10-21 19:44:22 | 特許法134条の2
事件番号 平成23(行ケ)10263
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 八木貴美子,小田真治
旧特許法134条の2第1項ただし書3号所定の「明りょうでない記載の釈明」

(2) 判断
ア 訂正事項2は,本件明細書の段落【0015】中の「,エチレンジアミンテトラキスメチレンホスホン酸(EDTPO),ニトリロトリスメチレンホスホン酸(NTPO)」を削除したものである。
・・・
(イ) 化学辞典等によると,「コンプレクサン」の意味については,① ・・・(岩波理化学辞典第3版,化学大辞典3),②・・(入門キレート化学),③ ・・・(第3版化学用語辞典),④・・・(標準化学用語辞典)とがあり,これらによると,当業者間で「コンプレクサン」の意味が一義的に明確であるとはいえない
 なお,「大辞泉 第1版」(甲2)には,「コンプレクサン」はキレート試薬の総称であるとの記載があるが,これは一般向けの説明にすぎず,当業者がこれに基づいて「コンプレクサン」の意味を理解するとは認め難く,同辞典に基づいて「コンプレクサン」の意義を確定することは相当ではない。
・・・
(ウ) 上記辞典等の説明をも参酌して,本件明細書の段落【0015】記載の化合物につき検討すると,・・・。したがって,訂正事項2により,上記ホスホン酸の2つの化合物を削除したとしても,段落【0015】に列挙された化合物には,・・・,上記①ないし④の「コンプレクサン」のいずれの説明とも符合しない化合物が含まれている
 以上によると,訂正事項2により,本件明細書の段落【0015】に例示された化合物から,本件明細書における「コンプレクサン」の意義が明確になるとまではいえない。しかし,訂正事項2は,少なくとも上記①ないし④の「コンプレクサン」には該当しない化合物を一部削除するものであるという点では,旧特許法134条の2第1項ただし書3号所定の「明りょうでない記載の釈明」に,一応該当するといえる。
・・・
 なお,上記のとおり,本件明細書の段落【0015】の記載は,コンプレクサン化合物の例示にすぎないのであるから,訂正事項2に係る訂正によって,本件発明の要旨に変更を来すものとはいえない。以上を前提として,以下の取消事由の判断においては,本件訂正明細書の記載に基づいて,検討することとする。

要旨変更についての判断事例

2009-05-29 20:21:18 | 特許法134条の2
事件番号 平成20(行ケ)10151
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 本件補正の違法性を看過して請求項1に係る発明を認定した誤り(取消事由1)について
 当裁判所は,審決が,本件補正は134条の2第5項で準用する131条の2第1項の規定を充足しているとして,本件補正後の訂正請求書による本件訂正を認めた上で,請求項1に係る発明の内容を認定した点に誤りはないから,取消事由1は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 134条の2第5項で準用する131条の2第1項本文が,請求書の補正は要旨変更を伴うものであってはならないとした趣旨は,訂正許否の判断についての審理の遅延の防止にあるから,本件補正が訂正請求書の要旨の変更に当たるか否かは,上記の観点により,実質的に判断すべきである。

 なお,原告は,「補正前の訂正請求書によって訂正された発明」と「補正後の訂正請求書によって訂正された発明」の各技術的思想を対比して,各技術的思想に相違があるか否かによって判断すべきであると主張するが,同主張は採用の限りでない

 本件補正(別紙1)は,訂正請求書に記載された本件補正前の第1ないし第5訂正事項のうち,第2,第3訂正事項を撤回するものであるが,第2,第3の訂正事項は,いずれも明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり,同訂正事項が撤回されたとしても,訂正請求書の内容が変更されたと解する余地はなく,訂正の許否の判断について審理の遅延を招くことはない
 このような事情に照らすならば,本件補正は,訂正請求書の要旨を変更するものというべきではない。したがって,本件補正は134条の2第5項で準用する131条の2第1項の規定を満たしており,これを適法であるとした審決の判断に誤りはない。