blog-cafe

マダムnihaoのフレッシュ搾りたてブログ。お気軽にお立ち寄りください。

今さら『東京タワー』

2009-02-04 11:15:00 | 読書




 通い慣れたブックオフにしばし見切りをつけて新店舗開拓、ブックマーケットに出かけてみた。
桐野夏生の『アイムソーリー、ママ』 宮部みゆき『誰か』
そして今さらながらのリリーフランキー『東京タワー ~オカンとボクと時々オトン~ 』などの12冊を仕入れてきた。

 05年発売『東京タワー』は200万部を超えるベストセラーとなったが、ブックオフ党・105円古書派の私は、発売から4年目にしてやっとの巡り会い。
もしかして読んでいないのは私だけ?
残念ながらTVドラマも映画も見る機会を逸していた。
今さら『東京タワー』のレビューをする気はさらさらないが.......

 ああ、しかし、もし......ドラマや映画だけでこの作品世界を知り得たと納得されている方がいるとしたら、ぜひ小説も読んでほしい。
誰もが親であり、親ではない人もかっては子であったはず。
リリーフランキーさんのすばらしい文章が、愛と追憶と悔恨の心の古里への旅に誘ってくれることだろう。
私も久しぶりにコロリと参ってしまった。
 
 昨年相次いで両親の死を看取った友人が
「親の影響を強く受け、ずっと親の呪縛から逃れることが出来なかった。
両親の死で少しは解放されるかと思ったが、一向に心の空虚を埋めることが出来ない。親の死によって、自分が子であった事実からいつまでも抜け出すことが出来そうにない。」
と、いまだに複雑で深刻な胸中を打ち明けてくれた。

 百組の親子がいれば百種類の親子の歴史と形態が存在する。
こればかりは他人が介入することは不可能な世界だが、緊密な関係であればあるほど幸せも多く不幸もまた多いのではないだろうか。
就職や結婚の人生の岐路においても、一切干渉することのなかった我が両親のことを思い出した。

 友人の話を聞きながら考えた。
最近は、生き方よりも死に方の方が気になって仕方がない私。
 ....死ぬ時は親としてではなく子として死にたい....

 人生の最後の一瞬だけ、子に戻ることができたらどんなにいいだろう。



最新の画像もっと見る

18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
東京タワー (うらら)
2009-02-04 16:01:55
図書館の書架に並んでいるのを借り出したのは昨年でした。
映画になったのは知っていましたが(見てはいませんが)ドラマにもなったのですか?

>生き方よりも死に方の方が気になって仕方がない

私もそれは気になります。老いれば必ず人の手を煩わすことになる。
せめて身辺整理だけはきちんとしておきたい、思ってはいるのですが実行は難しい。
ですが、なにも思わないよりは良いだろうと自分を納得させています
うららさんへ (nihao)
2009-02-04 18:59:01
図書館で昨年借りられたということは、図書館派もベストセラーを読むのは結構時間がかかりますね。
『東京タワー』はTVドラマ化されたようですよ。
リリーさん役は北海道の星・大泉洋!

>老いれば必ず人の手を煩わすことになる
迷惑をかけたくないのはやまやまですが、いつ死ぬか見当がつかないので身辺整理は全然はかどらないし.....。
結局、生き方が死に方に通じるのだから、今をしっかり生きていけばよいということでしょうか。

私も。。。 (百子)
2009-02-04 19:57:53
わぁ、たくさん仕入れましたねー、
東京タワー、私も感動でした。
心に残る1冊です。

>死ぬ時は親としてではなく子として死にたい
そうですね、
できれば、若かりし日の両親に見守られて、優しさに包まれて逝きたい。。。

 
Unknown (京こまめ)
2009-02-04 20:57:56
『東京タワー』本も読みましたし、TVドラマもしっかり見ましたよ。いずれも泣けました。やっぱり北海道の星・大泉洋と田中裕子のコンビは最高でした。
>死ぬときは親としてではなく子として死にたい
私の母がこうでした。私より先に死ぬなんて親不孝やと祖母が泣き崩れてました。
これが親不孝ってことなのか、年老いた親にとって大変なダメージだったことはたしかです。当時母は53才でした。私はこの年を越えられるのかと時々思います。いつも思うことは朝知らない間に死んじゃってたなんてのが私の理想です。
百子さんへ (nihao)
2009-02-04 21:22:44
爆発的な大ヒット作品はすぐ忘れられてしまいますが、この作品には賞味期限はないと思いました。
流行が治まってからじっくり読むのもなかなかよいものです(負け惜しみです)

>若かりし日の両親に見守られて
ああ~、夢ですね。
ありえない、あってはいけないことですが、想像するだけで死が怖くなくなります。
こまめさんへ (nihao)
2009-02-04 21:40:46
こまめさんは小説もドラマもどちらも見たのですね。
>北海道の星・大泉洋と田中裕子のコンビは最高でした
りりーさんの実物からいくと、大泉洋の方が映画のオダギリジョーより似ている感じがしますね。

こまめさんのお母様は早くにお亡くなりになったのですね。
現実に、子として親より先に死ぬことは周囲の人々にとって、これ以上不幸なことはないですね(今、しまった!馬鹿なことを書いたと反省中です)

>私はこの年を越えられるのかと
この不安な気持ち、よく理解できます。
でもだいじょうぶです!こまめさんなら!
Unknown (HUZU)
2009-02-04 23:34:02
死ぬときは、親としてではなく子として死にたい・・・nihaoさんは、早くからご両親と離れて暮らしてたから、そう思うんですね。

私だったら、死ぬときは親でもなく、子でもなく、妻でもなく、女としてがいいわ・・・。
(ちょっと危ない発言でした(^^))
Unknown (風の又三郎)
2009-02-05 00:32:14
ママンキーの遺書は泣けたことでしょう
「親孝行、したいときには親はなし」みたいな川柳が
ありましたが、子供も両親も、まだ若いころの「親孝行」
というものはなんか照れくさいようなところがあって「親孝行」
ではなく「親孝行プレイ」と思ってやれば抵抗がないそうです

そして、私くらいの世代になってきて、親が他界したあとで
自分の子供がちいさかったころには気付かなかったことが
大人になりかけたころに、本当の親の心がやっとわかってくる。
そして、親はこんな思いだったのだろうと思うと、なんだか無性に
親が恋しくなって、自分が子供だったころ、限りなく優しかった
母の思い出とノスタルジーとがオーバーラップして遠い昔を懐かしむ
ようになると歳をとったということなのでしょうね。


Unknown (士別)
2009-02-05 07:20:43
私は子供になって母親の懐で終わりたい。
子供のいない私としては、いつもどんな最後を迎えるのだろうと考えています。
母親が亡くななったとき背骨がガタガタとはずされ、立っていられない自分がいました。
死はきっと後ろからやってきて、ポンと背中をたたかれ、そっと両手ですくってくれる、その両手が母であって欲しいといつも考えています。ついでにバイバイと手を振ってニット笑って逝きたい、母のように。
死ぬ時は (うらら)
2009-02-05 08:40:26
人の死はいつやってくるか分からない。
京こまめさんのおっしゃる通り「朝知らない間に死んじゃってた」というのは理想かもしれませんが、残された者の悲しみは計りしれません。
少し臥してあげるのが残される人にとっては良いのでは。
けれど少しのつもりが長く臥せることになって「もういい加減に・・・」と思われるようになる可能性もあるわけで、う~ん難しいです。
そう考えれば「バイバイと手を振ってニット笑って逝った」という士別さんのお母様の最期は理想的です。出来れば私もそのような最期を迎えたいものです

コメントを投稿