羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

講演会+ワークッショプのお知らせ

2017年01月05日 08時17分16秒 | Weblog
 いよいよ2017年の幕開けです。
 さっそく今週の土曜日・7日から朝日カルチャーセンター「野口体操講座」1月〜3月期が始まります。
 
 さて、少し先になりますが、2月11日(土)『耳をすます』エッグツリーハウス講演会2「こころとからだに」のご紹介です。
 エッグツリーハウスは、《大切な人、身近な人を亡くした子ども、10代の子、若者、保護者のグリーフケア「たまごの時間」を行っている一般社団法人 The Egg Tree House 》の活動です。
 代表理事の西尾温文さんとは、野口三千三先生の教室で、一緒に体操を習っていた仲間であり知人です。

 こちらの活動は、現代日本でも求められる時代になってきた、と感慨深いものがあります。
 たとえば、思いがけず、突然に、あるいは長患いであっても愛する人を亡くした悲しみを癒してくれる場として、昔はお寺さんがありました。
 また、遠くの親戚より近くの他人といわれるような親しくしてくれる近所のおじいさんやおばあさん、おじさんやおばさんがいて、多少の鬱陶しさも感じつつ、それでも濃密な関係をつくりあげることができました。
 近年ではそうした付き合いが途絶えて、後悔や悲しみ、いたたまれなさを見守り、癒しの手をさしのべてくれる人も少なくなりました。
 
 そういえば、川合隼雄さん、養老孟司さんと丸の内「元気塾」で、鼎談をさせていただいたことがありました。
 その折の楽屋話で伺った話を思い出します。
 川合さんが
「臨床でいちばん難しいことは、クライアントが、今、本当にどん底に達してしるのかを見極めることなんです」
 口火をきられた。
 話しのつづきはこうです。
 おっしゃりたかったことは、落ち込んでいく途中で、しばしば「ここが底だ」と、見誤ることがあることが問題だということでした。
 人は中途半端なところで引き上げようとすると、もっとひどく落ち込むことがあって、大事なことは底の底で引き上げるタイミングをはかることだといったお話でした。
 つつきがあります。
 もっと大事なことは、独りでは無理だけれど、誰かが寄り添って手助けをすれば、人は必ず立ち直ることができる、ということなのです。

 さて、私の経験からも、野口先生を失った時、いつがいちばん苦しかったかというと、死が直前に迫ったときではなく、まだ猶予の時間があると感じられるときに、病に接し「先取りの悲嘆」にくれていたことでした。
 人の悲しみの深さは、人それぞれで、その時、その場、その人がどのような状態におかれているのかによって、全く違うあらわれをするようです。
 亡くなったあとに、買い物にいったスーパーマーケットで、先生が食べていらしたお煎餅をみつけた棚の前で、急にどっと涙が出てしまったこともありました。
 悲しみはどんな状況のときに、感情の底から沸き上ってくるのか、本人でさえ予想がつきません。
 そうしたときに周りに見守ってくれる人、ともに悲しんでくれる人がいてくださった。その中のお一人が西尾さんだったのですが……。
 大きな悲しみ、小さな悲しみ、細かな悲しみを繰り返していくうちに、いつしか時が過ぎて、自然に癒されていったような気がします。

 さて、この「エッグツリーハウス」、悲嘆に寄り添うグループは、これから大切な活動をしてくださるのだろう、と予想しています。
 このたび、臨床心理士、僧侶、看護士といった皆さまの地道な活動のお手伝いを、たった一回のことではありますが、させていただくことになりました。
 最後にもう一度紹介をさせていただきます。
 
 エッグツリーハウス 講演会2 こころとからだに「耳を澄ます」

 場所:小金井市 宮地楽器ホール 小ホール
 日時:2017年2月11日(土)講演会は10時〜14時30分 懇親会も企画されています。
 詳細・予約は、ホームページをご覧ください。

 
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