福島ズボラーヌ

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大阪市福島区(並びにその周辺)をうろうろ徘徊。

出入橋

2013-01-25 | ・北区堂島・堂島浜ほか:風景・建築・史跡
交差点や高速道路出口の名称としてよく耳にする「出入橋」。





「wikipedia:出入橋出口」阪神高速道路11号池田線の出口
「wikipedia:出入橋駅」阪神電気鉄道の最初の開業 区間。

出入橋はこの地にかつて存在していた運河にかけられていた橋です。
運河は堂島川から蜆川(曽根崎川)を通り、さらに大阪駅まで通じていました。
名称は堂島川~駅構内までが「堂島掘割」、駅構内部分が「梅田入堀」。



大正13年「大阪市パノラマ地図」。
出入橋より東の蜆川はすでに埋め立てられ、市街地化しています。
川の西側の埋立が完了したのはこの地図が発行された大正13年。
堂島川・蜆川に交差しているカギカッコの片割れみたいな形状の運河が
堂島掘割・梅田入堀です。
大阪駅に出入りするための掘割にかけられた橋だから、出入橋という名になったんだろうな。

出入橋の北側に書かれているのが新出入橋でしょうか。
橋の上を通る線路は大阪市電でしょうか。
2号線の新出入り橋東交差点に欄干の一部が残っているようです。

『大阪の橋ものがたり』という本によりますと、
大阪駅~蜆川までの運河が作られたのは明治10年、翌年には堂島川まで延伸。
そのため、江戸時代の地図には出入橋は載っていません。
この運河が作られたことで、明治8年に敷設された鉄道の安治川支線(大阪~安治川間)が
廃止されたのだそうです。
さすが水都・大阪、鉄道よりも運河を活用した水運の方が便利だったらしく
さらに昭和5年に梅田北ヤード部分まで堀が拡張されました。
鉄道や道路の発達により、運河の埋立が進んだとの話はよく聞きますが
その逆のケースは珍しいのではないでしょうか。

梅田入堀は昭和40年代に埋め立てられ、今はありませんが
出入橋は道路の一部に姿を変えて残っています。



堂島掘割は埋め立てられ、上空に阪神高速が通っています。



高速道路にフタをされて陰気くさい雰囲気になってしまいましたが
古びた石畳がいい感じ。
今の橋が架橋されたのは、昭和10年。
当時は美しくモダンな橋だったのだろうなぁ。

橋のたもとにある有名な和菓子店「出入橋きんつば屋」の創業は1930年。
出店当時は掘割は現役、梅田入堀がさらに拡張した年でもあり
たくさんの船がこのお店の前を行きかっていたのでしょう。
ここのきんつばは最高に美味しいです。
私はアンコが苦手ですが、ここのきんつばは別。
ひとむかし前は福島や堂島界隈の会社のひとの手土産の定番は
ここのきんつばでしたが、今はどうなんでしょうか。



側面。
なんかパイプ状のものが取り付けられていたのでしょうか。



とても立派で美しい橋なのですが、全く目立ちません。
老朽化が進んでおり今後が心配。

ところでわたくし、長いことこの出入橋が北区・福島区の境界だと思っていました。
この界隈が北区であると知ったのは、結構最近。
洋食屋の「インペリアル」に行った時でした。
住所を調べてびっくりしました。
明治時代の古地図を見ると、「上福島」の一部になっているものがあります。
(福島区はかつては北区の一部でした)
実際の福島区と北区の境界は、梅田橋があったあたりです。

「出入橋きんつば屋」
住所:大阪市北区堂島3-4-10

※「北区の風景・街並み

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