雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

温故知新「死者の奢り」

2012-12-06 | 日記

 一時、不思議な話題が一人歩きしたことがあった。 誰もが一度は聞いたことがあろうとおもうが、大学医学部の地下にアルコールプールがあって、解剖に供する人間の死体が保存されている。 その死体を洗う高額時給のアルバイトがあるというのだ。 それを聞いたとき、「あれだな」と思った。 大江健三郎氏が1957年に発表された芥川賞候補作品「死者の奢り」である。 この年、「死者の奢り」と一票差で芥川賞の栄誉に輝いたのは、開高健氏の「裸の王様」 であった。 翌年、大江健三郎氏は「飼育」で芥川賞を受賞することになる。

 ある大学でフランス文学を学ぶ学生が、医学部の大講堂の地下にあるアルコールプールに浮かべて保存している解剖実習に供する人間の死体を、新設のプールまで運ぶ1日限りのアルバイトに応募する。 もう一人応募してきた妊娠している女子学生と、常勤の管理人と共に事務員の説明を聞いて作業を開始する。 作業もほぼ終了となった頃に、医学部の助教授が来て「死体を新設のプールに運ぶという説明は手違いで、死体は総てトラックに積んで火葬に持って行くのだと言われる。 明日文部省の視察にまにあわせるために、再び死体を運び新旧両方ののプールは掃除しなければならなくなる。 そのうえ報酬が貰える保証もなく、自分が交渉することになるだろう思いながら徹夜で働く。 

 考えてみれば誰でもわかるだろう。 人が出入りしなければならない建物の地下に、アルコール(あるいは、ホルマリンだとしても)プールがあること自体危険極まりない。 また、死体の保管は材木のようにプールに浮かべるよりも、カプセルに収めて個々に保管した方が経費も安かろう。 私はこの短編小説の場面設定は、大江氏の想像だと思っている。 現在ではこのようなプールは「消防法」に引っかかるだろうし、このようなアルバイトが存在する筈がない。 

 この短編小説は、「昭和文学全集」の開高健・大江健三郎短編集(定価420円)に収録されたもので、猫爺が大切に保存してきたものである。 写真はその装幀に使われているピカソの「アルジェの女たち」(関係ないけど)(-_-;)

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