移ろいゆく日々

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気にとめたことを忘れぬうちに

漱石の「序文」 

2017-11-04 12:22:19 | Weblog
 野上弥生子の「ギリシャ・ローマ神話」という岩波文庫の大部の一冊がある。これは、野上が本格的な小説家になる以前の主婦のときに、トーマス・ブルフィンチという人の「伝説の時代」という本を、わずか8ヶ月で訳したというものであって、岩波文庫の表題は少しく誤りがある。
 この本は漱石の弟子であった、そして大正・昭和の女流文学を支えた、野上の翻訳本であるので、古書店にあったものを求めたものであった。恥ずかしながら、本文はろくに目をとおしておらず、巻末に近い第三十七章の東方神話ゾロアスターを拾い読んだだけである。それでも当時の英国は、ブルフィンチのような人が諸国の神話を研究してそれを出版するという学究的営みをしていた訳だし、それを遅れて日本の婦人が志して訳出をするという文化も日本に根付いていたことがうかがえる訳である。時代を軽薄に、安きに流してはいけない。
 その序文として、表題の夏目漱石の手紙が掲げられている。半藤一利の「続・漱石先生ぞなもし」にあったと記憶しているのだが、漱石は出版文化の育成にも心を砕いた。つまりは職業作家が書籍出版で喰える世の中が、文化文明の発達に不可欠であると考えていたらしい。本の装丁に意匠を凝らしたり、印税を明確に出版社とやりとりをしたのも漱石がはじめてであるそうだ。
 そして、文学者の育成にも力を注いだ。座談の名手であったらしいが、執筆活動の中、大部の時間を割くわけにはいかないので、水曜日の午後に訪問者を受けると決めて、若い人達との交流を楽しんだらしい。事実、漱石の弟子といえる知識人は文学者にとどまらず、寺田寅彦のような文人学者(物理学者)までいて、寺田の一般向けの本が日本における科学エッセイの嚆矢となることは周知のことである。その中に、野上弥生子もいた。
 野上に序文を頼まれた漱石は、序文を書く任に堪えないとした謙遜した上で、手紙という形で書いて、野上とそしておそらくは出版社からの要請に応えようとしたらしい。漱石の人柄をうかがい知る一文になっている。上のような愚考をしたことのきっかけになったし、この一文を読むためだけでも本書を持っている価値がある、と自分をごまかして未読の言い訳にしている。
コメント
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