小父さんは、鳥籠を手にしたまま亡くなっていた。
かつて、洋館のゲストハウスの管理人をしながら幼稚園の小鳥の世話をしていた小父さん。
お兄さんは小父さんとしか意思の疎通が出来なくて、その会話は小鳥のさえずる「ポーポー語」だった。
親や他人とは会話は出来ないけれど、小鳥のさえずりは理解できるお兄さん。
そしてお兄さんとただ一人会話出来るのは小父さんだけだ。
小鳥たちは兄弟の前で歌を披露し、息継ぎも惜しむくらいに一生懸命歌った。
お兄さんは、あらゆる医療的な試みをしたにもかかわらず、人間の言葉を話せない。
青空薬局で棒つきキャンディーを買って、
その包み紙でことりブローチをつくって過ごす。
やがて両親は亡くなり、お兄さんは幼稚園の鳥小屋に行き、小鳥のさえずりを聴く。
小父さんは働きながら、夜はラジオに耳を傾けた。
静かで温かな兄弟の生活が続いた。
やがて時は過ぎ、お兄さんも亡くなって、
小父さんだけの日々となる。いや、小父さんの人生が始まる・・・
小鳥はお兄さんの言葉を運んでくれているのだ、だからか弱い体でこんなに一生懸命歌うのだ、と小父さんは思う。
すぐに別の一羽が新しい歌をうたい出す。
続けて二羽、三羽と歌が重なってゆく。
うつむいたまま、いつまでも小父さんはじっとしている。
(小川洋子著「ことり」朝日文庫)
淡々と静かな物語。
だから静かなままで、時折本の存在すら忘れた・・・
小鳥たちがさえずり、緑濃い季節になった。
兄弟が住んでいた家・・・
父の書斎があった離れ、イチイの木、木蓮、雪柳、木陰一面の羊歯、離れを覆う蔓・・・
幼稚園の鳥小屋の緑・・・
ゲストハウスの緑・・・
何ヶ月もかかって読んだ。
南魚も緑濃い季節になった。
アヤメ科の花たちも元気いっぱい咲いている。
ヒメアヤメ
ヒメシャガ
山々の緑が葉音を奏で
緑の木々が詩い
小鳥たちが詩い
花たちが詩う
六月の詩(うた)