昼食を終え、市内の観光名所を回ることにした。
観光と言ってもそれほど有名な場所がないチルボンである。
レストランの前でベチャがたむろしているので値段交渉。
行き先はTaman Sari Gua Sunyaragi(スニャラギ洞窟公園)というところ。
チルボンでは結構有名らしい。(冒頭の写真は入口)
市の西側にあり、レストランから2~3kmだろうか、30,000ルピア(邦貨で約270円)で乗せてもらうことに。
「Sunyaragi」とは、もちろん地名であるがサンスクリット語では「静かである」ことを意味しているらしい。
この洞窟が建立された目的は、1815年まで続いたスルタン王国とその家族や子孫が瞑想する場所としたらしい。
住居部分と庭園部分と大きく二つに分けられ、住居部分には玄関、ベッドルーム、バスルーム、ドレッシングルームなどもある。
他に礼拝室が装備されていると池もある。
また植民地として侵略してきたオランダとの戦いのために備えたと言われ、地下にはトンネルや水路なども設けられている。
兵士のための食糧庫や日用品の備蓄もされていたと考えられる。
入場料は10,000ルピア(邦貨で約90円)だった。
次に目指したところは市の北西にあるKeraton Kasepuhan(カスプハン宮殿)。
ベチャで25,000ルピア(邦貨で約220円)の距離。
Kasepuhan(カスプハン)とは人の名で、チレボンのスルタン王国に君臨、チレボンイスラム帝国の創設者である。
彼は97歳まで生きたと言われ、不死を誇っていた。
チルボンにはKraton Kasepuhan(カスプハン宮殿)のほかにも3つの宮殿がある。
Kraton Kanoman(カノマン宮殿)。
Kraton Kacirebonan(カチレボナン宮殿)。
Kraton Keprabonan(クプラボナン宮殿)。
いずれも入口が北を向いているという。
この建物は多分16世紀頃と思うが、詳しくは分からない。
この絵をどこから見ても目と足がついて来る錯覚に陥る。
左から見れば目と足も左を向き、右から見ても目と足もその方向を向いてくるので、何とも気味が悪い。
馬車は、鼻が象でヒンドゥー教を表し、体と頭が竜で仏教、金の翼はイスラム教を表し合わせているらしい。
何百年も枯れたことない井戸。
この井戸水で清めると病気が治るという。
胃腸が弱い人はお腹を洗う。
皮膚病の持病がある人は手合いを洗ったり、患部を洗う。
顔を洗っている人が多かった気がするが、顔が悪い?
この場所は男女共用であるが、女人禁制の井戸もある。
如何にもイスラム教らしい部分である。
因みに入場料は大人20,000ルピア、学生15,000ルピア。
外国人は70,000ルピアであるが、20,000ルピアでOKだった。
因みに外国人でもKITAS(短期滞在許可証)を提示すれば、インドネシア人並みの料金になるだろう。
歩き回って喉が渇いた。
宮殿の前にWarung(ワルン=屋台)が軒を連ねているので、そのうちの一軒で水を買うことに。
二人の女性で切り盛りしているという。
親子とのことであった。
ミネラルウォーターがコップ一杯分入ったもの。
1個1,000ルピア(邦貨で約10円)。
他にもたくさんの食べ物が売られている。
Gorengan(ゴレンガン=揚げ物)である。
Singkong Goreng(シンコン ゴレン=キャッサバ芋揚げ)衣をつけて油で揚げているので、天ぷらそのもの。
生卵と青唐辛子。
バナナの葉に包まれ焼かれたものが目に入った。
てっきりこれはOtak-otak(オタックオタック=笹かまぼこ)と思って一つ開けてみた。
かまぼことは程遠い。
ごちゃごちゃと何か分からないものが入っている。
店員が「美味しいよ」というから一口食べてみたら、ピりッと辛い。
唐辛子の辛さである。
店員のおばちゃん曰く、「これを付けて食べるともっと美味しいよ」と。
これはスラビである。
以前食べたことがあるが、一般的にはGura Merah(グラメラ=赤い砂糖)を付けて食べる。
なるほど。
ジャカルタで食べた時は甘かったが、チルボンのこれは辛い。
ところで、このバナナの葉に包まれたものは何であろうか。
その時に店員のおばちゃんに尋ねたが、忘れてしまった。
魚の身が入っているようである。
ところ変われば品変わるとはよく言ったものである。
チルボンは西ジャワ州であるが、文化は隣の中部ジャワの影響を強く受けているように感じた。
その証拠に西ジャワ州はスンダと呼ばれる民族が住み、独特の文化とスンダ語で会話するが、このチルボンに住む人たちはジャワ語を話す。
イスラム教徒がジャカルタよりも多く、99%くらいではないかと思うほど。
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観光と言ってもそれほど有名な場所がないチルボンである。
レストランの前でベチャがたむろしているので値段交渉。
行き先はTaman Sari Gua Sunyaragi(スニャラギ洞窟公園)というところ。
チルボンでは結構有名らしい。(冒頭の写真は入口)
市の西側にあり、レストランから2~3kmだろうか、30,000ルピア(邦貨で約270円)で乗せてもらうことに。
「Sunyaragi」とは、もちろん地名であるがサンスクリット語では「静かである」ことを意味しているらしい。
この洞窟が建立された目的は、1815年まで続いたスルタン王国とその家族や子孫が瞑想する場所としたらしい。
住居部分と庭園部分と大きく二つに分けられ、住居部分には玄関、ベッドルーム、バスルーム、ドレッシングルームなどもある。
他に礼拝室が装備されていると池もある。
また植民地として侵略してきたオランダとの戦いのために備えたと言われ、地下にはトンネルや水路なども設けられている。
兵士のための食糧庫や日用品の備蓄もされていたと考えられる。
入場料は10,000ルピア(邦貨で約90円)だった。
次に目指したところは市の北西にあるKeraton Kasepuhan(カスプハン宮殿)。
ベチャで25,000ルピア(邦貨で約220円)の距離。
Kasepuhan(カスプハン)とは人の名で、チレボンのスルタン王国に君臨、チレボンイスラム帝国の創設者である。
彼は97歳まで生きたと言われ、不死を誇っていた。
チルボンにはKraton Kasepuhan(カスプハン宮殿)のほかにも3つの宮殿がある。
Kraton Kanoman(カノマン宮殿)。
Kraton Kacirebonan(カチレボナン宮殿)。
Kraton Keprabonan(クプラボナン宮殿)。
いずれも入口が北を向いているという。
この建物は多分16世紀頃と思うが、詳しくは分からない。
この絵をどこから見ても目と足がついて来る錯覚に陥る。
左から見れば目と足も左を向き、右から見ても目と足もその方向を向いてくるので、何とも気味が悪い。
馬車は、鼻が象でヒンドゥー教を表し、体と頭が竜で仏教、金の翼はイスラム教を表し合わせているらしい。
何百年も枯れたことない井戸。
この井戸水で清めると病気が治るという。
胃腸が弱い人はお腹を洗う。
皮膚病の持病がある人は手合いを洗ったり、患部を洗う。
顔を洗っている人が多かった気がするが、顔が悪い?
この場所は男女共用であるが、女人禁制の井戸もある。
如何にもイスラム教らしい部分である。
因みに入場料は大人20,000ルピア、学生15,000ルピア。
外国人は70,000ルピアであるが、20,000ルピアでOKだった。
因みに外国人でもKITAS(短期滞在許可証)を提示すれば、インドネシア人並みの料金になるだろう。
歩き回って喉が渇いた。
宮殿の前にWarung(ワルン=屋台)が軒を連ねているので、そのうちの一軒で水を買うことに。
二人の女性で切り盛りしているという。
親子とのことであった。
ミネラルウォーターがコップ一杯分入ったもの。
1個1,000ルピア(邦貨で約10円)。
他にもたくさんの食べ物が売られている。
Gorengan(ゴレンガン=揚げ物)である。
Singkong Goreng(シンコン ゴレン=キャッサバ芋揚げ)衣をつけて油で揚げているので、天ぷらそのもの。
生卵と青唐辛子。
バナナの葉に包まれ焼かれたものが目に入った。
てっきりこれはOtak-otak(オタックオタック=笹かまぼこ)と思って一つ開けてみた。
かまぼことは程遠い。
ごちゃごちゃと何か分からないものが入っている。
店員が「美味しいよ」というから一口食べてみたら、ピりッと辛い。
唐辛子の辛さである。
店員のおばちゃん曰く、「これを付けて食べるともっと美味しいよ」と。
これはスラビである。
以前食べたことがあるが、一般的にはGura Merah(グラメラ=赤い砂糖)を付けて食べる。
なるほど。
ジャカルタで食べた時は甘かったが、チルボンのこれは辛い。
ところで、このバナナの葉に包まれたものは何であろうか。
その時に店員のおばちゃんに尋ねたが、忘れてしまった。
魚の身が入っているようである。
ところ変われば品変わるとはよく言ったものである。
チルボンは西ジャワ州であるが、文化は隣の中部ジャワの影響を強く受けているように感じた。
その証拠に西ジャワ州はスンダと呼ばれる民族が住み、独特の文化とスンダ語で会話するが、このチルボンに住む人たちはジャワ語を話す。
イスラム教徒がジャカルタよりも多く、99%くらいではないかと思うほど。
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