院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

テレビ番組「ほこたて対決」

2013-03-29 05:35:55 | 学術
 A社は「わが社のドリルはどんなものにでも穴をあける」と主張し、B者は「わが社の超合金は絶対に穴をあけることができない」と主張する。それなら、両者を対決させてみたらどうか、という観点から「ほこたて対決」という番組ができた。

 「ドリル対超合金」の番組では、主にドリル会社の新ドリル開発の様子が追跡されていた。ドリル会社は全社をあげて、ドリルの開発に取り組んだ。責任者は懸命になって、実験と研究を重ねた。その技術屋魂は感動的でさえあり、ひとつのドキュメンタリー番組として成立するほどだった。

 結果として新ドリルは超合金に穴をあけることはできなっかったが、すがすがしい後味を残した。このような番組は、わざわざ映画に撮るほどではなく、結果が分かっているからDVDにすることも不向きで、テレビならではの領域だと思われた。

 この番組の看板に「マニア対プロ」というコーナーがある。たとえば京成電鉄マニアというのが出てくる。とにかく京成電鉄のことは、車両の種類からダイヤの組まれ方までなんでも知っている。そして、京成電鉄の職員と、どちらが京成電鉄についてよく知っているかをクイズで競うのである。

 マニアにはいろんな種類のマニアが出てくる。たとえば漫画「ワンピース」のマニア、漫画「ドラゴンボール」のマニアなど。彼らは漫画の細かいところまで、おそろしくよく知っている。主人公が敵を相手に作戦を立てた時のテーブルに乗っていたワインボトルには何と書いてあったか?など、ストーリーに無関係なことまで覚えている。

 そこまで細かく漫画のことを覚えるならば、歴史や地理のことでも覚えたほうがまだ役に立つっだろうと思えるのだが、役に立たないことに熱中するのがマニアのマニアたる所以だろう。

 実はあまりマニアとは呼ばれないが、それに近い人たちはいくらでもいる。たとえば、彗星ハンター。彼らは毎晩一日も欠かさず、望遠鏡で夜空を眺めている。たとえば、アマチュア考古学者。彼らは発掘に余念がない。

 さらに、マダガスカルのカメレオンの種類を勘定している人。アフリカの奥地のナントカ蛙の生態を調べている人。彼らはなぜ、そんな役にも立たないことを調べているのか、理由がよく分からない。ただ、彼らがマニアと呼ばれないのは、それを職業としている研究者だからである。

 なぜ、そんなことを研究しているのかと思わせる研究者は、たいてい白人である。白人の社会は他の社会よりも豊かで、そのような研究者を食べさせることができるからである。

 この事実を敷衍すれば、マニアがマニアとして存在しうるのは、彼らを取り巻く社会が十分に豊かで、食うに困らないからに他ならない。

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