院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

栄養学を信じない

2017-10-10 00:00:29 | 学術

(健康な食事ピラミッド。ウィキペディアより引用。)

 私はむかしから栄養学を信じない。「トマト美肌術」とか「大麦ダイエット」とかいいトレンドが変わる。トレンドは「学」になじまない。

 栄養学が有用だったのは、明治の初め富国強兵策で(寒村出身の)体格が悪い兵隊の体力育成においてだった。現代の飽食時代には栄養学は時代遅れである。(データによれば当時の寒村では必要量の60%くらいしか栄養を摂れなかったらしい。だから青年でさえ体格は貧弱だったという。)

 人間は水分が不足すればノドが渇くように、なにかの栄養素が不足するとそれを欲するように神様が造ったのではないか?だから食べたくないものを無理に食べる必要はないのではないか?

 ※私の俳句(秋)
    満月や薄雲かすか彼方まで

臨床医学と基礎医学

2017-09-21 10:01:22 | 学術

(iPS細胞の電子顕微鏡写真。ウィキペディアより引用。)

 医学研究には臨床医学分野と基礎医学分野がある。臨床医学は「この病気にはどういう治療法がいいか」を研究する。一方、基礎医学とは人体の構造や機能について調べ、臨床医学のもととなる仕組みを明らかにするものである。

 ノーベル医学生理学賞受賞にかぎれば、臨床医学より基礎医学のほうが圧倒的に多い。iPS細胞は眼病の治療に応用されようとしているが、iPS細胞はもともとは基礎医学研究であった。

 物理学には、応用物理学と理論物理学がある。応用物理学はすぐに利用できるものである。理論物理学は益川教授がノーベル賞を受賞したクオークの研究のように、現在は直接役に立たないものである。

 さいきん政府は基礎研究の研究費を削った。これにより、日本人のノーベル賞受賞はなくなるだろう。このことは有名学術雑誌ネイチャーも警告しているところである。

 ※私の俳句(秋)
    自転車の灯の近づいてくる秋未明

「主体」「自我」「自己」のことなど

2017-09-07 00:09:38 | 学術
   
   (第一次視覚野。ウィキペディアより引用)。

 網膜に映った像は、脳内の複雑な過程を経て後頭葉の視覚野にマッピングされる。そのため後頭葉に損傷があると像が正しく見えない。

 それでは後頭葉に結ばれた像を見ているのは誰か?と問うたのは、確か数学者の小平邦彦である。

 この「熱い」「痛い」「おいしい」etc.・・と感じる主体を、心理学では「自我」という。哲学的な厳密さを求める立場の人たちは「自己」と呼ぶ。「自己」は「他者」の存在を前提とした概念である。

 私の精神医学の恩師、木村敏先生は、統合失調症の基本障害(すべての症状がそこから出てくる根本)を「自己の自己性の障害」と考えている(と私は思う)。先生は、自己と他者がそこから分離して出てくる「場所」に注目し、そこを「間」(あいだ)と名づけた。

 西田幾多郎の流れを汲むこうした思想は西洋にはなく、最近の先生は日本よりむしろフランスで人気がある。

 ※私の俳句(秋)
    敬老会らし半吊りの秋すだれ

ふつうの大腸菌は無害です

2017-08-26 17:13:40 | 学術

(大腸菌。ウィキペディアより引用)。

 ふつうの大腸菌は無害です。むかし海水浴場が汚染されていないかどうか調べるために大腸菌の数が測定されました。大腸菌が繁殖しやすいということは他の有害な菌も繁殖しやすい。だから、大腸菌を測れば他の菌の繁殖が類推できるというわけですね。

 海水浴場の大腸菌が測定されていた時代には、多くの人が大腸菌は無害だと知っていました。(当時から有害だと誤解する人はいましたが、現在ほどではありませんでした)。

 その後、病原性がある O-157などの大腸菌が見いだされるようになり、それをあえて病原性大腸菌と呼ぶようになりました。そこで、ふつうの大腸菌まで有害だと誤解されるようになったようです。

 (赤痢菌は大腸菌の一種なのですが、病原性が強いので最初から大腸菌という表現は使用されませんでした)。

 大腸菌は歴史的によく研究されており、遺伝子研究などでも初期には大腸菌が用いられたのでした。大腸菌は無害ですから研究にも使いやすかったのでしょうね。

 ※私の俳句(秋)
    秋風の中からつぽの段ボール

数学理論は「創造」か「発見」か?

2017-07-17 00:56:03 | 学術
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(L.オイラーの肖像画。ウィキペディアより引用)

数学理論は美しい。次の「オイラーの等式」は18世紀にオイラーによって導かれたが、自然対数の底eと円周率πと虚数単位iがみごとに関連付けられている。(n=2 の場合なら高校生でも知っている)。

     


宇宙や量子の世界では数学の法則がよく通じる。だから、世界(宇宙)の中にすでに数学的法則が存在しているように感じられる。

つまり数学理論は宇宙にすでにある法則を「発見」したようにも感じられる。

一方、数学理論は数学者が無矛盾な体系を作ると、それが宇宙の法則にたまたま合致しているようにも思われる。つまり、数学理論は「発見」ではなくて数学者による「創造」のようにも感じられる。

どちらが本当なのだろうか?フィールズ賞を日本人で初めて受賞した数学者・小平邦彦によれば、数学法則という「鉱脈」は宇宙にすでにあった感じがするという。

小平には楕円型微分方程式の長い論文があるけれども、小平自身「鉱脈」を「発見」して、そこから掘っていかないと、あんなに長い論文は書けないという。つまり「創造」だと息が続かない。すでにあった「鉱脈」を「発見」したから長々と掘れたのだそうだ。

一流の数学者が「創造」ではなくて「発見」だと言っているのだから、そういうことなのだろう。


※私の俳句(夏)

     売るでなくハイビスカスを置きし花舗

小保方さんの博士号取り消しのアベコベ

2015-11-02 21:53:57 | 学術
 もし、論文に一分でもスキがあったなら、絶対に学位(博士号)は与えられない。(少なくとも訂正を求められる。)

 小保方さんの学位論文には、本文内で引用されていない文献欄があったというが、そんな珍妙な論文が査読を通ることは絶対にない。

 医学部の場合、学位論文は教授会の教授全員が読む。工学部の場合、教授会はレジュメだけしか読まない場合もあるが、指導教官がまず細心の注意を払って学位申請者に完全なレジュメを作らせる。もし、教授会でそのレジュメが受理されなかったら、指導教官は進退伺いを出さねばならないほど厳しいものだ。

 だから、学位を取り消すということは、まずもって指導教官の、そして教授会の恥なのだ。小保方さんだけに罪をなすりつけることはできない。指導教官も辞職しなくてはならないはずだ!(教授会がレジュメだけではなく、論文そのものを読んでいたとしたら、教授会も学位授与権を返上せよ!)


※私の俳句(冬)

  綿虫や県境はこの辺りかと

処女論文「交互色彩分割法」

2015-10-26 11:55:27 | 学術
 論文は読まれてこそ価値がある。私もいくつか論文を出したが、いまだに読まれている論文は、処女論文の「交互色彩分割法」(芸術療法誌、1978年)だけである。この論文が読まれるのは中井久夫先生、山中康裕先生、飯森眞喜雄先生、志村実生先生、矢幡洋先生らが紹介してくださったことが大きい。

 処女論文がもっともよく読まれることはけっこう多いらしい。処女論文には作者の一生分が込められているからかも知れない。

 論文「交互色彩分割法」のPDFファイルはこれです。

日本語はどんな学問でもできる言語

2015-10-07 05:05:27 | 学術

(ガーナの子どもたちに囲まれる大村さん。東京新聞WEBより引用。)

 明治時代、西周はあらゆる哲学用語を日本語に訳した。これは大いなる貢献である。

 現在、日本は翻訳天国で、世界一翻訳書の多い国だそうだ。私の医学生時代の教科書も全部日本語で書かれていた。日本語の教科書がないからやむなく英語ドイツ語の教科書ということがなかった。

 このことは、あらゆる学問分野に言えるらしく、どんな学問でも日本語だけでできてしまう。そのような言語は英語以外にはないらしい。

 「おしん」の時代に、例えば岡潔、伊藤清、小平邦彦はすでに最先端の数学を勉強していた。当時、欧米以外でそのような国があっただろうか?

 そうした土壌の上にわが国のノーベル賞級の研究があるのだ。


※今日、気にとまった短歌

  紙に顔突っこみバーガー食べる娘よ弁当箱の蓋立て父 (銚子市)塚本博一

経済学と火山学の類似点

2015-09-30 08:56:20 | 学術
世界を破綻させた経済学者たち:許されざる七つの大罪 (ハヤカワ・ノンフィクション)
ジェフ マドリック
早川書房

(画像をクリックすれば amazon へ飛びます。)

 火山学は科学だろうか?特定の火山が噴火するかどうか明快なことが言えない。本当に科学なら、学者によらずきっちり同じことが言えなくてはならない。

 同じことが経済学にも言える。経済学にも諸説があって、大外れした経済学もある。だれが研究しても同じ結果になることが科学が信頼される根本なのだ。

 科学論文では「再現性」ということがしきりに言われる。生物学にせよ物理学にせよ、再現性がない論文は消えていく。なのになぜか経済学、火山学の論文にはあまり再現性が求められないように思われる。上の本は、数学的に厳密な法則性を見つけよと言っている。学問としての経済学はたんなる意見表明や見通しの陳述ではダメだということだ。


※今日、気にとまった短歌

 こんなにも男の人を惑わせてしまってとても反省してる (太田市)山田愛 

鈴木茂先生(精神科医)の遺稿集が出版されました

2015-08-22 15:23:28 | 学術
   (金剛出版刊。)

 鈴木茂先生とは昭和50年に名古屋でお会いし、これまで公私にわたりお世話になりました。

 当時、名古屋には俊英(私を除く)が蝟集し、全国的に「名古屋学派」と呼ばれることもありました。鈴木先生はその筆頭でした。こんかい、あるかたのご努力で先生の遺稿集が出版され、精神病理学の名論文が散逸するのが防がれました。

 この本で、鈴木先生の単行本は5冊目になります。アマゾンで税込 6264 円で買えます。

(この記事は「へんちき論」の番外で、個人的なお知らせです。) 

放送大学・データ解析の講義

2015-08-10 04:39:34 | 学術

(放送大学、データ解析の講義。)

 放送大学はとても面白いと前に書いた (2014-05-29) 。先日、データ収集と解析法についての講義があった(上の写真)。

 マーケットリサーチや世論調査、学術研究などのデータを集めるのに郵送アンケート、無作為電話アンケート、面接インタビューなどの諸方法の利点や欠点について要領よくまとめられていた。

 大学院生はこれらを参考にして修士論文のデータを収集すればよいだろう。だが、講義では決定的なことが言われなかった。

 大学院生がよくやるアンケート調査は、データ収集の方法としていかにも安直であり、回答者がおざなりな回答しかしないということである。楽をしてデータを集めようとする姿勢がみえみえな場合、なんのデータも集まらないことを放送では触れなかった。

 人間(回答者)を動かすには、方法以前に熱意や努力の跡が重要なのである。


※プラセボー効果?

  薬とて祖母が丸めし御籤片飲まされなぜか腹痛の消ゆ (豊橋市)中里ひとし

このたびの安保法制にかんする憲法論議の論理性を問う!

2015-07-13 06:45:48 | 学術

(水島朝穂教授。YouTube より引用。)

 このブログは時事問題を取り上げないのだが、たんに論理運びの問題として国会参考人として呼ばれた憲法学者たちに問いたい。

 私は、憲法学者は憲法そのものには異をさしはさまないと考えている。異をさしはさむなら憲法学とはまた別の学問になってしまうからだ。質問はただひとつ。

 「あなたは自衛隊を違憲合憲のどちらと考えているのですか?」

 それを語らないで、このたびの安保法制が違憲も合憲もないだろう。多くの新聞テレビが憲法学者たちにその点を問わないのが不思議である。かつては自衛隊違憲論があり、国民が自衛隊員に「税金ドロボー」と罵声を浴びせたこともあるのだ。

 私の知るところ、自衛隊そのものが違憲だとおおっぴらに言っている学者は早稲田大学法学学術院教授の水島朝穂氏だけである。彼にとっては違憲の自衛隊の存在を前提とした安保法制はむろん違憲で、極めてすっきりしている。

 自衛隊を合憲としながら安保法制を違憲とする学者がいたら、自衛隊合憲論から安保法制違憲論への筋道をじっくり聞かせていただきたい。(学者は機を見るに敏であってはいけません!)


※今日、気にとまった短歌

  ありのままのオレはどういう奴なのか笑うと裂けるくちびるの皮 (仙台市)工藤吉生

国会での憲法学者の見解

2015-06-17 05:06:47 | 学術

(国会での憲法学者の証言。togetter より引用。)

 3人の憲法学者が、このたびの安保法制は違憲だと述べた。うち1人は、安保法制を通そうとするなら改憲が必要だとした。これらは、現行憲法の研究者としては当然すぎる回答だろう。

 むかしは自衛隊そのものを違憲とする政党があり、国民の一部が自衛隊員を税金ドロボーと呼ぶこともあった。故山本夏彦翁は、自衛隊を凌辱しつづけるのは危険である、いざというときに国民を助けてくれないと書いた。

 3人の憲法学者は自衛隊を違憲と考えるかどうか、そこが知りたいところだ。自衛隊を違憲と考えるなら、安保法制なんて最初から話にならないはずだから。


※今日、気にとまった短歌

  テニスコートのあなたの声を聞きながらファールボールを探す夕ぐれ (長野市)原田浩生

ドイツ精神病理学の罪

2014-12-09 05:33:19 | 学術


 上の本はヤスパースの『 Allgemeine Psychopathologie (精神病理学総論)』という書物で、厚さが電話帳くらいあります。現在ではペーパーバックが出ていますが、私が精神科医になりたてのころはハードカバーのみで、たいへん高価な本でした。

 精神科医になって40年、この本をいつかは読むだろうと買っておいたのですが、ついに1ページも読みませんでした。とにかく難しすぎるのです。

 当時、このほかにもビンスヴァンガーの『 Schizophrenie(統合失調症)』が翻訳されました。ハイデッガーの現象学的存在論哲学を援用した精神病理学の本で、めちゃめちゃ難解でした。こうしてドイツ精神病理学は一時代を画しましたが、それらは現在も生き残っているとは言い難いです。

 これらを翻訳した先生方は当時の最高の頭脳でした。とにかくドイツ人よりドイツ語ができる人たちでした。

 いま思うに、ドイツ精神病理学には「解るものなら解ってみろ!」というようなところがあって、精神科に進もうとする医学生のハードルになっていました。精神科医は他科の医者に「精神医学は難しい」と思わせ、自分たちだけは解るのだと得々としている面がありました。その結果、医学生のあいだでは精神医学は難しそうだから敬遠しておこうという雰囲気ができてしまいました。

 精神科医の「君たち(他科の医者)には解らないだろう!」という不遜な姿勢が、その後の精神医学の自然な発展を阻んだと私は考えています。

コンピュータプログラムを使用した論文の扱い

2014-12-02 06:12:44 | 学術

(卒業論文集とDVD。鳥取環境大学のHPより引用。)

 30年ほど前、パソコンが普及してきたころプログラムは自分で書かなくてはなりませんでした。C言語などが使われるようになって、パソコンで書いたソースプログラムを大型コンピュータに移植することも行われました。

 そのころ、理系の学生の卒論にコンピュータで計算した論文が出てきました。しかしながら、そのプログラムが正しいのかどうか保証がありません。教官はプログラムのバグ捜しをやらされるハメになって、どうなるかと思われたのですが、その後どうなったのでしょうか?

 4色問題は場合分けをコンピュータで行って解決されました。でも、当時は「そんなのアリか?」という声もありました。

 一定の容器に球をなるべくたくさん詰める問題の答えに、ケプラー予想というのがあります。ケプラー予想が正しいことをコンピュータで証明した論文が1990年代に出たのですが、膨大すぎて査読者が検証を諦めてしまいました。

 最近、コンピュータで計算された結果が正しいかどうかをコンピュータで検証する方法が編み出され、上記の論文は今年ようやく正しいと認められたそうです。(The Flyspeck Project)


※今日、気にとまった短歌

  手の震へ止まぬ九十歳の漢方医領収書の印三たび押し直す  (一宮市)渡辺純子