院長のひとりごと(豊橋の心療内科より)

その日その日に思いついたこと、感じたことを徒然なるままに語ります。テーマは医療に限りません。毎日、話題が跳びます。

サルトルが理解できない

2012-06-03 04:42:18 | 読書
 哲学者のJ・P・サルトルは名前だけは多くの方がご存じだろう。ノーベル文学賞をもらった哲学者である。

 サルトルの哲学は1970年代に大流行した。学生たちはこぞって読んだ。当時学生だった私も読んだ。

 でも、さっぱり理解できないのである。

 故山本夏彦翁は、あんなに分からないものは10年もたない、と喝破した。そして、そのとおりになった。

 当時の学生たちにも分かっていなかっただろう。にもかかわらず、「即自」とか「対自」とかいうサルトル用語を使って議論していた。

 私は理解できないから、議論の輪に入れなかった。

 実は学生たちは、分からぬまま議論していたのだ。なんて無茶なことを学生たちはしていたのだろう。いや、学生のみならず、教官も議論に入っていた。教官も分からなかったくせに・・と今になって思う。

 あのときのサルトルブームは、いったいなんだったのだろう。むろん、みな翻訳で読んでいたが、そもそも翻訳者自身が理解できていたかどうか怪しい。
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坂本九さんの歌が好きでない

2012-06-02 05:22:15 | 芸能
 坂本九さんが好きでないのではなくて、彼の歌が好きでない。

 たとえば「上を向いて歩こう」。永六介さんの歌詞が、あまりに甘っちょろくて嫌いだ。中村八大さんの曲も、胸にしみない。なのに何故、何十年も歌いつがれているのか不思議である。

 この歌は「スキヤキソング」として、全米チャート一位になった。私が中学生のころだ。友人の兄がアメリカからビルボード誌を取り寄せていて、そこには SUKIYAKA (スキヤカ)とあったが、これは余談。

 「幸せなら手をたたこう」も意味が解らない。何故「幸せなら足ならそ」なのだろうか。無理スジである。

 つまり、私は永六介さんの考え方が好みでないのかもしれない。

 永六介さんのベストセラー、岩波新書「大往生」は、岩波新書としては限界の「柔らかさ」であって、岩波新書をあれ以上柔らかくはできないと、岩波書店の社長が言っていた。
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和装が似合わない美人女優たち

2012-06-01 05:05:34 | 芸能
 NHKの大河ドラマ「宮本武蔵」に出ていた米倉涼子さんは、ドラマの中では目立たなかった。ところが、別の場面で洋装で出てきたときに、私は彼女のあまりのスタイルのよさと美しさに眼を見張った。

 同じく大河ドラマの「竜馬伝」に出ていた真木よう子さんもパッとしなかった。ところが、洋装の彼女はすばらしく美しい女優だった。

 今、売り出し中の武井咲さんは、若いころの吉永小百合さんに似た美人だが、大河ドラマ「平清盛」では、田舎娘のように垢抜けない。

 このごろの女優は和装が似合わないようだ。

 日本人女優がみな、白人の美女に似ていて、白人の美女に和装が似合わないのと同じようなことになっているのだろうか?
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エジプト革命のその後

2012-05-31 06:43:23 | 社会
 エジプト革命によってムバラク政権が崩壊したは良いが、その後の内政や経済の混乱によって、エジプト国民は「かえってムバラク時代のほうが良かった」と思うようになった。

 その結果、今回の大統領選挙では、ムバラク時代の首相だったアフムド・シャフィク氏が大統領候補として台頭してきた。

 エジプト革命の牽引役だった学生たちは、体制を壊すだけ壊して、けっきょく自らの大統領候補を立てることができなかった。

 今度は学生たちは、アフムド・シャフィク氏の立候補辞退を叫んでデモをやっているという。学生たちが望んだのは「民主化」ではなかったの?「民主化」って誰が立候補しても良いという意味なのよ。君たち、分からないの?

 リビアに関する報道が最近少ないが、たぶんリビアでも「カダフィ時代のほうが良かった」と民衆は思い始めているだろう。
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わが国のマスコミがやっとギリシャ国民を批判

2012-05-30 05:12:27 | マスコミ
 私はこのブログで、何回にかわたってギリシャ国民の態度を批判してきた。すなわち、暴動による観光産業への妨害、ゼネストによる生産活動のサボタージュ、緊縮財政反対路線の政党を第一党とさせたことなどである。これらは財政破綻を促進させる行為である。

 わが国のマスコミは、こうしたギリシャ国民の「民意」をあまり批判しなかった。「民意」にマスコミは弱い。

 ところが、平成24年6月29日(月)(昨日)付けの中日新聞愛知県版一面のコラム「中日春秋」は、やっとギリシャ国民の「民意」を批判した。

 曰く「緊縮財政は拒否する。ユーロ圏には残りたい」では、ギリシャ国民は相反する希望を言っているようなものだ、と。さすがにこれ以上、ギリシャの「民意」を擁護しきれなくなったのだろう。

 実はフランスの「民意」も同じようなものである。緊縮財政のサルコジさんを大統領の座から引きずり降ろした。わが国のマスコミはまだこれを批判できない。フランスは財政破綻に一歩近づいたのだ。

 選挙で選ばれた議員は「民意」を「天の声」と呼ぶ。これは致し方ないが、故福田赳夫首相が「天の声にも、たまには変な声がある」とボヤいたことが思い出される。

 いつの時代も、どこの国でも「民意」は愚かである。
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方言賛美を疑う

2012-05-29 05:14:28 | マスコミ
 平成24年5月28日(昨日)の中日新聞朝刊・愛知県版の投書欄に中学3年生の女の子の投書が載っていた。

 趣旨は「方言ていいな」「もっと教わって後世に伝えたい」というものである。

 方言賛美はマスコミが大好きなことだから、この投書を掲載したのだろう。また、女の子も素直に「方言ていいな」とマスコミの論調に乗せられてしまったのだろう。

 方言は東京では蔑視されていた。マスコミが方言賛美をするのは、その反動である。かつ方言が使用されている地域の読者を失いたくないという営業的な理由もある。

 一方で、かつてタモリさんが名古屋弁をからかって、「名古屋人は列車が東京に近づくにしたがって、名古屋弁を使わなくなる。えびふりゃーと言わなくなる」と言って受けた。受けたのは本当のことを、そのまま言ったからである。

 元来、方言は地方々々の古民具みたいなもので、すなわち日常的なもので、賛美するようなものでもなければ、蔑視するようなものでもない。

 マスコミが方言を賛美したときには、「待てよ」と考えるべきである。

 妻は生粋の名古屋人で、自宅では名古屋弁を使う。妻の父親に「やっとかめだなも」と言われたときには、意味がわからなかった。「久しぶりだね」という意味である。
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続・技術と芸術

2012-05-28 06:14:51 | 技術
 ミケランジェロやダ・ビンチは自らのことを芸術家とは考えていなかっただろう。ただひたすら美しく写実することだけを考えていたと思う。

 むかしの画家はみなそうだった。自分を写実の職人と考えていた。

 そんなときに写真が発明された。それによって、多くの画家が失業した。

 一部の画家は具象画、抽象画への道を選んだ。写実では写真にかなうわけがない。

 こうして絵画は芸術となった。絵画が進化したわけではなく、食い詰めてしぶしぶ他の道を選んだのだ。

 写真がまだ発明されていなかったころの、例えばモナリザを「神秘的な微笑み」なぞと持ち上げるのは、あと知恵である。

 写真が存在していたなら、ダ・ビンチほどの発明家がわざわざ手間のかかる写実画なぞ描くはずがないと思う。(写真のほうに跳び付いたはずだ。)
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浮世絵と漫画の美少女

2012-05-27 04:39:13 | 漫画
 漫画の美少女はほんとうによく描けていると思う。もう0.1ミリずれると美少女でなくなってしまうくらい、細心の注意が払われている。とくに、少女漫画の美少女は、こだわりぬかれて描かれている。

 しかも、書き手によって美少女の顔が違うにもかかわらず、みんな美少女に見える。デフォルメされているからこそ、美少女に見える。あんなに目が大きい人物は実在しないにもかかわらず。

 浮世絵の美人画は、どうしても美人に見えない。だが江戸時代の人には、今日の漫画の美少女と同じくらい美人に見えたのだろう。

 浮世絵は粗末にも、陶器の包み紙に使われて海を渡った。そして西洋で、すばらしい芸術作品として再発見された。

 私は、現在の漫画の絵も浮世絵に匹敵するほど丹念に描かれていると思う。漫画の絵も将来、芸術作品として再認識されるときが来るだろう。
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技術と芸術

2012-05-25 21:10:25 | 技術
 技術も芸術も英語ならアートである。私には技術と芸術の違いが分からない。

 歯車式の腕時計を作るのは技術である。絵画は芸術である。

 芸術ほうは個性を重んじる。腕時計は変に個性なぞいらない。

 しかし、どちらも「技」を必要とする。「技」を磨くには何年もかかる。才能も必要である。この部分は技術も芸術も同じである。

 技術には嘘がないが、芸術にはどこか嘘があるような気がする。もしかすると、この部分が技術と芸術を分ける根本的な事柄のような気がする。
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私の本が出版されました

2012-05-25 06:12:40 | 読書
書 名:統合失調症治療の再検討
出版社:日本評論社
価 格:2000円プラス税100円

専門家でなくても理解できます。

アマゾンで買えます。
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