院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

精神科医療訴訟の一例

2007-11-30 12:49:35 | Weblog
【症例】

 患者は46歳男性、独身、かりに名前を患者Bとしておく。アルコール依存症であった。加えて反社会性人格障害で、これまで暴力行為で3回の服役歴がある。

 AクリニックのA医師は、これまで3年間にわったって患者を担当してきた。診療目的は、アルコール依存症からの脱却と、暴力行為を抑えることだった。

【事件】

 患者Bあるとき、ささいなことで興奮し、持っていたナイフを振り回して暴れた。そのためAクリニックに運ばれた。A医師は入院が必要と判断し、入院先の病院をあたった。しかし、6軒の病院から入院を拒否された。理由はいずれも、反社会性人格障害の患者は受け入れられないというものだった。

 A医師は仕方なく前に勤めていた他県のC病院に依頼した。昔からのよしみで、C病院は入院を受け入れた。

 ただし消防署はC病院が他県だということで、患者の搬送を拒否した。そのためA医師は自家用車で患者を搬送すことにした。C病院までは車で2時間半かかる。

 そのため、患者の沈静のために強力精神安定剤の注射をした。それでも暴れるため、手足を縛った。口から出血したので、ちり紙をつめて、その上から猿ぐつわを噛ませた。

 クリニックの男性職員(事務)2名が、車で患者をC病院に送った。

 しかし、C病院に着いたときには、患者は心肺停止状態になっており、死亡した。

【その後の経過】

 患者の両親はA医師を訴えた。A医師はその時にはできる範囲の努力をしたと反論した。

【判決】

 地方裁判所の判決は以下のようなものだった。

(1)口にちり紙をつめ、猿ぐつわをし、手足を抑制したのは妥当。

(2)薬剤の注射も沈静化、搬送のために合理的。

(3)ただし、搬送の際、医師や看護者が付き添わなかったのは、容態観察をしなかった過失がある。

(4)よって慰謝料1500万円、葬儀料120万円、弁護士費用160万円をA医師は支払え。

(5)さらにA医師には業務上過失致死の罪名がくだり、刑事処分となった。

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 プライバシー保護のため、このケースは加工してあるが、本質部分は残した。

 これを読んで、読者はどのように考えるだろうか?A医師に刑事罰まで科すのは私には過酷と思えるのだが、みなさんはどう思われるだろうか?

クリスマスのイルミネーション

2007-11-29 12:44:57 | Weblog
 クリスマスのイルミネーションがそこここで光り初めた。

 私が住む地方都市でも、駅前に電飾が飾られた。青色の発行ダイオードである。

 名古屋の駅前では、一層豪華な電飾がつけられた。それを、携帯電話で撮影する人が後を絶たない。そんなものを写真に撮ってどうするのだろうか?だれかに送付するのだろうか?

 私は電飾を美しいと思わない。電気の無駄遣いだという気持ちはさらさらないが、電飾は人工産物である。だからして、感動しない。

 最近では自宅に電飾を施す家がある。パチンコ屋かと思ったら、それが私邸なのである。誰のために、何のためにパチンコ屋ほどの電飾で私邸を飾るのだろうか?私にはその感覚が分からない。

 世の中にはいろんな人がいる。耳だけではなく顔中にピアスを付けている人もいる。私邸の電飾は、その類なのだろうか?

 昨年、神戸のルミナリエをこの欄で批判した(2006/11/20)。ルミナリエに集まる人々は、誘蛾灯に集まる虫のようではないか。人間は虫のように本能的に光に集まるようになってしるのだろうか?

 駅前のみならず、私邸にも電飾とは、私には着いていけない。

フーテンの寅さん

2007-11-28 08:53:14 | Weblog
 フーテンの寅さんが、一番初めはTVドラマだったということを知る人は少ないだろう。

 その時のマドンナは吉行和子さんだった。寅さん一流のタンカバイ(啖呵売)も出てこなかった。妹の「さくら」もまだ出ていなかったと思う。

 でも、印象に残るたいへん良いドラマだった。映画になってフーテンの寅さんはブレイクしたけれども、実はその前があったのである。

 映画でのフーテンの寅さんが、かくも長続きしたのは、渥美清さんしかできないタンカバイの演技と、妹の「さくら」の存在が大きい。

 ストーリーは単純である。マドンナがいて寅さんの癇癪がある。単純だが面白い。その時々の売れっ子女優をマドンナに起用したのも良かったのだろう。

 渥美清さんの死によって、このドラマは終わってしまった。次は「釣りバカ日誌」に期待している。でも、三国連太郎さんがご高齢なので、いつまで続くかひやひやしている。

「禁音」タクシー

2007-11-27 11:51:48 | Weblog
 排ガスをまき散らしながら走るタクシーの車内だけを禁煙にするなんて笑い話みたいだと、この欄に先日書いた。

 東京や名古屋のタクシーも禁煙になるそうである。

 私は「禁音」タクシーを希望したい。と言うのは、運転手が点けているラジオがうるさいからである。特に野球や相撲の実況中継がうるさい。

 タクシーは騒音を出しながら走っている。だから車内だけを「禁音」にするのは、これまたマンガみたいな話だけれども、禁煙タクシーがあるのだから、「禁音」タクシーがあってもいいだろう。

北海道の空調

2007-11-26 17:39:33 | Weblog
 北海道の人が真冬に本州に来ると寒いという。

 冬は寒いものと決まっているが、北海道の冬はそうでもない。暖房がしっかりしているのである。

 昔、帯広の病院を見学して驚いた。2階建ての建物がある。それが全部ボイラー室なのである。

 北海道は寒いから、暖房にはことのほかお金をかけているようである。だから、暖房が中途半端な本州に来ると、北海道の人は寒いと感じるのだろう。

 そのかわり、北海道には冷房がない。真夏に北海道に行って、意外にも暑く、でも冷房がないので往生したしたことがあった。

 本州は寒くて暑い。暖房も冷房もどこか中途半端なのである。

伊豆の踊り子

2007-11-25 08:55:57 | Weblog
 川端康成の名作「伊豆の踊り子」は、大正15年に発表された。一高生と旅回りの一座の踊り子との淡い恋物語である。

 旅回りの芸人は、当時、最下層の人種として蔑まれていた。一方、一高生はエリート中のエリートとして、世の尊敬を集めていた。

 「伊豆の踊り子」では、主人公の一高生が旅回りの一座と同じ木賃宿に泊まろうとして宿の主人から

    「ここは旦那さまの泊まるような宿ではございません」

と、断わられている。

 19歳の一高生が旦那さま呼ばわりである。仕方なく主人公は別のちゃんとした宿に泊まるのであるが、17歳くらいの「踊り子」への思慕はつのるばかりである。

 旅回りの芸人がいかに蔑まれていたか、また一高生がいかにエリートだったかが分からないと、この小説は理解できない。

 この小説が発表されたのは大正15年であるから、以上のようなことは「常識」だったのであり、いちいち文中で説明するまでもなかった。

 だが、今の人はそれを知らないから、説明が必要である。説明なしにこの小説を読んでも、半分も理解できないだろう。

小学校での英語必修化

2007-11-24 14:35:06 | Weblog
 小学生に英語を必修にするかどうかで論争がある。

 賛成意見は、小さいころから英語に親しませると、上達するというものである。

 反対意見は、母国語もおぼつかないうちに外国語をやらせるのはどうか、という意見である。

 ただ、この論争には決定的な視点が欠けている。それは、私がこの欄で述べた「7%の法則」(2007/6/7)をいずれも無視している点である。

 小さいころから英語を始めると、それでバイリンガルになれるほどの子供は、まあ7%である。

 あとの93%には大して役に立たないだろう。それどころか、日本語と外国語がごっちゃになって、わけがわからなくなる子供も7%くらい出てくるだろう。

 現に来日した日系ブラジル人の子供に、そういう現象が目だってきて問題になっている。

 だから、私は小学生の英語必修化に反対である。7%の子供はすごく伸びるだろうが、残りの93%にとっては有害無益と考えるからである。まずは母国語をしっかり習得すべきである。

アイスクリーム

2007-11-23 09:07:29 | Weblog
 初めてアイスクリームを食べたのは、幼稚園のころ観光バスに売りに来た「アイスクリン」だった。マッチ箱のような引き出しの容器に入っていて、「アイスクリン」と売り声をかけて売りに来た。

 今にして思えば、とてもアイスクリームと呼べるようなシロモノではなかったが、夏に冷たいものを食べるのは嬉しかった。まだ、冷蔵庫のない時代だった。

 やがて、菓子屋で棒に付いたアイスクリームが売られるようになった。菓子屋も冷蔵庫を持っていなかったから、魔法瓶の大きいのにドライアイスを入れて保存していた。これもおいしいと思った。

 すでに洋食屋ではアイスクリームがメニューにあったけれども、菓子屋のそれよりおいしいとは思わなかった。

 高校生のころ、喫茶店に出入りするようになって、よく喫茶店のアイスクリームを食べた。伊勢丹会館の2階の喫茶店のアイスクリームが最もおいしかった。

 六本木のアマンドのアイスクリームは、明治や雪印が出している紙カップ入りのアイスクリームと同程度で、おいしくなかった。(アマンドは紅茶もジュースもまずい)。

 紙カップ入りのアイスクリームは、乳脂肪が少ないとの理由から、アイスミルクと名乗るように当局から指導された。だから、未だに紙カップのアイスクリームはアイスミルクと名乗っている。(これには賦形剤として紙パルプが使われている)。

 紙カップ入りの品物でもアイスクリームと名乗る製品が出てきた。これはおいしい。ハーゲンダッツのアイスクリームは特においしい。

 レストランでデザートに出されるアイスクリームもハーゲンダッツを超えられない。

ダリの絵

2007-11-22 08:34:08 | Weblog
 父が美術好きだった関係で、私は幼いころから絵画展、彫刻展によく連れて行かれた。

 私は「うまい」と思うだけで、それ以上のことは分からなかった。とくに抽象画の展覧会はわけがわからず、退屈でしかなかった。

 長じて自分で展覧会に行くようになった。絵や彫刻の良し悪しが分かるようになったのは高校生の時くらいだろうか?

 でも、やっぱりどこか面白くない。父の影響で展覧会に行くようになっただけだからだろう。高校の美術の教師が日展に出品していた。それも見に行ったが、たいして上手いと思わなかった。

 なんだか画家の自己満足のような感じがしてならなかった。しかし、絵画でこれほどまでに精密に描く技術には脱帽せざるをえなかった。

 写実的な絵画展には驚いた。すごいテクニックに感動した。まだ私には抽象画は分からず、ただひたすら写実画の精妙なところに感動していた。(今でも分からないところがある)。

 父は日本画、洋画の画集を買ってくれた。描かれている絵の迫力に圧倒された。だが、1人だけ疑問に思う画家がいた。

 それがダリである。

 ダリの写実のテクニックのすごいことは認めざるをえない。ただ問題は、絵の内容である。有名な「柔らかい時計」。これはなんじゃ。屁理屈ではないか。

 絵画は感性で見るものである。理屈ではない。ところが、ダリの絵はことごとく理屈なのである。

 ダリが現在でもこれほどまでに賞賛される理由が、私には分からない。

「うがい」に関する疑義

2007-11-21 08:27:06 | Weblog
 インフルエンザや風邪の季節になった。こういう時期には必ず「外から帰ったら、うがいを!」と叫ばれる。

 私は「うがい」の効用に疑問をもつ者である。

 ウイルスが喉の粘膜に付着してから細胞内に入るのに20分かからないという。それなら、外から帰ってから「うがい」をしても、もう遅いのではないか?

 「うがい」はむしろ喉の粘液を取り去ってしまい、粘膜の耐性を弱めるという説もある。だったら、「うがい」は有害無益ではないか?

 それなのに、著名な医療者が「うがい」を奨励している。だから、みんな「うがい」をする。一億総ガラガラとやっている。

 無益どころか有害であるかもしれない「うがい」という行為を一億人がやっているのは、不気味な光景である。

 著名な医療者はまず「うがい」の効果を科学的に証明してから「うがい」を奨励してほしい。でないと、国民は変な方向へ導かれてしまう。

 「うがい」に関する疑義については昨年もここに書いた。(2006/7/13)。でも、いっこうに「うがい」が減らないどころか、その効用を科学的に証明しようという機運さえ起こらないので、何度でも書く。

インフルエンザの予防接種

2007-11-20 11:59:27 | Weblog
 私はインフルエンザの予防接種は効かないと密かに思っている。

 昔、山梨県が予防接種をいっさい廃止した時期があったが、山梨県が他県よりインフルエンザが増えたというデータはない。

 イギリスでの5年以上に及ぶ疫学的調査では、予防接種をした群よりも、本物のインフルエンザにかかった群のほうが、長期的に見ればインフルエンザにかかる回数が少ないという。本物のインフルエンザは強力な免疫を作るからだと想像される。

 予防接種をすると、たとえインフルエンザにかかっても軽くすむという医療者がいる。これは極めて無責任な発言である。軽くすむという科学的データは何もないし、そういうデータは取ろうとしても非常に困難である。

 予防接種を受けようと思う人を止めはしないが、少なくとも私は受けない。

万年筆売り

2007-11-19 11:44:21 | Weblog
 私が中学生のころまで路上で万年筆を売る商売があった。当時、万年筆は高価だったが、路上売りの万年筆は5分の1くらいの値段だった。どうせ粗悪品だろうと思って買わなかった。

 それより以前、万年筆売りには口上があったという。これも沖浦和光著『旅芸人のいた風景』(文春新書)からの引用であるが、万年筆売りはテキヤ用語で「ネンマン売り」と言い、独特の口上があったという。

 「ネンマン売り」は泥で汚れた万年筆を台に並べ、「先月、工場が火事にあって倒産し、給料が出なくなりました。一家8人、3度の食事にも事欠くようになりました。焼け跡からまだ使える万年筆を、このように苦心して掘り出してきました。泥まみれなので文具店では売れませんが、みなさんのお情けにすがって、なんとかこうして生活しているんです」と涙ぐみながらの口上を行う。

 これを「ナキバイ」(泣き売)というそうだ。むろん口上は嘘で、万年筆は粗悪品である。でも、これが結構よく売れたそうである。

 「ナキバイ」の現場に立ち会えなくて残念である。

テキヤの技芸

2007-11-18 08:29:07 | Weblog
 今は見られなくなったが、私は本物のバナナ叩き売りを見たことがある。

 慣れた口上とサクラの利用で、小気味よくバナナを売っていく。見ていて飽きなかった。

 こういうのを「タンカバイ」(啖呵売)と言うそうだ。フーテンの寅さんも「タンカバイ」である。バナナの叩き売りだけではなく、「タンカバイ」はすべて無くなってしまった。

 ガマの油売りは本物を見たことがない。80歳の研究者、沖浦和光氏が、ガマの油売りの技芸を持った人が残っていないかと、浅草のテキヤの親分に尋ねたところ、ひとりも残っていないとのことだった。

 仕方なく、趣味でやっているグループに実演してもらったら、「何かが違う」と感じたという。それは技芸の違いではない。いろいろ考えて、沖浦氏は「なんとしてもこれを買ってもらわないと食っていけぬ」という気迫がアマの技芸にはないのだと指摘している。(沖浦和光著『旅芸人のいた風景』文春新書)。

保健所は超ヒマ

2007-11-17 08:30:33 | Weblog
 保健所関連施設に7年間勤めていたことがある。

 その時つくづく思ったのは、保健所はヒマだということである。仕事と呼べるようなものは1日1時間で済んでしまう。

 残業はむろんない。夕方5時前になると、職員は帰り支度をして時計が5時になるのをひたすら待っている。

 世の中には変わった人がいて、5時前に職員が保健所から出てくるかを見張っている人がいる。5時前に職員が帰ったら告発するつもりなのである。だから、5時までは職員は庁舎を出ることができない。

 事務職も保健師もヒマだが、所長自身がヒマである。仕事はハンコを押すことと、町内の行事に出ることくらいである。所長の中にはインターネットのアダルトサイトで遊んでいる人もいる。

 女性職員は、産休、育休が保障されている。今では育休は3年である。育休のうちにまた産休に入り、次々と子供を産んで10年くらい連続して休む保健師もいる。技能が落ちてしまうだろうに。

 こういう組織に税金を支払っていると思うとバカらしくなる。保健所関連施設にいた私が思うのだから、一般の人はなおさらだろう。

子供にとっての難問・その2

2007-11-16 08:26:54 | Weblog
 小学校1年生のとき、困ったテスト問題に出会った。

 その問題は、自動車の絵が描いてあって「これは何でしょう?」というものだった。

 自動車であることは一目瞭然である。その上で「これは何でしょう?」と来たから幼い私は困った。てっきり車種を問われていると思ったのである。

 絵が雑だから車種が分からない。正解は「自動車」なのだが、そんなのは当たり前すぎて、いちいちそんな事を問われているとは思わなかった。

 考え抜いて、私は「ポンティアック」と書いた。

 教師はキョトンとしていた。