『松本清張短編全集(6)青春の彷徨』を読んでいます。
表題作のほか、「喪失」「市長死す」「弱み」「ひとりの武将」など、自選の短編が9編。どれも秀逸です。
「松本清張氏の短編には、鍛え抜かれた戦士のように充実した人間の筋肉としたたかな骨格がある。しかも短編小説の見本のような構成の美は比類がない。一語一語が選択され、有機的に配置され文学という虚構のなかに脈動する人生を嵌入(かんにゅう)した。精密機械のパーツのごとく一語の欠落も許されない言葉が、唯一で代替のない表現を綴文(ていぶん)し、鋭い視角から真実に切り込まれる。それはすでに、文学の形をした、切り取られた人生そのものである。」(森村誠一)
「清張氏の小説がなぜ面白いのか。それは私たちが暗い過去を持っているからである。心ならずも成り上がってしまった過去である。」(多田道太郎)
清張氏が亡くなって、ずいぶん時間が経ちます。敗戦の記憶は、どんどん過去の物となります。「暗い過去」を持つ人は減っていく。成り上がりは疚しい感情をいだくものですが、鈍感というより、そもそも疚しさを知らない人が増えていく現代、そして未来。
それでも、いまも原作をもとに2時間ドラマが作られます。清張氏の短編には、汲みせど尽きぬ、普遍的な人間ドラマがあるからでしょう。まさに「文学の形をした、人生そのもの」です。