自由広場

穿った独楽は廻る
遠心力は 今日も誰かを惹きこむ

新・桃太郎 第一話

2005-12-21 02:29:49 | どーでもいいことつらつらと。
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。

おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんはいつもよりちょっとオシャレをして
2軒先の鈴木のじいさんの家へ行きました。







そうです。おばあさんは不倫をしていたのです。





玄関でおばあさんを出迎えながら鈴木のじいさんは言いました。

「いいのかい奥さん?川へ洗濯しに行く時間だろ?」

「この文明開化の時間に・・・。洗濯機があるじゃろ」

そう言っておばあさんは鈴木じいさんの胸の中へ飛び込むのでした。
おばあさんは今、幸せと言う名の洗濯機の渦の中です。



一方その頃・・・・。

山へしば刈りに行ったはずのおじいさんは、逆にシバかれていました。
山道の途中、歌舞伎町帰りのヤーさんと肩が触れ合ってしまったのです。
ヤーさんは言いました。

「んだコラなめとんのかオラ!ケツの穴に手突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞボケァ!」

その顔といったら鬼、いや、閻魔の形相でした。

もはやベタベタの展開でした。ヤーさんの足に必死にすがるおじいさん。気が動転して「許してください」と言うところを、

「殺してください」

と言い間違えてしまったものだからさあ大変、さすがのヤーさんも逆にひいてしまうのでした。

「お、おう!今日はこのくらいにしといてやらぁボケ!わしゃあ朝帰りで眠いんじゃぁ!この辺にマンガ喫茶とかねぇかオラ!」

おじいさんは懇切丁寧に場所を教えてあげるのでした。しかしそこはマンガ喫茶ではなくカラオケ喫茶なのでした。


その頃おばあさんはと言えば・・・。
相変わらず鈴木のじいさんの家でチョメチョメなのでした。


鈴木じいさんは3年前に奥さんを亡くし、一人で寂しく暮らしていました。
それを不憫に思ったおばあさん。ある日おすそ分けとして桃を届けるのを理由に、鈴木じいさんの家を訪れました。
それからと言うもの、おばあさんは頻繁に鈴木じいさんの家へ通うようになりました。
互いに惹かれあう二人。親密な関係になるまで、そう時間はかかりませんでした。


おばあさんを腕に抱きながら、鈴木じいさんはふと部屋の隅へ目をやります。
そこには仏壇で微笑みながらこちらを見ている奥さんの写真があります。それを見るたび、鈴木のじいさんは息ができないくらい苦しくなります。
まるで、放課後の誰もいない教室に差し込む夕日のように、儚く胸を締め付けるのです。




おじいさんに言われたとおりの道を辿ってきたヤーさんは愕然とします。

『歌える喫茶 エイジア』

絶対にマンガ喫茶ではありません。

しかし次にヤーさんが取った行動は予想外でした。
ヤーさんは自分でも分からないまま、見えない糸に引かれるかのように喫茶店の扉を開きます。

『カランカラン』扉に付けられたベルが鳴ります。

そしてそこに広がる世界。ヤーさんが33年の人生の中で初めて見る光景でした。
そこにいる人たちは皆、輪になって涙を流しながら歌を歌っているのです。

「ぉ・・・ぉぉぅ・・・なじゃこりゃぁ・・・・」

ヤーさんに気づいたマスターが近づいてきます。
その笑顔といったらもう。この世のものとは思えません。ヤーさんがこれまで重ねてきた嘘、犯した罪、その全てを許してくれるような。まるで天使に見えたのです。

マスターは言いました。

「さぁ、こっちに来て一緒に歌いましょう」

マスターに手を引かれ、ヤーさんは輪の中央へ誘われます。歌は『翼をください』。


『今~私の~ねが~いごとが~叶うならば~翼が~欲し~い』


ヤーさんがまだ無垢な小学生の頃、合唱会で歌った歌でした。
そう、あの合唱会の日、両親は消え、残ったものは借金だけでした。

何もない部屋。シミのたくさんついた畳。その上には一枚の写真、一枚の紙切れ。

「父さんと母さんを許してくれ」


『この背中に~鳥のように~白い翼~つけてく~ださ~い~』


家族三人で撮った唯一の写真は、色褪せているけれど、幸せいっぱいのあの頃の記憶は消えない。
自分を捨てた両親への恨み。でも今はそれさえも、許せる気がする。


歌はクライマックスです。


『この大空に~翼を広げ~飛んで行きたいよ~悲しみのない~自由な空へ~翼はためかせ~行きたい~』


涙が止まりません。両親が消えた日以来胸の奥にとどめてきた涙が、20年の過ちが築き上げたダムの決壊と共に止めど無く流れます。ヤーさんは生まれ変わりました。

「ありがとう皆さん・・・わしゃあ今日から変われる・・・・新しい人生が始まるんじゃぁ・・・!」

皆に見送られ店を出るヤーさん。足取りは軽く、あの頃に戻ったように無邪気です。
通りを曲がり、小さな路地へ入ります。真南に浮かぶ冬の月が綺麗です。




『ドスッ』


左のわき腹に感じる衝撃。ヤーさんは月から目の前の男に顔を移します。暗がりと涙のせいでよく見えません。

わき腹に刺さったナイフがスッと抜け、男はヤーさんから体を離します。
熱い・・・・。血がドクッドクッと吹き出します。


男は組の若いもんでした。ヤーさんが特に可愛がっていた奴で、ヤーさんにはなぜ彼がそんなことをするのか分かりません。

ヤーさんは何か言おうとしますが、声がかすれて出ません。歌いすぎで喉が嗄れているのです。

男は小さく顔を横に振り、身を翻して走り出します。遠く、遠く・・・・。向こうの辻を曲がるまで、ヤーさんは彼を見届けました。
彼が消えると、何かが吹っ切れたように、ヤーさんは前へと倒れます。血は自分のものとは思えないくらいたくさんたくさん流れ出します。ヤーさんの人生を物語るように黒く濁っています。
意識が遠のきながらも、ヤーさんは一生懸命右手で左のポケットをあさり、一枚の写真を取り出そうとします。わき腹を押さえている左手を使ってはいけません。あの日の幸せをこの汚れた血で染め塗りたくないから。

何とか写真を取り出し、ヤーさんは息も絶え絶え仰向けになります。
右手をかざし、写真を見つめます。そこにはいつも通り、幸せそうな少年がいて、ヤーさんは静かに微笑みました。

目を閉じ、楽しかった子供の頃の思い出だけが蘇ります。

そうだ、あの日賞をもらったんだ。それを早く見せたくて、急いでウチに帰ったっけ。


頬を伝う涙。その小さな雫は月の光に照らされ、それはそれは鮮やかに澄んでいたそうな。



おしまい

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