自由広場

穿った独楽は廻る
遠心力は 今日も誰かを惹きこむ

春のオリオン座 前編

2006-04-19 16:23:20 | どーでもいいことつらつらと。
いやさ、朝から嫌な予感はしてたんだよ。

通学路の開かずの踏み切りには捕まらなかったし、学校に着けば珍しく徹也が金返してくれたし、2組の由紀ちゃんが「おはよう」って声かけてくれたし、体育のクソ梶原が休みだったおかげで授業がサッカーになったし、しかもその試合でたまたま点入れて、皆に(特に由紀ちゃんに)いい所見せれたしさ。こういういいことだらけの日は、どうも嫌なことが起こる前触れじゃないかと疑ってしまうんだよね。

家に帰って飯食って風呂入って部屋でプレステやってたんだけど、ふと窓の外を見たんだ。そしたら、満天の星空だったんだ。俺星大好きだから。こんなにすばらしい日はないと思った。

午前0時。親が起きないように家のドアを開けて、俺はいつもの場所へ向かったんだ。近くの大きな廃ビル。その屋上から見る夜の町と星空が最高なんだ。俺思わず興奮しちゃってさ、立ち入り禁止の看板を飛び越え、踊るように非常階段を登ったんだ。錆び付いて壊れた錠をはずして屋上へやって来た俺は、そのままの勢いで、綺麗な大空を見上げながら、フェンスにしがみついて体重を預けた。そしたらフェンスがガタガタガタッなんて音を立てて前へ倒れて、一緒に俺も12階のビルをまっさかさま・・・・。

で、今目の前にあるのが俺の死体なわけ。正確には俺の肉体。それを見ながら今こうやって話しているのが俺の魂よ。死後の世界って本当にあるんだね。
死因は出血多量かな?辺り一面に血が流れ出していて見るも無残。

あーあ。俺の人生これで終わりかぁ。でもまぁ生きていてもしょうがなかったよな。勉強できねぇしスポーツも大して得意じゃなかったし。頭の中はゲームか女のことでいっぱいだったし、将来のことなんてなーんも考えてなかった。そうさ、俺なんてこの世に全く意味のない存在だったんだ・・・。俺が死んだって誰も悲しまないさ。

後悔・・・なんてないさ・・・。あーでもこうなるって分かってるなら一回由紀ちゃんにコクっておけばよかった・・・。それだけは悔やまれるなぁ。でもまぁ・・・・どうせフラれるだろうしな・・・ハァ。

しかし今俺が一番考えなくちゃいけないのは、由紀ちゃんのことでも、魂の行き場でも、徹也に貸した金のことでもない。この、さっきまで俺が入っていたたんぱく質の塊だ。

このまま放置していたら、野犬かカラスにでも食われてぐちゃぐちゃになっちまうんじゃないか?この辺りは人通りも少ないし廃ビルの敷地内に入る奴も俺くらいだから、恐らく朝になるまで誰も見つけることはできないだろう。下手すりゃずーと見つからないままかもね・・・。
それはちょっとご免だね。今は離れていても、元は共に生きた自分の身体なんだから。とっととこの遺体を誰かに見つけてもらって、俺はあの世へと旅立ちたいね。

というわけで、どうしたものか。
ただいま時刻は0時30分。明け方になったら俺は天へ召されるだろう。タイムリミットは4時間ちょっとってことかな。

その時敷地の外を一台の車が通った。俺は思わず「おーい」って言ったけれど、魂の声が届くわけなかった。ああこりゃもう八方塞か。

考えること15分。敷地の外を通る人の気配を感じた。見ると二人の男女のようだ。腕を組んで歩いている。暗いので人物までは特定できない。

俺は彼らに気づいてもらおうと背後から少しずつ近づいた。魂だけの俺は物音一つ立てず滑るように彼らのすぐ後ろまでたどり着いた。何としてでも彼らを敷地内へ誘いたい・・・。しかし俺の声は届かない。

二人の会話が聞こえてくる。

「こんな時間まで外に出ててご両親心配するんじゃないの?」

男性はどうやら会社員のようだ。ビシッとお高そうなスーツにハスキーな声から察するに、30台後半といった印象を受ける。

「どうせウチの親は仕事ばっかであたしのことなんて気にも留めないし。家にいるかどうかなんて分からないわ」

女性はつっけんどんに言う。あれ?いや・・・うん?何かどっかで聞いたことのある声だな・・・・。
よく見れば女性はセーラー服を着ている。・・・・って、これウチの学校の制服じゃん!ちょっとまてよ・・・まさか・・・。

俺は恐る恐る彼らの前へ回り込んだ。そして女性の顔に釘付けになった。
そこにあったのは、我が学園のアイドル、由紀ちゃんの可愛い顔だった!
見たくない現実を俺は目の当たりにしてしまった。まさか由紀ちゃんがこんな中年おっさんと付き合ってたなんて・・・・。

由紀ちゃんは急に立ち止まり、両手を差し出し顔を斜めにし、媚びるような笑顔で言った。

「おじさん!そろそろ今日のお駄賃ちょーだいっ!」

「あ、はいはい」

そそくさとおっさんはポケットから財布を取り出し、福沢諭吉を5枚ほど彼女に渡した。


信じられない光景だった。学校では清楚なイメージを崩さず、勉強ができて、スポーツもできて、図書委員長で、テニス部のエースで、お弁当には必ずお手製の玉子焼きを入れている由紀ちゃん。僕らの憧れ由紀ちゃんが・・・・・援助交際!?
俺は由紀ちゃんに恐怖を抱いた。表と裏の、あまりに大きすぎるギャップに。幽霊よりも怖いのは人間だとつくづく感じた。

先の十字路で二人は別れを告げそれぞれ歩き出した。俺はしばらくその十字路に立ち尽くしていた。

しかしすぐに俺の頭には湧いてきた。怒りが。俺の中の由紀ちゃんのイメージを台無しにしてくれた中年リーマンにその矛先は向けられた。奴の後をつけながら、どうしてくれようかと思案した。

おっさんは携帯をいじりながら歩いている。由紀ちゃんにメールを送っているのだろう。内容を見ただけでも血ヘドを吐きそうだ。

いつの間にかおっさんの家に着いていた。なかなか立派な一軒家だった。おっさんは扉を開けると小さな声でただいまとつぶやいた。玄関には小さな靴が並べられている。

「あなた、おかえりなさい。遅くまでご苦労様。」

合わせるように小声で奥さんが出迎えた。何とも人のよさそうな奥さんだ。旦那さんが帰ってくるまで寝ずに待っていたってのか。もう1時近くだぞ?

「ご飯作ってあるわよ。お腹空いてる?」

「ん。その前に風呂入るよ」

おっさんはペタペタとスリッパの音を立ててそのまま脱衣所へ向かった。奥さんは、旦那さんが帰ってきて安心したのだろう、ほっとため息をつくとお台所へ急ぎ足。
俺はおっさんと一緒に脱衣所に侵入した。おっさんは疲れた顔で服を脱ぎあくびをしながら浴室に入っていった。
さて、どうしてくれようか。こんな素敵な奥さんがいるくせに、この親父、援助交際だとぅ!!半殺しもんだ!俺が生きてたら絶対半殺しにしてたっつーの!いやまじで。
ブルルルル。おっさんが脱いだクシャクシャの衣服から携帯の震える音がした。由紀ちゃんから返事が来たのだろう。

・・・・・・。そうか。この携帯を奥さんが見れば、全てがあからさまになるな・・・。そうすればこのおっさんの人生は大逆転、地獄の底へと落っこちる。仕事も家族も失い、当然由紀ちゃんとの交際も終わるだろう。うん、当然の罰だろ。

問題はどうやって奥さんにこの携帯の中身を見せるかだ。俺が運ぶことはできないかな。

俺はスーツのポケットに入っている携帯を取り出そうと試みる。しかし、よくあるB級ホラー映画のように、体が透けて物を掴むことはできなかった。

うぅ、だめか。くそぉ・・・何とかできないか・・・。携帯よ~動け~動けぇ~・・・・なんて念じてもだめだよな。

その時だ。何かの拍子で携帯が突然ポケットからすり抜け脱衣所のタイル床に滑り落ちた。思いが通じたのか、それともさっきの着信のせいで微妙に位置がずれて安定を失ったのか。さらに落ちた衝撃でパカッと開き、今来たメールの内容がすぐに見れるようになっている。

何たる幸運だろう。後は奥さんがやって来ればこの携帯に気づくだろう。そして何の気なしにメールを見てくれれば・・・。成功だ。

俺はふと、洗面台を見つめた。鏡に俺の姿は映らない。石鹸置きの横に、子供がお風呂場で遊ぶアヒルのおもちゃがあった。二階で今も子供が眠っているのだろう。

俺は少し胸の疼く思いがした。死人にそんな感情あるかどうかは別として。


親が離婚したのは俺が8歳のときだった。親父の浮気が原因で、奴はそのまま浮気相手と姿をくらました。母親は母親でお人よしで変にプライドの高い人だから、親父に慰謝料をもらうことなく、俺をここまで育ててくれた。父親の風上にも置けない親父がくれた唯一のプレゼントが安物の天体望遠鏡だったが、親父が出て行った日に思い切り床にたたきつけて破壊してやった。

そういえば、母親には迷惑かけっ放しだったな。俺が何かやらかす度に学校に出頭していた。記憶にあるのは母親の弱気に平謝りしている姿ばかりだ。
こうなるなら、早めに親孝行してやればよかったな。親孝行したい時に、するべき本人がこの世にいなければどうしようもない。できるなら、俺の肉体のあの無残な光景を見せたくない。それがせめてもの恩返し。

とにかく母親は父親の浮気のせいでたくさん苦労した。浮気さえばれなければ、ひょっとしたら万事上手くいっていたのかもしれない。


・・・・・。


旦那さんの脱いだ服を取りに奥さんが脱衣所へ入ってきた。入ってすぐに床で光る携帯を見つけた。なぜか、恐る恐る奥さんは携帯を拾った。携帯は奥さんに対して背を向けていて中身は見れない。

俺は念じた。頼む!メールを見ないでくれ!

携帯を拾い上げた奥さんは躊躇し、浴室のガラス戸に映る鼻歌交じりの影を見つめた。そしてふっと笑みをこぼすと、スーツのポケットに閉じた携帯を戻した。

俺は安堵した。この家族は壊れなかった。アヒルのおもちゃは明日も、湯船で子供の遊び相手をしていることだろう。


俺は家を出た。そして当初の目的を思い出した。
俺の遺体を誰かに見つけてもらわないと。さっきも言ったように、家族には、母親には見てほしくない。となると残るアテは・・・・・あいつしかいないか。

俺は星を見上げながら、深夜の住宅街を北へ進みだした。夜明けは着々と近づいている。

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1 コメント

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Unknown (南友親)
2006-04-20 15:31:08
一人称が統一されていない不具合を修正しました。主人公は決して多重人格症ではありません。



これからも間違い等りましたら、ご一報願います。
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