手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

私の部屋に張り出されている詩吟の写真

2014-01-23 19:08:02 | 詩吟関係
  私の部屋は2階の6畳間です。大部分は書棚ですが、空いているところはいろいろな額などで埋められています。その中に詩吟の写真が二枚ドアに貼ってあり、もう一枚はA4の額に入ったものが棚に飾られています。

 ドアに貼ってあるのはもう取り外さなければなりません。平成13年ころの手稲区民センター祭りに出演した時の手稲第一教場の男女の 合吟の写真をA2に拡大コピーしたもので、区民センターがパネル展に使ったものなのです。男女の 合吟場面です。男性は9人マイクの前に立ち、わたしが横でコンダクターを引いている写真です。ところが男性9人のうち5人が既に他界してしまい、お一人は数年前脳梗塞で倒れ退会しており、もう一人は昨年の暮れに足の難病が悪化して歩くことができなくなり退会しています。さらにもう一人はまだ在籍していますが肺気腫が進行して、冬の間は教室に来ることがむつかしく、春まで休会になっています。結局ただ一人だけが現役で残っているという写真です。

 女性は6名が出演しているのですが全員退会しています。お亡くなりになったのはお一人だと思います。

 このような写真ですから、懐かしいことは確かですが、もう始末してもよいのかもしれません。手稲第一教場の現在の在籍は10名なのですが、私を入れて3名が残ってあとは入れ替わったことになります。

 もう一枚の額に入った写真は、平成19年の130回北詩連室蘭全道大会の折の写真です。私の会「碌峭会」からは、21名参加し 構成吟「敦盛哀歌」を岩本雅悠美先生のお琴の伴奏をテープにとって発表した時のものです。全員一緒に舞台に立ち、パートに別れて吟じる形にしたのて、写真にはその時の参加会員背全員が写っています。マイクロバスを貸し切って日帰りで行ってきた思い出が残っています。翌年は稚内で全道大会がありこの時も20数名で大型バスが安く借りられ一泊で行ってきたのを思い出します。

 地方での全道大会は稚内が最後となり、その後全道大会は札幌で開催されています。地方での大会に二回参加できたのは良い思い出になっています。

  象堂流から退会して北詩連に加盟した時は約40名いたのでしたが現在は25名に減少ていますが、でも楽しく会は継続しています。

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