トーキング・マイノリティ

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シャンタラム その①

2017-08-04 21:40:31 | 読書/小説

『シャンタラム』(グレゴリー・ディヴィッド・ロバーツ著、新潮文庫)全巻を先日読了した。文庫版の上中下巻で1877頁にも及ぶ大長編で、暫くぶりに読みごたえのある小説だった。インド最大の商都ムンバイが舞台の小説ということだけで興味が湧き、図書館にも在庫があったため借りて読んでみた。
 小説は作者の半ば自伝で、美化され過ぎな感もある主人公リン・シャンタラムは作者自身の投影だろう。2017-5-21付の記事でも触れたが、改めて作者の経歴を紹介したい。

1952年:メルボルン生まれ、結婚後の家庭の破綻を機にヘロイン中毒に
1977年:武装強盗を働き服役
1980年:重警備刑務所から脱走
1982年:ボンベイにNZ人として渡る(偽パスポート)。スラム住民の為に無資格・無料診療所を開設
      ボンベイ・マフィアと行動を共にする。アフガン・ゲリラに従軍
      タレント事務所設立、旅行代理店経営
      薬物密輸の後に再逮捕され、残された刑期を務め上げる
2003年:本著を発表
現在(2009年):インドの貧困層を支援するチャリティ活動に奮闘中

 小説ではアフガン従軍からボンベイに生還するまでが描かれており、旅行代理店経営については記述がない。上巻を読んだ時、「市(まち)の名前さえ、ボンベイからムンバイに変った」というボンベイ在住のユダヤ系フランス人の台詞があったため、1995年以降の物語と思ったが、それは間違いだった。
 正式にボンベイからムンバイに変ったのは1995年だが、それ以前から町の住民、殊にシヴ・セーナーのような極右ヒンドゥー至上主義団体やその支持者たちには、ポルトガルや英国統治以前から使われていたと称するムンバイと呼ぶ者がいたと思える。町名の変更を欧米人は、「極右が望む言い方」と快く思っていないようだが、そもそも旧ボンベイは白人の極右(昔は帝国主義者)が望んでの命名である。

 中巻でインディラ・ガンディー首相の暗殺事件(1984年10月)があり、やっと80年代の話と分かった。強権で知られたこの女首相には賛否両論があるが、ボンベイ市民は首相を“彼女”と呼んでおり、慕われていたことが載っている。シク教徒の分離独立派を弾圧したブルースター作戦を発動したのも、女ゆえの“弱腰”と見られたくなかったとか。
 暗殺後、インド全土でシク教徒への凄まじい暴動や虐殺が起き、少なくとも数千人は犠牲になったという。小説には男ばかりか女までもが武器を取り、シク教徒を襲撃しようとする市民の話が見える。尤もインドをこよなく愛しているゆえか、作者はその時の地獄絵図には全く触れていない。かつて火事と喧嘩が花だった街があったが、宗教対立時のインドの風物詩は暴行、放火(建物だけでなく人にも)、略奪なのだ。
 
 また中巻にはリンが陰謀で投獄され、獄中生活を送る個所があり、小説最大の見せ場のひとつかもしれない。インドの刑務所が劣悪な環境にあるのは聞いたことがあるが、小説に描かれている惨状は日本人の想像を絶する。昔の網走刑務所の方が、近代性では上回っていたように思える。
 例えば刑務所内の水道の蛇口を開くと、少量の水と共に線虫がうじゃうじゃ出てくるのだ。線虫なる名称は小説で初めて知ったが、見た目は蛆虫と似ているらしい。そんな虫が沢山入っている水で体を洗うのは絶句させられるが、体には特に害はないという。それより遥かに厄介なのはシラミで、いくら囚人服についたそれを「虱潰し」しても、効果は殆どないらしい。虱に刺されたリンの身体が膿み腫れあがる凄惨な描写もある。

 虫より人の方が恐ろしいのは書くまでもなく、リンは同房者と激しい対決をする。リンはストリート・ファイトの鉄則を4条にわたり述べており、作者はかなりケンカ慣れしているはず。以下はその4条。
第1条 カウンター攻撃に備える場合を除き、一歩も引かず、決して下がるべからず。
第2条 決して頭を下げるべからず。
第2条 常に相手以上に狂うべし。
第4条 常に余力を残しておくべし。
その②に続く

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2 コメント

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1970年代のシク教徒 (madi)
2017-08-06 04:12:57
1970年代だと日本人はインドの狂虎タイガー・ジェット・シンくらいしかシク教徒のイメージはないことでしょう。
アントニオ猪木の好敵手でした。ただ、彼はインド系カナダ人です。
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Re:1970年代のシク教徒 (mugi)
2017-08-06 23:16:03
>madi さん、

 タイガー・ジェット・シン!懐かしいですね~~ ターバンにサーベルのスタイルで、有名なヒールでした。憎々しいけど、格好良かった。

 尤も多くの日本人はあれこそがインド男性の正式なスタイルと見て、シク教徒と分った人は意外に少ないと思います。特に70年代なら、インドの男性は皆ターバンを巻いていると思っていた日本人もいたはず。
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