トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

シャンタラム その②

2017-08-05 21:10:06 | 読書/小説

その①の続き
 凶暴な囚人よりもさらに凶悪・残忍なのは、刑務所の看守である。リンはアーサー・ロード刑務所に投獄されるが、ここは架空のものではなく実在しており、ボンベイ最古にして最大の刑務所なのだ。名称通り英国統治時代に建てられ、かつては犯罪者はもちろん独立運動家も収容されていた。
 刑務所の看守はその過去に触れ、イギリス人がインド人に行った仕打ちをリンに言い立てる。リンが俺はオーストラリア人だと言っても、看守は全く耳を貸さず、苛烈な拷問を加える。そのひとつはラーティと呼ばれる竹の棒で滅多打ちにすることであり、これは英領時代から続く伝統ある懲罰方。下巻には養老孟司氏の解説があり、氏はインドの警察制度についてこう述べている。

ここで私はインドの警察制度を勉強させられてしまった。警察に捕まると、刑務所に入れられたままで、2ヶ月ほどは誰にも会えない。弁護士にも会えない。実はその間に親戚や友人が気が付いてくれたら、警察に掛け合って、事情にもよるが、賄賂を払えば釈放してもらえる。リンを助け出してくれたのは、以前に出会ったある人物である。
 釈放には1万米ドルが必要だった。これで警察が人を何故ただ留置しておくか、分かるであろう。逮捕された人たちが警察の収入減にもなっているのである…

 ボンベイには欧米諸国から様々な人々が訪れていたことが小説にみえる。初めは観光客だったが、インドが気に入って住み着いた欧米人も多かったようだ。麻薬に手を出し、身を持ち崩す白人も珍しくなかったようで、リン自身が密入国者の国際指名手配犯ということもあり、彼の周囲はかなり癖のある訳ありの欧米出身者ばかりだった。
 観光客が最も多く集うコラバ地区にあるカフェ「レオポルド」は小説にもよく登場、登場人物のたまり場となっている。「レオポルド」も本当にある店で、此処を紹介したサイトによれば1871年創業という。

 刑務所の看守はリンがゴラ(白人)というだけで目の敵にしたが、80年代はインドで白人は敬意を受けていたらしく、下巻に興味深い一文があった。
独立後の焦土から緑と白とオレンジ色の蔓(つる)が伸びていくようにインド人のプライドが育ちつつあった当時は、外国人というだけで、イギリス人であるというだけで、或いはイギリス人のように見えてイギリス人のように話すというだけで、インド人の心や好奇心を勝ち取ることのできた最後の時代だった

 私は白人のリンがボンベイ・マフィアの一員となったことが不思議だったが、先のような背景もあったのだろうか。尤もリンが属したボンベイ・マフィアのドンはアフガン人であり、腹心たちもアフガンやイラン、パキスタン出身者が中心だった。パレスチナから来た腹心もいたし、ムスリム特有の連帯感はあったはず。
 但し組織にはヒンドゥーの幹部やメンバーもいたので、インドではマフィア内でも多宗教・多民族らしい。

 インドが舞台ゆえなのか、本中には登場人物たちの意味深い哲学問答が見られるのは面白かった。下巻に載っている戦争についての以下の見解は全くの正論だろう。
人は利益や主義のために戦争を起こす。が、実際には土地と女のために戦っている。遅かれ早かれ、それ以外の大義や、やむに已まれぬ理由など血に呑まれ、意味を失う。遅かれ早かれ、生と死が感覚を麻痺させる。遅かれ早かれ、生き延びることだけが唯一の条理となり、死ぬことはただ耳に聞こえ、眼に見えるだけのものとなる…
 最後の瞬間に男たちが叫ぶのは大儀ではない。神の名を口にする時でさえ、姉妹や娘や恋人や母親の名をつぶやくか、叫ぶかする。最後は最初を映し出す。つまるところ、人生という物語の最初にあるのは女と市(まち)ではないか…

 ボンベイ在住のフランス人は、シヴ・セーナーのような極右団体が勢力を伸ばしつつあるのを危惧、連中は既に警察やメディアを抑えており、次は政治を支配する、と予言めいたことを言っている。実際にはその通りになったが、マジョリティが警察やメディア、政治を支配するという当り前の状況をいささか羨んだ日本人読者もいたかもしれない。

◆関連記事:「だれも知らなかったインド人の秘密

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インドの感想 (スポンジ頭)
2017-09-14 22:47:55
 こんばんは。お久しぶりです。
 
 ネットサーフィンをしていたらこのような記事を見つけました。インドに一人旅をした人のようですが、mugiさんのインドに対する印象と比較してどうでしょうか?

ttp://blog.livedoor.jp/foufif/archives/52069978.html

 インド人もガンジスの水は危険と思っているなんて初めて知りました。
Re:インドの感想 (mugi)
2017-09-15 23:00:39
>こんばんは、スポンジ頭さん。

 毎回おもしろサイトの紹介を有難うございます!このサイトのトップ画像が何処なのかは不明ですが、うっすら雪が見えてインドらしくないですね。尤もインドは広いので、北部には降雪があるそうです。

 管理人のインド旅行記は、私のインドに対する印象とあまり変わりなかったですね。「「治安が悪い」と言うより「民度が低い」に近い気がします」という一言がツボでした。インドの知識人が書いた本に神聖な寺院でもゴミだらけという記述があったし、街中で唾を吐いたりするのは当然でしょう。

 意外だったのは、大量の子供に囲まれてバクシーシ!はされた事ないとあったこと。私の高校時代の英語教師の話では、インドに行った時、その体験をしたそうです。乞食の子供たちに取り囲まれ、何とか逃げ出したとか。尤も70年代後半の話ですが。

 それにしても、この管理人もタフで感心しました。鈴木傾城氏のインド情報はダークな面を強調する傾向がありますが、こちらは陽性だし、管理人の性格が大だと思います。

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